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15 実はすごく働き者だった私?
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『すずな、そろそろ良くない?』
晴香からの個人的連絡じゃなくて、普通に友達グループの中にメッセージが載せられた。
何?晴香・・・間違ってるよ・・・・。
一人焦りながら何と返事していいか考えていた。
『そろそろ直接聞きたい!』
『だね。ランチ?夜?』
そんな私より先に反応した他の子のつぶやき。
もしかして本当に噂になってるの?
秘書課の情報網だけで安心してたけど、ただの恩情無記載だったってこと?
『たまには夜でどうでしょうか?』
自分からそうつぶやいて夜に皆で集まることにした。
細川常務の退職の余波はあっという間に均されて、木城さんもちょっとだけ余計な仕事が増えたとつぶやいたくらいで済んだ。
それでも秘書の私にはあんまり影響もなく、夜は同行することもほとんどない。
もしかして今までが単にご老人相手で特別だったの?
よく聞いたら他の先輩も夜は自分に振られた書類仕事など終わったら帰っているらしい。
むしろ美味しいものを食べてタクシーで帰れてと喜んでいた私は仕事をしていた方だったのだろうか?時間外手当をもらっているのだから仕事と認められている、仕事だと思ってた、それが楽で楽しいとは思ってたけど。
という訳で今日も残業がないように頑張った。
夕方前に木城さんを送り出して、時間で終わった私はそのままみんなと待ち合わせをした。
「お疲れ、すずな。なんだか、痩せた?」
皆が集まる前にそう言われた。
毎日の午後のおやつの時間が無くなり、昼に夜にと美味しいお酒と食事をのんびりととるという付き合いもなくなり、藤重さんと過ごす週末はそれなりに出かけたりなんだり。
少し痩せたのは痩せたのだ。
「多分福地さんと一緒に食べていた時間が丸ごとなくなったから。こんな影響があるなんて想定外だった。」
照れないようにそう言った。半分以上福地さんのせいだったのだと思ってる。
「他にも理由はあるだろうけどね。」
意味ありげに言われてしまった。
「その辺は後でね。」
はい・・・・・。
もう隠しておくのも無理なんだろう。
今日はちゃんと自白するつもりで来たんだし。
皆が揃ってお店へ行く。
夜に会うことは少ない。
私だけじゃなくてそれなりに課が違うとランチの方が合わせやすいから。
そうは言っても私はなかなかあのフロアから出て行かないでいる。
面倒だし、木城さんがいないことが多いので留守番を兼ねて自分の部屋にいることにしてる。自分でおにぎりやサンドイッチを作って来たり、何かを買ってくることもある。
それも痩せる理由かもしれない。
福知さんと外食をしていた日々に比べると粗食だから。
「ねえ、本当にきれいになったと思うよ。すずな、いい感じなんでしょう?」
とうとう我慢できなくなったらしくて晴香がそう聞いてきた。
「うん。」
「本当に藤重さんと?」
ちょっとだけ固有名詞のところは声を落とされた。
「うん。」
皆が一瞬無言になる。
どうして?何?
「おめでとう。よく知らないけど悪い人じゃなさそうだよね。」
「優しそうだし、年上だから頼ってもよさそう、甘えてもよさそう。」
「なんだか羨ましくなってきた。」
みんなの注目を浴びる。
「彼の方から誘って来たんだよね?」
「そう・・・かな?」
まあ、そうだろう。
福知さんが暗躍したとはいえ、そうなるだろう。
「いつから狙われてたの?」
「狙われてたんじゃないよ・・・・・。研修の時に偶然隣にいたことがあって、その時にいろいろ話をしたの。だからだと思う。」
「偶然隣になったのかな?初めから狙ってたんじゃないの?」
偶然だと思うけど・・・・。
「それは知らない。多分偶然だよ。」
もう顔が熱い。恥ずかしい。
「すずなが向こうの部屋に行くの?」
いきなり話が飛んだ。
何でそんな事を知りたいの???
「・・・・ううん、実家なんだって。だからたまに私のとこに遊びに来る。」
週末はよく来る。泊まりに来る。
どちらか一日は会ってる感じだし、二日続けていることも多いけど。
そこまで詳しくはいいだろう。内緒にする。
朝がゆっくりだとか、部屋から出ない日もあるとか、もっといいだろう。
「実家なんだ。じゃあ、すずなの部屋しかないんだね。」
「ねえ・・・噂になってるの?前の時から、どうなってる?」
皆が顔を合わせる。
「聞いてないし、聞かれたこともないけど。」
「私もない。」
「大丈夫じゃないかな?だいたい彼の方があんまり見かけないくらい、本当に働いてるってくらい見かけたことがないよ。」
「そうだね。朝にエレベーターで何度かって感じ。」
「あんまり気にするようなことにはなってないから大丈夫だよ。」
「・・・・・良かった。そのまま内緒でお願いします。」
「もちろん。」
「他についでに衝撃の告白をしたいことがある人はいないの?」
皆を平均的に見る。
誰もいないみたい。
「いいなあ、すずな。仕事では木城さん、プライベートでは優しい年上彼氏。そりゃあ綺麗になるでしょう。」
「ちょっと大人っぽくなったよ。顔が引き締まったんじゃない、いろんな意味で。」
「木城さんにも感謝じゃないの?」
前よりは緊張感があるとは思う。それは確かに。
まさかそこも福地さんがいなくなった効果だったとは。
癒しタイムが吹き飛んだけど、今のところ大きな失敗もなく少し自信みたいなものも出てきた。最初にあった不安がなくなって、ちょっとだけ仕事をしてる自分に満足できるようにもなった。
「でも彼の前では違うんだろうねえ。なんだか甘えてる感じが簡単に想像がつく。」
「何で・・・そんなに甘えてません。普通です。」
もうまた顔が熱くなる。
誰も信じてくれてない気がする。
多分普通だと思う。
「昨日の飲み会は楽しかった?」
ソファで横に座ってテレビを見てる時に聞かれた。
「楽しかったです。あんまり夜に会うこともなかったから。とりあえず私はなかったから。」
「良かったね。」
「藤重さん、昨日皆に大人っぽくなったって言われたんです。どうですか?」
単純に最初の頃から印象が変わったかどうか聞いてみたかった。
「僕にそう聞くってことは自分でも自信があるんでしょう?」
ちょっと顔を寄せられて聞かれた。
抵抗するようにちょっとだけ距離をとる。
「もしかして、木城さんのおかげだねって褒められたとは言わないよね。」
大まかに福地さん退職と藤重さんと木城さんの影響ってことでまとめられたと思うけど。
「僕のことは?バレてないの?」
そう聞かれた。
前に聞かれた時は友達だって言ったと教えたから。
「バレてます。皆がいい加減に報告をしなさいっていうことで、それがメイン議題でしたから。」
「じゃあ、僕のお陰だねって言われたよね。」
そう言って、嬉しそうに笑って返事を待ってる。
例えそうじゃなくても、そんな期待された顔で返事を待たれたら否定はできない。
「それも言われましたけど・・・・・。」
「何?けど、何?」
「藤重さんには甘えてるんだろうって、簡単に想像つくって言われました。」
ちょっと驚いた顔をした後、やっぱり嬉しそうな顔になった。
満足そうにこっちを見て言う。
「なんて答えたの?」
「もちろん否定しました。普通ですって。」
「普通かあ・・・・。」
体を離して視線を外しながらそうつぶやく。
普通のつもりだから。
そう思ってるけど?
甘えてる?
もっと何か言われるかと思ったけど、その話はそのままになった。
単純に人とは比較できない。
そんなのはキャラクターと年の差と何かを混ぜてそう思われるかもしれないけど、自分ではそんなでもないと思ってる。
自分でできることは自分でするし、二人でいるからっていつでもべたべたと顔を見上げて話をしてるって訳じゃないし、あとは・・・いろんなお会計だってそれなりには自分だって出してる。荷物を持ってもらうことはあるけど、それはまあよくあるよね?
経理にいる子がいないから、藤重さんの臨時の仕事のことも分からないだろう。
他の同じ課の人に比べて時間外が多いなあとか。
特別なお給料体系だなあとか。
そのあたりは知らない、どういうことになっているのか。
時間外と休日の仕事、その見返りはあると思う。
「藤重さん、仕事中は本当にあの部屋を出ることって少ないですか?」
「うん。トイレと休憩はそれなりだけど最近はあの部屋でコーヒー飲んだり、食事をしてることが多いかな。」
「皆さんがそうなんですか?」
「ううん、お弁当を持ってくる人はそうだけど、それ以外は部屋は出るよ。何か心配してる?」
「心配ですか?」
「バレてしまったから観察されますよとか、そういう感じのこと。」
「いえ、ああ、そう言えばそうですが。多分迷惑をかけることはないと思います。」
同期とは言っても藤重さんが揶揄われるタイプでもないし。
こっそり注目はするかもしれないけど、あからさまはないだろう。
「春に下に降りて来るなら、外に出るよ。誰かについて行かないか、ちゃんと見とかないと。」
そう言われたので見ると冗談の顔だった。
「大丈夫です。誰にもついて行きません。」
冗談で返した。
テーブルの上の藤重さんの携帯が鳴る。
前に一度週末に特別指令が来たことがあった。
『月曜日二時ごろに来てほしい。』そんなシンプルな内容の指令が来るらしい。
またそうだろうかと思っても、私は気にしないふりで横にいた。
藤重さんがにっこり笑って携帯を見せてくれた。
『一緒にいるといいなあ、二人へ。』
『そろそろデートの邪魔がしたいなあ。引退生活にも退屈し始めました。刺激がないとボケます。どうかリハビリのチャンスをください。』
福知さんから食事の誘いだった。
『一緒にいます。』
そう返事して候補に挙げた週末の一番、来週の土曜日に一緒に食事をすることになった。
私も自分の携帯から連絡した。
『久しぶりをすごく楽しみにしてます。』と。
時間を見るまでもなく夜、今、一緒にいるって言ってしまった。
泊まってるってわかるよね。
満足そうに笑う福地さんの笑顔が思い出されそう。
「すごく楽しみです。もっと早くに会えると思ってたのに、やっとですよね。」
うれしくてくっついてそう言った。
「本当にうれしそうだね。」
「はい。すっかり懐かしいってくらいです。早く会いたいです。」
あのブレスレットをつけていく、木城さんの下でちゃんと仕事をしてるって伝えて安心してもらいたい、少し大人っぽくなったって褒めてもらいたい。
「奥さまに何かお土産渡した方がいいでしょうか?」
「そうする?」
「はい。」
元気に答えた。
すっかりもたれかかって、携帯をテーブルに置いたその腕に自分の腕を巻き付けている。
褒められると思う。
福知さんに褒められると思う。
そしてそれはきっと藤重君のお陰だねって笑って言ってくれると思う。
見上げたのが笑顔過ぎたのかもしれない。
楽しみ過ぎなのがバレたのかもしれない。
もっといろんな想像をしてたのもバレただろうか?
楽しそうな顔が近寄って来た。
「普通って言いながら、こうなるの?僕も簡単に想像できる。福地さんにも甘えてるすずなの事。」
「甘えてない・・・わけじゃないけど、こんな感じじゃないです。」
当たり前だ。本当のおじいちゃんでもこうはならないと思う。
急いで巻き付けた手をほどいた。
その手を取られて腰に回されて、さっきより近い二人になる。
「福地さんは特別枠で許す。他の人には禁止。」
「当たり前です。」
もう考えられないくらい大人しく、木城さんと一緒の部屋では仕事をしてるんだから
・・・って思ったら、やっぱり藤重さんにも甘えてるってことになる?
まあ、普通です。
福知さんが本当に特別枠に入れて甘やかしてくれただけ。
「僕はいつでも歓迎だし。」
小さく耳元で言われた。
当たり前です・・・・。そう思ったけど内緒。
片手を肩に置いて見上げたら、背中を抱きしめてくれる。
本当にあれから秘書課の情報網に掬いあげられることのない藤重さんと私の二人組。
どう思われてるんだろう?
連絡が途絶えることはないから、特別任務は少しお休み中かもしれない。
それはとても平和なことだと思いたい。
藤重さんの心が辛くなることもなく、資料課の部屋でコツコツと仕事をしてると思いたい。
そして当然私と木城さんに怪しい雰囲気なんて誰も感じなくて、木城さんの隣は空いてると思われてるだろう。
なかなかプライベートな話をする機会もなかったけど、この間私が先に聞かれた。
「乾さん、仕事以外、プライベートの方も楽しんでる?」
最初は友達付き合いのことだと思ったけど、もっと違うことだと気がついた。
「はい。」
でも何でだろうと思った。急に何でだろうって。
「福地さんから聞いてたんだ。彼氏がいるから僕にまとわりつくような子じゃないよって。そんなタイプじゃないのは見れば分かるのにね。」
ええっ。福地さん本当に何を教えてるんですか?
まだおやつの習慣を許して欲しいって言ってもらった方がいいです。
だいたい最初は緊張の連続だったのに。
そもそも、そんなことからは一番縁遠いのに。
「冗談だよ。福地さんの冗談だと思うよ。僕も素敵な人がいるので、福地さんからの大切な預かりものは大切に育てるだけです。」
さらりと真実が目の前に落とされた。
彼女がいるらしい。その情報は秘書課の情報網には掬い上げられてない。
先輩達は知らないの?
「木城さんが素敵な人って言うからには、素敵なんですよね。そんな事言われる女の人が羨ましいです。」
「ありがとう。でも想像とは違うかもしれないよ。」
「そんなことないですよね。でもそんな方がいるなら誰か教えてくれてもいいのに。知りませんでした。先輩達も誰も教えてくれませんでした。」
「そうだね、別に誰にも言ってないかな。」
「そうなんですか?じゃあ、言いません。内緒にしておきます。」
「うん、まあ、そんな感じで。」
その後出かける木城さんを見送ったから会話はそのくらいだった。
何だか凄い情報なのに、自分だけが知ってるって最高にいい気分。
どんな人なんだろう。
その後しばらくいろんなタイプの人を思い浮かべて楽しんだ。
自分の分のお茶を入れて、引き出しからこっそり留守番用のお菓子を取り出して食べながら、飲みながら。
結局一人の時にはおやつの時間が出来る。
少しだけマイペースを取り戻せたんだから、慣れて来たんだろう。
部屋にいることが少ない木城さんの代わりに留守番が多くて、スケジュールも分かるのでその合間にそっと引き出しから取り出して食べている。
チョコとか、クッキーとか、本当にちょっとだから。
春までだから。
春になったら・・・・どうなるんだろう?
移動か、そのままか。
まだ具体的な発表はないままだった。
晴香からの個人的連絡じゃなくて、普通に友達グループの中にメッセージが載せられた。
何?晴香・・・間違ってるよ・・・・。
一人焦りながら何と返事していいか考えていた。
『そろそろ直接聞きたい!』
『だね。ランチ?夜?』
そんな私より先に反応した他の子のつぶやき。
もしかして本当に噂になってるの?
秘書課の情報網だけで安心してたけど、ただの恩情無記載だったってこと?
『たまには夜でどうでしょうか?』
自分からそうつぶやいて夜に皆で集まることにした。
細川常務の退職の余波はあっという間に均されて、木城さんもちょっとだけ余計な仕事が増えたとつぶやいたくらいで済んだ。
それでも秘書の私にはあんまり影響もなく、夜は同行することもほとんどない。
もしかして今までが単にご老人相手で特別だったの?
よく聞いたら他の先輩も夜は自分に振られた書類仕事など終わったら帰っているらしい。
むしろ美味しいものを食べてタクシーで帰れてと喜んでいた私は仕事をしていた方だったのだろうか?時間外手当をもらっているのだから仕事と認められている、仕事だと思ってた、それが楽で楽しいとは思ってたけど。
という訳で今日も残業がないように頑張った。
夕方前に木城さんを送り出して、時間で終わった私はそのままみんなと待ち合わせをした。
「お疲れ、すずな。なんだか、痩せた?」
皆が集まる前にそう言われた。
毎日の午後のおやつの時間が無くなり、昼に夜にと美味しいお酒と食事をのんびりととるという付き合いもなくなり、藤重さんと過ごす週末はそれなりに出かけたりなんだり。
少し痩せたのは痩せたのだ。
「多分福地さんと一緒に食べていた時間が丸ごとなくなったから。こんな影響があるなんて想定外だった。」
照れないようにそう言った。半分以上福地さんのせいだったのだと思ってる。
「他にも理由はあるだろうけどね。」
意味ありげに言われてしまった。
「その辺は後でね。」
はい・・・・・。
もう隠しておくのも無理なんだろう。
今日はちゃんと自白するつもりで来たんだし。
皆が揃ってお店へ行く。
夜に会うことは少ない。
私だけじゃなくてそれなりに課が違うとランチの方が合わせやすいから。
そうは言っても私はなかなかあのフロアから出て行かないでいる。
面倒だし、木城さんがいないことが多いので留守番を兼ねて自分の部屋にいることにしてる。自分でおにぎりやサンドイッチを作って来たり、何かを買ってくることもある。
それも痩せる理由かもしれない。
福知さんと外食をしていた日々に比べると粗食だから。
「ねえ、本当にきれいになったと思うよ。すずな、いい感じなんでしょう?」
とうとう我慢できなくなったらしくて晴香がそう聞いてきた。
「うん。」
「本当に藤重さんと?」
ちょっとだけ固有名詞のところは声を落とされた。
「うん。」
皆が一瞬無言になる。
どうして?何?
「おめでとう。よく知らないけど悪い人じゃなさそうだよね。」
「優しそうだし、年上だから頼ってもよさそう、甘えてもよさそう。」
「なんだか羨ましくなってきた。」
みんなの注目を浴びる。
「彼の方から誘って来たんだよね?」
「そう・・・かな?」
まあ、そうだろう。
福知さんが暗躍したとはいえ、そうなるだろう。
「いつから狙われてたの?」
「狙われてたんじゃないよ・・・・・。研修の時に偶然隣にいたことがあって、その時にいろいろ話をしたの。だからだと思う。」
「偶然隣になったのかな?初めから狙ってたんじゃないの?」
偶然だと思うけど・・・・。
「それは知らない。多分偶然だよ。」
もう顔が熱い。恥ずかしい。
「すずなが向こうの部屋に行くの?」
いきなり話が飛んだ。
何でそんな事を知りたいの???
「・・・・ううん、実家なんだって。だからたまに私のとこに遊びに来る。」
週末はよく来る。泊まりに来る。
どちらか一日は会ってる感じだし、二日続けていることも多いけど。
そこまで詳しくはいいだろう。内緒にする。
朝がゆっくりだとか、部屋から出ない日もあるとか、もっといいだろう。
「実家なんだ。じゃあ、すずなの部屋しかないんだね。」
「ねえ・・・噂になってるの?前の時から、どうなってる?」
皆が顔を合わせる。
「聞いてないし、聞かれたこともないけど。」
「私もない。」
「大丈夫じゃないかな?だいたい彼の方があんまり見かけないくらい、本当に働いてるってくらい見かけたことがないよ。」
「そうだね。朝にエレベーターで何度かって感じ。」
「あんまり気にするようなことにはなってないから大丈夫だよ。」
「・・・・・良かった。そのまま内緒でお願いします。」
「もちろん。」
「他についでに衝撃の告白をしたいことがある人はいないの?」
皆を平均的に見る。
誰もいないみたい。
「いいなあ、すずな。仕事では木城さん、プライベートでは優しい年上彼氏。そりゃあ綺麗になるでしょう。」
「ちょっと大人っぽくなったよ。顔が引き締まったんじゃない、いろんな意味で。」
「木城さんにも感謝じゃないの?」
前よりは緊張感があるとは思う。それは確かに。
まさかそこも福地さんがいなくなった効果だったとは。
癒しタイムが吹き飛んだけど、今のところ大きな失敗もなく少し自信みたいなものも出てきた。最初にあった不安がなくなって、ちょっとだけ仕事をしてる自分に満足できるようにもなった。
「でも彼の前では違うんだろうねえ。なんだか甘えてる感じが簡単に想像がつく。」
「何で・・・そんなに甘えてません。普通です。」
もうまた顔が熱くなる。
誰も信じてくれてない気がする。
多分普通だと思う。
「昨日の飲み会は楽しかった?」
ソファで横に座ってテレビを見てる時に聞かれた。
「楽しかったです。あんまり夜に会うこともなかったから。とりあえず私はなかったから。」
「良かったね。」
「藤重さん、昨日皆に大人っぽくなったって言われたんです。どうですか?」
単純に最初の頃から印象が変わったかどうか聞いてみたかった。
「僕にそう聞くってことは自分でも自信があるんでしょう?」
ちょっと顔を寄せられて聞かれた。
抵抗するようにちょっとだけ距離をとる。
「もしかして、木城さんのおかげだねって褒められたとは言わないよね。」
大まかに福地さん退職と藤重さんと木城さんの影響ってことでまとめられたと思うけど。
「僕のことは?バレてないの?」
そう聞かれた。
前に聞かれた時は友達だって言ったと教えたから。
「バレてます。皆がいい加減に報告をしなさいっていうことで、それがメイン議題でしたから。」
「じゃあ、僕のお陰だねって言われたよね。」
そう言って、嬉しそうに笑って返事を待ってる。
例えそうじゃなくても、そんな期待された顔で返事を待たれたら否定はできない。
「それも言われましたけど・・・・・。」
「何?けど、何?」
「藤重さんには甘えてるんだろうって、簡単に想像つくって言われました。」
ちょっと驚いた顔をした後、やっぱり嬉しそうな顔になった。
満足そうにこっちを見て言う。
「なんて答えたの?」
「もちろん否定しました。普通ですって。」
「普通かあ・・・・。」
体を離して視線を外しながらそうつぶやく。
普通のつもりだから。
そう思ってるけど?
甘えてる?
もっと何か言われるかと思ったけど、その話はそのままになった。
単純に人とは比較できない。
そんなのはキャラクターと年の差と何かを混ぜてそう思われるかもしれないけど、自分ではそんなでもないと思ってる。
自分でできることは自分でするし、二人でいるからっていつでもべたべたと顔を見上げて話をしてるって訳じゃないし、あとは・・・いろんなお会計だってそれなりには自分だって出してる。荷物を持ってもらうことはあるけど、それはまあよくあるよね?
経理にいる子がいないから、藤重さんの臨時の仕事のことも分からないだろう。
他の同じ課の人に比べて時間外が多いなあとか。
特別なお給料体系だなあとか。
そのあたりは知らない、どういうことになっているのか。
時間外と休日の仕事、その見返りはあると思う。
「藤重さん、仕事中は本当にあの部屋を出ることって少ないですか?」
「うん。トイレと休憩はそれなりだけど最近はあの部屋でコーヒー飲んだり、食事をしてることが多いかな。」
「皆さんがそうなんですか?」
「ううん、お弁当を持ってくる人はそうだけど、それ以外は部屋は出るよ。何か心配してる?」
「心配ですか?」
「バレてしまったから観察されますよとか、そういう感じのこと。」
「いえ、ああ、そう言えばそうですが。多分迷惑をかけることはないと思います。」
同期とは言っても藤重さんが揶揄われるタイプでもないし。
こっそり注目はするかもしれないけど、あからさまはないだろう。
「春に下に降りて来るなら、外に出るよ。誰かについて行かないか、ちゃんと見とかないと。」
そう言われたので見ると冗談の顔だった。
「大丈夫です。誰にもついて行きません。」
冗談で返した。
テーブルの上の藤重さんの携帯が鳴る。
前に一度週末に特別指令が来たことがあった。
『月曜日二時ごろに来てほしい。』そんなシンプルな内容の指令が来るらしい。
またそうだろうかと思っても、私は気にしないふりで横にいた。
藤重さんがにっこり笑って携帯を見せてくれた。
『一緒にいるといいなあ、二人へ。』
『そろそろデートの邪魔がしたいなあ。引退生活にも退屈し始めました。刺激がないとボケます。どうかリハビリのチャンスをください。』
福知さんから食事の誘いだった。
『一緒にいます。』
そう返事して候補に挙げた週末の一番、来週の土曜日に一緒に食事をすることになった。
私も自分の携帯から連絡した。
『久しぶりをすごく楽しみにしてます。』と。
時間を見るまでもなく夜、今、一緒にいるって言ってしまった。
泊まってるってわかるよね。
満足そうに笑う福地さんの笑顔が思い出されそう。
「すごく楽しみです。もっと早くに会えると思ってたのに、やっとですよね。」
うれしくてくっついてそう言った。
「本当にうれしそうだね。」
「はい。すっかり懐かしいってくらいです。早く会いたいです。」
あのブレスレットをつけていく、木城さんの下でちゃんと仕事をしてるって伝えて安心してもらいたい、少し大人っぽくなったって褒めてもらいたい。
「奥さまに何かお土産渡した方がいいでしょうか?」
「そうする?」
「はい。」
元気に答えた。
すっかりもたれかかって、携帯をテーブルに置いたその腕に自分の腕を巻き付けている。
褒められると思う。
福知さんに褒められると思う。
そしてそれはきっと藤重君のお陰だねって笑って言ってくれると思う。
見上げたのが笑顔過ぎたのかもしれない。
楽しみ過ぎなのがバレたのかもしれない。
もっといろんな想像をしてたのもバレただろうか?
楽しそうな顔が近寄って来た。
「普通って言いながら、こうなるの?僕も簡単に想像できる。福地さんにも甘えてるすずなの事。」
「甘えてない・・・わけじゃないけど、こんな感じじゃないです。」
当たり前だ。本当のおじいちゃんでもこうはならないと思う。
急いで巻き付けた手をほどいた。
その手を取られて腰に回されて、さっきより近い二人になる。
「福地さんは特別枠で許す。他の人には禁止。」
「当たり前です。」
もう考えられないくらい大人しく、木城さんと一緒の部屋では仕事をしてるんだから
・・・って思ったら、やっぱり藤重さんにも甘えてるってことになる?
まあ、普通です。
福知さんが本当に特別枠に入れて甘やかしてくれただけ。
「僕はいつでも歓迎だし。」
小さく耳元で言われた。
当たり前です・・・・。そう思ったけど内緒。
片手を肩に置いて見上げたら、背中を抱きしめてくれる。
本当にあれから秘書課の情報網に掬いあげられることのない藤重さんと私の二人組。
どう思われてるんだろう?
連絡が途絶えることはないから、特別任務は少しお休み中かもしれない。
それはとても平和なことだと思いたい。
藤重さんの心が辛くなることもなく、資料課の部屋でコツコツと仕事をしてると思いたい。
そして当然私と木城さんに怪しい雰囲気なんて誰も感じなくて、木城さんの隣は空いてると思われてるだろう。
なかなかプライベートな話をする機会もなかったけど、この間私が先に聞かれた。
「乾さん、仕事以外、プライベートの方も楽しんでる?」
最初は友達付き合いのことだと思ったけど、もっと違うことだと気がついた。
「はい。」
でも何でだろうと思った。急に何でだろうって。
「福地さんから聞いてたんだ。彼氏がいるから僕にまとわりつくような子じゃないよって。そんなタイプじゃないのは見れば分かるのにね。」
ええっ。福地さん本当に何を教えてるんですか?
まだおやつの習慣を許して欲しいって言ってもらった方がいいです。
だいたい最初は緊張の連続だったのに。
そもそも、そんなことからは一番縁遠いのに。
「冗談だよ。福地さんの冗談だと思うよ。僕も素敵な人がいるので、福地さんからの大切な預かりものは大切に育てるだけです。」
さらりと真実が目の前に落とされた。
彼女がいるらしい。その情報は秘書課の情報網には掬い上げられてない。
先輩達は知らないの?
「木城さんが素敵な人って言うからには、素敵なんですよね。そんな事言われる女の人が羨ましいです。」
「ありがとう。でも想像とは違うかもしれないよ。」
「そんなことないですよね。でもそんな方がいるなら誰か教えてくれてもいいのに。知りませんでした。先輩達も誰も教えてくれませんでした。」
「そうだね、別に誰にも言ってないかな。」
「そうなんですか?じゃあ、言いません。内緒にしておきます。」
「うん、まあ、そんな感じで。」
その後出かける木城さんを見送ったから会話はそのくらいだった。
何だか凄い情報なのに、自分だけが知ってるって最高にいい気分。
どんな人なんだろう。
その後しばらくいろんなタイプの人を思い浮かべて楽しんだ。
自分の分のお茶を入れて、引き出しからこっそり留守番用のお菓子を取り出して食べながら、飲みながら。
結局一人の時にはおやつの時間が出来る。
少しだけマイペースを取り戻せたんだから、慣れて来たんだろう。
部屋にいることが少ない木城さんの代わりに留守番が多くて、スケジュールも分かるのでその合間にそっと引き出しから取り出して食べている。
チョコとか、クッキーとか、本当にちょっとだから。
春までだから。
春になったら・・・・どうなるんだろう?
移動か、そのままか。
まだ具体的な発表はないままだった。
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