なぜか秘書課の情報網に掬い取られるあの人にまつわる内緒事。

羽月☆

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14 知ってしまっても、考えないでいたいと思う情報はあるらしい。

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「おはようございます。」

そう挨拶していつもの集団に加わろうとした。
ちょっと異質な雰囲気を感じてしまい、まず我が身を振り返ってしまった。 
大丈夫だよね・・・・うん、大丈夫・・・。

「あの、どうかされましたか?」

先輩達が目配せして、来宮さんが話してくれた情報に驚いた。

「急だけど細川常務がお辞めになったみたい。」

細川常務は来宮さんがついていた
先輩も知らなかったらしいのは話しぶりから分かる。

「お体の具合が悪いんでしょうか?」

「ううん、どうやらそうでもないみたいなんだけど・・・・。」

じゃあ、何だろう?
よく分からないけど、変な空気だった。

「とりあえず皆普通通り仕事してね。後で連絡します。」

葵さんがそう言った。

「乾さん、とりあえず・・・・一人でお願いね。」

えっ・・・・・。

「・・・・はい。」

須藤さんは一緒に入れないらしい。
一人でまだ慣れない木城さんの部屋に行って挨拶した。

「木城さん、おはようございます。」

「おはよう。乾さん。ちょっといろいろ大変みたいだけど、僕の今日の予定は変わりないから。」

「はい。取り急ぎ何かありますか?」

「ううん、この間準備はしてもらってるし、今急いではないよ。明後日の準備をお願いしていいかな?」

そう言って指示を仰いだ。
一人というのはやっぱり緊張する。
それでも優しいのでゆっくり慣れていくだろう。

資料のコピーをしに部屋を出た。
廊下の奥はやはりバタバタとしてるみたいだ。
社長室に数人が入るのが見えた。
仕事の引継ぎもなく急に来れない常務の仕事のことだとは思うけど。
来宮先輩も大変かもしれない。
そう考えたら引退して行った福地さんが最後まで元気で良かったと思う。

コピーして部屋に戻り、それでも私は変ることなく淡々と言われたことをこなすのみだった。
その内に須藤先輩も帰ってきてくれた。


「ああ、お帰り。大丈夫そうかな?」

「秘書は問題なく、役員の皆様の方は私は分からないです。後で社長招集がかかるようです。」

そのやり取りをぼんやりと聞く。
私よりは事態の把握が出来てるだろう二人。
須藤先輩が私の方を向いた。

「乾さん、あとで話があるみたいだからもう少し待ってね。」

「はい。」

「じゃあ、それまでは普通に仕事をしましょう。」

「はい。」

頼まれたことをシェアして仕事を再開する。

このバタバタはきっと上の階だけなんだろうなあ。
下の階では変わらない週明けの月曜日なんだろう。

だいたい常務の顔なんて私だって数回見かけただけのレベルなのに、下の階の人はもっと分からないだろう。
思わず真っ先に藤重さんの顔を思い出し、いろいろとよみがえりそうな優しい顔を首を振って消した。仕事仕事。

途中木城さんが招集をかけられて、その後須藤さんもいなくなり、私は一人残された。
仕事を・・・・と思ってるけど、気になって仕方ない。
じわじわと不安がおしよせる。

一人の常務が辞めたことで、何かが変わるんだろうか?

ふと昨日の藤重さんの話を思い出した。

『来週になったら気が付くから・・・・。』そう言ってた藤重さん。
ねえ、それにかかわってるの?
藤重さんの役割、仕事、頼まれていること。

本当にまだ何が起こってるのか分からない。
もし病気だったら何らかの情報がもっと出てもいいのに。
復帰の目途がつくことかどうか。
自殺とか・・・・じゃないよね?
ただ急に辞めたと言っていた。
事故や突然の不幸な出来事だとしたらそれなりにいろんな手配があるから、私たちも忙しいと思う。

一体どうなってるんだろう?

パソコンはいつの間にか真っ暗な画面になっていた。

携帯を見てみた。
特に何の連絡もない。誰からもない。

それでも藤重さんに連絡してみた。

『今日、時間が合えば会いたいです。今、上はバタバタしてます。可能なら昨日の続きの話がしたいです。』

しばらくしたら簡単な返事が来た。
予定は決まった。



木城さんが帰って来てからしばらくして須藤さんも帰って来た。
二人ともに視線を向ける。
木城さんには「後で詳しい話があるみたいだよ。」そう言われた。

そして秘書だけで集合した部屋。

誰もが緊張を走らせて、キンとした部屋になっていた。
自分の喉元が動いたのが分かる。

「細川常務の解任が決まりました。正式にはまだですが避けられません。いろいろと大変だとは思いますが来宮さんを中心に引継ぎが必要なところは皆でフォローしていくことになりそうです。」

誰もが来宮先輩を見た。
一礼しただけの先輩。

「あと来年度の話になりますが秘書課のシステムも変ると思います。前から話はありましたが一人に一人つく形ではなくなると思います。詳しくはまだお知らせできるレベルではないと思いますので、またはっきり決まりましたらということで。」

やっぱりそうなるみたい。
話を先に聞いていてよかった。
本当に1人だけ驚くところだった。
ただ、常務の解任についてはまったく聞けない雰囲気だった。
『解任』その響きで、いい意味ではないと思われるから。
誰が知ってるのかも分からない、聞いていいのかも分からない。

しばらくはバタバタと落ち着かないだろうということ、しばらくはイレギュラーな形で仕事が来るかもしれないということ、そう言われて話はお終いになった。

木城さんの部屋にひとりで戻った。

「お帰り。」

木城さんにそう言われた。

「乾さん、詳しい話は聞けたかな?」

「詳しくは聞いてません。細川常務が解任されたということと春に秘書課の体制が変わるだろうということだけでした。」

教えてもらえるなら聞きたい。
そう思ったのが伝わったらしい。

「そうか。常務の件は職務上見過ごせないことがあったということで、その証拠を揃えて本人に確認したらしい。当然否定することもできずに、処分が解任という形になったということです。詳細は僕もはっきりとは分からないけど、『業務上横領』の罪に当たるみたいで、本人の退職金で弁済できる範囲だったので、きっとそのまま表面化はしないと思います。だから他言無用でお願いします。」

業務上横領・・・・・・?
それは数回の、それなりの金額になるものだったんだろう。
ヘタをしたら事件というレベルの犯罪だ。
そんな事ちょっとでも漏らしたらあっという間に社内に広まってしまうかもしれない。


「教えていただいてありがとうございました。もちろん他言いたしません。」

「うん、その辺は心配してないけどね。秘書課の形が変わるのはまだ詳しい情報は僕も持ってないからわからないな。」

「・・・・そうですか。」

「今のところ近々の僕の予定が変わるってことは聞いてない。とりあえずは今の予定通りでよろしくお願いします。」

「はい。あの、何か足りないところはないでしょうか?改善すべきところがあったりするなら早めに教えてください。」

「大丈夫だよ。特に問題ないよ。」

そんな事はないと思うけど、少しは信じたい気持ちもある。

須藤さんが戻ってきて、いつもと変わりない日常を取り戻したように仕事を続けた。

仕事が終わり、藤重さんに連絡をした。
定時で上がれた二人。
いつもの本屋で待ち合わせた。
手にした本は開かれていても全く捲られることがなかった。
一体何を考えていたのかもわからないくらい、目まぐるしくいろんな思いが入り混じっていた気がする。

まだ早い時間だけどそれなりに賑わっているレストラン街。
昨日の今日で急に約束をしてもらった。
今日の役員フロアのゴタゴタと藤重さんが全然関係ないとしたら、すごくおかしな時間になるかもしれない。


「お疲れ。すずなさん。」

「お疲れ様です。藤重さん、急にすみませんでした。」

「迷惑なんて思うわけないよ。全然大丈夫。」

「食事しますか?」


「そうだね。とりあえずどこか、話が出来るところがいいんだけど。」

結局広いスペースにある花壇のブロックで、コーヒーをテイクアウトして座って並んだ。

「今日、大変だった?」

すぐにそう聞かれた。
やっぱり知ってたんだろうか?
藤重さんを見たら困った顔をした。

「じゃあ、内緒でお願い。多分今日は上のフロアはいろいろと慌ただしかったと思う。先週末、仕上げた報告書は確かにその人のことなんだ。ただ、いろいろと調べたのは自分だけじゃないし、それ以外はちょっと言えることもないかも。基本はもらった情報の裏付けを、仕事以外の時間を使ってやるんだ。」

「他に一緒に仕事をしてる人がいるってことですか?」

「一緒にっていうのとは違うかな。それが誰か、どのくらい関わってるのかは分からないし。今回は福知さんが近い立場だったから、もう辞めるし、特別にちょっと聞きに行ったりしたんだけど、普通の時は他の人に漏らすことはないよ。」

「普通・・・・・って何でしょうか?」

「・・・・今回は偉い立場の人だったけど、それは普通に、自分の横にいて働いてる先輩だったりすることがあるかもしれない。まったく知らない社内の人だったり、社外の人だったり。」

「前の会社でも同じような仕事をしてたんですか?」

「半分はそうかな。調査対象が人だったり、商品だったり、会社だったり、その他にも。」

多分理解は出来たと思う。
今回は『横領』と聞いた。誰かが疑い、いろんな人が調べて、報告書として誰かの手から偉い人の手に行って、当事者の常務のところに行って、それが間違ってないということになったんだろう。
知らない人だとしても、それを報告した時にどうなるかはわかる。
知ってる人のことだとたら、内緒にしながら勝手に調査対象にしていることは苦しいかもしれない。
秘書課の情報網に上がりそうになった自分の情報だけでも、勝手に上げられたら嫌だと思った。偶然見かけたことを噂の種のように誰かに教えたということだけだとしても、それだけでもちょっと嫌な気分はする。
勝手にいろんな人に知られることも、こっそり裏側で調べられることも。
確かに嫌になるかもしれない。
その仕事は誰かを幸せにするんだろうか?
でも、それは私が言っていい事じゃない。


「すみませんでした。もう聞くことはしません。・・・・お疲れさまでした。」

「ありがとう。」

お互いに言葉もなくコーヒーを飲む。


「春には秘書課の形が変わるそうです。多分それまでは木城さんの下について働くと思います。どうなるのか分からないのは不安ですが、もし、下の階に行くようなことになったら、よろしくお願いします。」

「うん、ちょっとだけ楽しみにしてる。」

「ちょっとだけですか?」

わざとむくれて聞いてみた。

「まだ、毛利君の情報を何も知らないから。どこかに彼女がいると分かったら下の階に降りて来てくれるのも全力で歓迎したい。」

そのままの笑顔で言われた。
心配ないと思うのに。

それでもどうなるかは分からない、自分のことも藤重さんのことも。
それから二人のことも。

それでもきっとワクワクする季節だから。
きっと楽しい春を迎えられると思う。
そう信じてる。

少しくらいなら秘書課の情報網にすくいあげられても許せるくらい笑顔でいたい。
それはきっと二人の笑顔が見つかったという情報だから。
誰も不幸にならないなら、少し位ならいい。
そう思うくらい笑顔で、すぐ隣にいたいって今は思うから。
ちょっとだけ心を広くして春を待ちたいとも思う。


手をつないでゴミ箱にコーヒーのカップを入れて食事することにした。

まだまだ春は遠いけど。
きっと二人で歩いて行った先にあるんだと思いたい。

つないだ手に落ちかかるブレスレット。
早くそれに似合う大人の女性になりたいし、元気な笑顔で福地さんにも会いたいと思う。


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