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13 言葉の力を信じる日になります
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いつもより重い荷物を持って、コインロッカーに預ける。
帰りに忘れないようにしなくちゃ。
夜の予定は特別でも仕事はいつも通り。
ファイルをチェックして急ぎがないことを確認する。
あとは順番に黙々と必要な書類作成、添付、ボックスへ戻す。
無駄話もせずに淡々とこなす。
もともとあんまり仕事中は雑談しない夏と私の2人。そう真面目な2人。
営業課だともっと人の出入りもあって、そうなればお帰り、お疲れさま、行ってらっしゃいなんて言葉が飛び交い、合間に会話するなんてこともあり?
ぼんやりと想像した。笑顔で出かけていく的場さんを。
でもぼんやりしすぎて溶けるように消える。
急にじろっとにらんだ茅野の顔が出てきた。いきなり、なんで出て来るのっ、しかも怖い顔して。
睨まれるのを避ける様に仕事に集中した。
そしてランチタイム。
いつものように夏と一緒に食べてると。
何故?3日続けて声をかけられた。隣に座ったのはそう、瀬野さん。
大人ですから挨拶をして、ちょっとだけ食べ終わったトレーに目を落として、今日はカレーかぁ。私は今日はそんな気分じゃなかったなぁなんて勝手に思ったり。
「佐川さん、今度夕食に誘ってもいいかな?」
ぼんやりしてたら会話は先に行っていて。
「・・・・えっとほとんど毎日、彼の家で一緒に作ってて・・・・すみません。」
嘘だからばれないように下を向く。言われたとおりに言えた。だから・・・・。
「そ、そうか。ごめん。美味しそうに食べるから一度ゆっくりと思ったんだけど。じゃあ、また。」
ああ、言えたけど、これでいいの?
横から夏がツンツンしてくる。夏の方を向くと指で向こうを指された。
視線と指先を追うと入り口に茅野が入ってくるところだった。
瀬野さんとすれ違う。その瞬間茅野がこっちを見てにっこりと笑った。
瀬野さんが気がついたようにこっちを見そうで急いで視線を外した。
「茅野の指導が間にあって役に立ったみたいね、ギリギリセーフ。」
夏にはすっかりバレている。
だって二人とも自炊するってタイプじゃないと思ってるだろう。
私も間違いなくそう思われてる。本当は作ろと思えば出来るのに、週末は本気で作るし。
ただ振舞う人がいなくて、披露する機会がなかっただけ。
だいたい茅野はあんまり食べなくてもいいって言う特別体質の持ち主。
しばらく私の鷹の爪は引っ込んだまま。
その間にキリキリと研いでやる、びっくりするくらい食い込むくらいにキラリと磨いてやる。
茅野と井田君がやってきた。
「茅野、唯の言った素晴らしいセリフ。茅野が考えたんでしょう?」
「ああ?」
茅野が入り口を見てこちらを向いた。
「やっぱり。ほら、誘われたんだろう。」
なんでそこで自慢げに言うのか分からない。
「ちゃんと言って、断りました。」
教えられたそのままに。
でも急に言われてたら私は断るにもマゴマゴしただろうから助かった。
目の前に見える生姜焼きから食欲をそそる匂いがする。
やっぱり、生姜焼きかオムライスも捨てがたかったのよ。
やっぱり茅野はメニュー表に残る私の念を読み取っているかもしれない。
井田君、だから私はカレーじゃないのよ、今日は。
初めて井田君のトレーも見た気がした。
はずれです。
「唯、カレーが良かったのか?」茅野が自信無げに言う。
「ううん、全然。生姜焼きかオムライスとの三択でした。」茅野が正しい。
「やっぱり茅野だね。」
にっこり笑って待つ、いつものように。
「ほれ、ご褒美だ」
そう言って生姜焼きをひと切れもらう。
「じゃあ、はい。」
私はお返しに麻婆豆腐の豆腐を二切れ移動させた。ウィンウィン?
「井田君、知ってる?なんて断ったか?」
夏がこちらのやり取りをよそに井田君に話しかける。
「ううん、何?決定的?」
「うん、『毎日恋人と一緒に家でご飯を作って食べる』って言ってた。唯が参加したら料理じゃなくて実験になる気がするし。爆発必死。茅野の料理も想像つかない。良く信じたよね瀬野さん。」
「夏、ひどい。お菓子部だって言ったじゃない。料理はできるのも本当だし。たいていのメニューなら普通レベルにくらいにはできるもん。それに恋人って、相手が誰かは分からないじゃない?」
一同顔を見合わせる。もちろん私以外。
「そう思ってるのは唯だけでしょう。」夏が言う。
そうなの・・・かな?
だって今まで一緒だったのに声かけて来るって事はそうは見えてなかったみたいじゃん。
ただの同期四人。でも他の2人の顔もそうだと言っている。
なんだか本当に心苦しいような。
瀬野さん、先輩なのに、申し訳ない。でも、誰のせい?
知らない。まあ、いいや。終わったことだし。
とりあえず大切な一切れのショウガ焼きのお肉を食べる。
一切れじゃ足りなくない?大切に味わい飲み込んでから、まだ向こうの皿に残る肉に目が行く。
追加で二切れ運ばれてきた。ご飯を挟んでごくりと食べる。
私は残りの麻婆豆腐を茅野に差し出す。満足。
「佐川さんと一緒だと茅野も太るんじゃない?」
喜んでるように見える井田君。
「井田君、それはどういう意味でしょうか?」
私の鷹の爪の事?・・・じゃないよね、きっと。
「え、ほら佐川さんの美味しく食べる顔を見たくてたくさん頼んだメニューを茅野も食べて。」
若干の慌てぶりながら井田君が言う。
やっぱりさっき宣言した私の料理得意アピールはスルーされてる。悔しい。
私だって量より質ってタイプでもあるんだ。
美味しいのを自分で生み出せればいつでもおいしい物が食べれるじゃん。簡単な原理なのに。
「でも本当に茅野を太らせたい。本当にどこにも無駄肉がなくて、姿勢がいいから脱いでもかっこいいし。絶対太らせる!嫌がらせの様に人のいろんなとこの肉をつまんでブニブニして。グーで叩いても胸板が本当に板なんだもん、かまぼこ板より肉がない・・・・と」
何を言った私。あわわわ・・・・、口を押さえたが遅い。
「馬鹿。」つぶやいた茅野。
「まあ、仲がいいということで。」夏。
違う、知らない、想像で言ってみました。
ほっぺたをブニブニされてます。いや、二の腕の方がいいか?
言い訳を考えるまでもなく、披露するまでもなく。
穴があったら入りたいという心境でしょうか。
夕方仕事終わりにちゃんとロッカーから荷物を取って茅野と帰る。
昨日と同じ道を。
バッグは茅野が持ってくれて手をつないで帰る。
昨日の無言劇場とは違っていろいろと話をしながら。
1週間って本当に長い。
それでもやっと水曜日。約束の水曜日。一週間の真ん中。
今日はこの間お酒だけにしたお店に行き食事をした。
料理があったので視線は料理に、意識は食べることに集中。
そういえばバーテンダーさんを見ることもなく美味しくいただいて帰宅。
「は~、やっぱりおいしかったね。また行きたいなあ。」
「はいはい。いつでもどうぞ。」
ソファに座り部屋の中を動く茅野を見る。
お湯を沸かし、お茶をいれる準備をしている。
「茅野疲れてない?座れば?いいよお茶は。優しくてうれしいけど疲れてないの?」
私はいい気分でほろ酔い気味にテーブルに腕をつけて顔を乗せる。
リラックス、だけどちょっとだけさっきから自分の鼓動がうるさいような気がする。
アルコールのせい?アルコールでも抑えられないくらいの興奮のせい。
お酒が足りないのか多すぎたのか分からない。
ただドキドキして茅野の背中を見つめる。
「別に疲れてないよ。いいよ、座っとけば。」
くるりとこっちを向いて笑う。数日前まで知らなかった笑顔。
だって会社じゃあんま見せてくれなかったから。
どうしていつもクールに振舞ってるの?もっとそんなやわらかい表情をすれば・・・・・、違う、少なくとも3人はいたから。クールな茅野がいいっていう人。
もしかしたら私が知らないだけで他の人と話をするときは優しい顔になってるの?
あんな優しい顔して廊下を歩いたりしたらもっと視線浴びちゃうじゃない。
嫌だ、それは嫌だ。一人で勝手にむかついてくる。
デレデレしちゃって・・・・・。
今はいいから許すけど。
茅野がカップにお茶をいれて持ってきてくれる。
「ありがとう。茅野は優しい。」
「今頃気がついた?」
いつものように隣でこっちを向いて肘をついてくつろぐ。
「うう・・・・ん。だって意地悪ばかりされてた気がした。夏には優しいのに。誰にでも優しいの?」
「まあ、そうだな。そう言われるとそうだけど。」
「え、そうなの?」
「優しいってそんなもんだろう。唯だって気を遣って瀬野さんとやらに話をしただろう。優しいのと気を遣うのとはそう違わなくないか?でも唯以外を揶揄ったりはしないよ、唯ならその辺怒らないだろうなあって甘えてるから。ちょっかい出したりしても楽しいし。」
「甘いよ茅野。たまに怒るから。」
「本気じゃないって分かってる。」
なんか甘く見られてる気もするけど。
だってフフッって鼻で笑ってる。
「唯、先にシャワーどうぞ。」
立ち上がる茅野についていく。さっぱりしてぐうたらしたい。
昨日できなかったゴロゴロ、許されるならここでもゴロゴロと。
床もきれいそうだし。物がないから回転し放題。
ふ~、さっぱりして部屋に戻る。
いない・・・・。
まあいいや。スーツをハンガーにかけてゴロンと横になる。
背伸びしてグルン、腹ばいに。携帯を持って顔をあげる。
いつも家で見てるサイトを見る。
鼻歌まで出てすっかりくつろいでまるで自分の家にいるように錯覚していた。
「唯、随分一人の時間を楽しんでるねえ。やっぱり家でもそんな感じなんだ。」
ビックリした、本気で忘れてた。
さっきのドキドキはどこ行った?
お酒飲み過ぎのドキドキだったのか
「お察しの通り。だって楽ちんじゃん。脚が疲れるんだもん。・・・だめ?」
「いいよ、シャワー浴びてくるから、それまでどうぞ。」
「ごゆっくり~。」手にした携帯を振る。
「まさか、すぐ出てくるから待ってて。」
急に止まって真剣な顔された。いや・・・別にゆっくりでも待ってるし、まさかまた先に寝るとか心配してる?
足を上げてブルブルして疲れをいやす。ついでに腹筋に力を入れて。
本当に言葉通りに茅野がタオルを巻いてお風呂から出てきた。
私にはすっかり着替えを貸してくれたのに、自分はバスタオルだけ?
思わず体を起こす。上半身裸。本当に無駄な肉がない。悔しい。太らせたい、摘まんで肉をプルプルさせたい。
「唯、なんでそんな怖い目で見てるの?もっと愛おしそうに見るところじゃない?」
「何でもない。」
ゴロンと体を元に戻す。
隣に来た茅野が横になる。
「唯、ねえ、ベッド行こうよ。」
携帯を取り上げられた。
ポンとソファに投げられて横になったまま抱きしめられる。
「唯が言ったんだから、俺じゃないと嫌だって、俺がいいって。」
「え、何?・・・・何?」
「月曜日に、電話で言っただろう?」
「あ、・・・・。」確かに言ったけど。
「ねえ、・・・・茅野バスタオルだけ?」
「だけ。だって今か今かと待っててくれると思ってたからさっさと出てきたのに。」
聞こえない、聞こえない。首を振る。
「ねえ、ベッドでゴロンしよっ。」
結局ゴロンとしたのはほんの数分・・・もなかった。
触れられるところから熱くなり大人しくしてることなんてできない。
絡み合いながらお互いに縋りつくように体を合わせる。
「かやの・・・・・。」
「唯。名前で呼んでって。」
「・・・・しゅう、しゅう。」
目が覚めた。すっかり見慣れた温かい壁。寝息も聞こえる。
「柊。」つぶやいて抱きつく。
明日の朝までこのまま眠れる幸せ。
「大好き。」
そのまま朝まで眠った。
「唯、おはよう、シャワーは?」
目を開けると部屋着の茅野。なんだかさっぱりした顔。
先にシャワーを浴びたのだろう、髪が少し湿って見える。
「うん。」そう答えても目が閉じてしまう。
「唯、起きて、二人で遅刻する?」
もぞもぞと体を動かして目を覚ます準備をする。
起きる起きる起きる。
体を起こしてそこにいた茅野にバスタオルを手渡された。
「ありがとう。」
先に部屋を出て行く茅野。
「食事の準備しとくから。」
これでいいのか?私。
バスタオルを巻いて着替えを拾い集めてバスルームへ。
身支度を整えてリビングに戻るとすっかり朝ごはんが出来ていた。
「茅野、ありがとう。いただきます。」
いつもの場所に座り目の前の食事に手を伸ばす。
「あ、このチャンネルだろう、いつも見てるの。」
「うん。」
大人しくテレビを見ながらご飯を食べて、茅野に片付けを任せて私は化粧をして着替える。
私の準備が終わるころには茅野は洗い物も済ませて着替えも済ませていた。
「行く?」
「うん。」
玄関に立ち電気を消す。ドアノブを握った茅野が振り返りぎゅっと抱きしてくる。
「また週末に来て。」
「うん。」
「・・・やっぱり思い切ってもっと近くに引っ越せばよかったなあ。失敗した時の保険で三駅だけ間を置いたから遠い。失敗だったなあ。」
「何?」
「何って、言ったでしょう。去年の5月にここに引っ越したんだよ。新人研修が終わって唯の近くがいいなって思ったから。」
「な、なんで私の最寄り駅知ってたの?」
「いろいろと聞いたり自分で確認したり。」
何それ?
「もしかして後をついてきて私の降りる駅確認したの?」
「う~ん、まあ似たようなことがあったようななかったような。」
「あったでしょう。何で。そんな、分かんないじゃん。先の事なんて。」
「そう?でもこうなったんだから、やっぱりちゃんとわかってたんだよ。」
無謀過ぎて何も言えない。有謀というのかな?そこまでして一年置いたのはなぜ?
クールで動じないような顔して、本当はすぐに感情を漏れ出させる。
全然、精神鍛錬出来て・・・・・・・出来てたから一年待てたの?
帰りに忘れないようにしなくちゃ。
夜の予定は特別でも仕事はいつも通り。
ファイルをチェックして急ぎがないことを確認する。
あとは順番に黙々と必要な書類作成、添付、ボックスへ戻す。
無駄話もせずに淡々とこなす。
もともとあんまり仕事中は雑談しない夏と私の2人。そう真面目な2人。
営業課だともっと人の出入りもあって、そうなればお帰り、お疲れさま、行ってらっしゃいなんて言葉が飛び交い、合間に会話するなんてこともあり?
ぼんやりと想像した。笑顔で出かけていく的場さんを。
でもぼんやりしすぎて溶けるように消える。
急にじろっとにらんだ茅野の顔が出てきた。いきなり、なんで出て来るのっ、しかも怖い顔して。
睨まれるのを避ける様に仕事に集中した。
そしてランチタイム。
いつものように夏と一緒に食べてると。
何故?3日続けて声をかけられた。隣に座ったのはそう、瀬野さん。
大人ですから挨拶をして、ちょっとだけ食べ終わったトレーに目を落として、今日はカレーかぁ。私は今日はそんな気分じゃなかったなぁなんて勝手に思ったり。
「佐川さん、今度夕食に誘ってもいいかな?」
ぼんやりしてたら会話は先に行っていて。
「・・・・えっとほとんど毎日、彼の家で一緒に作ってて・・・・すみません。」
嘘だからばれないように下を向く。言われたとおりに言えた。だから・・・・。
「そ、そうか。ごめん。美味しそうに食べるから一度ゆっくりと思ったんだけど。じゃあ、また。」
ああ、言えたけど、これでいいの?
横から夏がツンツンしてくる。夏の方を向くと指で向こうを指された。
視線と指先を追うと入り口に茅野が入ってくるところだった。
瀬野さんとすれ違う。その瞬間茅野がこっちを見てにっこりと笑った。
瀬野さんが気がついたようにこっちを見そうで急いで視線を外した。
「茅野の指導が間にあって役に立ったみたいね、ギリギリセーフ。」
夏にはすっかりバレている。
だって二人とも自炊するってタイプじゃないと思ってるだろう。
私も間違いなくそう思われてる。本当は作ろと思えば出来るのに、週末は本気で作るし。
ただ振舞う人がいなくて、披露する機会がなかっただけ。
だいたい茅野はあんまり食べなくてもいいって言う特別体質の持ち主。
しばらく私の鷹の爪は引っ込んだまま。
その間にキリキリと研いでやる、びっくりするくらい食い込むくらいにキラリと磨いてやる。
茅野と井田君がやってきた。
「茅野、唯の言った素晴らしいセリフ。茅野が考えたんでしょう?」
「ああ?」
茅野が入り口を見てこちらを向いた。
「やっぱり。ほら、誘われたんだろう。」
なんでそこで自慢げに言うのか分からない。
「ちゃんと言って、断りました。」
教えられたそのままに。
でも急に言われてたら私は断るにもマゴマゴしただろうから助かった。
目の前に見える生姜焼きから食欲をそそる匂いがする。
やっぱり、生姜焼きかオムライスも捨てがたかったのよ。
やっぱり茅野はメニュー表に残る私の念を読み取っているかもしれない。
井田君、だから私はカレーじゃないのよ、今日は。
初めて井田君のトレーも見た気がした。
はずれです。
「唯、カレーが良かったのか?」茅野が自信無げに言う。
「ううん、全然。生姜焼きかオムライスとの三択でした。」茅野が正しい。
「やっぱり茅野だね。」
にっこり笑って待つ、いつものように。
「ほれ、ご褒美だ」
そう言って生姜焼きをひと切れもらう。
「じゃあ、はい。」
私はお返しに麻婆豆腐の豆腐を二切れ移動させた。ウィンウィン?
「井田君、知ってる?なんて断ったか?」
夏がこちらのやり取りをよそに井田君に話しかける。
「ううん、何?決定的?」
「うん、『毎日恋人と一緒に家でご飯を作って食べる』って言ってた。唯が参加したら料理じゃなくて実験になる気がするし。爆発必死。茅野の料理も想像つかない。良く信じたよね瀬野さん。」
「夏、ひどい。お菓子部だって言ったじゃない。料理はできるのも本当だし。たいていのメニューなら普通レベルにくらいにはできるもん。それに恋人って、相手が誰かは分からないじゃない?」
一同顔を見合わせる。もちろん私以外。
「そう思ってるのは唯だけでしょう。」夏が言う。
そうなの・・・かな?
だって今まで一緒だったのに声かけて来るって事はそうは見えてなかったみたいじゃん。
ただの同期四人。でも他の2人の顔もそうだと言っている。
なんだか本当に心苦しいような。
瀬野さん、先輩なのに、申し訳ない。でも、誰のせい?
知らない。まあ、いいや。終わったことだし。
とりあえず大切な一切れのショウガ焼きのお肉を食べる。
一切れじゃ足りなくない?大切に味わい飲み込んでから、まだ向こうの皿に残る肉に目が行く。
追加で二切れ運ばれてきた。ご飯を挟んでごくりと食べる。
私は残りの麻婆豆腐を茅野に差し出す。満足。
「佐川さんと一緒だと茅野も太るんじゃない?」
喜んでるように見える井田君。
「井田君、それはどういう意味でしょうか?」
私の鷹の爪の事?・・・じゃないよね、きっと。
「え、ほら佐川さんの美味しく食べる顔を見たくてたくさん頼んだメニューを茅野も食べて。」
若干の慌てぶりながら井田君が言う。
やっぱりさっき宣言した私の料理得意アピールはスルーされてる。悔しい。
私だって量より質ってタイプでもあるんだ。
美味しいのを自分で生み出せればいつでもおいしい物が食べれるじゃん。簡単な原理なのに。
「でも本当に茅野を太らせたい。本当にどこにも無駄肉がなくて、姿勢がいいから脱いでもかっこいいし。絶対太らせる!嫌がらせの様に人のいろんなとこの肉をつまんでブニブニして。グーで叩いても胸板が本当に板なんだもん、かまぼこ板より肉がない・・・・と」
何を言った私。あわわわ・・・・、口を押さえたが遅い。
「馬鹿。」つぶやいた茅野。
「まあ、仲がいいということで。」夏。
違う、知らない、想像で言ってみました。
ほっぺたをブニブニされてます。いや、二の腕の方がいいか?
言い訳を考えるまでもなく、披露するまでもなく。
穴があったら入りたいという心境でしょうか。
夕方仕事終わりにちゃんとロッカーから荷物を取って茅野と帰る。
昨日と同じ道を。
バッグは茅野が持ってくれて手をつないで帰る。
昨日の無言劇場とは違っていろいろと話をしながら。
1週間って本当に長い。
それでもやっと水曜日。約束の水曜日。一週間の真ん中。
今日はこの間お酒だけにしたお店に行き食事をした。
料理があったので視線は料理に、意識は食べることに集中。
そういえばバーテンダーさんを見ることもなく美味しくいただいて帰宅。
「は~、やっぱりおいしかったね。また行きたいなあ。」
「はいはい。いつでもどうぞ。」
ソファに座り部屋の中を動く茅野を見る。
お湯を沸かし、お茶をいれる準備をしている。
「茅野疲れてない?座れば?いいよお茶は。優しくてうれしいけど疲れてないの?」
私はいい気分でほろ酔い気味にテーブルに腕をつけて顔を乗せる。
リラックス、だけどちょっとだけさっきから自分の鼓動がうるさいような気がする。
アルコールのせい?アルコールでも抑えられないくらいの興奮のせい。
お酒が足りないのか多すぎたのか分からない。
ただドキドキして茅野の背中を見つめる。
「別に疲れてないよ。いいよ、座っとけば。」
くるりとこっちを向いて笑う。数日前まで知らなかった笑顔。
だって会社じゃあんま見せてくれなかったから。
どうしていつもクールに振舞ってるの?もっとそんなやわらかい表情をすれば・・・・・、違う、少なくとも3人はいたから。クールな茅野がいいっていう人。
もしかしたら私が知らないだけで他の人と話をするときは優しい顔になってるの?
あんな優しい顔して廊下を歩いたりしたらもっと視線浴びちゃうじゃない。
嫌だ、それは嫌だ。一人で勝手にむかついてくる。
デレデレしちゃって・・・・・。
今はいいから許すけど。
茅野がカップにお茶をいれて持ってきてくれる。
「ありがとう。茅野は優しい。」
「今頃気がついた?」
いつものように隣でこっちを向いて肘をついてくつろぐ。
「うう・・・・ん。だって意地悪ばかりされてた気がした。夏には優しいのに。誰にでも優しいの?」
「まあ、そうだな。そう言われるとそうだけど。」
「え、そうなの?」
「優しいってそんなもんだろう。唯だって気を遣って瀬野さんとやらに話をしただろう。優しいのと気を遣うのとはそう違わなくないか?でも唯以外を揶揄ったりはしないよ、唯ならその辺怒らないだろうなあって甘えてるから。ちょっかい出したりしても楽しいし。」
「甘いよ茅野。たまに怒るから。」
「本気じゃないって分かってる。」
なんか甘く見られてる気もするけど。
だってフフッって鼻で笑ってる。
「唯、先にシャワーどうぞ。」
立ち上がる茅野についていく。さっぱりしてぐうたらしたい。
昨日できなかったゴロゴロ、許されるならここでもゴロゴロと。
床もきれいそうだし。物がないから回転し放題。
ふ~、さっぱりして部屋に戻る。
いない・・・・。
まあいいや。スーツをハンガーにかけてゴロンと横になる。
背伸びしてグルン、腹ばいに。携帯を持って顔をあげる。
いつも家で見てるサイトを見る。
鼻歌まで出てすっかりくつろいでまるで自分の家にいるように錯覚していた。
「唯、随分一人の時間を楽しんでるねえ。やっぱり家でもそんな感じなんだ。」
ビックリした、本気で忘れてた。
さっきのドキドキはどこ行った?
お酒飲み過ぎのドキドキだったのか
「お察しの通り。だって楽ちんじゃん。脚が疲れるんだもん。・・・だめ?」
「いいよ、シャワー浴びてくるから、それまでどうぞ。」
「ごゆっくり~。」手にした携帯を振る。
「まさか、すぐ出てくるから待ってて。」
急に止まって真剣な顔された。いや・・・別にゆっくりでも待ってるし、まさかまた先に寝るとか心配してる?
足を上げてブルブルして疲れをいやす。ついでに腹筋に力を入れて。
本当に言葉通りに茅野がタオルを巻いてお風呂から出てきた。
私にはすっかり着替えを貸してくれたのに、自分はバスタオルだけ?
思わず体を起こす。上半身裸。本当に無駄な肉がない。悔しい。太らせたい、摘まんで肉をプルプルさせたい。
「唯、なんでそんな怖い目で見てるの?もっと愛おしそうに見るところじゃない?」
「何でもない。」
ゴロンと体を元に戻す。
隣に来た茅野が横になる。
「唯、ねえ、ベッド行こうよ。」
携帯を取り上げられた。
ポンとソファに投げられて横になったまま抱きしめられる。
「唯が言ったんだから、俺じゃないと嫌だって、俺がいいって。」
「え、何?・・・・何?」
「月曜日に、電話で言っただろう?」
「あ、・・・・。」確かに言ったけど。
「ねえ、・・・・茅野バスタオルだけ?」
「だけ。だって今か今かと待っててくれると思ってたからさっさと出てきたのに。」
聞こえない、聞こえない。首を振る。
「ねえ、ベッドでゴロンしよっ。」
結局ゴロンとしたのはほんの数分・・・もなかった。
触れられるところから熱くなり大人しくしてることなんてできない。
絡み合いながらお互いに縋りつくように体を合わせる。
「かやの・・・・・。」
「唯。名前で呼んでって。」
「・・・・しゅう、しゅう。」
目が覚めた。すっかり見慣れた温かい壁。寝息も聞こえる。
「柊。」つぶやいて抱きつく。
明日の朝までこのまま眠れる幸せ。
「大好き。」
そのまま朝まで眠った。
「唯、おはよう、シャワーは?」
目を開けると部屋着の茅野。なんだかさっぱりした顔。
先にシャワーを浴びたのだろう、髪が少し湿って見える。
「うん。」そう答えても目が閉じてしまう。
「唯、起きて、二人で遅刻する?」
もぞもぞと体を動かして目を覚ます準備をする。
起きる起きる起きる。
体を起こしてそこにいた茅野にバスタオルを手渡された。
「ありがとう。」
先に部屋を出て行く茅野。
「食事の準備しとくから。」
これでいいのか?私。
バスタオルを巻いて着替えを拾い集めてバスルームへ。
身支度を整えてリビングに戻るとすっかり朝ごはんが出来ていた。
「茅野、ありがとう。いただきます。」
いつもの場所に座り目の前の食事に手を伸ばす。
「あ、このチャンネルだろう、いつも見てるの。」
「うん。」
大人しくテレビを見ながらご飯を食べて、茅野に片付けを任せて私は化粧をして着替える。
私の準備が終わるころには茅野は洗い物も済ませて着替えも済ませていた。
「行く?」
「うん。」
玄関に立ち電気を消す。ドアノブを握った茅野が振り返りぎゅっと抱きしてくる。
「また週末に来て。」
「うん。」
「・・・やっぱり思い切ってもっと近くに引っ越せばよかったなあ。失敗した時の保険で三駅だけ間を置いたから遠い。失敗だったなあ。」
「何?」
「何って、言ったでしょう。去年の5月にここに引っ越したんだよ。新人研修が終わって唯の近くがいいなって思ったから。」
「な、なんで私の最寄り駅知ってたの?」
「いろいろと聞いたり自分で確認したり。」
何それ?
「もしかして後をついてきて私の降りる駅確認したの?」
「う~ん、まあ似たようなことがあったようななかったような。」
「あったでしょう。何で。そんな、分かんないじゃん。先の事なんて。」
「そう?でもこうなったんだから、やっぱりちゃんとわかってたんだよ。」
無謀過ぎて何も言えない。有謀というのかな?そこまでして一年置いたのはなぜ?
クールで動じないような顔して、本当はすぐに感情を漏れ出させる。
全然、精神鍛錬出来て・・・・・・・出来てたから一年待てたの?
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