小さな鈴を見つけた日 

羽月☆

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9 祝、七キロ減!

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「すず先輩、お帰りなさい。どうでしたか?」

沙良ちゃんに聞かれて思わずVサインを出した。
目標の5キロを楽々クリア。危うく7キロも減るところでした。

「そうですよね。見ればわかります。痩せましたよね。」

Vサインに手のひらをパーにして合わせて7キロと伝える。

「ええ~、本当ですか。やればできる子だと思ってました。おめでとうございます。」

相変わらずの後輩らしくない言い方だ。
でも笑顔が喜びを伝えてくれる、褒められると嬉しい単純な私。

「やっぱり私は感謝されて奢ってもらっていいくらいですよね。ねえ、先輩?」

「それは約束が違うから。沙良ちゃんに奢ってもらうのは私。何で逆転するの?ご褒美でしょう?」

「分かってますって。もうお店も予約してますし、メンバーもほぼ決まってます。楽しみにしてください。金曜日ですよ。」


とりあえず今日から食べたいものを食べていい。
ああ、リバウンドしないように気を付けて。
運動は減らしてもいいけど毎日するようにしよう。

医務室に行く前にも三往復、あがくように運動をした。
それでも血圧が正常なんだから、若さは無敵だ。

さすがに体が軽い。
その代わり少しだけ心が沈むように重い気がするけど、それはゆっくり解決するだろうから。

医務室の先生にも驚かれた。

「真面目に運動をしました。」

そう言ったけど、やっぱり心配された。
ストレスで太ったと心配されて、痩せたらそれもストレスかと心配されて。
幸せだとは思ってもらえないなんて。
表情が暗い?

そんなことないですよ。

月曜日から気分的にはかなり頑張って仕事をした。
実際に自分が試食当番をしたお弁当について、意見を出すだけでなく改善点などを盛り込んだ書類を作る。
栄養点数を計算し直したりして提出。

後は現在の定番メニューに対して上がってくる意見をもとに同じようなことを繰り返し。

定期購入してくれるお客様には健康相談の電話対応も行っている。
実際に血液データを送ってもらったり、体調を記入したものを送ってもらい、アドバイスを記入して返したり。
数字に合わせてカロリーを足したり減らしたり、追加でのおすすめの食材と料理法を簡単に説明したり。


出来るだけ同じお客様を見るようにしていても、アドバイスに偏りが出るので二人体制になっている。
自分がアドバイスしたことは、この後相棒の沙良ちゃんに目を通してもらい追加修正をしてもらう。


食には基本的に個人の好みが出る。
それは世代でもあるし、育ってきた環境でもあるし。個性でもある。
最近はアレルギーが増えていて、それも考慮する。

一日三食、深く考えずにとれるというのは幸せかもしれない。
アレルギーがないだけでも喜ぶこと。
後はそこそこバランスを心がけていれば・・・・それなのに何で太るんだろう?
『そこそこ』が大甘なんだろう。
プロなのに・・・・。


絶対リバウンドをしない!!
改めてそう思った。


金曜日、仕事が終わり沙良ちゃんと席を立つ。
一緒にお店に向かい、通された部屋の広さに驚いた。

「沙良ちゃん、何でこんな広い部屋?何人で飲むの?」

「えっと一人ドタキャンがあって7人です。あと一人臨時で来れそうな人を探してもらってるから8人になるかもしれません。」

「それは普通の飲み会ね。別にダイエット成功祝いじゃないのね。」

「そんな、主役は先輩ですってば。ちゃんと皆でお祝いします。」

「ああ、それは止めて。別にいいから。主役とか・・・・いいから。」

そんな事を言ってたら次々に人が来て。
最後に沙良ちゃんとも仲のいい営業の兵頭さんまで来てビックリ。
そしてその後ろから来た人を見てさらにびっくり。
沙良ちゃん、どんなコネクション?


「あ、兵頭先輩。すごい、ちゃんともう一人誘っていただけたんですね。」

「ああ、責任もって。」

「ありがとうございます。七尾先輩、ありがとうございます。」

仲良し?
ちょっと顔をあげた七尾先輩が軽くうなずく。

表情が見えないけど醸し出す雰囲気は飲み会っぽくない。
無理やり連れてこられたの?

そうかも。
ドタキャン穴埋め要員?


真ん中に座らされた私。
向かいには沙良ちゃんがいて。

「それでは今日はすず先輩の七キロダイエット成功を祝う会へようこそ。すぐにリバウンドが来ないようにすず先輩には制限させますが、先輩以外の皆さんご自分で思う様に食べたり飲んだり楽しんでください。それでは、おめでとうございます、すず先輩。かんぱ~い。」

あちこちで唱和された。
恥ずかしい。

乾杯のグラスを掲げたけど一口だけ口をつけて置く。

「2週間で七キロなんて、よく頑張ったね。」

早速同じ課の先輩に褒められる。

「はい、5キロ減ったら沙良ちゃんに奢ってもらう約束でしたから。運動もしたし、お弁当も最後の方は残しがちでした。」

聞いた先輩が驚いた顔をした。
そんなに意外ですか?
ちょっとがっかりな反応。

「なんだか食欲がコントロールできるようになった後半からは、もう神レベルに至った境地でした。この後も頑張れる気がします。」

堂々と宣言してみた。

それなのに・・・。

「すず先輩、いつも通り『勝手に失恋』を二回ぐらい経験すると元に戻りますから。まだまだ『神レベル』はほど遠いですよ。」

沙良ちゃん、嫌な予言を。
しばし黙った。

「あれ、先輩。でもいい事あったんですよね?」

「・・・・。」

あ・・・・。口が開いた沙良ちゃん。
声には出てなくても、聞いたらダメみたいな雰囲気を読んでくれたらしい沙良ちゃん。そのまま黙ってくれた。

いい事・・・そんな気がしたような、しないような。



あの週末の日、トニーなしで会った日。
会話は途切れがちで。

「好きな人いるの?」

川瀬さんにそう聞かれた。

「はい・・・・。」

そう答えてしまった。
あの時思い浮かべた人はすぐそこにいるのに。
そんな距離は関係ないくらい遠い・・・・・って奥さんも子供もいるし。
全然ダメなんだけど。




「あ、兵頭先輩、ありがとうございます。ちゃんともう一人誘ってくれるあたり、さすがです。」

「ああ、ごめんね。だまして連れてきたから、なんだけど。」

兵頭さんは営業の有名な先輩だ。
『出来る』評判の方の有名な先輩。
そしてだまして連れてこられたという視線の先には七尾さん。
ひとり静かにお酒を飲んでいる。端の席で。
仲がいいなら聞いてみたい、今。さりげなく、興味があるだけだから。

「兵頭さん、七尾さんは何歳なんですか?同じ年ですか?」

「七尾は同じ年だよ。同期。28歳になりそう。」

驚くしかない・・・・。
一応高校は卒業してるけど、20歳でパパ?19歳で入籍?
七尾さん・・・・本当に、びっくりです。

「そんなに意外?あの暗い雰囲気のせいかな?もっとこざっぱりすればそれなりだよ。」

知ってます。
髪だけでもさっぱりすればグンと印象が違うことも。

じっと見てみるけど、私の視線なんて気が付くでもなく一人グラスを見つめてる。

「気になる?」
「なります。」

視線を向けたままに正直に答えてしまった。

「あ・・・・そう言うのじゃなくて・・・・。」

返事の意味にハッとした自分。
急いで取り繕う様に、否定するように言ったのに。
七尾さんの目の前の席に誘導されて向かい合うことになった。

・・・ああ、どうしてでしょうか?

視線をあげて、うっとうしい前髪の隙間から私を見ただろう七尾さんが、ちょっと驚いたように目を開いたような気がした。

「七尾、お前28歳になったんだよな?」

「ああっ?」

怪訝そうに聞いてくる。

「平さん。そうみたい。じゃあ、仲良くね。」

そう言って去って行った。
適当にお酒が入り盛り上がってる飲み会。
端のふたりは静かな雰囲気の中に。

大体主役は私のはずですが、皆ただ飲みたかっただけみたいです。
当たり前です。よく知らない子が七キロやせたからって何で奢るの?
分かってるのかなあ?
私は払いませんよ。

まあいい。

問題はこの二人の沈黙です。

「七尾さん、お疲れ様です。」

「ああ、7キロ減、おめでとう。」

「ありがとうございます。」

「・・・・あの犬と走ればもっと痩せそうだけど。」

まだ痩せた方がいいという意見でしょうか?


「・・・・私の飼い犬じゃないですので。」

「そうか。」

「はい。」


「あの・・・・・よく行くんですか?あそこに。」

「まあ、遊びに連れて行く時に、時々。」


「気持ちいいですよね、広くて。・・・・小さいと、喜びますよね。でも、知りませんでした。想像もしてなかったです。だから全くわかりませんでした。」

「ああ。」

「誰にも言ってません。」

「ああ。そう。」

「俺も言ってないけど。」

「内緒ですか?」

そんなことできないはず。
扶養家族がいるのは分かるはずなのに。
もっとも最初っからそうだったら、意外に気が付かれないの?

「あんまり言うことでもないし。」

確かに、ただただ驚く。


「飲み会もあんまり参加しないですよね。」

「まあね。」

「だから、ちょっと意外でした。あの日の感じが、思った以上に普通で。会社でも人と話してる姿を見かけたことなかったですし。どちらかというと人嫌いかと思ってたり・・・・。」

あの日の姿は、普通の、その辺にいる、・・・・パパみたいだった。
驚いた声を聞かなければ全く気が付かなかっただろう。


さっきの感想が意外だったのか、七尾さんの見える口元が緩んだ気がする。

「それは・・・家族だし・・・・。」

家族・・・・。
顔が緩むくらい、そんな存在。
大切な存在ですよね。確かに、伝わりましたし。

・・・・だから、それは分かってましたよ。


「あの大きな犬と遊びたいって言ってたけど。良く行く散歩コース?」

「知りません。だから・・・・私の犬じゃないですから。」

「ああ、そうだったね。」

「はい。」

「失礼します。」

席を立った。

お互いに俯いたらもう話すこともないし。
元々ないけど。
一日分の偶然の出来事の思い出はもう話し尽くしたし。
だから終わり。

トイレに行ってぼんやりと壁にもたれる。

一体どういう人が奥さんなのだろう?
家でもきっと髪の毛はターバンであげられてるんだろう。
奥さんの作った料理を褒めたり、買い物を手伝ったりする?
全く想像がつかない。

1人で部屋で黙々と難しい本を読んだり、パソコンに向かってる姿を想像していた。勝手に暗い部屋に一人でいるんだろうと。

全く違った。

誰も信じないだろう。
いっそお姉さんの子供とか言われたら納得するけど。

家族なんだって。

私の方も川瀬さんの事をきっと誤解されてる。
あの日初めてあったなんて思ってもいないだろう。
私とトニーと川瀬さんんがセットになっていると思ってるから、トニーのことも聞いたんだろう。

土曜日にはちゃんと行ったのに、来なかったのは七尾さんの方じゃない。

そんな事を壁に向かってつぶやいたりした。
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