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25 いきなり言われた事、ずっと考えてから言ったこと ~つくしが決めた事

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次の日は最悪の目覚めだった。

起きた途端に悲しみの夜の記憶を思い出した。
鏡に映るのは調子の悪い顔の私。
自分しか気が付かないかもしれないけど。
外に二人くらいしか気がつかないかもしれないけど。あ、三人かな。

何とか化粧は丁寧にした。

そんなに飲まないって言ったけど、飲んでやる。
いい、いざとなったらホテルに泊まる。
その辺のビジネスホテルに泊まる。

我慢はしないから。
もし飲み放題だったら最初からホテルを予約して飲んでやる。

それでもいつもよりはお気に入りの服を着て・・・昨日もそうだったけど、出かけた。今日は帰らないかもね。
部屋の中に向かってつぶやいた。

何だそれは・・・。


何でだろう、今まで一度もなかったのに、電車で一緒になった。



顔を合わせるのも辛くて見ないようにした。
気が付いてると思う。目も合ったし、気がついたような顔をしたから。
私も同じ顔をした。

あと数駅というところでいつものように少し空いてスペースが出来る。
隣に立たれて手を軽く握られた。

ゆっくり離そうとするのに最後の指一本が抜けない。
小指だけが絡まってるような状態で、駅に着いた。

「約束は守って。待ってる。話もしたい。」

「・・・・・・。」

終わったら連絡すること、その約束。

「お願いだから。心配だし、もっと違うことも心配してる。本当に、連絡あるまで会社にいるから。」

「分かりました。でも最初の約束は違いますよね。終わったら帰る約束でしたよね。待たないでください。ちゃんと酔ってないとお知らせします。酔った時は近くのビジネスホテルに泊まります。だから大丈夫です。昨日の約束は守ります。」

本当に可愛げがない言い方。
もう今更だから。

それに何を心配してるのか分からない。
仮にも同期、会社の人、友達、例え酔っぱらって寝たとしてもどうにかしてくれるのに。

小指を離してもらって先に歩いた。
やはり追いかけてくる足音はない。

席に着くまで厳しい顔をしていたと思う。
弥生さんがびっくりした顔をして金子さんの方を見たのに気が付いた。


もう世話好きの先輩のせいで、私はこの数週間ひどく情緒不安定です。
さっさとブースに入った。
正面のホワイトボードには昨日の集計が出ている。
多かった質問や奇問、回答、変更点、商品の在庫や成分変更などからテレビで放映された成分など、問い合わせの多いだろう予測質問の模範解答まで。
必要な書類は印刷もされて机の上に並べられてもいる。

ちらりと席を見ると金子さんの姿はない。
きっと友田さんのところかも。

もういいです。本当に無理です。
私じゃなかったんです。

そう、顕微鏡を見てる人は観察して観察して、細かいところまでよく見て納得して、分からない所は焦点を合わせるようにして、完全に解き明かして答えを出したいんです。
簡単に一目ぼれした私とは、もともと考え方も合わなかったんです!

あ~、今スッキリした。これだったのか。

そもそもが違ったのか。しまったなあ、全然でした、合わないんです。
考え方も行動パターンも根本的に違うみたい。

じゃあ、リケジョとくっつくしかないんじゃないですか?
それともどこにも隙のないような人、完ぺきな人。
いるんでしょう、きっと。

私には、・・・どこに一目ぼれでくっついてくれるタイプの人がいるんだろう。

営業とかは?言葉と勘と愛想。
それならいける?
他は・・・・細かい人はダメみたい。
理系知的メガネの白衣好き。・・・・・それはダメなのか。


時間になったらしくどんどん人が入ってきて、そのまま仕事になった。
忘れていられる。だから今日は大丈夫。
仕事に追われて、飲み会があって楽しんで。

週末に落ち込むだろうけど。

休憩時間はトイレだけ行ってまたブースに戻った。

お昼は速攻で会社を抜け出した。
たまに行くコーヒー屋さんで席についてぼんやりする。
横に誰かが座って声を掛けられてびっくりした。

「羽柴さん、お疲れ様です。」

名前を呼ばれていきなり現実に戻ってきた感じだ。

誰?知ってるのにすぐに名前が出てこない。

「お疲れ様です。」

そこまで言っても名前が出てこない。

さすがにバレたらしく名刺を渡された。

『 営業1課  等々力 慎 』

思い出した。

「等々力君、ごめんなさい。本当にほとんどしゃべってないから・・・・・。」

「うん、そうだね。ついでに言うと『マコト』だから。」

「ん?」

「下の名前。読めないかなって思って。まさか下の名前だけ覚えてもらってるっ
てことないだろうし。」

「あ、ありがとう。確かに悩むかも。」 
トドロキマコト君。インプットした。

「いいね、羽柴さんはどっちも覚えてもらいやすくて。」

「そう?羽柴も?」

「うん、かっこいいよね。」

「ありがとう。」

下の名前は良く興味を持たれるけど上の名前を言われることは滅多にない。

「日本史の戦国時代が好きなんだ。」

「ああ、そうなんだ。」

納得。

「あと、今日の飲み会のメンバー、僕も入ってるから。」

「えっ、そうなの?幹事の相澤君と段田君は分かったけど。等々力君だったんだ。」

ちょっと呼びなれないと滑舌が・・・・。

良かった。先に分かって。
1人だけ『誰なの?』って申し訳ない事をするところだった。
まあ、この時点でもかなり申し訳ないけど。

「等々力君は他の二人とはよく飲むの?」

「うん、たまにだね。営業の僕が一番約束が難しいから。」

「今日は大丈夫だったんだ。」

「うん、大丈夫にした。予定は午前中だけにしたんだ。多分この後は何もない・・・・ことを祈る。」

「大変だね。午後も何もないといいね。」

「うん、楽しみなんだ。」

「私も初めてだから、楽しみ。」

時計を見る。

「あ、ごめんね。ちょっと時間みたい。ゆっくりするよね?」

「ううん、一緒に戻ろうかな。」

「そう?」

結局ハチミツ入りのコーヒーだけにした。これはお酒が回りそうだ。
さすがに気をつけよう。
朝も食べてないし。

「羽柴さん・・・昨日・・・・」

ちょっと返事が遅れたのはそんな事を考えていたから。

「ごめん、何?」

「ううん、何でもない。」

一緒にエレベーターに乗って先に一つ下の階で降りる等々力君。
手を振ってじゃあ後で、そう言って・・・・・

何でこうなるんだろう・・・・・。

エレベーターの開いた扉の向こうには、食堂から戻ってきた金子さんと友田さんがいて、笑顔が固まった。


中途半端に上がった手も下ろす。

大人しく少しの間、下を向いた。
エレベーターが開いたら二人が降り、他の人も降りて、私も降りた。

私がトイレに向かうのを追い越して声がした。

「連絡待ってるから。」

こんな時だけ追いかけて来てくれるんだ。

その背中が開発部に消えるまでゆっくり歩きながら見ていた。

最後に見た横顔は写真と変わらない。

でも、もういい。
辛くなるだけなら、もういい。
本当に告白を喜んでくれるなら、答えなんてとっくに出たはずだから。
そんなに吟味されないと妹以上にもなれない存在って何?

他人でしょう?
同じ会社の中の一人。

だからもういいって。

・・・最後の約束だから守りますけど、もういいです。
悩まなくても、考えなくても。
無駄に時間を過ごさないでください。

一緒にいれる時は楽しかったですから。
それだけで十分です。



トイレにこもって涙をふく。
深呼吸してトイレから出て歯磨きをして戻った。
さあ、終われば楽しいお酒と美味しいスペイン料理が待っている。
元気を出して頑張ろう。

そのままブースに入り仕事を再開。
休憩も取らずに時々ぼんやりするのを許して、午後を乗り切った。

いつものように回線が切れると、まとめをしてパソコンを閉じて終了。

席に戻り荷物を持ってくる。
ここにいると金子さんや弥生さんに話しかけられそうだし。
メールをチェックしてパソコンを閉じて携帯と荷物を持って食堂に行った。


昼以外はただの休憩室になっている。
お腹空いてる。
自販機で甘いミルクティーを買い座る。

携帯を見るとお昼の時間に友田さんからメッセージがあったらしい。
内容はやはり約束の事。

いい加減にしつこい?

金子さんからはメールがあった。

『聞いた。つくしちゃん、ちゃんと話を聞いてくれる?誤解してる。自分じゃ、うまく言えないから、直接友田から話を聞いて欲しい。本当にどうしようもなく不器用なんだ。器用そうに見えてる?お願いだから。本当にこんなに傷つけるつもりじゃない、もっとすんなりうまくいくはずだと思ってたのに。それは友田が悪い。でもいい加減じゃないんだ、だから話を聞いてくれる?』

返信は期待されてないだろう。
出さないから。

なんでいい大人が不器用なんだなんて言ってかばい合うの?
本当に先輩じゃない。
どうして簡単に行かないんだろう。

正直過ぎる美点と欠点。裏表。

とりあえず仕事が終わったと、友達の二人に伝える。
すぐに『玄関に集合』と返信が帰って来た。
荷物を持って移動する。
さすがに帰りのエレベーターは他人だらけだった。

玄関で待ってると女性が3人揃い、少し遅れて、男性もほぼ同時に揃った。

先頭を歩く幹事の相澤君、等々力君と、残りが段田君。
なんとなく思い出した。
でもそんな記憶が曖昧なのは私だけだったみたい。
他の二人は普通に会話もしてる。

あれ、何でだろう?

お店について個室に通された。
向かいには等々力君が座った。斜めに段田君。

お酒を注文して乾杯。

「等々力君、午後は何も起きなかったんだね。良かったね。」

「うん、見事に残業無しでフィニッシュでした。」

嬉しそうに話す。

「僕は残業あったんだけど、先輩が引き受けてくれた。」

段田君の話だ。引き受けたのは友田さんだろう。

「なんで?前振りしてたのか?」

「まあね、楽しみにしてるとは言った。多分1時間くらいはかかると思うけど、なんだか仕事したいオーラ出してたから、言われるままお願いした。」

友田さん、そんなオーラ出して仕事してるの?
たまたま?
それに1時間だって・・・、すぐ終わるじゃない。

「もう一人の先輩と仲良く話しながら仕事してると思う。」

「もしかして、いい事したのか?」

「ちょっと違う気はする。そんなんじゃないと思う。」

何の話?

もう一人って女の先輩って事?
友田さんが仲良く仕事してるって事?
その人と二人でいるために残業?

分からない。でも段田君は違うって言った。

・・・・多分違うんだろう・・・・・。


頼んだ料理が運ばれてくる。
飲み放題はついていなかった。
取りあえず食べないと本当にビジネスホテルのお世話になりそう。

早速お皿を取りちょっとづつのせる。

「つくし、最近痩せて来てない?」

「ん?そう?」

「うん、細くなったでしょう?ちゃんと食べてる?」

時々食べてない。
食べる気がしなくて。
日曜日に買ったベーグルも一つの半分食べて冷凍した。

「気のせいじゃないかな?食欲あるよ。」

お皿を見せるとなんとなく納得してくれた。

話を聞きながら少しづつお皿の料理を食べる。
なかなか飲み込むのが苦しいくらい、食欲がない。
お酒も飲めないまま。
話に聞き入ったふりでやり過ごす。

ほとんどうなずいたり目を大きくしたりするリアクションだけ。
声も出ない。
それでも6人もいるとあんまり不自然には思われないみたいで。
だいたいは幹事の相澤君が良くしゃべってくれる。

仕事中ほとんどしゃべらないらしい。
終わるとストレスが溜まってすごく声を出したくなるらしい。
私とは逆かも。
私はずっと喋ってるから、終わったら喋りたくないかも。


それでも夜の電話はすごく楽しかった。


・・・・思い出してしまった・・・何で今思い出すの?
ちょっとまずい、席を立ちトイレに行くふりをする。
実際に行ったけど。

深呼吸する。
ダメだ。全然。楽しめない。
早く時間が過ぎてくれないかと願ってる。

もう1時間たった?友田さん終わったでしょう?
このままじゃあ寝ることはない、でもちょっと気分が悪いかも。
せっかく楽しみにしてくれてる人がいるのに・・・・・。
皆楽しそうなのに。

ゆっくりトイレから出て顔をあげると等々力君がいた。

「大丈夫?全然食べてないし、飲んでないよね。顔色悪いよ。お昼も食べてなかったんじゃないの?」

さすがに正面の席だし、誤魔化すのは難しいらしい。

「ちょっと気分が悪くなって。たぶん大丈夫。大人しくしてるから。楽しみにしてたんだよね、ごめんね。戻ろう。」

そう言って横を過ぎて先に歩く。

「羽柴さん、待って。」

後ろから腕を掴まれてびっくりする。
掴まれた腕を見たらすぐに離してくれた。

「ねえ、段田の先輩、だよね。昨日一緒に歩いてた。手をつないでたよね。」

見られてた。

だって会社とは違う方向だけど、横に並んでたから。

「付き合ってるの?」

「ううん、ちょっと友達というか、お兄さんみたいな人。」

「・・・・誤魔化してる?」

「ううん、本当。彼女にはなれないみたい。」

「そう言われたの?」

「ずっと言われてる。告白して、答えは時間がかるって。答えを出すまでは普通に仲のいい二人でいたいって。」

「そんな・・・・だってそんな感じじゃなかったよ。2人とも。どう見ても・・・・。」

首を振る。
そう見えてもそうなんだもん。
私だって一緒にいる時は彼女っぽくなるかも、ついうれしくて。
友田さんは・・・どうだろう?兄かもしれない。分からない。

「昨日も言われた。やっぱり時間がかかるって。」

「分からないよ。そんなに時間かけて何するの?好きか嫌いかは分かるじゃない。お兄さんなんて・・・・。」

「私もそう思ってる。あの人が何を考えてるのか分からない。時間をかけないと好きになるところは見つけてもらえないのが私なの。だから、もういいの。もう待たないって昨日決めたから。」

壁にもたれて天井を見る。
そうしないとまた涙が出てきそう。

「本当に忘れるの?」

ずけずけと聞いてくる。軽くうなずいた。

「忘れるのは時間がかかるの?」

「どうかな?分からない。」

「じゃあ、忘れたら、・・・・僕の事考えてくれる?」

ゆっくり顔を下げて横を向く。

「今日は僕が羽柴さんと会いたくて2人に頼んだんだ。皆知ってるよ。どうしても羽柴さんを参加させたいってお願いしたから。」

「・・・・・・」

「今頃みんな目配せしてるよ。羽柴さんがいなくなって僕が席を立って。まさかこんなことになってるとは思わないだろうけど。段田も知らないよね?」

「多分・・・・。」

「僕も昨日初めて知った。今日の前日に。すごくショックだった。今日を楽しみにしてたのに目の前でいきなり橋が落ちたみたいな。昨日はすごくうれしそうな顔してたのに、今日お昼に会った時とは全然違う顔だった。だから気になって声をかけたんだ。今、その理由もわかった気がした。」

一体誰の話をしてるの?
ちょっと待って。
だって名前もはっきり知らなかった私に、いきなり会いたいってどうなってる?

「あの・・・今まで話をしたことなかったよね?」

「研修の時に同じ班だったけど。その時は話をしたよ。普通の話じゃないけど。」

研修は結構疲れる日々でほとんど記憶にない。

「時々会社では見かけたよ。フロアが違うけど上の階に用がある時は休憩室を見たり。食堂を使う時も探したし。気が付いてないとは思ってたけど。」

まったく。それは言うまでもない。名前の件で明らかだ。
そんな事とは知らずに自分はちょっと酷かった。

「ごめんね、名前も・・・・憶えてなくて。」

「まあ、ショックだったなあ。」

本当にそうだと思う。
酷いと思う。今もそう。
どんな顔して向き合えばいいのか、あの席に戻ればいいのか。

「あの・・・先に戻ってくれる?」

「うん、悲しいけど、まだ希望は捨てなくていいのかな・・・・・?」

「ごめん、分からない。・・・・今は。」

考えたくもない。そう続けたいくらい。

同じこと?
時間がかかるって言った友田さんと同じことしてる?
今、一番痛みが分かる私は等々力君に同じことをしてるかもしれない。

「そうか。・・・じゃあ、先に帰るね。みんなには言うから。好きな人がいるって。だから多分無理だって。気にしないで帰ってきて。」

そう言って先に戻ってくれた。
優しい人。

でも一目ぼれはしない。
一緒にいると好きになる?
それこそ友田さんと同じことを言うと思う。


『分からない、時間がかかる、今は全く抱かれたいとは思わない。』

本当に同じことだ。

じゃあ、友田さんも好きな人がいるって事?
忘れられない人がいる?
それは最初に金子さんが聞いてくれたはず。どっちもいないって言ってた。
金子さんに言ってないだけ?


諦めるなんて言って、まだ考えてる。
やっぱり無理そう。時間がかかる。
好きになったのと同じくらい、もしかしたら、それ以上にかかるかも。

等々力君は理系じゃないのに、営業なのに・・・・・。
営業の人なら合うかもって思ったのに。
やっぱりそんな条件だけじゃ何もわからない。


本当にもう何も考えたくない。


それが今の気持ちなのに、心に隙を見せると友田さんの事ばかり考えてる。
自分の心なのに少しもコントロールできない。
・・・・出来るくらいならあんな突撃告白してないか。
少しも進歩してないのか。


楽しかった思い出が増えた分良かったとも言える。
そう思うしかない。


もう帰るって連絡あったかな?携帯はバッグの中にある。
もう帰ったと思う。


私もこのまま帰れそう。
まっすぐに帰れそう。

席に戻った時には普通だった。
誰も興味深い視線なんて投げてこなかった。
ありがたい。
このまま、あと少し過ごそう。

正面にいる等々力君に最後に小さくお礼を言った。
最後まで気を遣ってくれた、他の人も。

外で携帯を出す。

『駅前のコーヒー屋にいるから、待ってる。』

さっき届いたらしいメッセージ。
さすがに二次会はない。

『あと少ししたら終わりです。』

そう送った。
すぐに読んでくれたらしい。
それを確認して携帯をバッグに入れた。

お店の前で男子3人と別れて、女子2人と駅まで歩いて、別れた。
あと1時間でコーヒー屋さんも終わる。
それでもわりと人が多いのにびっくりする。

窓際に座ってるのはすぐにわかった。
友達と別れるより先に、私に気がついて席を立って出ようとしてるのが見えた。


友達と別れて振った手を下ろすと、そのまま手をつながれて改札をくぐった。
振りほどかずについて行く。
電車に乗ってもそのまま。でも無言。
当然先に友田さんの駅に着いた。
手をつないだまま降りた。

部屋には行かない。絶対に行かない。
多分連れて行くつもりもないだろう。
だったらここでいい。


人波がばらけた時に立ち止まり声をかけた。

「友田さん、私は電車に乗って帰ります。遅くなってすみませんでした。送ってくれてありがとうございました。心配していただいてありがとうございました。」

友田さんがこっちを向いてきつい表情をする。

「部屋には来てくれないの?」

うなずく。

「もう話はしたくない?」

・・・・・うなずく。

「返事は・・・・もういいの?」

「・・・・もういいです。私の事で友田さんがこれ以上考えることはないんです。無駄に時間を使ったり、気を遣ったり、お金もたくさん。私はずっと片思いのままだと思ってました。たくさん楽しい思い出があります。もう無理はしないでください。ありがとうございました。」

いつものようにお辞儀をして顔をあげずに電車に乗った。
またいいタイミングで来てくれたから、友田さんの駅から簡単に離れることが出来た。

ラッキー・・・・。


本当に終わった。
もう待たない。何も待ちたくない。
夜の電話も、告白の返事も、送ってもらえなかった写真も。

無駄になった金子さんのリスト。
結局1個も行けなかった。
藍さん、会ったことはないけど、ごめんなさい。
一つも利用しないままでした。
でもいつか有効に活用します。大切にとっておきますから。


いつものようにザザッといろいろ済ませて寝た。
現実から離れるのには寝るのが一番。
今までだって友田さんの夢は一度も見たことがないから。
夢に出てこないなら、考えることもない。
その時間だけは自由でいられる。悲しい思いから自由でいられる。

丸くなって小さくなって自分の体を抱えるようにして眠った。

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