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5 気まぐれな女神の直感でも選ばれる人らしい。
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やっぱり柿崎さんだった。
コーヒー屋さんで書類をちょっとだけ仕上げたら終わるらしい。
会社からは離れたいのでこの間の駅で待ち合わせをしたいと書かれていた。
『分かりました。今から会社を出ます。この間の場所で待ってます。ゆっくり行くのでお仕事が終わってからでも大丈夫です。』
荷物を持ってトイレに行って化粧を直してから会社を出た。
多分急いだんだろう。すぐに柿崎さんと会えた。
「仕事終わりましたか?」
「うん。大丈夫。」
一緒にレストランに向かう。
沢山の人混みの中、並んで歩いてる。
中途半端に空いた二人の距離、すれ違う人が私と柿崎さんの間をすり抜ける。
さすがに柿崎さんが私の腕を取って距離をつめてくれた。
『二人は一組』って感じになった。
ゆっくり手が腕から降りて手をつないだ。
見上げたのに、少しもこっちを見てくれなかった。
私は笑顔だったのに。
レストランのパネルを見る。
つないだ手を離されて腰に来た。
もっと『二人は一組』になった。
今度は私を見てくれた。
さっき以上の笑顔で話しかけた。
「お腹空きました。お昼は軽めにしたんです。」
「選んでいいよ。何がいい?」
そう言われて二か所を指して場所を確認して歩いて行った。
空いてるほうにしようと思っていたけど、窓際の席が取れる方にした。
横並びで並んで外を見る。
「今日はびっくりしましたか?」
「そうだね。どうしてああなったんだろう?」
「立夏ちゃんが寂しそうで元気のない私のために、ずっと怪しいと思ってた柿崎さんに確かめると言い出したんです。営業の人にも探りを入れたようです。いい人だって言われたようです。」
「その話の流れでは猪原さんにもバレる可能性があるって事?」
「あ・・・・・。」
二人で黙って考えてみる。
そうだろう・・・・。なんてことを・・・・・。
「立夏ちゃんが確かめるから、その間、席を外すように言われました。合図をしたら戻って来ていいって言われてたのに、最後まで合図がなくて。」
「確かにいなかったから、あれって思ったんだ。あの子が元気よく挨拶してくれて、『初めてです。』まで言われたよ。それで『詩央先輩の事はどうですか?』って聞かれて、ビックリしたら名刺を渡されて、『彼氏はいません。』って断言してた。」
「別に聞かれてないですけど、週末ぼんやり過ごしてるって言ってたからそう思ってたんだと思います。」
「『名刺渡しましょうか?』って『携帯を書いた特別なものでもいいですよ。』って。本当はバレてるのかなあって思ってたけど、そんな感じもないし。」
「バレてはいないです。」
「彼女に連絡するように言われたの?」
「はい。『待ってると思いますよ。』って。」
「なんだかすごいね。鋭いのかな。」
柿崎さんが分かりやすかったらしいですよ。
そう思ったけど、私は気がつかなかったからやっぱり立夏ちゃんが鋭いのか・・・・。
「きっと聞かれると思います。連絡して友達になったと教えます。隠してもバレそうだし。」
「そうかもね。」
それで立夏ちゃんの話はお終いになった。
後は少しだけ真実を入れて話せばいいだろう。
表面上は感謝すべきよね・・・・・。
二人の並び席は恋人同士の距離感だった。
その内膝がくっついて、ストッキング越しに柿崎さんの薄いスーツの下の体温を感じそうな、固い筋肉を感じそうな。
その内に両肘をついてグラスを持って、ゆっくり見ろしながらじっと見つめられて、話しかけられて。
私もすごく笑顔がゆっくりと動いてる気がしてる。
自分でもなんだか気持ちが漏れ出してしまいそうな感じだった。
料理は食べ終わり、デザートをどうするか、メニューを見せられて、そのついでに腰に手をやられた。お店に入るまでよりも力が入ってる。
一緒にメニューを見る顔が近い。
お互いの熱を感じそうに、近い。
「『詩央先輩』って呼ばれてるんだね。」
メニューを見ながら言われた。
「はい。あ、でも普通は『詩央さん』です。」
顔は向けなかった。開かれたメニューのページを見たまま。
「詩央さん・・・・。」
「はい。」
少し顔を動かした。
「やっぱりまだ早い?それに・・・・平日だし、迷惑だよね。」
腰の指が動いた。
掴み直す感じで動いただけなのに、ビックリするほど意味を持って感じた。
「まだ・・・・・・。」
そう答えた。
「そうだよね。ごめんね。」
そう言って少し体は離れた。
「デザート決まった?」
明るく聞かれた。
指さして二人分、紅茶と一緒に頼んでもらった。
静かに外を見る二人。
でもガラスには自分たちも映ってる。
少し陰になってるけど映ってる。
柿崎さんの顔を見たら、目が合った。
とっくに腰の手はいない。
自分の自由な手を柿崎さんの太ももの上に置いた。
ゆっくり手が重ねられた。
指を合わせて握り合う。
立夏ちゃんに乗せられてる?
「今日、立夏ちゃんが名刺らしいものを渡してるのを見てびっくりしました。まさか私のだとは思わなくて、立夏ちゃんが自分の名刺を出してるんじゃないかって思って。笑顔で受け取ってる柿崎さんも、どうしてって・・・・・。」
「詩央さんの以外は、もらってないよ。」
ゆっくり手を包み込まれた。
「分かってます。立夏ちゃんはラブラブな彼氏がいるから。私がそう聞いたのにもビックリしてましたし。」
包まれた手の指からリングを抜きとられた。
細いリングをしていた。薬指に。
パソコンを使うのにも邪魔にならない。
一つつけるだけでも指が綺麗に見えるし。
時々仕事を依頼される。
カウンターの中でひたすら書類を作ってることもある。
そんな時にも邪魔にならない指につけていた。
抜き取られた指輪は今柿崎さんの手の中に。
「自分で買ったの?それともプレゼント?」
「自分で買いました。そんなに高い物じゃないです。広い売り場によくあるお店の物です。」
そう言ったらまた指輪が戻って来た。
テーブルの下でのやり取り。
手を離されたのはデザートが来たから。
砂時計が落ちるのを待ち、紅茶を注いで、デザートを食べる。
さっきまでとは違う、現実。
ちょっとどうかしてた。
多分二人とも。
食べ終わって、会計をしてもらった。
柿崎さんに奢られて、一緒に外に出る。
エレベーターで下に降りるとまだまだショップが開いていて、人が動いてる。
でもそろそろ終わりの時間だ。
昼の顔とは違う、ビルの中も夜の顔になる。
ところどころには椅子やソファがあり、週末なら買い物に付き合わされたお父さんが
寝てるのに、今は恋人たちが寄り添って座ってる。
その景色から目を逸らすように反対側を見て下に降りて来た。
外に出たら、そこはテーブルと椅子がたくさん出ていて、ワゴン車でコーヒーを買ったり、食事を買った人たちがくつろいでいた。
車が通らないビルの中の道。
イルミネーションの綺麗な季節には頭上に光の帯が出来るけど、今は街灯だけ。
それでも濁った暗い空にぼんやりとした明かりが連なると、それなりだった。
見上げていたら後ろから腕を回された。
「詩央さん、いつか、週末をゆっくり過ごせないかな?」
「もし、嫌じゃなかったら、もういいと思った時でいい。」
軽く組まれた腕を外して、向き直る。
「ゆっくりできるなら、いいです。誘ってください。柿崎さんの都合に合わせます。」
「いつでもいいの?」
「はい。」
「じゃあ、今週でもいい?」
「いいです。」
向きを変えた後また腰のところで腕は組まれていた。
引き寄せられうように近寄って背伸びした。
軽く触れあった唇。
ちょっとだけ音がしたし、甘いデザートの味と、柿崎さんの飲んだコーヒーの香りが少しだけ。
「じゃあ、今度の土曜日に泊まりに来てくれる?」
「はい。お邪魔します。」
そう答えた瞬間からドキドキが始まった。
さっきよりずっとドキドキが。
「柿崎さん・・・・・。」
何かを言い出しそうな自分、でも自分からは言えそうにない。
見上げた顔は困ってる顔だった。
「先に我慢したのは僕なのに。」
「・・・・すみません。」
下を向いた。ゆっくり息を吐いた。本当にどうかしてる。
ゆっくり手を取って歩き出した。
駅の方へ。
そしてお互いに別の電車に乗って別の方向へ。
「詩央先輩、どうだったんですか?」
本当に朝一番に報告するべき事らしい。
「うん、週末に食事に行くかも。」
嘘ではない。楽しみにしてる週末。その一部に一緒の食事もあると思う。
「良かったです。きっとうまくいきます。」
はっきりと、力強く言う。
「立夏ちゃんの予言?」
「はい。そうです。私は結構得意なんです、そんな感じで組み合わせるのが。」
洋服の色を選ぶみたいに言う。
でも確かに野生の勘は鋭いらしい。
「ねえ、営業の猪原さんにも変に思われてるの?」
「そこは大丈夫です。その他大勢の人の噂話と一緒に聞きましたから。」
本当に?
逆にその他大勢の方も気になる。
「立夏ちゃん、私より知り合いが多い?」
「そうかもしれません。いろんな人と話をしてます。話しかけられたら名刺をもらって、誘われたら飲みに行ってますし。」
・・・・・本当に話しかけやすいんだろう。若い、可愛い、明るい。
ここのカウンター越しに声をかけられてないからと言って誘われてないと思ったのは、やっぱり間違いだったらしい。
「実は詩央先輩のことも聞かれたりしたんです。なかなかいい人がいなくて。やっぱりダントツがあの人だったんです。」
知らない現実がそこにあった・・・・・。
まったく教えてもらえない先輩の私。どうして?
それに・・・・本当?
「あの人はそんなに高評価なの?」
柿崎さん、凄い!
「そうですね、二人を見て決めましたとしか言えませんが。」
ここにも神がいた?気まぐれな女神なの?
何だか神々しく見えてきた。
「週末楽しいといいですね。報告は決定的にハッピーになった時でいいですよ。どうしても話したいって言うなら聞きますけど。」
笑って言われた。
曖昧に笑って誤魔化した。
きっとお見通しなんだろう。そして勝手に安心されるんだろう。
安心というより満足だろうか?
いよいよ試験に受かり資格がもらえると思う。
そうなるとあのビルに行くことはなくなる。
それでも、いろんなことはそのまま、やっぱり作り笑顔でカウンターの中にいるかもしれない。
隙がないと言われてる笑顔のまま。
金曜日、仕事が終わった後、部屋に帰り、一週間の疲れらしきものをとる。
柿崎さんのおかげで自分の中の追い立てられるような焦りが少し落ち着いたのは事実。
気を逸らしてもらってる状態かもしれない。
今もクローゼットの前にいて、荷物をバッグに詰め込んでいる。
彼氏の家に一泊する用の荷物だ。
化粧品と下着と、日曜日に着る服。
どうしても増える。
減らせるものを減らしても、持ってみるとかさばる位にはなる。
待っていた連絡が来た。
「柿崎さん、お疲れ様です。」
『詩央さん、お疲れ様。特に変更はないかな?』
「特にないです。」
『じゃあ、明日約束通り、車で迎えに行くよ。』
「はい、よろしくお願いします。」
『荷物は減らしてもいいし、置いて帰っても預かっておくから。貸せるものは貸すからね。』
「はい。」
『ねえ、猪原さんに聞かれたんだけど。』
「何をですか?」
『受付のあの女の子が俺の事をいい感じだと言ってたから、彼女がいない事を伝えたけどって。』
立夏ちゃん、全然大丈夫じゃないじゃない。まるっきりバレてるじゃない。
しっかり記憶に残って、バラされてる。
「なんて答えたんですか?」
『分かりやすい女の子より、もう一人の完璧な仕事スマイルの女性の方が好みだけどって。』
なんでそこで私に振るの?
『石野さんに彼氏はいないって聞いてるけど、はっきり分かったら一緒に飲めるように計画するって。その時は呼ぶからって。』
ちょっと待ってください。話がこんがらがります。
私は一体誰に紹介されたことになるんですか?
バレる時は一気にバレる。
立夏ちゃんと一緒に猪原さんに嘘をつくことは出来ない。
無理。
彼氏がいるってことにしよう。いや、いるし。
柿崎さんもそれでいいよね。
「私は聞かれたら・・・・・・。」
言いにくい。
『ちゃんと断ってね。彼氏がいますって。』
「はい。」
当然そのつもりでした。
『無駄な戦いをしてもしょうがない。二人で飲んだ方がいいしね。』
「はい。」
『じゃあ、明日だね。楽しみにしてる。』
「はい、よろしくお願いします。」
『近くに行ったら連絡するよ。』
「はい。待ってます。」
『お休み。』
「お休みなさい。」
電話を切った後もそのままぼんやりした。
明日はドライブに行く。
ちょっと遠いとは思うけど、一人でも遠くまで運転して気分転換するらしい。
苦痛じゃないと言われて、行先も任せた。
車で二人でいてもそんなに困らないと思いたい。
音楽を聴きながらゆっくり話をしたりして。
週末をゆっくり過ごせばいい。
二日間一緒にいるんだから。
なんだか周りの人の思惑がこんなにも重なるなんて事があるんだなあって不思議に思う。
柿崎さんが一人の私を見つけて声をかけてくれて、立夏ちゃんが寂しそうな私のために柿崎さんに働きかけてくれて、猪原さんが柿崎さんのために私を飲みに誘ってくれるかもしれない。
今までそんな事なかったのに。
急に自分の周りに風が吹いたみたい。
あ、神さんだってすごく私のことも、もちろん柿崎さんのことも思って動いてくれた。
本当に不思議なことだと思う。
神と女神とそのほか、一気に来た!って感じだ。
コーヒー屋さんで書類をちょっとだけ仕上げたら終わるらしい。
会社からは離れたいのでこの間の駅で待ち合わせをしたいと書かれていた。
『分かりました。今から会社を出ます。この間の場所で待ってます。ゆっくり行くのでお仕事が終わってからでも大丈夫です。』
荷物を持ってトイレに行って化粧を直してから会社を出た。
多分急いだんだろう。すぐに柿崎さんと会えた。
「仕事終わりましたか?」
「うん。大丈夫。」
一緒にレストランに向かう。
沢山の人混みの中、並んで歩いてる。
中途半端に空いた二人の距離、すれ違う人が私と柿崎さんの間をすり抜ける。
さすがに柿崎さんが私の腕を取って距離をつめてくれた。
『二人は一組』って感じになった。
ゆっくり手が腕から降りて手をつないだ。
見上げたのに、少しもこっちを見てくれなかった。
私は笑顔だったのに。
レストランのパネルを見る。
つないだ手を離されて腰に来た。
もっと『二人は一組』になった。
今度は私を見てくれた。
さっき以上の笑顔で話しかけた。
「お腹空きました。お昼は軽めにしたんです。」
「選んでいいよ。何がいい?」
そう言われて二か所を指して場所を確認して歩いて行った。
空いてるほうにしようと思っていたけど、窓際の席が取れる方にした。
横並びで並んで外を見る。
「今日はびっくりしましたか?」
「そうだね。どうしてああなったんだろう?」
「立夏ちゃんが寂しそうで元気のない私のために、ずっと怪しいと思ってた柿崎さんに確かめると言い出したんです。営業の人にも探りを入れたようです。いい人だって言われたようです。」
「その話の流れでは猪原さんにもバレる可能性があるって事?」
「あ・・・・・。」
二人で黙って考えてみる。
そうだろう・・・・。なんてことを・・・・・。
「立夏ちゃんが確かめるから、その間、席を外すように言われました。合図をしたら戻って来ていいって言われてたのに、最後まで合図がなくて。」
「確かにいなかったから、あれって思ったんだ。あの子が元気よく挨拶してくれて、『初めてです。』まで言われたよ。それで『詩央先輩の事はどうですか?』って聞かれて、ビックリしたら名刺を渡されて、『彼氏はいません。』って断言してた。」
「別に聞かれてないですけど、週末ぼんやり過ごしてるって言ってたからそう思ってたんだと思います。」
「『名刺渡しましょうか?』って『携帯を書いた特別なものでもいいですよ。』って。本当はバレてるのかなあって思ってたけど、そんな感じもないし。」
「バレてはいないです。」
「彼女に連絡するように言われたの?」
「はい。『待ってると思いますよ。』って。」
「なんだかすごいね。鋭いのかな。」
柿崎さんが分かりやすかったらしいですよ。
そう思ったけど、私は気がつかなかったからやっぱり立夏ちゃんが鋭いのか・・・・。
「きっと聞かれると思います。連絡して友達になったと教えます。隠してもバレそうだし。」
「そうかもね。」
それで立夏ちゃんの話はお終いになった。
後は少しだけ真実を入れて話せばいいだろう。
表面上は感謝すべきよね・・・・・。
二人の並び席は恋人同士の距離感だった。
その内膝がくっついて、ストッキング越しに柿崎さんの薄いスーツの下の体温を感じそうな、固い筋肉を感じそうな。
その内に両肘をついてグラスを持って、ゆっくり見ろしながらじっと見つめられて、話しかけられて。
私もすごく笑顔がゆっくりと動いてる気がしてる。
自分でもなんだか気持ちが漏れ出してしまいそうな感じだった。
料理は食べ終わり、デザートをどうするか、メニューを見せられて、そのついでに腰に手をやられた。お店に入るまでよりも力が入ってる。
一緒にメニューを見る顔が近い。
お互いの熱を感じそうに、近い。
「『詩央先輩』って呼ばれてるんだね。」
メニューを見ながら言われた。
「はい。あ、でも普通は『詩央さん』です。」
顔は向けなかった。開かれたメニューのページを見たまま。
「詩央さん・・・・。」
「はい。」
少し顔を動かした。
「やっぱりまだ早い?それに・・・・平日だし、迷惑だよね。」
腰の指が動いた。
掴み直す感じで動いただけなのに、ビックリするほど意味を持って感じた。
「まだ・・・・・・。」
そう答えた。
「そうだよね。ごめんね。」
そう言って少し体は離れた。
「デザート決まった?」
明るく聞かれた。
指さして二人分、紅茶と一緒に頼んでもらった。
静かに外を見る二人。
でもガラスには自分たちも映ってる。
少し陰になってるけど映ってる。
柿崎さんの顔を見たら、目が合った。
とっくに腰の手はいない。
自分の自由な手を柿崎さんの太ももの上に置いた。
ゆっくり手が重ねられた。
指を合わせて握り合う。
立夏ちゃんに乗せられてる?
「今日、立夏ちゃんが名刺らしいものを渡してるのを見てびっくりしました。まさか私のだとは思わなくて、立夏ちゃんが自分の名刺を出してるんじゃないかって思って。笑顔で受け取ってる柿崎さんも、どうしてって・・・・・。」
「詩央さんの以外は、もらってないよ。」
ゆっくり手を包み込まれた。
「分かってます。立夏ちゃんはラブラブな彼氏がいるから。私がそう聞いたのにもビックリしてましたし。」
包まれた手の指からリングを抜きとられた。
細いリングをしていた。薬指に。
パソコンを使うのにも邪魔にならない。
一つつけるだけでも指が綺麗に見えるし。
時々仕事を依頼される。
カウンターの中でひたすら書類を作ってることもある。
そんな時にも邪魔にならない指につけていた。
抜き取られた指輪は今柿崎さんの手の中に。
「自分で買ったの?それともプレゼント?」
「自分で買いました。そんなに高い物じゃないです。広い売り場によくあるお店の物です。」
そう言ったらまた指輪が戻って来た。
テーブルの下でのやり取り。
手を離されたのはデザートが来たから。
砂時計が落ちるのを待ち、紅茶を注いで、デザートを食べる。
さっきまでとは違う、現実。
ちょっとどうかしてた。
多分二人とも。
食べ終わって、会計をしてもらった。
柿崎さんに奢られて、一緒に外に出る。
エレベーターで下に降りるとまだまだショップが開いていて、人が動いてる。
でもそろそろ終わりの時間だ。
昼の顔とは違う、ビルの中も夜の顔になる。
ところどころには椅子やソファがあり、週末なら買い物に付き合わされたお父さんが
寝てるのに、今は恋人たちが寄り添って座ってる。
その景色から目を逸らすように反対側を見て下に降りて来た。
外に出たら、そこはテーブルと椅子がたくさん出ていて、ワゴン車でコーヒーを買ったり、食事を買った人たちがくつろいでいた。
車が通らないビルの中の道。
イルミネーションの綺麗な季節には頭上に光の帯が出来るけど、今は街灯だけ。
それでも濁った暗い空にぼんやりとした明かりが連なると、それなりだった。
見上げていたら後ろから腕を回された。
「詩央さん、いつか、週末をゆっくり過ごせないかな?」
「もし、嫌じゃなかったら、もういいと思った時でいい。」
軽く組まれた腕を外して、向き直る。
「ゆっくりできるなら、いいです。誘ってください。柿崎さんの都合に合わせます。」
「いつでもいいの?」
「はい。」
「じゃあ、今週でもいい?」
「いいです。」
向きを変えた後また腰のところで腕は組まれていた。
引き寄せられうように近寄って背伸びした。
軽く触れあった唇。
ちょっとだけ音がしたし、甘いデザートの味と、柿崎さんの飲んだコーヒーの香りが少しだけ。
「じゃあ、今度の土曜日に泊まりに来てくれる?」
「はい。お邪魔します。」
そう答えた瞬間からドキドキが始まった。
さっきよりずっとドキドキが。
「柿崎さん・・・・・。」
何かを言い出しそうな自分、でも自分からは言えそうにない。
見上げた顔は困ってる顔だった。
「先に我慢したのは僕なのに。」
「・・・・すみません。」
下を向いた。ゆっくり息を吐いた。本当にどうかしてる。
ゆっくり手を取って歩き出した。
駅の方へ。
そしてお互いに別の電車に乗って別の方向へ。
「詩央先輩、どうだったんですか?」
本当に朝一番に報告するべき事らしい。
「うん、週末に食事に行くかも。」
嘘ではない。楽しみにしてる週末。その一部に一緒の食事もあると思う。
「良かったです。きっとうまくいきます。」
はっきりと、力強く言う。
「立夏ちゃんの予言?」
「はい。そうです。私は結構得意なんです、そんな感じで組み合わせるのが。」
洋服の色を選ぶみたいに言う。
でも確かに野生の勘は鋭いらしい。
「ねえ、営業の猪原さんにも変に思われてるの?」
「そこは大丈夫です。その他大勢の人の噂話と一緒に聞きましたから。」
本当に?
逆にその他大勢の方も気になる。
「立夏ちゃん、私より知り合いが多い?」
「そうかもしれません。いろんな人と話をしてます。話しかけられたら名刺をもらって、誘われたら飲みに行ってますし。」
・・・・・本当に話しかけやすいんだろう。若い、可愛い、明るい。
ここのカウンター越しに声をかけられてないからと言って誘われてないと思ったのは、やっぱり間違いだったらしい。
「実は詩央先輩のことも聞かれたりしたんです。なかなかいい人がいなくて。やっぱりダントツがあの人だったんです。」
知らない現実がそこにあった・・・・・。
まったく教えてもらえない先輩の私。どうして?
それに・・・・本当?
「あの人はそんなに高評価なの?」
柿崎さん、凄い!
「そうですね、二人を見て決めましたとしか言えませんが。」
ここにも神がいた?気まぐれな女神なの?
何だか神々しく見えてきた。
「週末楽しいといいですね。報告は決定的にハッピーになった時でいいですよ。どうしても話したいって言うなら聞きますけど。」
笑って言われた。
曖昧に笑って誤魔化した。
きっとお見通しなんだろう。そして勝手に安心されるんだろう。
安心というより満足だろうか?
いよいよ試験に受かり資格がもらえると思う。
そうなるとあのビルに行くことはなくなる。
それでも、いろんなことはそのまま、やっぱり作り笑顔でカウンターの中にいるかもしれない。
隙がないと言われてる笑顔のまま。
金曜日、仕事が終わった後、部屋に帰り、一週間の疲れらしきものをとる。
柿崎さんのおかげで自分の中の追い立てられるような焦りが少し落ち着いたのは事実。
気を逸らしてもらってる状態かもしれない。
今もクローゼットの前にいて、荷物をバッグに詰め込んでいる。
彼氏の家に一泊する用の荷物だ。
化粧品と下着と、日曜日に着る服。
どうしても増える。
減らせるものを減らしても、持ってみるとかさばる位にはなる。
待っていた連絡が来た。
「柿崎さん、お疲れ様です。」
『詩央さん、お疲れ様。特に変更はないかな?』
「特にないです。」
『じゃあ、明日約束通り、車で迎えに行くよ。』
「はい、よろしくお願いします。」
『荷物は減らしてもいいし、置いて帰っても預かっておくから。貸せるものは貸すからね。』
「はい。」
『ねえ、猪原さんに聞かれたんだけど。』
「何をですか?」
『受付のあの女の子が俺の事をいい感じだと言ってたから、彼女がいない事を伝えたけどって。』
立夏ちゃん、全然大丈夫じゃないじゃない。まるっきりバレてるじゃない。
しっかり記憶に残って、バラされてる。
「なんて答えたんですか?」
『分かりやすい女の子より、もう一人の完璧な仕事スマイルの女性の方が好みだけどって。』
なんでそこで私に振るの?
『石野さんに彼氏はいないって聞いてるけど、はっきり分かったら一緒に飲めるように計画するって。その時は呼ぶからって。』
ちょっと待ってください。話がこんがらがります。
私は一体誰に紹介されたことになるんですか?
バレる時は一気にバレる。
立夏ちゃんと一緒に猪原さんに嘘をつくことは出来ない。
無理。
彼氏がいるってことにしよう。いや、いるし。
柿崎さんもそれでいいよね。
「私は聞かれたら・・・・・・。」
言いにくい。
『ちゃんと断ってね。彼氏がいますって。』
「はい。」
当然そのつもりでした。
『無駄な戦いをしてもしょうがない。二人で飲んだ方がいいしね。』
「はい。」
『じゃあ、明日だね。楽しみにしてる。』
「はい、よろしくお願いします。」
『近くに行ったら連絡するよ。』
「はい。待ってます。」
『お休み。』
「お休みなさい。」
電話を切った後もそのままぼんやりした。
明日はドライブに行く。
ちょっと遠いとは思うけど、一人でも遠くまで運転して気分転換するらしい。
苦痛じゃないと言われて、行先も任せた。
車で二人でいてもそんなに困らないと思いたい。
音楽を聴きながらゆっくり話をしたりして。
週末をゆっくり過ごせばいい。
二日間一緒にいるんだから。
なんだか周りの人の思惑がこんなにも重なるなんて事があるんだなあって不思議に思う。
柿崎さんが一人の私を見つけて声をかけてくれて、立夏ちゃんが寂しそうな私のために柿崎さんに働きかけてくれて、猪原さんが柿崎さんのために私を飲みに誘ってくれるかもしれない。
今までそんな事なかったのに。
急に自分の周りに風が吹いたみたい。
あ、神さんだってすごく私のことも、もちろん柿崎さんのことも思って動いてくれた。
本当に不思議なことだと思う。
神と女神とそのほか、一気に来た!って感じだ。
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