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3 神の御加護に感謝する時
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そして週末。
神さんにもらった名刺をテーブルに置いて考えた。
それは柿崎さんの名刺ではなかった。
神さんのお店の営業時間を見る。
そして、一人で昨日の地図通りの道をまたお店に向かって。
たどり着いた、開店後すぐの時間。
一番迷惑じゃない時間を選んだつもりだった。
昨日から考えていて、神さんしか思いつかなかった。
どう考えればいいのか、それを相談できる人として思いついたのは神さんだけだった。
扉を開けて、ゆっくり顔をあげた。
迷惑じゃない時間だとしても、明らかに怪訝な表情で見られるかもしれない、そうは思っていた。
でも、そこはプロでもあった。
顔をあげて見た神さんの顔にはそんな思いなんて少しも見えなかった。
「また来てくれると思ってました。一人ですよね?どうぞ。」
カウンターに案内された。
「申し訳ありません。どうしても一人じゃ考えられなくて。」
「大丈夫です。お酒以外も出せますけど、コーヒーか紅茶の方が良かったりしますか?」
「いいえ、何か、お任せでお願いします。」
じゃあ・・・。
そう言って大体のフレーバーを教えてもらって、うなずいて、作ってもらった。
昨日より深いブルーのカクテル。
目の前に置かれて、そこに薄くスライスしたレモンから数滴、絞る。
ブルーが綺麗なピンクのような色に変わった。
「目で見ても二度楽しめるお酒です。どうぞ。」
「いただきます。」
手に取って揺らすと一層色が変化して、落ち着いた。
女性が好きそうな味だった。
「どうですか?」
「美味しいです。ありがとうございます。」
「食事はされましたか?」
「はい。今は、・・・・すみません。」
「いえ。昨日は楽しく過ごせましたか?なんだか見たことないくらい固くなってる友達でした。実力が出せなかったと思います。正直、どうでした?」
「確かに、今まで仕事でお見掛けしてた時は普通でしたし、あんなにぎこちなくなると、本当に申し訳なくて。きっと柿崎さんも疲れたと思います、楽しめたとは思えません。」
「そうかもしれませんが、偉大なる一歩を踏み出せて、少しはホッとしてると思いますよ。」
「それは・・・・見てるだけのときは違いますよ。思ったほど相性は良くなさそうだなあって後悔してるかもしれません。」
「確かに随分時間をかけた分どんどんイメージは勝手に膨らみますからね。でも僕が話を聞いてイメージしてた感じとは違ってなかったです。だから最初に入ってきた時からそうだと思ってました・・・・・と言っても一人でふらりと来る女性のお客様も少ないですけどね。」
何を聞いてたんだろう?
昨日話をした以上の話題の種があるとは思えない。
「どうしたらいいでしょうかと聞かれたら、お試しでどうぞとしか言えないんですが。本当に友達としては最高にいい奴です。女性にもある程度はそうだと思います。あとは石野さんご自身に判断してもらうしかないですね、他人がどうこう言ってもしょうがないですから。」
それは分かってる・・・・と思ってもここに来てるんだから何も言えない。
「昨日帰られてすぐですが、お礼の長文が送られてきました。見せたいくらいです。ついつい口をはさんでしまいましたが、感謝されました。後は返事を待つって言ってました。」
「分かりました。ちゃんと考えてお返事したいと思います。すっかりお仕事のお邪魔をしてしまって。ありがとうございました。」
「誰もいないからいいです。もう一杯くらいどうですか?」
「じゃあ、またお任せで。」
そう言って作ってもらったのは明るい色のカクテルだった。
ベリー系の分かりやすい美味しいカクテル。
「昔、一緒に遊んでいた時に捨て猫を見つけたことがあるんです。段ボールに入れられて、四匹の子猫が入っていたんです。自分のところは犬がいて無理だと思ってたし、他の友達にも誰も連れて帰れそうな子がいなくて。結局あいつが上着の内側に入れて連れて帰りましたよ。四匹全員。家族に内緒で部屋のベッドの下に箱に入れて隠したらしいです。すぐ翌日には母親にバレたらしいですけど。小学生の考えなんて浅はかですから。」
「それからさすがに四匹はダメだと言われたらしくて、その時のメンバーで写真を撮って、貼り紙を作って、いろんなところに貼って、スーパーのお客さんや駅前を通るお客さんにバラまいて。あっという間に連絡があって、飼い主が見つかって。見事四匹ともいなくなってあいつは呆然としてました。まさか一匹も残らずにもらわれて行ってしまうとは。皆でやり切った達成感で盛り上がってる時に一人で泣いてました。本当に一番教えたいエピソードだなあって、昨日思ってたんです。伝えられて良かったです。」
「はい。」
懐かしそうに、でも嬉しそうに笑いながら語られた。
昨日そんな感傷的な雰囲気はちらりとも見えなかったのに。
友達の事を随分心配してたらしい。
「いい話ですね。」
「そうですよね。あいつの結婚式では絶対してやろうと思ってます。」
「・・・・。」
本当なのよね?
冗談のように笑ってそう言った顔は本当にスッキリとしている。
私がここに来ることもお見通しだったとか言いいそうなくらい。
「神さんはおいくつですか?」
「聖人と同じです。」
「それは聞いてなくて。」
「ああ・・・・・そんな基本的な情報もないんですか?僕たちは29歳です。石野さんは?26歳ですか?」
「そうです。」
「後は本人から直接聞いてもらえればいいですよ。振られたからってストーカーになるような奴じゃないです。気に入らなかったらしょうがないです。」
そう言う声は残念そうにも聞こえるし、冗談とも思えない。
そろそろいいだろう。
ここに来た目的は終わった気がした。
「分かりました、多分。後は一人で考えます。」
「そうですね。出来る限り前向きにとしか言えないけど。」
「はい。お会計をお願いします。」
言われた金額を払いお店を出た。
昨日の帰り道はもう覚えてなくて、一人じゃ無理そうで、歩いてきた道を戻った。
ぼんやりしてても何とかなるもので、自分の駅について、買い物をして部屋に戻った。
きっと今頃神さんから『来たよ。』って連絡が行ってると思う。
そして驚いた柿崎さんからは長文のお礼が行ってると思う。
私が見て思った印象はそのままかもしれない。
ただ昨日がちょっと変調だっただけで。
だったら信頼もできる。
『神』の奨め、保証付きなら、いい人だと思う。
そんな決め方でいいんだろうかと思わないでもないけど。
取りあえず落ち着いて、まず返事をした。
今度はちゃんと柿崎さんの名刺と渡されたコースターを見て。
明日の予定を聞いてみた。
やっぱりちゃんと顔を見て話をしたい気がしたから。
待つほどもなく、すぐに返事が来た。
約束も大丈夫だったみたいでランチを一緒に食べるということにしてもらった。
これでダメだと言われても困る。
正直そう思った。
神さんのところに行くのは週に一回いくらいだと言っていた。
私程仕事後の予定を自由に組めない営業の人なら、何かの予定を入れる週末が忙しくても不思議ではない。
本当に私の今の職場は恵まれてると思う。
たいていの人に私は予定が合わせられるけど、皆は忙しい。
その日によって終わる時間がまちまちだったりする。
だからそんな場所にずっといられたら、私は努力が必要だったんだと思う。
それがやっと今だったと。
後二ヶ月くらいで勉強も終わる。
検定試験を受けて、合格すれば努力は実る。
そのあとの仕事について、どうするかはまたの努力が必要になる。
なかな簡単に人生のゴールは見えない。
誰もがそんなものだろう。
途中コースアウトした神さん。
器用な人はどんなことでも器用にこなすんだろうか?
いつからそんなに不器用になったんだと考え、自分の子供時代を振り返ってみたはずなのに、出てきた映像は可愛い男の子が猫を抱えて部屋のベッドに押しこもうとしてる映像だった。
笑いながら神さんが話してくれたエピソード。
確かに結婚式にもピッタリの話だと思う。
可愛らしいエピソードとして映像が浮かび上がり、思わず笑顔になる。
しかもそれが最後には子供の泣き顔になって終わる。
神さん、やっぱり器用です。
あの話は本当に響きました。
もったいないので本人に確認するのはやめよう。
自分の中の想像だけでとどめておこうと思った。
そんな時間を過ごして、うっかり自分の悩みも忘れた。
とりあえずは目先の事。
次の日は曇り空、雨が降りそうな予報に傘を持って外出した。
待ち合わせたのは駅の中で、適当に目についたお店で食事をと思ってたのに、神さんのおすすめのお店を予約してくれたらしい。
地下の通路を通り、雨が降ってるのかどうかも分からないままお店に入った。
ちょっとだけ近く、隣を歩きながら、話をする。
「昨日、すぐに連絡が来ました。」
「そうだとは思いました。すみません、別に人となりを探ろうとか、そんなつもりではなかったんです。」
「そうですか。あいつを気に入った、そう言われるくらいなら嘘をつかれたいです。『昨日電車の中で元カレに会って、やり直すことにしました。』それくらいの嘘でいいです。」
「分かりました。」
そう答えたら足が止まった。
「冗談です。」
「意外に嫌な人ですね。こっちはすごく緊張してるのに。」
「お仕事で来訪されるときは全然そうじゃないですよ。そんなに二人でいる時に緊張する相手でいいんですか?」
「いい返事をもらえれば、そんな緊張も吹き飛びます。」
「じゃあ、リラックスしてください。申し訳ない気持ちになります。」
そう言ったら振り向いたまま立ち止まった。
急に立ち止まられて、後ろの人も、前から来る人も迷惑そうな視線を送って通り過ぎてる気がする。
「とりあえず歩きませんか?」
「はい・・・そうしましょう。」
その後は大人しく黙って歩いた。
滅多に来ないビルの上。
この辺りに来ることもないし、知らないと見上げることもない。
ビルのフロア案内で名前を見て、エレベーターのボタンでも確認して上がって来た。
古そうな狭いエレベーターからは想像できない空間でビックリした。
さすが横のつながりがあるんだろうか、素敵なお店だった。
神さんの名前で予約がしてあって、席に案内された。
全ての席が予約席の札を立てられていた。
昨日のあの時間で予約をとれたんだろうか?
席についてお酒をお願いした。
「もしかして、神さんが自分の予定を譲ってくれたんじゃないでしょうか?」
そう言ったら動きを止めた柿崎さん。
「・・・どうして?」
「だってどの席も予約席です。昨日のあの時間で予約が取れたなんて、ラッキー以上の何かじゃないかって。」
「そうです。本当は言うつもりもなかったんですが、わざわざあいつの予約をそのまま譲ってくれたんです。」
「そんな・・・・申し訳なかったです。神さんの彼女さんが楽しみにしてたんじゃないですか?」
「いや、男友達だって言ってたけど。」
それを信じたの?柿崎さん、よく見てください、この雰囲気。
普通男女でしょう?
そう思ったけど言わなかった。
「もう、ありがたいです。じゃあ、美味しく楽しく過ごしたいですね。」
「そう、だね。」
なんですか?
「返事が早く来てうれしかったから、だから楽しもうと思う。」
「そうです。きっと食事も美味しいです。」
先にお酒が来た。
乾杯して運ばれてきた食事に手を付ける。
「昨日もあのお店で飲んだんですか?」
「はい。邪魔しないように早めの時間に行ったんです。誰もいなかったので、少しお酒も楽しみました。」
「また行きたいと思いますか?」
「はい、もちろんです。一人でふらりと行きそうです。誰かを誘うかと言われたら、誘わないかもしれないです。一人でふらりとです。」
「僕が誘ったら?」
「・・・・その時は一緒に、・・・・もちろんです。」
確かめたかったんだろうか?
今の返事で満足だろうか?
伝わっただろうか?
フォークを置いて柿崎さんを見る。
こっちを見てた柿崎さんもフォークを置いた。
「伝わりましたか?今のが返事です。」
それはゆっくり伝わったらしい。
「・・・・ありがとう。」
その緩んだ表情に神さんの笑顔も重なった気がした。
似てるんだろうか?
そうは思わないのに。
やっぱり『神』の御利益が効いてたのかもしれない。
うっすらと立ち上ったのかもしれない。
肩が上下して深呼吸したような柿崎さん。
お互いにフォークを持って食事を始めた。
私だってちょっとは安心した。
今日の目的は今ので達成したようなものだから。
神さんにもらった名刺をテーブルに置いて考えた。
それは柿崎さんの名刺ではなかった。
神さんのお店の営業時間を見る。
そして、一人で昨日の地図通りの道をまたお店に向かって。
たどり着いた、開店後すぐの時間。
一番迷惑じゃない時間を選んだつもりだった。
昨日から考えていて、神さんしか思いつかなかった。
どう考えればいいのか、それを相談できる人として思いついたのは神さんだけだった。
扉を開けて、ゆっくり顔をあげた。
迷惑じゃない時間だとしても、明らかに怪訝な表情で見られるかもしれない、そうは思っていた。
でも、そこはプロでもあった。
顔をあげて見た神さんの顔にはそんな思いなんて少しも見えなかった。
「また来てくれると思ってました。一人ですよね?どうぞ。」
カウンターに案内された。
「申し訳ありません。どうしても一人じゃ考えられなくて。」
「大丈夫です。お酒以外も出せますけど、コーヒーか紅茶の方が良かったりしますか?」
「いいえ、何か、お任せでお願いします。」
じゃあ・・・。
そう言って大体のフレーバーを教えてもらって、うなずいて、作ってもらった。
昨日より深いブルーのカクテル。
目の前に置かれて、そこに薄くスライスしたレモンから数滴、絞る。
ブルーが綺麗なピンクのような色に変わった。
「目で見ても二度楽しめるお酒です。どうぞ。」
「いただきます。」
手に取って揺らすと一層色が変化して、落ち着いた。
女性が好きそうな味だった。
「どうですか?」
「美味しいです。ありがとうございます。」
「食事はされましたか?」
「はい。今は、・・・・すみません。」
「いえ。昨日は楽しく過ごせましたか?なんだか見たことないくらい固くなってる友達でした。実力が出せなかったと思います。正直、どうでした?」
「確かに、今まで仕事でお見掛けしてた時は普通でしたし、あんなにぎこちなくなると、本当に申し訳なくて。きっと柿崎さんも疲れたと思います、楽しめたとは思えません。」
「そうかもしれませんが、偉大なる一歩を踏み出せて、少しはホッとしてると思いますよ。」
「それは・・・・見てるだけのときは違いますよ。思ったほど相性は良くなさそうだなあって後悔してるかもしれません。」
「確かに随分時間をかけた分どんどんイメージは勝手に膨らみますからね。でも僕が話を聞いてイメージしてた感じとは違ってなかったです。だから最初に入ってきた時からそうだと思ってました・・・・・と言っても一人でふらりと来る女性のお客様も少ないですけどね。」
何を聞いてたんだろう?
昨日話をした以上の話題の種があるとは思えない。
「どうしたらいいでしょうかと聞かれたら、お試しでどうぞとしか言えないんですが。本当に友達としては最高にいい奴です。女性にもある程度はそうだと思います。あとは石野さんご自身に判断してもらうしかないですね、他人がどうこう言ってもしょうがないですから。」
それは分かってる・・・・と思ってもここに来てるんだから何も言えない。
「昨日帰られてすぐですが、お礼の長文が送られてきました。見せたいくらいです。ついつい口をはさんでしまいましたが、感謝されました。後は返事を待つって言ってました。」
「分かりました。ちゃんと考えてお返事したいと思います。すっかりお仕事のお邪魔をしてしまって。ありがとうございました。」
「誰もいないからいいです。もう一杯くらいどうですか?」
「じゃあ、またお任せで。」
そう言って作ってもらったのは明るい色のカクテルだった。
ベリー系の分かりやすい美味しいカクテル。
「昔、一緒に遊んでいた時に捨て猫を見つけたことがあるんです。段ボールに入れられて、四匹の子猫が入っていたんです。自分のところは犬がいて無理だと思ってたし、他の友達にも誰も連れて帰れそうな子がいなくて。結局あいつが上着の内側に入れて連れて帰りましたよ。四匹全員。家族に内緒で部屋のベッドの下に箱に入れて隠したらしいです。すぐ翌日には母親にバレたらしいですけど。小学生の考えなんて浅はかですから。」
「それからさすがに四匹はダメだと言われたらしくて、その時のメンバーで写真を撮って、貼り紙を作って、いろんなところに貼って、スーパーのお客さんや駅前を通るお客さんにバラまいて。あっという間に連絡があって、飼い主が見つかって。見事四匹ともいなくなってあいつは呆然としてました。まさか一匹も残らずにもらわれて行ってしまうとは。皆でやり切った達成感で盛り上がってる時に一人で泣いてました。本当に一番教えたいエピソードだなあって、昨日思ってたんです。伝えられて良かったです。」
「はい。」
懐かしそうに、でも嬉しそうに笑いながら語られた。
昨日そんな感傷的な雰囲気はちらりとも見えなかったのに。
友達の事を随分心配してたらしい。
「いい話ですね。」
「そうですよね。あいつの結婚式では絶対してやろうと思ってます。」
「・・・・。」
本当なのよね?
冗談のように笑ってそう言った顔は本当にスッキリとしている。
私がここに来ることもお見通しだったとか言いいそうなくらい。
「神さんはおいくつですか?」
「聖人と同じです。」
「それは聞いてなくて。」
「ああ・・・・・そんな基本的な情報もないんですか?僕たちは29歳です。石野さんは?26歳ですか?」
「そうです。」
「後は本人から直接聞いてもらえればいいですよ。振られたからってストーカーになるような奴じゃないです。気に入らなかったらしょうがないです。」
そう言う声は残念そうにも聞こえるし、冗談とも思えない。
そろそろいいだろう。
ここに来た目的は終わった気がした。
「分かりました、多分。後は一人で考えます。」
「そうですね。出来る限り前向きにとしか言えないけど。」
「はい。お会計をお願いします。」
言われた金額を払いお店を出た。
昨日の帰り道はもう覚えてなくて、一人じゃ無理そうで、歩いてきた道を戻った。
ぼんやりしてても何とかなるもので、自分の駅について、買い物をして部屋に戻った。
きっと今頃神さんから『来たよ。』って連絡が行ってると思う。
そして驚いた柿崎さんからは長文のお礼が行ってると思う。
私が見て思った印象はそのままかもしれない。
ただ昨日がちょっと変調だっただけで。
だったら信頼もできる。
『神』の奨め、保証付きなら、いい人だと思う。
そんな決め方でいいんだろうかと思わないでもないけど。
取りあえず落ち着いて、まず返事をした。
今度はちゃんと柿崎さんの名刺と渡されたコースターを見て。
明日の予定を聞いてみた。
やっぱりちゃんと顔を見て話をしたい気がしたから。
待つほどもなく、すぐに返事が来た。
約束も大丈夫だったみたいでランチを一緒に食べるということにしてもらった。
これでダメだと言われても困る。
正直そう思った。
神さんのところに行くのは週に一回いくらいだと言っていた。
私程仕事後の予定を自由に組めない営業の人なら、何かの予定を入れる週末が忙しくても不思議ではない。
本当に私の今の職場は恵まれてると思う。
たいていの人に私は予定が合わせられるけど、皆は忙しい。
その日によって終わる時間がまちまちだったりする。
だからそんな場所にずっといられたら、私は努力が必要だったんだと思う。
それがやっと今だったと。
後二ヶ月くらいで勉強も終わる。
検定試験を受けて、合格すれば努力は実る。
そのあとの仕事について、どうするかはまたの努力が必要になる。
なかな簡単に人生のゴールは見えない。
誰もがそんなものだろう。
途中コースアウトした神さん。
器用な人はどんなことでも器用にこなすんだろうか?
いつからそんなに不器用になったんだと考え、自分の子供時代を振り返ってみたはずなのに、出てきた映像は可愛い男の子が猫を抱えて部屋のベッドに押しこもうとしてる映像だった。
笑いながら神さんが話してくれたエピソード。
確かに結婚式にもピッタリの話だと思う。
可愛らしいエピソードとして映像が浮かび上がり、思わず笑顔になる。
しかもそれが最後には子供の泣き顔になって終わる。
神さん、やっぱり器用です。
あの話は本当に響きました。
もったいないので本人に確認するのはやめよう。
自分の中の想像だけでとどめておこうと思った。
そんな時間を過ごして、うっかり自分の悩みも忘れた。
とりあえずは目先の事。
次の日は曇り空、雨が降りそうな予報に傘を持って外出した。
待ち合わせたのは駅の中で、適当に目についたお店で食事をと思ってたのに、神さんのおすすめのお店を予約してくれたらしい。
地下の通路を通り、雨が降ってるのかどうかも分からないままお店に入った。
ちょっとだけ近く、隣を歩きながら、話をする。
「昨日、すぐに連絡が来ました。」
「そうだとは思いました。すみません、別に人となりを探ろうとか、そんなつもりではなかったんです。」
「そうですか。あいつを気に入った、そう言われるくらいなら嘘をつかれたいです。『昨日電車の中で元カレに会って、やり直すことにしました。』それくらいの嘘でいいです。」
「分かりました。」
そう答えたら足が止まった。
「冗談です。」
「意外に嫌な人ですね。こっちはすごく緊張してるのに。」
「お仕事で来訪されるときは全然そうじゃないですよ。そんなに二人でいる時に緊張する相手でいいんですか?」
「いい返事をもらえれば、そんな緊張も吹き飛びます。」
「じゃあ、リラックスしてください。申し訳ない気持ちになります。」
そう言ったら振り向いたまま立ち止まった。
急に立ち止まられて、後ろの人も、前から来る人も迷惑そうな視線を送って通り過ぎてる気がする。
「とりあえず歩きませんか?」
「はい・・・そうしましょう。」
その後は大人しく黙って歩いた。
滅多に来ないビルの上。
この辺りに来ることもないし、知らないと見上げることもない。
ビルのフロア案内で名前を見て、エレベーターのボタンでも確認して上がって来た。
古そうな狭いエレベーターからは想像できない空間でビックリした。
さすが横のつながりがあるんだろうか、素敵なお店だった。
神さんの名前で予約がしてあって、席に案内された。
全ての席が予約席の札を立てられていた。
昨日のあの時間で予約をとれたんだろうか?
席についてお酒をお願いした。
「もしかして、神さんが自分の予定を譲ってくれたんじゃないでしょうか?」
そう言ったら動きを止めた柿崎さん。
「・・・どうして?」
「だってどの席も予約席です。昨日のあの時間で予約が取れたなんて、ラッキー以上の何かじゃないかって。」
「そうです。本当は言うつもりもなかったんですが、わざわざあいつの予約をそのまま譲ってくれたんです。」
「そんな・・・・申し訳なかったです。神さんの彼女さんが楽しみにしてたんじゃないですか?」
「いや、男友達だって言ってたけど。」
それを信じたの?柿崎さん、よく見てください、この雰囲気。
普通男女でしょう?
そう思ったけど言わなかった。
「もう、ありがたいです。じゃあ、美味しく楽しく過ごしたいですね。」
「そう、だね。」
なんですか?
「返事が早く来てうれしかったから、だから楽しもうと思う。」
「そうです。きっと食事も美味しいです。」
先にお酒が来た。
乾杯して運ばれてきた食事に手を付ける。
「昨日もあのお店で飲んだんですか?」
「はい。邪魔しないように早めの時間に行ったんです。誰もいなかったので、少しお酒も楽しみました。」
「また行きたいと思いますか?」
「はい、もちろんです。一人でふらりと行きそうです。誰かを誘うかと言われたら、誘わないかもしれないです。一人でふらりとです。」
「僕が誘ったら?」
「・・・・その時は一緒に、・・・・もちろんです。」
確かめたかったんだろうか?
今の返事で満足だろうか?
伝わっただろうか?
フォークを置いて柿崎さんを見る。
こっちを見てた柿崎さんもフォークを置いた。
「伝わりましたか?今のが返事です。」
それはゆっくり伝わったらしい。
「・・・・ありがとう。」
その緩んだ表情に神さんの笑顔も重なった気がした。
似てるんだろうか?
そうは思わないのに。
やっぱり『神』の御利益が効いてたのかもしれない。
うっすらと立ち上ったのかもしれない。
肩が上下して深呼吸したような柿崎さん。
お互いにフォークを持って食事を始めた。
私だってちょっとは安心した。
今日の目的は今ので達成したようなものだから。
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