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1 一人で大人しく仕事をしていた日にあった突然の出来事。

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就職して配属されたのは総務だった。
一通り仕事を教わり、どんな先輩の下につくのかとドキドキしてたら・・・・。
受付嬢と言われる二人だけのカウンターに回された。
先週までいろいろ教わったことは何だったんだろう?
いろんな社内のあれこれ、仕事の細かい雑用のあれこれ、説明されたことを覚えようとメモを取り、うなずきながら真剣に過ごしていた日々。
二人配属の中の私だけ、あの部屋からコロンと転がり、ここの受付にいた。

そして居座り続けて四年が経った。
『会社の顔』
まあまあそんな部署だとも思ってる。
でも相棒を組んだ二人を寿退社で見送った。
この四年間相棒だけが二人変わった。
今の相棒は若いピカピカの新人で配属された立夏(りっか)ちゃん。
立夏ちゃんも二年目になる。
笑顔も雰囲気もキラキラしてる。
隣にいたら私がくすんで見えるくらいに。
気のせいじゃないと思う。
愛想もいいし、可愛いし、声もいいし。
会社を訪ねてくる人も自然と緊張がゆるむだろう。
そんな子だ、見た目はパーフェクト。

受付にいて営業スマイルが板について、夕方にははがれなくなる私とは違う。
自然な笑顔だ。
ただ、誰もいない時に口を動かさずに無駄話をする技術をマスターしたあと、笑顔のまま色んな毒を吐きまくってるのは私しか知らない。
会社の人も、外から帰ったら目礼してくれたり、声をかけてくれる。
明らかに立夏ちゃんの笑顔に癒されようとする人もいると思うのに、近づいてくるギリギリまで呟かれてる内容は・・・・・当人には教えられないってパターンもある。
聞こえる距離に来る頃にはやめてくれると分かってても毎回ドキドキする。
個人的な悪口という名の毒もあるし、その人にまつわる社内のトラブルの小ネタだったり、残念な評価だったり。大体声をかけてくる時点で半分くらいはそんな可能性のある人達でもある。

愛想だけで声をかけて来るよりは、下心を包み隠してるか、はっきり見せているか。

そしてその時々で立夏ちゃんの情報も新たになって新ネタがあるんだから、凄い。
ネタを作る方も、仕入れる方も。
いつそんなネタを蒐集しているのか、仕事以外の時間だとしか分からない。
恐るべき能力。
ねえ、配属はここじゃなくてもいいよね?
間違ってない?
もちろんそんな事を聞いて驚いても、表情に出さずに横にいる私もアルカイックスマイルで・・・・、多分引きつってないと思う。

仕事の内容としてはすごく楽なのだ。
いいのだろうかと思うくらい楽なのだ。
飲んだり食べたりできないけど、風邪をひいたりもできないけど、笑顔をはりつかせ、名刺を預かり、内線の番号を押せれば何とかなる仕事。
同期のみんなには羨ましがられた。
自分で言うのもなんだけど、ちょっと選ばれたのかもと思ったりもした。
『笑顔がいい。感じがいい。』そう評価されたと思った。
ただ、相棒が二人交代していく中、『受付嬢』の上に『ベテラン』とつくようになった頃にははっきり危機感を感じてきた。
そろそろ交代になるかもしれない。
それは・・・・屈辱的な気分にはなる。
今のところ寿の予定もなし、気配もなし。
じゃあ、総務に戻ってあの頃覚えたような仕事をするの?
全然役に立たない5年目の私がそこにいるかもしれない。
ちなみに一緒に配属されたもう一人はさっさと三年目に寿退社していった。

・・・・なんだか、どう?
私の存在って、どう?
とうとうそんな事をはっきり自覚して来てる。
そしてやれるべき事はやろうと思った。
今それをやっている最中だ。
5年目の異動も言い渡されなかった。
来年も変わらずここで過ごすんだろうか?



今日は珍しく一人だった。
有給もちゃんとあるから、相棒がお休みのこともある。
もともと一人でも問題ないくらい。
努力が必要なことはトイレに行かないで我慢することくらいだ。
笑顔のまま、独り言を心でつぶやいて過ごす。

立夏ちゃんは有休を週末にくっつけて休みを堂々ととる子だった。
たまにあるそんな時もちゃんとお土産を持ってくるから許す。
喋る相手なし、愚痴りたい話題も思い浮かばない退屈な時間。
パソコンで来訪予定を確認して、待つ。

予定では、そろそろ。 
来た、いつもこんな感じで・・・・あれ?まだ二分くらい前、ちょっとだけ早いかも。
入り口から入ってくるところで目が合った気がした。
だからといってずっと見てるのは駄目だろう。
笑顔を継続する自信もない、下を向いて待つ。
流石に視線がずっと合ってるのも。

そろそろというタイミングでこちらも顔を上げるようにしている。

まあ、そんな事も慣れて来るから。

一人だと本当に無口になる。
いつもは口をあまり動かさないで会話ができる特技で、普通に話しができてる。
相手がいないとそれもない。

今どきこんな受付嬢スタイルも減っていると思うのに。
宅配などの受付や時々トイレをと入ってくる人もいる。

宅配は警備員のいる受付に、トイレは下のフロアに飲食店がたくさんあって、その階にある、それを丁寧に案内すればいい。


今日の午後二時の約束の柿崎さん。

『時間に几帳面な柿崎さん。』
立夏ちゃんと私の評価はそうだ。

ある程度顔は覚えてくる。覚えた頃に担当が変わったり、プロジェクトが終わったり、会わなくなる人も多いのに、柿崎さんは長い付き合いのある方だと思う。
こちらの営業担当は確か二人は変ってると思うのに。

カウンター下のパソコンに今日の来訪者予定はもらえる。
それで見ながら対応している。
とても昔ながらなんだと思う。
会社の顔に受付嬢。もはや社長の趣味なのかと思う。
無駄な人員配置だとも思う。

前コンビを組んでいた相棒はそれでも取引先のイケメンと知り合いになり、寿していった。
その頃は私も若くて、もう少し愛想よく迎えてもいたかもしれない。
声をかけてくれる人もそれなりにいたし、名刺をもらい誘われることもあった。

今の相棒になって、なんとなくなくなった。
立夏ちゃんは私より3つ年下で、彼氏がいる。
でも対応してる感じでは軽く誘われそうでもあるのに。
それとも本当に可愛いから声をかけずらいのだろうか?
とりあえず受付でのやり取りではそこまではない。

だからなのか、ついでに私にも声がかからない。

でも仕入れてくる情報の数を考えると、私の知らないところで社内の人には誘われてるのかもしれない。
大勢の中の一人だとしても、あちこちに顔を出してるのだろう、そうだろう。
じゃあ、本当に私自身の問題なのかもしれないと・・・・・・・・、そこはあまり深く考えまい。事実はどうあっても変わらない。
私に限ればそんな誘いは『無』なのだ。

そう思って思案顔だったのかもしれない。
ついでにうっかり仕事を忘れてた!
柿崎さんが目の前にいた。

「こんにちは。」

声をかけられて、急いで顔を上げた。

「こんにちは。お疲れ様です。」

名前がわかっていてもこちらからは言わない。
名刺を渡してもらうのを待つ間パソコンを見て、約束先を再確認する。

流れとしてはそうだ。


名刺をいただき、電話で来訪を知らせる。

『ああ、ごめん。ちょっとだけお待ち頂いてもらえる?出来るだけすぐ行くから。』

「申し訳ありません、柿崎様。ただいま所用にてすぐに下りて参ることが出来ないそうです。申し訳ありませんがしばらくお待ち頂けないでしょうかと、終わり次第すぐ参りますとのことです。」

軽く頭を下げてそう伝えた。

少し考えてる様子で、急ぎだったのかと珍しく思った。・・・無理?


「今日はお一人なんですか?」

ただ、次に聞かれたのがそんな質問で。



「いつも二人だから、珍しいなと思いました。」

私のことらしい。

「はい、今日は一人です。」

もしかして、がっかりしてる?

少し探るような目を向けてしまう。

「じゃあ、これをお願いします。」

そう言われて弱い笑顔で名刺を渡された。

「今日仕事のあと、よろしくお願いします。待ってます、ずっと。もし、本当に無理なら、このお店に伝言をお願いします。僕あてで。」

名刺とメモを渡された。
名刺は見慣れたもの、多分さっき返したもの。

メモには地図とお店の名前が書かれてた。

「私に、ですか?」

「もちろんです。」

何故?声には出なくても伝わったらしい。

「ずっと是非一緒にと誘いたかったです。今は時間がないので、詳しくは・・・夜じゃだめですか?お願いします。」

多分真剣な目だと思った。

「実はこんな機会をずっと待ってました。本当に、ずっと。だからよろしくお願いします。」

また、言われた。



「・・・・考えます。」

「待ってます。」

そう言ってまた見つめ合い、お辞儀をされて離れていった柿崎さん。

入り口脇にあるのは椅子とテーブル。
外部のお客様用にあるとも言える。

そこに向かう背中を見ながら、もらった名刺とメモはとりあえずポケットに入れた。

どうするだろう。行くか、行かないで連絡するか、無視するか。
いや、最後はないか。
今までも月に一度は来訪している。
今後気まずいのは嫌だし、流石に品性を疑われる。
それなりの大人の対応が必要だろう、それくらいの関わりはあるとも言える。
通常業務とはいえ何度も何度も対応してきたのだ。

深呼吸して画面に視線を落とした。
名刺の中の一部の情報はそこにある。

いつものようにご案内済に反転させた。

ちらりと見るとこちらを見られていた気がして、急いで顔を下げる。
離れたところから足音がして、お待たせしました、すみません、と声がした。
長い人だから来客の組み合わせも覚えてる。
社の担当がどこの誰で、どんな声の人かくらいは覚えてる。

とりあえず目撃はされてない。
見てる人がいても、普通のやり取りの範囲に見えただろう。


顔を上げて二人の背中を見送る。
その最後にちらりと視線がこっちに来た。そらせなかった。
少し固い表情だろうか、軽く目礼された。

これでにこっと笑われでもしたら、もっと考えただろうか。

一緒に下に降りるのもいつも通りの気がする。
下にある飲食店は昼から夜まで営業してる。
よくあるチェーン店は入ってなくて、割と評判はいい。
接待に使ったり、ランチしたり、1人で仕事の後という人もいると思う。
そして待ち合わせ風にサボる人もいると聞く。
近くの会社の人も来るし、それなりに人はいる。
そして社員の出会いの場でもあるし、近隣の会社の人との出会いの場でもある。
そんな利用をしてなかった私はそこでも出遅れた。
同僚に誘われることもあんまりなかった、悲しい事にちょっと忘れ去られた存在だった。
もちろん仕事中に連絡をとることはしない、出来ない、つまらない。
そうなると置いて行かれるのだ。
昼の時間は案内板を出して二人ともいなくなっていい事になってる。
そんなに昼の来訪者はいない。
たいてい一時が午後のスタートだから。
それでも誘われることがなかった。

ポケットの名刺とメモに触れてまた確認した。

行くだろう、と思った。

時間はある。今日が特別に何かがある日でもないのだから。


その後も顔見知りの配送業者を見送り、数人のアポの対応をして、仕事は終わった。
ほぼ残業がない。
こんないい職場もないだろう。
何かあっても一人でも対応できるくらい。
常に笑顔、慣れればなんてことない。

でも、寿けなかった私はいつまでここにいれるんだろうか?
次の配属先で苦労をするだろう。
自分に何ができるだろうか?

流石に考える。
前に付き合った人と別れてからさらに考えてる。


週の前半の夕方からの時間を利用して資格をとるべきだと思い勉強を始めた。
いろんな資格の資料を集めて、時間と期間と将来性とを吟味した。

彼氏と別れて、一人になったことがいいきっかけになった、そう強がりじゃなく言えるくらいにはなった頃、決めた。

月曜火曜、定期内の大きな駅から歩いたビルでいろんな人に混ざり授業を受けてる。
すっかり馴染んだ自分の夜の過ごし方のパターンだ。
結局友達に聞いて決めた。

年齢問われずなんとかなりそうな資格。

そう言い切ると悲しいものがあるけど、転ばぬ先の杖、この先この会社の他の部署で働くかどうか。

同期も予測予定者を入れると辞める人も三分の二くらいに達するらしい。
前回誘われて飲んだ時に聞いた情報だ。
あれからまた進展した子がいるかもしれない。

そして春にまっさらな新人と同じ並びで新しい部署で働く自分は想像できない。
そこに同期の友達はいるかもしれないけど、やっぱり違う。

それでも、あと少しで資格も取れそうだ。
これでも真面目に通い復習して、勉強もしてる。


今日はその日じゃなかった。
もし授業のある日だったらどうしてただろうか?
今まで体調が悪くて欠席した一回。
振替で別の日に受けられたので問題なかった。
そのあたりもいいと思ってる。

授業を休んでまで、不意の誘いにのるだろうか?

そんな仮定のことばかり考えてても、意味がないと気がついてやめた。

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