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2 名前を呼ばれて返事したら
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金曜日、朝一でやることを済ませて医務室に行った。
先生の診察を受ける。
問題なし。
ただ体重はハッキリと表示が止まるまで下りれなかったから、・・・・知った。
突きつけられた現実は入社当時から危うく二桁増えそうなくらい。
やばい。
先生も悲しそうな顔をする。
「最近はみんな痩せすぎなくらいだから、健康的だとは思うんだけど。一気に増えてるわね。何か・・・ある?ストレスとかは?」
逆に仕事のストレスを心配された。
「大丈夫です。えっとちょっと油断してしまいました。せっかく試食係なので2週間全うして幾分軽くなるつもりです。」
「前回の試食係では2キロちょっとは痩せてるのね。」
2キロ・・・・たった・・・・。
それだけだったの?
「2週間で数字を見るつもりはないけど、次の健康診断と試食係の時は痩せた数字を維持してて欲しいかな。」
確かに・・・。
数字が書き込まれるたびに増えている。
いっそあっぱれです。
採血の後のバンドを外されてお辞儀をして医務室を出た。
先生の細くて長い脚がきれいだった。
白衣から出た足は色っぽい。
子どもも二人いるのに、白衣の下はそうは思えない素敵なラインらしい。
ほとんど椅子に座ってばかりなのに、なんでそうなんだろう。
その体質がうらやましい。
だいたい沙良ちゃんもよく食べるし、飲む。
同じようにランチはしてる。
夜は合コンなどもよく出かけてる。
明らかに私と同じくらいか、それ以上カロリーをとってるはずなのに。
体質。相当に強い武器だ。私には標準装備されてない武器。
席に着いて早速沙良ちゃんに体重を聞かれた。
教えるわけないじゃない。
「先輩、ずる無しです。」
誤魔化さないのに。
こっそり教えたら付箋に書かれてパソコンの横に張られた。
何で・・・・。
沙良ちゃんを見る。
「常に意識することが大切です。自分でもやばいと思いますよね。」
はい、思いました。
付箋に書かれた数字に単位はない。
それでもわざわざ太マジックで書かれて・・・・。
「毎日測りますよ。」
更に鞭がひとしなり。
今週末、最後に美味しいデザートだけでも・・・そう思ったけど自粛しよう。
沙良ちゃんの持った鞭のしなりが私の心根を矯正する。
「早速今日から頑張りましょう。思った以上にビッグな数字でしたから。」
そんなハッキリと言わなくても。
週末、せめて歩こうと思った。
もしものために500円だけ持って、スニーカーを履いて散歩の風を装い、ダイエット運動。
川べりの見晴らしのいいジョギングロードを歩く。
真面目に走ってる人、仲良く散歩する老夫婦。かっこいい自転車で走り去る人、犬を連れて散歩する人。
それなりの腕の角度でぐんぐんと歩く。
日焼け防止にサングラスとキャップをかぶって。
ポケットに500円とハンカチを持って。
ずっとずっと向こうに見える大きな橋まで。
だいたい5キロくらいあるはずだ。
河原には楽しそうに遊んでる家族、大学生、スポーツ少年、釣り人。
皆、健康的だ。
そんな人々を横目で見ながら歩く。
橋にたどり着いた。
川をこえて向こう岸にわたりコーヒー飲んで帰ろうか?
橋を渡り、向こう岸へ行く。
こっち岸の河原でも同じような風景があった。
自販機があったのでそこに向かった。
ちょっと汗もかいてるし、ペットボトルのお茶にしよう。
自販機の横のベンチに座ってキャップをとって汗を拭く。
綺麗に整備された芝生の広場では楽しそうにフリスビーに飛びつく犬がいた。
着地するたびにしなやかな毛並みが揺れる。
ゴールデンレトリバー。可愛がられてるんだろう、本当に毛並みがよさそうだ。
尻尾を振りながらフリスビーを飼い主に届ける。
周りの子供たちにも愛想を振りまき、人気者のレトリバーだ。
触りたい・・・・。
飼い主が休憩にこっちにやってきた。
大人しくついてくるレトリバー。
私の横に座って休憩してる。
「触ってもいいですか?」
「はい。大丈夫です。」
お水を買った飼い主の男の人が笑顔で答えてくれた。
子どもたちにも触らせていたから断られることはないだろうとは思った。
顎のあたりから手を当てて頭と首を撫でまわす。
「かわいい。大人しい。いい子ですね。」
飼い主さんに言う。
「ありがとうございます。」
飼い主さんが折りたたみカップを広げてお水をあげるのを見ていた。
「あんなに元気に運動したら喉も乾きますよね。」
「そうですね。こんなに天気がいいと、犬もテンションが上がるみたいです。週末しか思いっきりは遊んでやれないので。」
「楽しそうでした。毛並みもきれいだし、本当に可愛いです。」
水を飲み終わったその顔を撫でてあげる。
「近くに住んでるんですか?」
「いいえ。あっちの方から、5キロくらい歩いて来ました。張り切った散歩です。なんだか座ったら疲れてしまって。帰りも歩くのかと思うとちょっとぐったりで、なかなか動けないんです。」
「犬がいると1時間くらいはすぐなんですよ。途中まで一緒に帰りませんか?」
へ?
「同じ方向なんですか?」
「はい。川向うです。」
ええっ、犬の話で盛り上がれるかなあ?ちょっと自信はないけど。
「じゃあ、一緒の、途中まで。」
どのくらいかは分からないけど。
「急ぎますか?」
「いいえ、全然。疲労回復中です。」
「じゃあ、もう少し遊ばせてきます。あと30分くらいいいですか?」
「もちろんです。どうぞ。」
荷物をお願いされた。
ペットボトルの水と折り畳みコップなど。
リードを持ってまた広場に駆け出す一人と一匹。
犬がいると人と人が近くなる。
また小学生が集まり始めた。
話しかけてきた子にフリスビーを渡して投げさせている。
一生懸命同じように追いかけて、ちゃんと投げた子に持ち帰って渡してる。
その子が頭を撫でて褒めてあげている。
笑顔になれる光景だ。
来週も来ようかな、明日も・・・。
だってダイエット中だし、運動しないと5キロは厳しいし・・・・。
うっすらと透けて見える目的。
こうやって毎回毎回勝手に好きになりかけて、すぐに失恋してるのに。
でも犬にならよくない?
ぼんやりと一人と一匹を見つめる。
時々お茶を飲む。
大分遊んだらしい。
こっちに向かって帰って来た。
遊びたかったのに出遅れた一人の女の子がついてくる。
小学生くらいだろうか?
後ろからお父さんが急いで追いかけてきた。
「お待たせしました。」
「いいえ、大丈夫です。」
そう言って視線を女の子に向ける。
ちょっと距離を置いて立ち止まっている。
触りたいと、遊びたいと目が言ってる。
「あの・・・・。」
その子を指さす。
飼い主さんがその子に気が付いた。
同時にお父さんが追いついてきた。
「すず。」
「はい。」
何故か名前を呼ばれて返事をしてしまった。
あれ?
小さな女の子もこっちを見た。
お父さんは明らかに女の子を見てる。
私が間違った。
「すみません。」
恥ずかしくてお父さんに謝った。つい、返事をしてしまいました。
お父さん・・・・・にしては若いくらい?
よれよれのトレーナー。スニーカー。
ぼんやり見てたらすごい顔をされた。
「あっ。」
お父さんが驚いた顔をする。
何?
すぐには分からなかった。
もう一つのトレードマーク、ボサボサの髪の毛が・・・・ヘアバンドで止められていて、顔は全開。
こんな顔してた?
姿勢もいつもよりはいい。
「もしかして?」
私の声は驚きと半信半疑の思いで、囁き声にしかならなかった。
答はなかった。聞こえただろうか?
私が気が付いたと知られただろうか?
視線はすっとそらされて、当然女の子を見る。
いつの間にか犬を触って、嬉しそうに笑ってる。
ちょっと似てる。親子よね。
いくつだったの???年は知らない。
女の子が飼い主さんに話しかける。
「お名前なんて言うの?」
「トニーって言うんだ。二歳の男の子だよ。」
「子供なの?」
「ううん、犬は二歳でももう大人なんだよ。」
「私は七尾 鈴。8歳。でも子供だよ。二歳でも大人になれるんだ。すごいね、トニー。」
可愛い会話だった。
大きい犬だから二歳でも大人になれるすごい犬だと思っただろうか?
8歳・・・・・。
まあ、あり得なくもない。すごい若いパパ。本当にすごい若いパパ。
じゃあママは?
いろいろ考えてしまった。
「すず、行こうか?」
名前を呼ばれて思わず見上げそうになった。
私じゃない。
大体、私は『小鈴』だし。
『小さくない(痩せてない)』という理由で途中から小鈴の『小』をとられて呼ばれるようになった。もちろん言い出したのは沙良ちゃん。容赦ないのだ。
それからは会社では『すず』が呼び名になった。
「ばいば~い」
手を振って七尾親子が去って行った。
私も気が付かなかったのに、なんで七尾さんが私に気が付いたんだろう。
びっくりがいろいろあって、ちょっと混乱してる。
「知り合いだった?」
あ、忘れてた。つい親子の姿を見てしまっていたのだ。
「はい、すぐには気が付かなかったんです。いつもはボサボサヘアで顔は見たことなかったし、まさか子供まで・・・・。」
「すごい早い結婚だよね。高校生・・・・・くらいとか?」
「う~ん、正確な年齢は知りませんが、もしかして意外に上なのかも。謎です。」
さすがに高校生パパって・・・・、ないよね。
「じゃあ、帰る?」
「はい。もういい?」
トニーを撫でながら聞いた。
「うん、帰りも随分な距離歩くから、いいよね。お腹空いたしな。」
そう言って2人と一匹で歩き出した。
喋りながら歩きだしたら、本当に楽しくて。
川瀬 裕司さん 26歳。 金融系会社員で一人暮らし。
「一人暮らしなのに、トニー大丈夫ですか?」
「うん、姉夫婦と姪っこと両親も近くに住んでるから。平日はそっちにいるんだ。散歩も世話もしてもらってる。三
件の家を転々としてる感じだな。僕は週末くらいしか一緒にはいれないから。」
だから子供にも慣れてるのか。
でも、もともとは誰が買ったの?
「ずっと売れ残ってて、何だか誰にも買われないでいたら、どうなるんだろうと思って。つい店員さんに買いますって言ってしまって。でも家族は喜んでるから。」
「優しいですね。良かったね、トニー。」
「ギリギリだったかも。」
子どもの可愛い時期に飼い主が決まらないペットは・・・。
そうらしい。
ペットは高級な商品だけど、大きくなると分かりやすいくらい値段が下がる。
「本当に良かった。だから子供たちにも慣れてるんですね。すごく大人しくしてるし、しっぽを触っても怒らないし。」
「うん、でも他の犬は怒る子もいるから、下から触ってねって言うし、しっぽは怒る犬もいるって教えてる。」
いい人だ。そう思った。
住んでるところは隣の駅だった。
随分一緒に歩いた後、途中で別れた。
これから実家に行くと言っていた。
別に期待はしてない。
優しいと思ったけど。
それでも。
「週末の午前中は大体あそこにいるんだ。天気がいい日限定だけど。もしまた会えたら、一緒に散歩しない?」
そう言って名刺を渡された。
ぼんやりと見つめる。
会社名が入っていた。
大きな会社。有名な会社。
「小鈴さん、良かったらID教えてもらえたら・・・。ダメかな?」
「えっと、ハンカチと500円しか持ってなくて。今は、何も。」
携帯も持ってなかった。
正確には350円。お茶を買ったおつりだけ。
お金を持つと何かを買いそうで。
恥ずかしくて言わなかったけど。
「あの、電話番号で登録いただいたら、帰ってから送り返します。」
自分の番号を教えた。
「ありがとう。トニーの写真がアイコンだから。」
「はい。」
「じゃあ、また。」
「はい。ありがとうございました。帰りは楽しかったです。」
手を振って別れた。
天気がいい日。
まだまだお昼。
着替えをして食事をしよう。
お腹空い・・・・・、運動したし、いいんじゃない?
久しぶりのハッピーな予感になのか、なんだか心が落ち着かなくて、何かを考えてしまいそうになる自分を振り払うように、トニーの楽しそうな顔を思い出した。
それでもどこかで何かが引っかかってる気もして。
先生の診察を受ける。
問題なし。
ただ体重はハッキリと表示が止まるまで下りれなかったから、・・・・知った。
突きつけられた現実は入社当時から危うく二桁増えそうなくらい。
やばい。
先生も悲しそうな顔をする。
「最近はみんな痩せすぎなくらいだから、健康的だとは思うんだけど。一気に増えてるわね。何か・・・ある?ストレスとかは?」
逆に仕事のストレスを心配された。
「大丈夫です。えっとちょっと油断してしまいました。せっかく試食係なので2週間全うして幾分軽くなるつもりです。」
「前回の試食係では2キロちょっとは痩せてるのね。」
2キロ・・・・たった・・・・。
それだけだったの?
「2週間で数字を見るつもりはないけど、次の健康診断と試食係の時は痩せた数字を維持してて欲しいかな。」
確かに・・・。
数字が書き込まれるたびに増えている。
いっそあっぱれです。
採血の後のバンドを外されてお辞儀をして医務室を出た。
先生の細くて長い脚がきれいだった。
白衣から出た足は色っぽい。
子どもも二人いるのに、白衣の下はそうは思えない素敵なラインらしい。
ほとんど椅子に座ってばかりなのに、なんでそうなんだろう。
その体質がうらやましい。
だいたい沙良ちゃんもよく食べるし、飲む。
同じようにランチはしてる。
夜は合コンなどもよく出かけてる。
明らかに私と同じくらいか、それ以上カロリーをとってるはずなのに。
体質。相当に強い武器だ。私には標準装備されてない武器。
席に着いて早速沙良ちゃんに体重を聞かれた。
教えるわけないじゃない。
「先輩、ずる無しです。」
誤魔化さないのに。
こっそり教えたら付箋に書かれてパソコンの横に張られた。
何で・・・・。
沙良ちゃんを見る。
「常に意識することが大切です。自分でもやばいと思いますよね。」
はい、思いました。
付箋に書かれた数字に単位はない。
それでもわざわざ太マジックで書かれて・・・・。
「毎日測りますよ。」
更に鞭がひとしなり。
今週末、最後に美味しいデザートだけでも・・・そう思ったけど自粛しよう。
沙良ちゃんの持った鞭のしなりが私の心根を矯正する。
「早速今日から頑張りましょう。思った以上にビッグな数字でしたから。」
そんなハッキリと言わなくても。
週末、せめて歩こうと思った。
もしものために500円だけ持って、スニーカーを履いて散歩の風を装い、ダイエット運動。
川べりの見晴らしのいいジョギングロードを歩く。
真面目に走ってる人、仲良く散歩する老夫婦。かっこいい自転車で走り去る人、犬を連れて散歩する人。
それなりの腕の角度でぐんぐんと歩く。
日焼け防止にサングラスとキャップをかぶって。
ポケットに500円とハンカチを持って。
ずっとずっと向こうに見える大きな橋まで。
だいたい5キロくらいあるはずだ。
河原には楽しそうに遊んでる家族、大学生、スポーツ少年、釣り人。
皆、健康的だ。
そんな人々を横目で見ながら歩く。
橋にたどり着いた。
川をこえて向こう岸にわたりコーヒー飲んで帰ろうか?
橋を渡り、向こう岸へ行く。
こっち岸の河原でも同じような風景があった。
自販機があったのでそこに向かった。
ちょっと汗もかいてるし、ペットボトルのお茶にしよう。
自販機の横のベンチに座ってキャップをとって汗を拭く。
綺麗に整備された芝生の広場では楽しそうにフリスビーに飛びつく犬がいた。
着地するたびにしなやかな毛並みが揺れる。
ゴールデンレトリバー。可愛がられてるんだろう、本当に毛並みがよさそうだ。
尻尾を振りながらフリスビーを飼い主に届ける。
周りの子供たちにも愛想を振りまき、人気者のレトリバーだ。
触りたい・・・・。
飼い主が休憩にこっちにやってきた。
大人しくついてくるレトリバー。
私の横に座って休憩してる。
「触ってもいいですか?」
「はい。大丈夫です。」
お水を買った飼い主の男の人が笑顔で答えてくれた。
子どもたちにも触らせていたから断られることはないだろうとは思った。
顎のあたりから手を当てて頭と首を撫でまわす。
「かわいい。大人しい。いい子ですね。」
飼い主さんに言う。
「ありがとうございます。」
飼い主さんが折りたたみカップを広げてお水をあげるのを見ていた。
「あんなに元気に運動したら喉も乾きますよね。」
「そうですね。こんなに天気がいいと、犬もテンションが上がるみたいです。週末しか思いっきりは遊んでやれないので。」
「楽しそうでした。毛並みもきれいだし、本当に可愛いです。」
水を飲み終わったその顔を撫でてあげる。
「近くに住んでるんですか?」
「いいえ。あっちの方から、5キロくらい歩いて来ました。張り切った散歩です。なんだか座ったら疲れてしまって。帰りも歩くのかと思うとちょっとぐったりで、なかなか動けないんです。」
「犬がいると1時間くらいはすぐなんですよ。途中まで一緒に帰りませんか?」
へ?
「同じ方向なんですか?」
「はい。川向うです。」
ええっ、犬の話で盛り上がれるかなあ?ちょっと自信はないけど。
「じゃあ、一緒の、途中まで。」
どのくらいかは分からないけど。
「急ぎますか?」
「いいえ、全然。疲労回復中です。」
「じゃあ、もう少し遊ばせてきます。あと30分くらいいいですか?」
「もちろんです。どうぞ。」
荷物をお願いされた。
ペットボトルの水と折り畳みコップなど。
リードを持ってまた広場に駆け出す一人と一匹。
犬がいると人と人が近くなる。
また小学生が集まり始めた。
話しかけてきた子にフリスビーを渡して投げさせている。
一生懸命同じように追いかけて、ちゃんと投げた子に持ち帰って渡してる。
その子が頭を撫でて褒めてあげている。
笑顔になれる光景だ。
来週も来ようかな、明日も・・・。
だってダイエット中だし、運動しないと5キロは厳しいし・・・・。
うっすらと透けて見える目的。
こうやって毎回毎回勝手に好きになりかけて、すぐに失恋してるのに。
でも犬にならよくない?
ぼんやりと一人と一匹を見つめる。
時々お茶を飲む。
大分遊んだらしい。
こっちに向かって帰って来た。
遊びたかったのに出遅れた一人の女の子がついてくる。
小学生くらいだろうか?
後ろからお父さんが急いで追いかけてきた。
「お待たせしました。」
「いいえ、大丈夫です。」
そう言って視線を女の子に向ける。
ちょっと距離を置いて立ち止まっている。
触りたいと、遊びたいと目が言ってる。
「あの・・・・。」
その子を指さす。
飼い主さんがその子に気が付いた。
同時にお父さんが追いついてきた。
「すず。」
「はい。」
何故か名前を呼ばれて返事をしてしまった。
あれ?
小さな女の子もこっちを見た。
お父さんは明らかに女の子を見てる。
私が間違った。
「すみません。」
恥ずかしくてお父さんに謝った。つい、返事をしてしまいました。
お父さん・・・・・にしては若いくらい?
よれよれのトレーナー。スニーカー。
ぼんやり見てたらすごい顔をされた。
「あっ。」
お父さんが驚いた顔をする。
何?
すぐには分からなかった。
もう一つのトレードマーク、ボサボサの髪の毛が・・・・ヘアバンドで止められていて、顔は全開。
こんな顔してた?
姿勢もいつもよりはいい。
「もしかして?」
私の声は驚きと半信半疑の思いで、囁き声にしかならなかった。
答はなかった。聞こえただろうか?
私が気が付いたと知られただろうか?
視線はすっとそらされて、当然女の子を見る。
いつの間にか犬を触って、嬉しそうに笑ってる。
ちょっと似てる。親子よね。
いくつだったの???年は知らない。
女の子が飼い主さんに話しかける。
「お名前なんて言うの?」
「トニーって言うんだ。二歳の男の子だよ。」
「子供なの?」
「ううん、犬は二歳でももう大人なんだよ。」
「私は七尾 鈴。8歳。でも子供だよ。二歳でも大人になれるんだ。すごいね、トニー。」
可愛い会話だった。
大きい犬だから二歳でも大人になれるすごい犬だと思っただろうか?
8歳・・・・・。
まあ、あり得なくもない。すごい若いパパ。本当にすごい若いパパ。
じゃあママは?
いろいろ考えてしまった。
「すず、行こうか?」
名前を呼ばれて思わず見上げそうになった。
私じゃない。
大体、私は『小鈴』だし。
『小さくない(痩せてない)』という理由で途中から小鈴の『小』をとられて呼ばれるようになった。もちろん言い出したのは沙良ちゃん。容赦ないのだ。
それからは会社では『すず』が呼び名になった。
「ばいば~い」
手を振って七尾親子が去って行った。
私も気が付かなかったのに、なんで七尾さんが私に気が付いたんだろう。
びっくりがいろいろあって、ちょっと混乱してる。
「知り合いだった?」
あ、忘れてた。つい親子の姿を見てしまっていたのだ。
「はい、すぐには気が付かなかったんです。いつもはボサボサヘアで顔は見たことなかったし、まさか子供まで・・・・。」
「すごい早い結婚だよね。高校生・・・・・くらいとか?」
「う~ん、正確な年齢は知りませんが、もしかして意外に上なのかも。謎です。」
さすがに高校生パパって・・・・、ないよね。
「じゃあ、帰る?」
「はい。もういい?」
トニーを撫でながら聞いた。
「うん、帰りも随分な距離歩くから、いいよね。お腹空いたしな。」
そう言って2人と一匹で歩き出した。
喋りながら歩きだしたら、本当に楽しくて。
川瀬 裕司さん 26歳。 金融系会社員で一人暮らし。
「一人暮らしなのに、トニー大丈夫ですか?」
「うん、姉夫婦と姪っこと両親も近くに住んでるから。平日はそっちにいるんだ。散歩も世話もしてもらってる。三
件の家を転々としてる感じだな。僕は週末くらいしか一緒にはいれないから。」
だから子供にも慣れてるのか。
でも、もともとは誰が買ったの?
「ずっと売れ残ってて、何だか誰にも買われないでいたら、どうなるんだろうと思って。つい店員さんに買いますって言ってしまって。でも家族は喜んでるから。」
「優しいですね。良かったね、トニー。」
「ギリギリだったかも。」
子どもの可愛い時期に飼い主が決まらないペットは・・・。
そうらしい。
ペットは高級な商品だけど、大きくなると分かりやすいくらい値段が下がる。
「本当に良かった。だから子供たちにも慣れてるんですね。すごく大人しくしてるし、しっぽを触っても怒らないし。」
「うん、でも他の犬は怒る子もいるから、下から触ってねって言うし、しっぽは怒る犬もいるって教えてる。」
いい人だ。そう思った。
住んでるところは隣の駅だった。
随分一緒に歩いた後、途中で別れた。
これから実家に行くと言っていた。
別に期待はしてない。
優しいと思ったけど。
それでも。
「週末の午前中は大体あそこにいるんだ。天気がいい日限定だけど。もしまた会えたら、一緒に散歩しない?」
そう言って名刺を渡された。
ぼんやりと見つめる。
会社名が入っていた。
大きな会社。有名な会社。
「小鈴さん、良かったらID教えてもらえたら・・・。ダメかな?」
「えっと、ハンカチと500円しか持ってなくて。今は、何も。」
携帯も持ってなかった。
正確には350円。お茶を買ったおつりだけ。
お金を持つと何かを買いそうで。
恥ずかしくて言わなかったけど。
「あの、電話番号で登録いただいたら、帰ってから送り返します。」
自分の番号を教えた。
「ありがとう。トニーの写真がアイコンだから。」
「はい。」
「じゃあ、また。」
「はい。ありがとうございました。帰りは楽しかったです。」
手を振って別れた。
天気がいい日。
まだまだお昼。
着替えをして食事をしよう。
お腹空い・・・・・、運動したし、いいんじゃない?
久しぶりのハッピーな予感になのか、なんだか心が落ち着かなくて、何かを考えてしまいそうになる自分を振り払うように、トニーの楽しそうな顔を思い出した。
それでもどこかで何かが引っかかってる気もして。
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