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2 「神」さまの計らいによって保たれた空間と時間。
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そして、メモを見ながらたどり着いた。
ちょっと早かったかもしれない。
初めての道だし、余裕を持って来たら、あっさりとたどり着いた。
地図が分かりやすかったの一言に尽きる。
まだ時間はあるけど、それでも周りを開拓しようとは思わず、そのまま分厚い扉を押し開いた。
準備中?
薄暗い店内に立ちすくんだ。
「いらっしゃいませ。」
カウンターから明るい声が聞こえてきて、恐る恐る足を踏み入れた。
「もう、大丈夫ですか。」
「はい。どうぞ。」
奥にも小さな明かりがある。ひっそりとした隠れ家のような。
慣れるとこれでもいいのかもというくらいのギリギリの明るさ。
「待ち合わせですか?」
「はい。」
「カウンターのこちらの席へどうぞ。」
とりあえず言われるままに進んで案内された席に座った。
「こちらは初めてですよね。」
「はい、そうです。」
「オーナー兼バーテンダーのジンです。よろしくお願いします。」
満面の笑顔で言われた。
「よろしくお願いします。」
目の前に立たれてしまった。
待ち合わせと言ったのに。
メニュー表も渡されないまま、話が始まった。
「ここは縁起のいいお店と評判なんです。仕事関係の人と来るとすんなりうまく行き、恋人と来ると仲が深まり、友達と来るとお互いにいいことがあり、宝くじを買ってから来るとちょっとしたお小遣い程度の当たりが出るなんてことも。」
明らかに自慢そうに聞こえる。
「名前の『ジン』って神様の神と書くんです。ご利益ありそうですよね。」
やっぱり自信があって自慢したいらしい。
「はい、そうですね。」
無難にそう答えた。棒読みになってなかったと思いたい。
ちなみにそのどれでもない私にはどんな良いことが?
ただそう言われたら、好きな人との待ち合わせとか接待だったら、期待してしまうかもしれない、勇気づけられるかもしれない。
「なんて言ってますが、いいことがあった人だけがリピートして報告してくれるのかもしれません。」
それは確かにそうだろう。
「でも、そう言われると、そんなありがたい場所に思えてくるんです、自分でも。ただ、まだ自分には奇跡は起きてないんですが。」
表情を変えながら嬉しそうに、がっかりするように、勝手にしゃべってる人。
「はじめてのお客様には勝手にウェルカムドリンクをお出ししてるんです。アルコールなしですので大丈夫ですよね。ご馳走させてください。」
そう言って一歩引いて私を見て、ちょっとカッコつけて作り始めた。
別にカッコつけてるわけじゃないかもしれないけど、何となくそう見えると言うことだ。
その職業にあんまり馴染みがないから分からないが、そういう風に振舞うものなんだろうか?
そして、なんでこの店なんだろう?
ナンパな店主のいる店だけど。本当にここ?
こっそりメモを見る。
「・・・・あの、ここは『バー成澤』さんでいいですか?」
動きが止まった。
「はい、ピッタリ同じ名前です。」
間違ってはいないらしい、ここでいいらしい。
「『神さん』ですよね。」
「ああ、店の名前は前のオーナーのものをそのまま引き継いでるんです。ただ、前のオーナーは叔父だったのでやっぱり『成澤』は無関係ですが。」
は?
「叔父はずっと独身で、一人気ままにここにいて仕事してたんですが、最後まで独身を通したのも忘れられない人がいたとか、いないとか。その人の名前かもしれないって思ってるんですが、真相は闇の中です。」
「それで叔父さんからこのお店を引き継がれたんですか?」
「そうなんです。何故か後継者に指名されまして。これでもエリートサラリーマン街道爆走中だったのに、とんだ脇道にそれました。同僚だった奴らもたまに来てくれるんですが、のんびりして楽そうだと羨ましがられます。そう見えてるなら半分は成功ですから文句も言えないです。」
「叔父さんの目は正しかったんじゃないですか?」
違和感がない、小慣れた接客、仕事スタイル。
それでもエリートサラリーマンと言われても、それも簡単に想像は出来る。
「そうでしょうか?」
「はい、最後にいいことをされたと思います。」
「じゃあ、今度お礼を言います。」
「あっ、まだご存命で。」
「そうです。」
「すみません勝手に、違うかと思ってしまいました。」
だってそう思うと思う。最後までとか、真相は闇って、そう言うことでしょう?
「ああ、もしかして他の人もそう思ってるのかな?その辺りは誰も深くは聞いてこないんです。みんな誤解してるかなぁ。」
惚けた様に言ってる。本気だろうか?
なんだかワザと言わされた気もしてきた。
「まだまだ元気です。日本縦断の旅とか言ってバイクで旅立ったきり、時々絵葉書が来るだけです。まさか帰ってきたあとに店を返せとか言われても困ります。」
話がどうも相手ペースに乗せられてる気がする。何か作為を感じる。
「どうぞ。」
差し出されたカクテルグラスを手にする。
話をしながらも器用に作ってくれた。
薄いグリーンが爽やかな一杯だった。
「綺麗です。」
一言の感想を言い、見つめたあと口をつけた。
「どうですか?」
「爽やかです。好きな味です。」
「良かったです。少し仕事後の堅い感じが抜けましたね。」
そう言われた。
はじめての場所で緊張していたと思う。
それに忘れそうだけど待ち合わせ中なのだ。
それも初めての、ほとんどよくは知らない人と。
時計をちらりと見る。
少し早めについたのでやっと約束の時間になったくらいだった。
店内にはまだ自分だけしかいない。
このあと誰かが来るたびに振り返ってしまいそうだ。
一度リラックスしたつもりがまた緊張してきた。
うっかり忘れていた目的を思い出し、今度はもっと違う緊張かもしれない。
「待ち合わせの方、迷ってないでしょうか?この店は近道をしようとすると何故か辿り着けないとよく言われるんです。ほんとに分かりにくいんです。やっぱり『神』の御加護にあやかりたいなら多少の苦難を乗り越えてもらいたいってところでしょうか?」
それも冗談なんだろう。
待ち合わせの時点でリピーターが待ち合わせの相手だとわかるだろうし。
普通に手書きの地図でたどり着いたし。
そろそろ時間だ。
なんだかとても待ってました、みたいな感じになるのは、このオーナーのせいかもしれない。
ただ、一人で無言で待ってたとしても緊張と後悔がぐるぐるとしてたかもしれない。
待ち合わせの相手について全く聞かれない。
拒否の場合は伝言を残してほしいと言っていたのに。
その話はオーナーには伝わってないのだろうか?
入り口で声がした。
顔なじみの二人、一組が来たらしい。
つい振り返ってしまった、聞こえてきた声で違うとは分かった気がするのに。
よく考えたら変だ。
止めよう。
先にお酒を飲んでもいいものだろうか?
遅くなるならそのときこそ伝言をもらえると思うのに、それは無さそうで。
じゃあ、もう向かっていて、まあまあの時間にはつく予定なんだろう。
離れたテーブルの席でオーナーはマイペースに新しい二人と盛り上がっている。
バカ正直に仕事のあと真っ直ぐに来た自分が恥ずかしくなる。
外でコーヒーでも飲みながら勉強してても良かった。
こんなに暗いところでテキストを広げる気にはならない。
隣の席に置かれたメニュー表を見る。
お腹空いた。
「先に何か食べますか?」
つい視線をたどられたらしい。
「実はお腹空いたんです。」
今日は一人だったし、午後に眠くならないように昼を軽めにしたから。そう言いたい。
「じゃあナッツでも。どうぞ。」
そう言って小さなガラス容器に入れらてたミックスナッツに手を伸ばした時、オーナーの視線が入り口に、つい同じように振り返ってしまった。
当然視線が合った。
そして、つかんだナッツをそっと戻した。
「すみません、遅くなってしまって。これでも急いだんです。」
確かに入って来た感じがそんな感じだった。
「大丈夫です。」
ずっと待っていたと思われても恥ずかしい。
「ちゃんとおもてなししてたから、大丈夫だよ。ね、石野さん。」
「はい。」
オーナーに軽い調子で言われた。
名前を教えた覚えはない。
やはり伝言はあったらしい。
『石野さんという女性から、行けないと伝言があるかもしれない。』とそんな感じで。
柿崎さんは隣に座ることなく、オーナーと軽い会話をして、私をテーブルに誘った。
さすがにそうだろう。
まさかほぼ初対面の二人の会話だから、このカウンターじゃあ、話しづらいだろう。
結局他にはじめての女性客がいなかったので、軽い自己紹介もどきやオリジナルドリンクサービスがどんな感じで受け入れられてるのかは分からなかった。
「本当に遅くなってしまって申し訳なかったです。もっと早く来れると思ってたのに。」
「大丈夫です。神さんに話し相手になっていただいてたので退屈する暇もなかったです。」
「だよね!」
いきなり後ろで声がしてびっくりした。
振り向くと本当にそこにいたらしい。
そして人の賛辞を素直に受け入れるタイプらしい。
そんなタイプはいる。
なんと生きやすいタイプなんだとよく思う、ここにもいたのだ。
注文もしてないのに勝手にグラスが2つ運ばれてきた。
いつの間に?
「本日のスペシャルメニューです。キリリと冷えてます。美味しく飲んでください。」
そう言っていなくはなった。
その後ろ姿を最後まで見送った。
前を向くと普通にグラスを持たれて浮かされた。慌てて乾杯する。
カチリと冷たい音が響いた。
とりあえず口をつけたけど、話を始めてもらったほうが助かるのに。
お互い硬い雰囲気のまま。
「いろんな会社に行くと受付の女の人と知り合えますか?」
自分の唐突な質問があまりに飾り気なく、どういう意味か分かりかねるといった顔を返された。
しばらく見合ったまま。
「他の会社で決まって受付があるとは限らないけど。むしろ相手のデスクの内線を鳴らして自分で呼ぶシステムだったり、携帯に連絡したり。そもそも会社に伺うことも少ないですよ。システムや納品された機器関係のメンテナンス業でもないですし。」
まっすぐに見られて、目が合ったままそう言われた。
「それに、今まで個人的に声をかけたこともないし、他の人にはそんな事も考えなかったです。それが聞きたかったのなら。」
正解です、それが聞きたかったのだと思います。別に・・・・ちょっとした興味です。
分かったのは常習犯じゃないらしいということ。
「石野さん、何、食べる?二杯目もどうぞ!」
またしてもいいタイミングで会話に入ってきた神さん。
ずっと聞いてたんだろう、それは明らかだ。
手にはメニュー表を持っているが、タイミングは完璧。
とりあえず二人でメニューを見る。
そこに待機してるのはわかってる。
おすすめを言うでもなく、そこにいるだけ。
さすがに無言でメニューを見つめるだけで決まらない二人に、口と指を出した。
「これなんかおすすめです。僕の鉄板メニューです。苦手なものはありますか?」
「いいえ。」
「じゃあ、これとこれはどうですか?。」
勧められて前の人を見た。
「じゃあそれで。」
「了解です。お酒もどんどん飲んでください。なんと言っても奢りだし、喜んで部屋まで送っていくと思いますから。」
勝手に決めてる。
「大丈夫です。普通の人くらいは飲めますし、ちゃんと帰れます。もちろん会計も自分の分は出します。」
きちんと伝えた。
「いえ、遅れてきたんだし、誘った僕が払います。」
しーん。
いつも来社するときは程よく笑顔だし、もっと・・・営業慣れた感じだった。こんなに会話が途切れるなんて思わなかったのに。逆にどうしたの?
たたまれたメニュー表を開いてお酒を見る。
「前にいた受付の人に聞いたことがあるんですが。」
「何をですか?」
「名前とちょっと。」
「もしかして私の、ですか?」
「はい。ちょうど休みだった日で、その人に取り次いでもらって空いてる隣の場所を見てたら、普通に教えてくれました。無理に・・・頼んだわけじゃないんです。」
有給をとって休んだ日のどれかだろう。
何も言われてないから知らない話だった。
「やはり・・・・何も聞いてませんか?」
「何をですか?」
そう聞いたら視線を外された。
「・・・・いえ。」
会話は終了。
思わずため息が出る。
確か営業六年目だと聞いた気がする。えっと、いつ、誰に・・・・・?
ああっ、そう言えば聞かされた。たしかに前の相棒に。
柿崎さんには二人で座ってる時でもたいてい私が頼まれた。
スキのない美人には声をかけづらいんだろうと思ってた。
私はそういう意味でのスキはあったと思う。
営業スマイルは身についたと思うのに、ただそれだけで、資質的なものは全然だった。
確かにいつものように対応して、待ってもらってるときに、こっそり囁かれた。
なんで知ってるんだろうと思ってたのに、そういうことだったんだろうか?
私の情報と引き換えに聞いたんだろうか?
どう反応したのかも忘れたくらい。
『そうですか、落ち着いてますよね。』なんて答えたかも。
『飲みに誘おうっかなぁ。』なんてのんきに言ってたから、彼氏に怒られますよと言った気がする。
『二人じゃなきゃいいよ、許される。』
・・・・ああ、結構思い出した。
「彼女と飲みに行ったんですか?」
「誰ですか?」
「その受付の人です。誘うって言ってました。」
「まさか、行ってないです。今度石野さんも入れて飲みに行こうとその時は言ってくれましたが、ダメだったのかと、もしくは怪しがられたか、もしくは単に忘れられたか。」
「知りません、誘われてません。」
花積さん、いい加減すぎる!
「断られたのかと思ってました。でも対応は変わらないし、さすがプロとも思ってましたが。」
「誘われてません。初めて聞きました。全然知りませんでした。」
「そうですか。じゃあ・・・・・。」
その後は続かなかったけど、少し表情が緩くなった気がする。
「きっと本気には思われなかったんじゃないですか?」
もしくは怪しいと。
「人の力を頼りにしてもいいことはないってことでしょうね。」
「はいはいお待たせしました~。おすすめのメニューです。」
元気に会話に割り込まれた。
静かで薄暗いお店の中、それなりに静かに会話をしてる私たち二人に、マスター自らが雰囲気ぶち壊しの騒々しさ。
「どうぞ。」
笑顔で言われた。
一歩下がった神さん。
でもそのまま動く気配はなく、もしかして感想待ち?
正面を見たら気がついたらしい。
「美味しくいただきますから。」
柿崎さんの言葉は感情を押し殺したような声にも聞こえた。
暗に放っといてくださいと、そんな感じだった。
「それが何度も空振りの予約席を申し込んだ店のオーナーに言うセリフでしょうか?」
まったく気づかない風で神さんがそう言った。
「この席は何度も予約され、何度もキャンセルされてるんです。そして、やっと今日誘えたらしいと、めでたいことです。とことん神に見放された奴なのか?と思って、今日もすぐにキャンセルされると思ってたんです。今回は僕のパワーと言うより石野さんの慈悲深さのおかげですよね。」
軽く手を合わされて頭を下げられた。
「じゃあ、ごゆっくり。」
立ち去るその姿は楽しそうにも見える。
世話好きか、空気を読んだか、ただ黙っていられなかったか。どれも否定しづらい。
明かされた事実を考える前に声がした。
「一人の時があったらって、ずっと思ってました。」
「打ち合わせはできるだけそちらの会社に伺うことにして、チャンスを待っていたのは、そのとおりです。」
事実だと言われた。
むしろ二人のときに声をかけたら、もっと簡単に話が進むとは思わなかったんだろうか?初めから一対一より誘いやすいし、誘われやすいと思うのに。
「美味しい料理は温かいうちに!」
遠くから声がした。
「食べましょう、とりあえずあいつは黙らせたいです。喋り過ぎです。」
「仲が良くて、相当な顔馴染みなんですね。」
「なにか聞きましたか?」
「何をですか?」
「昔からの腐れ縁の幼なじみです。いい会社に入って出世すると思ってたのに、びっくりのバーのマスターに転身です。」
「はい、叔父さんに託された話は伺いました。接客にも向いてますよね。一人で待ってる間も本当に退屈せずにいれました。」
「石野さんがそう言うなら、感謝します。何か勝手に僕の事を言ってませんでしたか?」
「いいえ、待ち合わせの相手が誰かは私も言いませんでしたし、名前も聞かれませんでした。」
「そのへんは自力で口説かないと意味ないよね。一目惚れして片想いして、振られたかもと泣き言聞いて、今日もチャンスがなくてキャンセルでいいって、さすがに聞き飽きたくらいで。」
また・・・・また後ろで声がした。
今度も本当にすぐ後ろだった。
耳がいいらしい。気配も消せるらしい。さすが元エリートサラリーマン。
「それ以外のエピソードがあるならどうぞ、ごゆっくり。」
カウンターに戻る神さん。
もともと大きなお店でもないし、音楽はうっすら流れてるというくらいのボリュームだ。
柿崎さんについてわかったのは、仕事中の姿から想像するより不器用なのかもしれないということだった。
「僕の名刺の住所、見ましたか?」
いきなり聞かれた。
ジャケットの中のポケットを探る。
会社の入ってるビルを見たら、どこにあるのかわかった。
よく知ってる。毎週通ってると言える場所だった。
「偶然見かけたんです。会社に戻るときで前を歩いてました。どうしてあそこにいるんだろうと思って、同じエレベーターに乗って。」
確かに、あり得るかもしれない。
「それから何度か同じ曜日に会えると分かって、近くのカフェにいて仕事をしてました。同じカフェに立ち寄ってくれたら、そんな偶然を装えたらって思ってたのに、流石にまっすぐ帰ってましたね。」
週の前半だし、授業が終わったらまっすぐに駅に向かってた。よそ見なんてすることもなく。知り合いがいない訳ではない。顔馴染みにはなって、ちょっとした会話はするくらいだけど、食事をと誘い合うことはなかった。
どんな顔をしてあのビルから出てカフェの前を通ってたんだろう。
途中どこかに寄りたいとも思わない、そんな疲労感という訳ではないけど、気分転換が必要でもない程度。
そんな自分を見ていたと言われて、うれしいと思うはずはないのに。
「すみませんでした。二回・・・三回です。なかなか時間通りに仕事が終わったり、そこに居れたりすることもないし、人ごみで見つけるのもそんなに簡単じゃないし、席もいい場所が空いてるとは限らなくて。」
そう言った時点で他にも何回かはあの店にいたんじゃないかと思ったりするけど。
そんな事は忘れようと思った。
後をつけられたのではないと信じたい。
「本当に、見かけたらラッキーみたいな感じでした。ちょっとは期待したんですが、いつも前だけしか向いてない感じで。偶然は起こらないと諦めました。本当に今日のあの時までは。」
「来てくれてありがとうございました。電話をかけて聞く勇気がなくて、ただ祈るような気持ちで、それ以上に待たせてしまったという気持ちで。」
「あの、いいです。私が知らないことは・・・・もう。」
「ちょっと気分転換に誘われました。美味しいお酒を飲んで、プロの接客の神さんの話を聞いて、それで・・・・・食事をしましょう。」
目の前の料理はまだある。
それでもメニュー表を開いてお酒と食べ物を見る。
「これ食べたことがありますか?」
「はい。」
「それもめちゃくちゃおすすめですよ。」
やっぱり油断してたのかもしれない。
仕切り直しをしたから、その切り替えを察知して寄って来たらしい。
「じゃあ、これを。後最初に作っていただいたものに、少しアルコールを混ぜてもらうことは出来ますか?」
「もちろんです。」
そう言って柿崎さんを見る。
「同じものを。」
グラスをあげて柿崎さんももう一杯頼んだ。
「どのくらいここにはいらっしゃるんですか?」
「週に一回くらい、たいてい金曜日に来てます。」
「そんな気のおけない店があるといいですね。」
「まあ、そうですね。仕事は残業がないって聞きました。あそこに通ってる日以外はどうしてるんですか?」
そんな事も花積さんに聞いたんだろうか?
「ほとんどすぐに部屋に戻ります。やりたいことは週末にも出来ます。」
「そうですか。」
「また、誘ったら迷惑ですか?」
そう言われた。
どう答えるべきか分からない。
名前と仕事と大体の年齢しか知らない。
4歳上くらいだろうか?
先に神さんの年齢を聞いておけばわかったのに。
「少し考えてもいいですか?」
「はい。・・・・当然です。」
こんな調子で会って楽しいんだろうか?
『さすがプロ』と認めてくれたように営業スマイルは自然に顔にはりつくし、たまの接客くらい余裕で対応するから。
思ってたのと違うと思われるかもしれない。
「はい、お待たせしました。お酒はもう少しお待ちください。」
そう言っておかれた大きめのお皿。
実際には余白がたっぷり、盛り付けもそれなりに手を尽くしてる気がする。
おしゃれに余念がないタイプかもしれない。
「幼なじみは、どこからどこまで一緒だったんですか?」
神さんを見送った後聞いた。
「幼稚園から高校までです。」
長い・・・・。
「それは家もご近所ということですよね。」
「途中引っ越してしまって、幼い頃よりは離れたんだけど、転校はしなくても済みました。だから本当に出身は一緒です。クラスは違うことの方が多かったくらいです。」
「じゃあ、内緒事は出来ませんね。」
「そうなんだよね、というかほとんど不幸な相談ばかりでなかなか・・・・。やっぱり『神』に見放されてるタイプなのかもね。可哀想だけど、そんな奴もいるんだよね。僕も万能じゃないって事で力足らずで、まだまだです。」
お酒がテーブルに置かれた。
最初の爽やかな色はそのままだった。
「このサービスの一杯はお客様を見て、印象で自分が勝手に決めてるんです。石野さんはどう思いました?」
「どう・・・・でしょうか?自分ではあんまり分からないです。こんな透明で綺麗な色だったらすごくうれしいです。」
「聖人、どう?」
「ああ、いいと思う。そんな感じがする。スッキリして透明感がある感じで、味は分からないけど、色だけだと、合ってる気がする。」
だからほとんど営業スマイルの部分だと思うのに。
「ありがとうございます。」
お礼は言った。
「また二人で来てください。何度か会うとちょっとづつイメージが変わる人がいるんです。そんなのも楽しんだりできるのもこの職業のいい所です、是非。今度は違う色かもしれません。」
「サービスは今日だけですよね。営業トークでしたか?」
「バレましたか。そうです。少しでもお客様を増やして、広くご利益を振りまいて感謝されたいタイプなんです。こう見えても褒められて感謝されたいタイプなんです。」
「そう見えてます。」「そのままだろう。」
声が揃った。
「あ?どういうこと?」
「そういうことだよ。」
「そうか、聖人もご利益欲しいのか。まあ、友達枠だから特別な。保証はないし、今回とは限らないけど。」
そう言いながら手を振っていなくなった。
いつの間にかカウンターにはお客様が増えていた。
多分ご利益をもらった人々だろう。
駅から離れたここはあの地図がないとなかなかたどり着けなかったかもしれない。
分かりにくい道にはまり込んだら、どこまでも分からなくなりそうだった。
分かりやすい地図で迷いもなくつくことができて、早めに来すぎたくらいだったし。
そんな場所でお店をやるのも勇気がいるだろう。
グラスの近くに紙が差し出された。
いつの間にかコースターに電話番号と連絡先が書いてあった。
ん?・・・・いつの間に・・・・。
「あいつが勝手に置いて行ったんです。でも返事は考えていただいた後、そこに連絡もらえたら、・・・・待ってます。」
「これは柿崎さんの連絡先ですよね。」
「もちろんです。あいつ経由で返事を聞くのは悲しいですので。」
「もちろんです。」
コースターを手にして、バッグに仕舞い込んだ。
「また二週間後、会社の方には行く予定です。出来れば、その前に・・・・・出来たら。」
「はい。分かりました。」
私から連絡先は渡さずにいた。
名刺も渡してない。名前は知ってるみたいだ。
いつも社員証をつけているから、それは知ってるかもしれない。
ゆっくりグラスに口をつける。
それでも小さなグラスのお酒はあっという間になくなる。
「お酒は強いんですか?」
まったく変化のない顔を見てそう聞いた。
「大学の頃から今まで、困ったことはないです。どんなに飲んでも酔わないし、酔えないんです。」
「それは、良かったですね。」
「まあ、そうですね。」
「それがそうとも限らないんです。酔いたくなる時もあるんですよ。特に今日なんて。」
またまたの会話のカットイン。
「酔わなくてもお腹いっぱいにはなるので、ここでも最高五杯くらいしか飲んでくれないんです。もっともっとって勧めたいんですが。それにどうせ夜は暇なくせに週に一度くらいしか来てくれなくて。食事をするだけでもいいのにね。」
「はあ。」
単純に売り上げに貢献しろと友達に言いたいのだろうか?
勝手にやって欲しい。
前半の会話は無視した。
すぐに他のテーブルに話しに行く神さん。
そんなスタイルの人らしい。
ここで愚痴や悪口や内緒話はしない方がいいらしい。
そう思ったらいいお酒が飲める場所になるんじゃないだろうか?
ちょっと落ち込んでてもさり気なく・・・もなく気分をあげてくれるかもしれないと。
そんなお店なんだろうか?
神さんの背中を見てそう思って、視線を戻したらすぐに逸らされた。
ずっと見られてて、恥ずかしいのはこっちなのに。
「仕事でいろんな人、営業担当を見たりすると思うんですが、どうですか?」
「どう・・・とは?」
「素敵だなあと思う人がいたりするんですか?」
「そうかもしれません。前の相棒だった先輩はさっさと見初められて辞めていきました。そんな事もあるんだと思います。」
花積さんの相手は本当に三度くらいしか訪問してない人だった。
最初から素敵な人だと、向かってくる姿に呟いていた先輩、その先輩の前に立って名刺を差し出したその人が帰り際に個人情報を乗せた名刺を先輩に渡した。
すかさず先輩も自分の名刺をカウンターに乗せて滑らせて。
まさか先輩が常備してたなんて。
自分の名刺なんて出すこともないから、減ってもいなかった私。
それまでもさり気なさを装い私を含めて二人まとめて飲みに誘ってくれる人はいた。
花積さんの前の人も綺麗だったし。私も当時は初々しかった・・・・と思いたい。
それでも名刺の活躍する場はほとんどなかった。
彼氏がいたし一歩引いてた時期もあった、その存在がなくなってからもなかった。
名刺は結局、ロッカーの奥にしまっていて、最近自分でも見てない。
実家に一枚、おじいちゃんおばあちゃんに一枚、それが父方母方二件。
あとはうれしくて最初に友達に配った数枚くらいだった。
最近では名刺入れも持ち歩いてない。
数枚は入ってるけどずっと受付カウンターの引き出しの奥の奥だ。
わたしに限っては無用なものだ。
そんな現実を寂しく思っていて、ふと気がついたら目が合った。
油断し過ぎてるかもしれない。
久しぶり過ぎて現実味もなく、ついでに盛り上がりもなく。
私のせいだろうか?
冷静なままの気持ちでここにいる自分と、はっきりと不器用に振舞う相手と。
最初から変わらずマイペースの神さん。
その後もポツポツと話をしてお会計をしてもらった。
ちゃんとお礼と感想を言った。
正直言って助けられたと思う。
そんな気持ちを込めてお礼を言ったら素直に受け取られて、にこやかに手を振られた。
来た道とは違う道を、柿崎さんの後ろをついて歩いていく。
全くわかりにくい、目印がない、暗い道、細い曲り道。
やっぱり『神』の元にはそうそうショートカットは出来ないらしい。
駅でご馳走になったお礼を言って別れた。
特に何も変わらない状態のまま、お辞儀で見つめ合う時間も避けて、改札に入った。
ちょっと早かったかもしれない。
初めての道だし、余裕を持って来たら、あっさりとたどり着いた。
地図が分かりやすかったの一言に尽きる。
まだ時間はあるけど、それでも周りを開拓しようとは思わず、そのまま分厚い扉を押し開いた。
準備中?
薄暗い店内に立ちすくんだ。
「いらっしゃいませ。」
カウンターから明るい声が聞こえてきて、恐る恐る足を踏み入れた。
「もう、大丈夫ですか。」
「はい。どうぞ。」
奥にも小さな明かりがある。ひっそりとした隠れ家のような。
慣れるとこれでもいいのかもというくらいのギリギリの明るさ。
「待ち合わせですか?」
「はい。」
「カウンターのこちらの席へどうぞ。」
とりあえず言われるままに進んで案内された席に座った。
「こちらは初めてですよね。」
「はい、そうです。」
「オーナー兼バーテンダーのジンです。よろしくお願いします。」
満面の笑顔で言われた。
「よろしくお願いします。」
目の前に立たれてしまった。
待ち合わせと言ったのに。
メニュー表も渡されないまま、話が始まった。
「ここは縁起のいいお店と評判なんです。仕事関係の人と来るとすんなりうまく行き、恋人と来ると仲が深まり、友達と来るとお互いにいいことがあり、宝くじを買ってから来るとちょっとしたお小遣い程度の当たりが出るなんてことも。」
明らかに自慢そうに聞こえる。
「名前の『ジン』って神様の神と書くんです。ご利益ありそうですよね。」
やっぱり自信があって自慢したいらしい。
「はい、そうですね。」
無難にそう答えた。棒読みになってなかったと思いたい。
ちなみにそのどれでもない私にはどんな良いことが?
ただそう言われたら、好きな人との待ち合わせとか接待だったら、期待してしまうかもしれない、勇気づけられるかもしれない。
「なんて言ってますが、いいことがあった人だけがリピートして報告してくれるのかもしれません。」
それは確かにそうだろう。
「でも、そう言われると、そんなありがたい場所に思えてくるんです、自分でも。ただ、まだ自分には奇跡は起きてないんですが。」
表情を変えながら嬉しそうに、がっかりするように、勝手にしゃべってる人。
「はじめてのお客様には勝手にウェルカムドリンクをお出ししてるんです。アルコールなしですので大丈夫ですよね。ご馳走させてください。」
そう言って一歩引いて私を見て、ちょっとカッコつけて作り始めた。
別にカッコつけてるわけじゃないかもしれないけど、何となくそう見えると言うことだ。
その職業にあんまり馴染みがないから分からないが、そういう風に振舞うものなんだろうか?
そして、なんでこの店なんだろう?
ナンパな店主のいる店だけど。本当にここ?
こっそりメモを見る。
「・・・・あの、ここは『バー成澤』さんでいいですか?」
動きが止まった。
「はい、ピッタリ同じ名前です。」
間違ってはいないらしい、ここでいいらしい。
「『神さん』ですよね。」
「ああ、店の名前は前のオーナーのものをそのまま引き継いでるんです。ただ、前のオーナーは叔父だったのでやっぱり『成澤』は無関係ですが。」
は?
「叔父はずっと独身で、一人気ままにここにいて仕事してたんですが、最後まで独身を通したのも忘れられない人がいたとか、いないとか。その人の名前かもしれないって思ってるんですが、真相は闇の中です。」
「それで叔父さんからこのお店を引き継がれたんですか?」
「そうなんです。何故か後継者に指名されまして。これでもエリートサラリーマン街道爆走中だったのに、とんだ脇道にそれました。同僚だった奴らもたまに来てくれるんですが、のんびりして楽そうだと羨ましがられます。そう見えてるなら半分は成功ですから文句も言えないです。」
「叔父さんの目は正しかったんじゃないですか?」
違和感がない、小慣れた接客、仕事スタイル。
それでもエリートサラリーマンと言われても、それも簡単に想像は出来る。
「そうでしょうか?」
「はい、最後にいいことをされたと思います。」
「じゃあ、今度お礼を言います。」
「あっ、まだご存命で。」
「そうです。」
「すみません勝手に、違うかと思ってしまいました。」
だってそう思うと思う。最後までとか、真相は闇って、そう言うことでしょう?
「ああ、もしかして他の人もそう思ってるのかな?その辺りは誰も深くは聞いてこないんです。みんな誤解してるかなぁ。」
惚けた様に言ってる。本気だろうか?
なんだかワザと言わされた気もしてきた。
「まだまだ元気です。日本縦断の旅とか言ってバイクで旅立ったきり、時々絵葉書が来るだけです。まさか帰ってきたあとに店を返せとか言われても困ります。」
話がどうも相手ペースに乗せられてる気がする。何か作為を感じる。
「どうぞ。」
差し出されたカクテルグラスを手にする。
話をしながらも器用に作ってくれた。
薄いグリーンが爽やかな一杯だった。
「綺麗です。」
一言の感想を言い、見つめたあと口をつけた。
「どうですか?」
「爽やかです。好きな味です。」
「良かったです。少し仕事後の堅い感じが抜けましたね。」
そう言われた。
はじめての場所で緊張していたと思う。
それに忘れそうだけど待ち合わせ中なのだ。
それも初めての、ほとんどよくは知らない人と。
時計をちらりと見る。
少し早めについたのでやっと約束の時間になったくらいだった。
店内にはまだ自分だけしかいない。
このあと誰かが来るたびに振り返ってしまいそうだ。
一度リラックスしたつもりがまた緊張してきた。
うっかり忘れていた目的を思い出し、今度はもっと違う緊張かもしれない。
「待ち合わせの方、迷ってないでしょうか?この店は近道をしようとすると何故か辿り着けないとよく言われるんです。ほんとに分かりにくいんです。やっぱり『神』の御加護にあやかりたいなら多少の苦難を乗り越えてもらいたいってところでしょうか?」
それも冗談なんだろう。
待ち合わせの時点でリピーターが待ち合わせの相手だとわかるだろうし。
普通に手書きの地図でたどり着いたし。
そろそろ時間だ。
なんだかとても待ってました、みたいな感じになるのは、このオーナーのせいかもしれない。
ただ、一人で無言で待ってたとしても緊張と後悔がぐるぐるとしてたかもしれない。
待ち合わせの相手について全く聞かれない。
拒否の場合は伝言を残してほしいと言っていたのに。
その話はオーナーには伝わってないのだろうか?
入り口で声がした。
顔なじみの二人、一組が来たらしい。
つい振り返ってしまった、聞こえてきた声で違うとは分かった気がするのに。
よく考えたら変だ。
止めよう。
先にお酒を飲んでもいいものだろうか?
遅くなるならそのときこそ伝言をもらえると思うのに、それは無さそうで。
じゃあ、もう向かっていて、まあまあの時間にはつく予定なんだろう。
離れたテーブルの席でオーナーはマイペースに新しい二人と盛り上がっている。
バカ正直に仕事のあと真っ直ぐに来た自分が恥ずかしくなる。
外でコーヒーでも飲みながら勉強してても良かった。
こんなに暗いところでテキストを広げる気にはならない。
隣の席に置かれたメニュー表を見る。
お腹空いた。
「先に何か食べますか?」
つい視線をたどられたらしい。
「実はお腹空いたんです。」
今日は一人だったし、午後に眠くならないように昼を軽めにしたから。そう言いたい。
「じゃあナッツでも。どうぞ。」
そう言って小さなガラス容器に入れらてたミックスナッツに手を伸ばした時、オーナーの視線が入り口に、つい同じように振り返ってしまった。
当然視線が合った。
そして、つかんだナッツをそっと戻した。
「すみません、遅くなってしまって。これでも急いだんです。」
確かに入って来た感じがそんな感じだった。
「大丈夫です。」
ずっと待っていたと思われても恥ずかしい。
「ちゃんとおもてなししてたから、大丈夫だよ。ね、石野さん。」
「はい。」
オーナーに軽い調子で言われた。
名前を教えた覚えはない。
やはり伝言はあったらしい。
『石野さんという女性から、行けないと伝言があるかもしれない。』とそんな感じで。
柿崎さんは隣に座ることなく、オーナーと軽い会話をして、私をテーブルに誘った。
さすがにそうだろう。
まさかほぼ初対面の二人の会話だから、このカウンターじゃあ、話しづらいだろう。
結局他にはじめての女性客がいなかったので、軽い自己紹介もどきやオリジナルドリンクサービスがどんな感じで受け入れられてるのかは分からなかった。
「本当に遅くなってしまって申し訳なかったです。もっと早く来れると思ってたのに。」
「大丈夫です。神さんに話し相手になっていただいてたので退屈する暇もなかったです。」
「だよね!」
いきなり後ろで声がしてびっくりした。
振り向くと本当にそこにいたらしい。
そして人の賛辞を素直に受け入れるタイプらしい。
そんなタイプはいる。
なんと生きやすいタイプなんだとよく思う、ここにもいたのだ。
注文もしてないのに勝手にグラスが2つ運ばれてきた。
いつの間に?
「本日のスペシャルメニューです。キリリと冷えてます。美味しく飲んでください。」
そう言っていなくはなった。
その後ろ姿を最後まで見送った。
前を向くと普通にグラスを持たれて浮かされた。慌てて乾杯する。
カチリと冷たい音が響いた。
とりあえず口をつけたけど、話を始めてもらったほうが助かるのに。
お互い硬い雰囲気のまま。
「いろんな会社に行くと受付の女の人と知り合えますか?」
自分の唐突な質問があまりに飾り気なく、どういう意味か分かりかねるといった顔を返された。
しばらく見合ったまま。
「他の会社で決まって受付があるとは限らないけど。むしろ相手のデスクの内線を鳴らして自分で呼ぶシステムだったり、携帯に連絡したり。そもそも会社に伺うことも少ないですよ。システムや納品された機器関係のメンテナンス業でもないですし。」
まっすぐに見られて、目が合ったままそう言われた。
「それに、今まで個人的に声をかけたこともないし、他の人にはそんな事も考えなかったです。それが聞きたかったのなら。」
正解です、それが聞きたかったのだと思います。別に・・・・ちょっとした興味です。
分かったのは常習犯じゃないらしいということ。
「石野さん、何、食べる?二杯目もどうぞ!」
またしてもいいタイミングで会話に入ってきた神さん。
ずっと聞いてたんだろう、それは明らかだ。
手にはメニュー表を持っているが、タイミングは完璧。
とりあえず二人でメニューを見る。
そこに待機してるのはわかってる。
おすすめを言うでもなく、そこにいるだけ。
さすがに無言でメニューを見つめるだけで決まらない二人に、口と指を出した。
「これなんかおすすめです。僕の鉄板メニューです。苦手なものはありますか?」
「いいえ。」
「じゃあ、これとこれはどうですか?。」
勧められて前の人を見た。
「じゃあそれで。」
「了解です。お酒もどんどん飲んでください。なんと言っても奢りだし、喜んで部屋まで送っていくと思いますから。」
勝手に決めてる。
「大丈夫です。普通の人くらいは飲めますし、ちゃんと帰れます。もちろん会計も自分の分は出します。」
きちんと伝えた。
「いえ、遅れてきたんだし、誘った僕が払います。」
しーん。
いつも来社するときは程よく笑顔だし、もっと・・・営業慣れた感じだった。こんなに会話が途切れるなんて思わなかったのに。逆にどうしたの?
たたまれたメニュー表を開いてお酒を見る。
「前にいた受付の人に聞いたことがあるんですが。」
「何をですか?」
「名前とちょっと。」
「もしかして私の、ですか?」
「はい。ちょうど休みだった日で、その人に取り次いでもらって空いてる隣の場所を見てたら、普通に教えてくれました。無理に・・・頼んだわけじゃないんです。」
有給をとって休んだ日のどれかだろう。
何も言われてないから知らない話だった。
「やはり・・・・何も聞いてませんか?」
「何をですか?」
そう聞いたら視線を外された。
「・・・・いえ。」
会話は終了。
思わずため息が出る。
確か営業六年目だと聞いた気がする。えっと、いつ、誰に・・・・・?
ああっ、そう言えば聞かされた。たしかに前の相棒に。
柿崎さんには二人で座ってる時でもたいてい私が頼まれた。
スキのない美人には声をかけづらいんだろうと思ってた。
私はそういう意味でのスキはあったと思う。
営業スマイルは身についたと思うのに、ただそれだけで、資質的なものは全然だった。
確かにいつものように対応して、待ってもらってるときに、こっそり囁かれた。
なんで知ってるんだろうと思ってたのに、そういうことだったんだろうか?
私の情報と引き換えに聞いたんだろうか?
どう反応したのかも忘れたくらい。
『そうですか、落ち着いてますよね。』なんて答えたかも。
『飲みに誘おうっかなぁ。』なんてのんきに言ってたから、彼氏に怒られますよと言った気がする。
『二人じゃなきゃいいよ、許される。』
・・・・ああ、結構思い出した。
「彼女と飲みに行ったんですか?」
「誰ですか?」
「その受付の人です。誘うって言ってました。」
「まさか、行ってないです。今度石野さんも入れて飲みに行こうとその時は言ってくれましたが、ダメだったのかと、もしくは怪しがられたか、もしくは単に忘れられたか。」
「知りません、誘われてません。」
花積さん、いい加減すぎる!
「断られたのかと思ってました。でも対応は変わらないし、さすがプロとも思ってましたが。」
「誘われてません。初めて聞きました。全然知りませんでした。」
「そうですか。じゃあ・・・・・。」
その後は続かなかったけど、少し表情が緩くなった気がする。
「きっと本気には思われなかったんじゃないですか?」
もしくは怪しいと。
「人の力を頼りにしてもいいことはないってことでしょうね。」
「はいはいお待たせしました~。おすすめのメニューです。」
元気に会話に割り込まれた。
静かで薄暗いお店の中、それなりに静かに会話をしてる私たち二人に、マスター自らが雰囲気ぶち壊しの騒々しさ。
「どうぞ。」
笑顔で言われた。
一歩下がった神さん。
でもそのまま動く気配はなく、もしかして感想待ち?
正面を見たら気がついたらしい。
「美味しくいただきますから。」
柿崎さんの言葉は感情を押し殺したような声にも聞こえた。
暗に放っといてくださいと、そんな感じだった。
「それが何度も空振りの予約席を申し込んだ店のオーナーに言うセリフでしょうか?」
まったく気づかない風で神さんがそう言った。
「この席は何度も予約され、何度もキャンセルされてるんです。そして、やっと今日誘えたらしいと、めでたいことです。とことん神に見放された奴なのか?と思って、今日もすぐにキャンセルされると思ってたんです。今回は僕のパワーと言うより石野さんの慈悲深さのおかげですよね。」
軽く手を合わされて頭を下げられた。
「じゃあ、ごゆっくり。」
立ち去るその姿は楽しそうにも見える。
世話好きか、空気を読んだか、ただ黙っていられなかったか。どれも否定しづらい。
明かされた事実を考える前に声がした。
「一人の時があったらって、ずっと思ってました。」
「打ち合わせはできるだけそちらの会社に伺うことにして、チャンスを待っていたのは、そのとおりです。」
事実だと言われた。
むしろ二人のときに声をかけたら、もっと簡単に話が進むとは思わなかったんだろうか?初めから一対一より誘いやすいし、誘われやすいと思うのに。
「美味しい料理は温かいうちに!」
遠くから声がした。
「食べましょう、とりあえずあいつは黙らせたいです。喋り過ぎです。」
「仲が良くて、相当な顔馴染みなんですね。」
「なにか聞きましたか?」
「何をですか?」
「昔からの腐れ縁の幼なじみです。いい会社に入って出世すると思ってたのに、びっくりのバーのマスターに転身です。」
「はい、叔父さんに託された話は伺いました。接客にも向いてますよね。一人で待ってる間も本当に退屈せずにいれました。」
「石野さんがそう言うなら、感謝します。何か勝手に僕の事を言ってませんでしたか?」
「いいえ、待ち合わせの相手が誰かは私も言いませんでしたし、名前も聞かれませんでした。」
「そのへんは自力で口説かないと意味ないよね。一目惚れして片想いして、振られたかもと泣き言聞いて、今日もチャンスがなくてキャンセルでいいって、さすがに聞き飽きたくらいで。」
また・・・・また後ろで声がした。
今度も本当にすぐ後ろだった。
耳がいいらしい。気配も消せるらしい。さすが元エリートサラリーマン。
「それ以外のエピソードがあるならどうぞ、ごゆっくり。」
カウンターに戻る神さん。
もともと大きなお店でもないし、音楽はうっすら流れてるというくらいのボリュームだ。
柿崎さんについてわかったのは、仕事中の姿から想像するより不器用なのかもしれないということだった。
「僕の名刺の住所、見ましたか?」
いきなり聞かれた。
ジャケットの中のポケットを探る。
会社の入ってるビルを見たら、どこにあるのかわかった。
よく知ってる。毎週通ってると言える場所だった。
「偶然見かけたんです。会社に戻るときで前を歩いてました。どうしてあそこにいるんだろうと思って、同じエレベーターに乗って。」
確かに、あり得るかもしれない。
「それから何度か同じ曜日に会えると分かって、近くのカフェにいて仕事をしてました。同じカフェに立ち寄ってくれたら、そんな偶然を装えたらって思ってたのに、流石にまっすぐ帰ってましたね。」
週の前半だし、授業が終わったらまっすぐに駅に向かってた。よそ見なんてすることもなく。知り合いがいない訳ではない。顔馴染みにはなって、ちょっとした会話はするくらいだけど、食事をと誘い合うことはなかった。
どんな顔をしてあのビルから出てカフェの前を通ってたんだろう。
途中どこかに寄りたいとも思わない、そんな疲労感という訳ではないけど、気分転換が必要でもない程度。
そんな自分を見ていたと言われて、うれしいと思うはずはないのに。
「すみませんでした。二回・・・三回です。なかなか時間通りに仕事が終わったり、そこに居れたりすることもないし、人ごみで見つけるのもそんなに簡単じゃないし、席もいい場所が空いてるとは限らなくて。」
そう言った時点で他にも何回かはあの店にいたんじゃないかと思ったりするけど。
そんな事は忘れようと思った。
後をつけられたのではないと信じたい。
「本当に、見かけたらラッキーみたいな感じでした。ちょっとは期待したんですが、いつも前だけしか向いてない感じで。偶然は起こらないと諦めました。本当に今日のあの時までは。」
「来てくれてありがとうございました。電話をかけて聞く勇気がなくて、ただ祈るような気持ちで、それ以上に待たせてしまったという気持ちで。」
「あの、いいです。私が知らないことは・・・・もう。」
「ちょっと気分転換に誘われました。美味しいお酒を飲んで、プロの接客の神さんの話を聞いて、それで・・・・・食事をしましょう。」
目の前の料理はまだある。
それでもメニュー表を開いてお酒と食べ物を見る。
「これ食べたことがありますか?」
「はい。」
「それもめちゃくちゃおすすめですよ。」
やっぱり油断してたのかもしれない。
仕切り直しをしたから、その切り替えを察知して寄って来たらしい。
「じゃあ、これを。後最初に作っていただいたものに、少しアルコールを混ぜてもらうことは出来ますか?」
「もちろんです。」
そう言って柿崎さんを見る。
「同じものを。」
グラスをあげて柿崎さんももう一杯頼んだ。
「どのくらいここにはいらっしゃるんですか?」
「週に一回くらい、たいてい金曜日に来てます。」
「そんな気のおけない店があるといいですね。」
「まあ、そうですね。仕事は残業がないって聞きました。あそこに通ってる日以外はどうしてるんですか?」
そんな事も花積さんに聞いたんだろうか?
「ほとんどすぐに部屋に戻ります。やりたいことは週末にも出来ます。」
「そうですか。」
「また、誘ったら迷惑ですか?」
そう言われた。
どう答えるべきか分からない。
名前と仕事と大体の年齢しか知らない。
4歳上くらいだろうか?
先に神さんの年齢を聞いておけばわかったのに。
「少し考えてもいいですか?」
「はい。・・・・当然です。」
こんな調子で会って楽しいんだろうか?
『さすがプロ』と認めてくれたように営業スマイルは自然に顔にはりつくし、たまの接客くらい余裕で対応するから。
思ってたのと違うと思われるかもしれない。
「はい、お待たせしました。お酒はもう少しお待ちください。」
そう言っておかれた大きめのお皿。
実際には余白がたっぷり、盛り付けもそれなりに手を尽くしてる気がする。
おしゃれに余念がないタイプかもしれない。
「幼なじみは、どこからどこまで一緒だったんですか?」
神さんを見送った後聞いた。
「幼稚園から高校までです。」
長い・・・・。
「それは家もご近所ということですよね。」
「途中引っ越してしまって、幼い頃よりは離れたんだけど、転校はしなくても済みました。だから本当に出身は一緒です。クラスは違うことの方が多かったくらいです。」
「じゃあ、内緒事は出来ませんね。」
「そうなんだよね、というかほとんど不幸な相談ばかりでなかなか・・・・。やっぱり『神』に見放されてるタイプなのかもね。可哀想だけど、そんな奴もいるんだよね。僕も万能じゃないって事で力足らずで、まだまだです。」
お酒がテーブルに置かれた。
最初の爽やかな色はそのままだった。
「このサービスの一杯はお客様を見て、印象で自分が勝手に決めてるんです。石野さんはどう思いました?」
「どう・・・・でしょうか?自分ではあんまり分からないです。こんな透明で綺麗な色だったらすごくうれしいです。」
「聖人、どう?」
「ああ、いいと思う。そんな感じがする。スッキリして透明感がある感じで、味は分からないけど、色だけだと、合ってる気がする。」
だからほとんど営業スマイルの部分だと思うのに。
「ありがとうございます。」
お礼は言った。
「また二人で来てください。何度か会うとちょっとづつイメージが変わる人がいるんです。そんなのも楽しんだりできるのもこの職業のいい所です、是非。今度は違う色かもしれません。」
「サービスは今日だけですよね。営業トークでしたか?」
「バレましたか。そうです。少しでもお客様を増やして、広くご利益を振りまいて感謝されたいタイプなんです。こう見えても褒められて感謝されたいタイプなんです。」
「そう見えてます。」「そのままだろう。」
声が揃った。
「あ?どういうこと?」
「そういうことだよ。」
「そうか、聖人もご利益欲しいのか。まあ、友達枠だから特別な。保証はないし、今回とは限らないけど。」
そう言いながら手を振っていなくなった。
いつの間にかカウンターにはお客様が増えていた。
多分ご利益をもらった人々だろう。
駅から離れたここはあの地図がないとなかなかたどり着けなかったかもしれない。
分かりにくい道にはまり込んだら、どこまでも分からなくなりそうだった。
分かりやすい地図で迷いもなくつくことができて、早めに来すぎたくらいだったし。
そんな場所でお店をやるのも勇気がいるだろう。
グラスの近くに紙が差し出された。
いつの間にかコースターに電話番号と連絡先が書いてあった。
ん?・・・・いつの間に・・・・。
「あいつが勝手に置いて行ったんです。でも返事は考えていただいた後、そこに連絡もらえたら、・・・・待ってます。」
「これは柿崎さんの連絡先ですよね。」
「もちろんです。あいつ経由で返事を聞くのは悲しいですので。」
「もちろんです。」
コースターを手にして、バッグに仕舞い込んだ。
「また二週間後、会社の方には行く予定です。出来れば、その前に・・・・・出来たら。」
「はい。分かりました。」
私から連絡先は渡さずにいた。
名刺も渡してない。名前は知ってるみたいだ。
いつも社員証をつけているから、それは知ってるかもしれない。
ゆっくりグラスに口をつける。
それでも小さなグラスのお酒はあっという間になくなる。
「お酒は強いんですか?」
まったく変化のない顔を見てそう聞いた。
「大学の頃から今まで、困ったことはないです。どんなに飲んでも酔わないし、酔えないんです。」
「それは、良かったですね。」
「まあ、そうですね。」
「それがそうとも限らないんです。酔いたくなる時もあるんですよ。特に今日なんて。」
またまたの会話のカットイン。
「酔わなくてもお腹いっぱいにはなるので、ここでも最高五杯くらいしか飲んでくれないんです。もっともっとって勧めたいんですが。それにどうせ夜は暇なくせに週に一度くらいしか来てくれなくて。食事をするだけでもいいのにね。」
「はあ。」
単純に売り上げに貢献しろと友達に言いたいのだろうか?
勝手にやって欲しい。
前半の会話は無視した。
すぐに他のテーブルに話しに行く神さん。
そんなスタイルの人らしい。
ここで愚痴や悪口や内緒話はしない方がいいらしい。
そう思ったらいいお酒が飲める場所になるんじゃないだろうか?
ちょっと落ち込んでてもさり気なく・・・もなく気分をあげてくれるかもしれないと。
そんなお店なんだろうか?
神さんの背中を見てそう思って、視線を戻したらすぐに逸らされた。
ずっと見られてて、恥ずかしいのはこっちなのに。
「仕事でいろんな人、営業担当を見たりすると思うんですが、どうですか?」
「どう・・・とは?」
「素敵だなあと思う人がいたりするんですか?」
「そうかもしれません。前の相棒だった先輩はさっさと見初められて辞めていきました。そんな事もあるんだと思います。」
花積さんの相手は本当に三度くらいしか訪問してない人だった。
最初から素敵な人だと、向かってくる姿に呟いていた先輩、その先輩の前に立って名刺を差し出したその人が帰り際に個人情報を乗せた名刺を先輩に渡した。
すかさず先輩も自分の名刺をカウンターに乗せて滑らせて。
まさか先輩が常備してたなんて。
自分の名刺なんて出すこともないから、減ってもいなかった私。
それまでもさり気なさを装い私を含めて二人まとめて飲みに誘ってくれる人はいた。
花積さんの前の人も綺麗だったし。私も当時は初々しかった・・・・と思いたい。
それでも名刺の活躍する場はほとんどなかった。
彼氏がいたし一歩引いてた時期もあった、その存在がなくなってからもなかった。
名刺は結局、ロッカーの奥にしまっていて、最近自分でも見てない。
実家に一枚、おじいちゃんおばあちゃんに一枚、それが父方母方二件。
あとはうれしくて最初に友達に配った数枚くらいだった。
最近では名刺入れも持ち歩いてない。
数枚は入ってるけどずっと受付カウンターの引き出しの奥の奥だ。
わたしに限っては無用なものだ。
そんな現実を寂しく思っていて、ふと気がついたら目が合った。
油断し過ぎてるかもしれない。
久しぶり過ぎて現実味もなく、ついでに盛り上がりもなく。
私のせいだろうか?
冷静なままの気持ちでここにいる自分と、はっきりと不器用に振舞う相手と。
最初から変わらずマイペースの神さん。
その後もポツポツと話をしてお会計をしてもらった。
ちゃんとお礼と感想を言った。
正直言って助けられたと思う。
そんな気持ちを込めてお礼を言ったら素直に受け取られて、にこやかに手を振られた。
来た道とは違う道を、柿崎さんの後ろをついて歩いていく。
全くわかりにくい、目印がない、暗い道、細い曲り道。
やっぱり『神』の元にはそうそうショートカットは出来ないらしい。
駅でご馳走になったお礼を言って別れた。
特に何も変わらない状態のまま、お辞儀で見つめ合う時間も避けて、改札に入った。
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