公園のベンチで出会ったのはかこちゃんと・・・・。(仮)

羽月☆

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26 遅く起きた朝は。

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真っ暗にした部屋に山の朝日が差し込む。広い部屋に敷かれた布団一組。
顔をうずめて眠る彼女。
確かにうっすらと寒いかもしれない。
壁にかかる大きな時計を見るとすっかり8時を回ってる。
師匠と仕事をしていた昔ならとっくに外にいて仕事の段取りをつけてる時間。
そろそろ起こすかな。

「真奈、朝だよ。起きようか?」

返事はない。
昨日の寝たふりも面白かったけど、頭を撫でて背中をさすりゆっくり起こす。
少し身じろぎして目覚めるのがわかる。

「真奈、おはよう。」

「ん、ん。」

「真奈、お腹空かない?」

しばらく反応がなかったけどいきなり顔を出して起き上がった。

「佐野さん、何時?」

「8時過ぎだよ、そろそろ起きようか?」

座ったまま時計を見つめる彼女。

「どうしたの?」

「うわぁ、寝坊じゃないですか・・・・・?」

しゃっきり起きだしてびっくりするくらい素早く着替えをする。
脱いだものを畳みバッグへ入れてタオルとポーチを持って出て行った。
顔を洗って戻ってきた彼女の肩がガッカリと落ちている。

「佐野さん、朝ごはんをどうぞって言われました。」

「うん。」

着替えをして、布団を重ねて一緒にご飯を貰いに行く。

「おはようございます。」

「おはよう。」

「佐野君、起こされたの?」

「へ?いいえ、真奈を起こしたのは僕です。」

「あら、そうなの?真奈さんも気にしないで、たいした準備もないんだから。」

「すみません、甘えてばかりで。」

「久しぶりだなあ、おばさんの朝ごはん。懐かしい。師匠は?」

「庭で水撒いてるからもうすぐ帰ってくるわよ。食事は済んでるから気にしないで。」

懐かしい定番の朝ごはんは本当にお味噌汁と卵焼きと。後は海苔やお新香。
ついでに昨日の残り物。

「おいしいねぇ。真奈。久しぶりの和食の朝ごはんだよね。」

「朝はパンなの?」

「そうです。パン屋のバイトですし。」

「真奈の寝起きの悪さはすごいんですよ。今日は三回声かけて飛び起きましたから、昨日に引き続きミラクルです。」

「真奈さん、ゆっくり眠れた?大丈夫?」

「はい、大丈夫です。絶対早起きして手伝おうと思ってたのに。本当に寝坊しました。」

「そういえばあの頃も佐野君を起こしたことは一度もないわね。声かける時はいつも起きてたし。目覚めはいいほうよね。」

「そうなんです。絶対私より先に起きてるんです。だから、昨日見た寝顔は貴重でした。」

昼間の話かな?愚痴かな?と聞いてるとうれしそうな顔をして話してる。
そんなに飲んだつもりもないのに緊張してたんだろう、ついつい酔っぱらってしまって寝てしまった。

「佐野君、可愛いわねえ、本当に。」

さすがに照れるけど。

「可愛いですよ。」

僕の婚約者は。
目の前に座ったおばさんに見られて彼女が赤面する。

朝ごはんも終わりゆっくりお茶を飲んで話をしてると師匠が帰ってきた。

「おはようございます。」

「二人ともおはよう。良く休めたかな、真奈さん。」

「はい、すっかり寝坊してしまいまして、すみません。お食事も美味しくいただきました。」

「師匠、仕事は?」

「今は山の管理ぐらいだよ。注文がなきゃ一日山をぶらぶらしてる。午前中一緒に回れるから。」

「ありがとうございます。お願いします。」

「まあ、庭木の見回りかねてるし、ついでだよ。」

造園業の師匠であの頃だって何人か通いの弟子がいた。親方然とした見た目と違い声を荒げることもなく、穏やかな師匠だった。今のもきっと気をつかってくれてるんだと思う。きっと昨日のセリフも。

「師匠、忘れてないですよね、本当は?」

「何をだ?」

「守りたいものを二つ作ったら見せに来いって約束です。」

「お前も俺をボケ老人にするのか?忘れてるわけないじゃないか。」

「良かったです。もともと師匠に出会わなかったら、まったく違う運命をたどってたか、もしくは存在してさえなかったかもしれません。よくあの時、拾って家に置いてくれましたよね。おばさんも。本当に感謝しきれないくらい感謝してます。」

「まあ、変な奴じゃないって分かるじゃないか。ほっとけないし、山に迷い込んだ都会のペットみたいなもんだ。」

「ペットって。危うく師匠の仕掛けたイノシシ罠にかかるところだったかもしれないんですから。」

「本当にいい拾いものだと思ったよ。思わぬ器用な弟子だったからな。こんな可愛いおまけまでついて。」

師匠が彼女を見る。

「佐野さんのおまけですか?でも、うれしいです。」

「そういえば、南さんも元気ですよ。いつも商店街でお世話になってます。」

「そうか、元気か。よろしく伝えてくれ。」

「はい。明日会いに行くので伝えます。」

「南さんと師匠は同級生なんだ。」彼女に教える。

「そうなんですか?ぜんぜん知らなかったです。南さん、てっきり生まれも育ちの商店街かと思ってましたし。」

でも、タヌキ感が似ている、同じ穴の狢みたいに同じ山の狸。

「さて、ちょっと畑見てくるから帰ったら回るか?」

「はい、お願いします。」

「じゃあ、一時間後だな。」

新しくお茶をいれてもらい一服。

「奥さんは近くの出身なんですか?」

「そうよ、子供のころから一緒に遊んでたから付き合いも長いのよ。」

「そうなんですか。すごいですね。」

「近くても遠くてもいろんなめぐり合わせで人は結び付くわよね。南さんなんてもう数十年も会ってないし。」

「そうですか。今度一緒に写真撮って送りますよ。」

「あとで一緒に写真撮りましょう。」

「賛成です。是非お願いします。」

「そうね。」


一緒に車に乗り込みお土産と食器を積んで挨拶に回る。
おばさんも結局一緒に行くことになった。
それぞれの玄関前で話をしながらお土産を渡して改めて挨拶する。
師匠達だけじゃない奥さんまで出て来て懐かしがってくれる。
懐かしい顔にはちょっとだけ年月が積み重なっている。
それでもみんな元気で何よりだった。
真奈を紹介して、お土産を渡し、昨日のお礼を言う。
トオル君の奥さんとお腹の子供にも会えた。
すべてを回り最後の家で写真を撮ってもらう。
携帯の画面をのぞき込んだ彼女が喜ぶ。
師匠の家に戻り二人の写真も撮ってもらった。

「もっと近づいて。ほら、昨日みたいに。」

師匠に言われた。
彼女が思いっきり背伸びして手を回してきた。
ビックリした、こうだったのか?ちょっともたれるくらいとか言ってなかったか?
それでも嬉しそうな彼女の顔を見て笑顔の写真が撮れた。
撮ってる師匠は半分あきれ顔で笑ってた。

お昼に採れたての野菜を贅沢に使ったサラダとお土産のパンをカリカリに焼いてもらって食べた後駅まで送ってもらった。
駅で別れ際に思わず涙が出そうになる。

「今度は二人が守りたいと思うものが出来たら見せに来てくれ。」

それは子供?二人の子供。

「はい。でもまだまだなのでそれまで二人とも元気でいてくださいね。」

「また来ますから。」

彼女の声が少し震えてるけど。
手を振り改札をくぐる。
電車に乗ったあと窓越しに手を振り、遠ざかる二人と離れる。

「は~、泣きそうだった。」

「本当に。」

二人ともギリギリ。

「師匠、ちゃんと約束は覚えてたって、佐野さんが寝てるときに私に言いましたよ。」

「そうだろうね。僕もそう思った。」

「また、いつか。」

「そうだね、いつか。」

あえてはっきり言わない彼女に合わせてぼんやりと思う。きっと、いつか。



慣れた街に戻ってきたときにはすっかり疲れていた。

「佐野さん、お買い物今度にしませんか?荷物が多いし。」

着替えなどの入った旅行バッグにお土産を買って既に両手がふさがってる。

「来週に付き合うよ。」

「仕事が大丈夫でしたらお願いします。1人でもいけますよ。」

「僕も選びたいし、一緒に行きたいんだ。」

「はい。」

部屋へ戻るとガランとした音が聞こえそうだった。
実家のような温かさと懐かしさのあった部屋で過ごしたのはたったの二日にも満たないのに、すっかりホームシックみたいな。

「真奈、明日一緒に南さんのところに挨拶に行きたいんだけど。お昼時間使ってもいい?」

「はい。多分。」

南田さんに明日のお昼に会いに行くと伝え、今日子さんにメールをして、調査会社には午後から出れると連絡する。
その間彼女は荷物を開けて洗濯物をまとめたりしていたようだ。
しばらくして帰ってきた手には携帯が握られていて。

「佐野さん、私も実家に電話してちゃんと言いました。母親がいて早く会いたいって。とても喜んでました。」

「うん。良かった。」

のんびりと部屋で過ごす。
外に出て行くでもなく。
明日バイト先に持っていくお土産、南田さんに渡すお土産。

「真奈、夕飯どうする?」

「簡単に、作りますか?」

「何にも材料がない。買いにいかなきゃ。」

「買い物ついでに今日子さんとこと南田さんのところに行ってくる?そうしたら明日の昼時間は真奈も休めるし。」

「はい、どっちでも。」

今日子さんに予定を聞いてみる。南田さんにも電話をするとノーティーにいると言うことらしい。合間に今日子さんからも家にいると返信が来て。

「ノーティーに南田さんだけってことないと思うけど。いっぺんに報告する?」

「どうせそうなるんですよね。」

「そうしようか。」

お土産を持って先にノーティーへ。その後今日子さんの家へ寄ることにした。
ガランとカウベルを鳴らしてノーティーに入ると案の定、古狸だまり。
沢山の視線がこっちを向く。奥から南田さんが顔を上げる。
どうもどうもと頭を下げて中へ進む。
彼女の手をしっかりつかんで。
当然、痛い、視線が痛い。

「えっと、皆さんもお揃いで。」

「佐野君、その手は何?」

「えっと、この度婚約致しましたのでご報告をいたします。」

つないだ手を上げて改めて見せる。
しーん。
しばらく水を打った・・・・と思った静けさはすぐに破られて声が重なる。

「嘘!」 「いつから?」 「どうやって?」 「なんで?」 「真奈ちゃんと?」 「佐野君が?」 「いつ?」

質問が単発に飛ぶ。
南田さんに師匠に報告しに行ってきたことを告げた。

「おぉ、元気だったか?」 

「はい。おばさんも懐かしがってました。写真を一緒に撮って送るって言いましたので後で撮りましょうね。」

携帯を開いて師匠と撮った写真を見せる。

「老けたなあ。」

つぶやいて指でスクロールされる。待って、師匠の写真は一枚だし。

「あ、それだけです。」

手を出したが遅かった。
当然2回スクロールされて唖然とされる。
真奈が抱きついて笑顔で嬉しそうに映る写真があった。
静かに立ち上がり皆に回す。
さらし者。まだ真奈が抱きついてた写真で良かった。
自分が同じことをしてたら罵倒の嵐だっただろう。
その後はまたしても恒例の根掘り葉掘り大会。頭数が多く掘られて掘られて。
それでも淀みなく語れる経過報告。両方の実家でもこうなるんだろうか?

一同のどよめきが落ち着きついた。

「何で急いだの?もしかして・・・・・。」

これも想定内、当然の質問。

「え、違いますっ。」

真奈が真っ赤になって否定する。

「じゃあ、何で?ねえ。」

「何でと言われても必然かつ運命的なもので。」

「あれだよ、一度サラリーマンにかすめ取られそうになったし。」

「ああ、あれね。あの時はかなり危なかった。」

「だって他にも・・・・ぐっ。」

口を塞がれた狸一匹、口を塞いだ狸の怖い目に黙る。
何だ?彼女を見ても知らない顔をしてる。

「あ~あ、やっぱり無理だったんだよ。」

「そうだね。今日子さんと務さんがバックについてるしね。」

「ガッカリする奴がいるだろうなあ、気の毒に。」

「もう僕の物ですので、それとなくジワジワと広めていただければ。よろしくお願いいたします。」

「無自覚って罪だよね。」

いろいろと言われてるけど無視。

「すみません、お騒がせしました。今日子さんのところに報告に行ってきます。マスターすみません、また来ます。」

南田さんにお土産を渡して、一緒に写真も撮ってノーティーを出た。

ガラン。

カウベルが鳴った後、ドアが閉まる前にいろんな声が聞こえ始めて、ドアが閉まって遠くなった。

「ふ~。ねえ、真奈、誰か声かけてきてるの?」

「知りません。」
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