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9 なじみの自分だけの空間が脱出不可能な密室に変る時。
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月曜日、部長の雑用はギリギリいつもより少なめだった。
だからだろう、やはり『イクイ』はなくて『ツツイ』が呼ばれた。
部長の前でその量を見て、ため息をうっかりついてしまい、そのままお辞儀してぐるりと向きを変えて廊下に出た。
箱も物差しも持たずに来た。
資料室で気がついたけど、まあ、いいや。
そう思ってゆっくり揃え始めた。
半分くらい揃え終わって、早くもやる気がなくなった。
部長の前でついたため息より大きなため息が出た。
壁にもたれたまま座り込んで、俯いた。
二瓶さんから連絡が来ていた。
『今度は誰か誘い人がいたら誘ってみる?(湯田君がだけど)』
その文章を見てどういうことなのか、いろいろと考えてしまう。
どう見ても私の役にも立ちたいって思ったってことだよね?
何度も飲みたいと三木君も岡村君も思わなかったということ?
もちろん生井君にもキャンセルされたし。多分断られたのかも。
そういうことなんだろうか?
すごくいい人で二人が気を遣ってるんだろうか?
だったらいいよ。
二人でラブラブな週末を過ごせばいいよ。
だから『しばらくはいいよ。いっそ女子だけでもいいかも。』って返事してもいいのに。
返事もしないで、そのままにしてる。
今日中には返事しないと失礼だと思う。
早い方がいい、そう思ってるのに。
もう現実しか見れない。
このところ全然見てないサイト。
今ドキドキを足されても疲れるだけだと思う。
全然無理、そんな気分にもなれない。
資料室は静かだった。
本当に部長以外にこの部屋の資料に用事がある人がいるんだろうか?
いつ来ても誰もいない。
閉ざされた空間で、静かで、湿り気があって、薄暗くて、愛想がなくて、色がなくて、音がない・・・音・・・。
会社にはものすごく静かに音楽がかかってる。
気にした事がないけど、本当に微かに。
ボリュームは調整できる。
この部屋にもあるんだろうか?
入り口に小さなパネルがあった。
見たらoffになっていたのでonにしてみた。
音が聞こえた。
ボリュームをあげたらゆったりとしたピアノの音が聞こえて来た。
しばらく自分一人用に贅沢に音楽を流しておこう。
帰る時に消せばいい。
パネルの下に座り込んだ。
もっと元気になる音楽はないんだろうか?
だいたいストレスを緩和するような目的だろう。
そして邪魔にならない音楽。
ただ、ゆるゆるとして眠気を誘うことはあっても元気になることはない。
元々元気ない私はもう床にめり込みそうになるくらい沈んでる。
ずぶずぶと音がするくらい沈んでる。
自分がついたため息がゆっくり床にたまりそう。
しばらくそうしてた。
足がしびれそうになってそろそろ続きをやった方がいいのに、まったく立ち上がる元気もない。もし今このビルが停電になったら、音楽も止まり、電気も消えたこの部屋に閉じ込められるんだろうか?
出れるんだろうか?
なんだか不安になって来た。そっと斜めのドアを見上げる。
カチッと音がしてドアが開いた。
びっくりしてすぐには立ち上がれない。
入って来た顔は馴染みの相棒の顔だった。
もはや資料準備でしか会話がないくらいだけど、一応たった一人の相棒だ。
さすがにそこにいた私に驚いたらしい。
生井君にしては目が大きく開いて、普通の人くらいの大きさの目になった。
「どうした?具合悪い?」
見下ろされて聞かれた。
心配する事態だと思ったらしい。
さすがにいつもと違うとは分かったらしいし、ただサボっていただけとは思わないらしい。
「大丈夫。ちょっと休憩してただけだから。」
立ち上がりかけてふらついた私を支えてくれた。
ただ足がしびれてただけだけど、貧血とでも思ってくれたのかもしれない。
「いいよ、代わるから、休んでればいい。」
腕を掴まれて支えられて、そのままゆっくり腕の力は抜けた。
それでもすぐそばで心配そうにそう言ってくれた。
びっくりした。
本当にびっくりした。
すごくビックリした。
本当に気分が悪くなるほどビックリした。
そして力が抜けて、またズルズルと壁に沿って腰を下ろした。
サボってるわけじゃない。
本当にドキドキして、心臓が勢いよく血液を送り始めたらしい。
貧血じゃないから、しびれてただけだってば。
落ち着くように自分の心臓に言う。
ゆっくり深呼吸をしながらちょっとづつ立ち上がった。
テキパキと音楽のテンポも気にしないで資料を集めたらしくて、しばらくしたら終わったらしい。
横にあるパネルをoffにした。
静かになった空間。
ちょっと贅沢に音楽をかけていたのがバレたのかもしれない。
「大丈夫なの?」
「大丈夫。」
しびれはとれた。
立ち上がりながらゆっくり、こっそり運動をしてたから。
出し終わった資料を全部抱えてくれた。
私はまた消灯して、ロックを確かめて、ついて行った。
部長は何で時間差で頼んだんだろう。
なかなか帰ってこないなあって思ったんだろうか?
つい遠慮なくため息をついてしまい、部下が嫌がってると思っただろうか?
反省して呼びにくいイクイ君にも頼んだんだろうか?
「ありがとう。助かった。あそこで停電したら閉じ込められるんだなあって考えて不安になってたの。すごくいいタイミングだった。」
毎回お礼は言う。
今回もちゃんと言った。
「停電しても中からは開くよ。」
「そうなの?」
「そうだよ。」
当たり前に言われた。
そんな事教えられたかな?
まあ、いいや。そんな吊り橋効果、一人でいる時は意味もないし。
誰か一緒にいたらしりとりでもしよう。
不安を持たないように楽しく過ごすしかない。
でも一度は脱出を試みよう。
出れるらしいと知ってるだけで安心だ。
信じてるよ。
背中に言った。
「少しは気分良くなった?」
「うん。ありがとう。」
そういえばちょっとは元気になった。
やっぱり一人であんな空間にいると閉塞感から神経が参るのかもしれない。
働く場所の環境が大切だと改めて分かった。
部長にそのまま渡してくれてる。
『体調が悪いらしいので今日は僕が担当します。』
わざわざそう言ってくれて、雑用担当を代わってくれるらしい。
今日はいい人だ。
目もちゃんと開いてたし、心配もしてくれたらしいし、サボったとも思ってないらしい。
いつも真面目に雑用に取り組んでた私の評価とも言えるかも。
呆れてなかったのならうれしい。
自分の席からずっとその後ろ姿を見ていた。
生井君が席に戻ってこっち見てくれたのでお礼が言えた。
口パクでありがとうと言って、ちょっとお辞儀をした。
軽く頷く反応があった。
すとんと椅子に座って、仕事の続きをする。
まったくはかどってなかった仕事。
ランチの時間まで頑張った。
昼の時間になり、皆が席を立つ。
食欲もない。面倒で机の引き出しを探る。
小腹なだめ用のチョコレートとクッキーがある。
これでいいや。
外に行こうとの誘いもない。
そんな時は社食にいて合流するようにしてる。
今日はランチはパスすると連絡した。
『具合が悪いんじゃないよね?』
『違うよ。今日だけ、カロリー調節。また明日。』
そう送った。
そのまま二瓶さんにも返事をした。
『ゴメンね。気を遣ってくれて。私はしばらくはいいです。他に飲みたい子がいたら私の席にどうぞ。二回とも楽しかった。湯田君にもありがとうと伝えてね。女子だけで飲むことがあったら声をかけてください。』
そう送った。
しばらく金曜日はお家ご飯でいい。
お母さんのご飯でいい。
焦らなくていいって言われたし。
ほとんど皆が出て行った。
時々お弁当組がいるけど、今日は遠くに一人だけ。
腕を伸ばしてその腕に顔を乗せ机に臥せった。
チョコレートとクッキーが目の前にある。
アップで見ると大きく見える。
小さくなったアリスの気分。
『eat me』 そうは書かれてない。
あの部屋で閉じ込められたような心もとない感じはそんな気分だったのかもしれない。
自分がとても小さい存在感で誰にも気が付かれずに・・・・。
ああ、一つ引っかかって上手くいかないと本当に落ち込んでしまう。
逆は逆で浮かれるけど、あまりにも何もなさすぎな出来事が重なってもこうなるらしい、地味に痛い気分が重なってるこの頃だったから。
飲み物は後で買って来よう。
携帯がそこにあるけど、研究の続きもやっぱり熱が冷めたまま。
二度目の研究中断になるんだろうか?
人がいなくなって静かになると、やっと音楽が聞こえて来た。
同じだろうピアノの音楽だった。
静かに聞くために目を閉じた。
「筒井さん。やっぱり大丈夫じゃない?」
いきなり背後から声をかけられてビックリした。
ちょっとだけ昼寝に入りそうだった。
急いで頭を起こした。
そこにいたのはコンビニの袋を持った生井君だった。
「食べやすいものを買って来たんだけど。」
そう言われて袋を差し出された。
もはや貧血のふりをしないと悪いみたいになった。
「ありがとう。お金払うよ。」
袋はずっしりしてる。
笑顔で言ったつもりなのに、ちょっとムッとされた気がした。
表情がいつもに近い感じになった。
「いいよ。別に、大したことないし。」
やっぱりいつもと同じくらいの言葉の響きになった。急に。
「ごめん、ありがとう。すごくうれしい。本当にありがとう。」
急いでお礼を言った。
お金を払うのは礼儀くらいに思ってたけど、失礼な言い方だったのなら謝るしかない。
「食べられたらいいけど。」
袋をのぞきこんだ。
ヨーグルトとプリンと蒸しパンが入ってた。
「食べる。何だかおなか空いた、急にお腹空いてきた。」
貧血じゃないから、全然体は元気だから、食べ物を見たらもりっと食欲も出る。
「そう良かった。」
また優しそうな響きのセリフになって、そう言うと去って行った。
「ありがとう。」
背中にもう一度言った。
「飲み物を買って来よう。」小さく言って廊下に出た。
生井君はお昼はどうしたんだろう?
終わるには早い。
休憩室のコーヒーのドリップを待っていたら、生井君が来た。
「生井君、お昼は?」
「買って来てる。あれとは別に自分用もあるから。」
「わざわざありがとう。」
いつもは社食にいるのに今日はコンビニにしてくれたんだろう。
思ってたよりいい人らしい。
ちょっと後ろに立たれた。
「金曜日、楽しかった?」
思い出すあの時間。
「うん、楽しく飲んで食べました。岡村君が来たから初めて話をしたの。」
「急にキャンセルして悪かったけど、そうか、楽しかったんなら良かった。」
「うん。」
そう言うしかない。
ドリップが終わったので取り出して、場所を開けた。
「じゃあ、先に帰ります。」
「ああ・・・・。」
そう言って目が合った。
待ってるべきなんだろうか?
違うよね。さっきの話も終わったよね。
なんでキャンセルしたの?とか聞くことじゃないよね。
視線を逸らしながら向きを変えて先に歩いた。ゆっくりと。
席についてチョコレートとクッキーは仕舞い込んだ。
蒸しパンを開けてヨーグルトを出す。
全然カロリー調整になってないけど。
プリンは止めたんだからいいだろう。
冷蔵庫に入れて忘れずに持って帰ろう。
袋にプリンを残して冷蔵庫に持って行った。
歯磨きをして早めに席に着く。
余った時間。ぼんやりするしかない。
携帯に返事はない。
二瓶さん、どう思っただろうか?
今更謝ったりしても変だし、さっき送った内容をもう一度見て、そんなに失礼じゃないよねって、確認した。
一緒に飲んでても会社で話をすることは少ない。
せっかくだからと、他の二組を邪魔しないようにと目の前に座った人と話をする。
多分それがいいんだと思ってる、思ってた。
いろいろ考えるのもどんどん落ち込みそうで、だったらいっそ女子だけの飲み会でいいと思った。
せっかくなので二瓶さんと紀伊さんとも仲良くなりたいし。
そう思ってたら二瓶さんが来た。
「筒井さん。」
名前を呼ばれて顔を見てびっくりした。
さっき開いた携帯画面は消えていた。
「二瓶さん・・・・お疲れ様。」
「うん、もうちょっとお昼休憩大丈夫?」
「・・・・大丈夫。」
「いてくれてよかった。ちょっと話しできる?」
「うん。」
一緒に休憩室に行った。
「ねえ、飲み会、あんまり楽しくなかった?」
「そんなことないよ。楽しかったよ。湯田君に誘ってもらわなかったら本当にしゃべることないかもしれないし。私は、楽しかったよ。」
「うん、そう見えた。誰とでも割と喋れそうだから、だからその時に空いてる人を誘ったらしいんだけど。もしかして誰か一緒に飲みたい人がいるのかなあって思ったの。湯田君もあんまり飲むメンバーはまだ多くないみたい。もし誘えるようだったら一緒に飲みたいって人を誘ってもいいかなって。」
「別にいないよ。金曜日に予定が欲しかったの。寂しいし、誰かと楽しく飲んだり、食べたり。でも・・・・ごめんね、気を遣わせて。だからしばらくはいいかな。私は大人しくしようかな。」
「行きたくない?」
悲しい顔で聞かれた。
頷くことはしないけど。
「女子グループで飲むことがあったら、誘って。」
「・・・・分かった。」
そう言って目が合って、うなずき合って話を終わりにした。
午後は生井君のお陰でお腹が鳴ることもなく、少しだけいまいちなペースだけど仕事をして終わりにした。
帰りに忘れずにプリンをバッグに入れて帰った。
だからだろう、やはり『イクイ』はなくて『ツツイ』が呼ばれた。
部長の前でその量を見て、ため息をうっかりついてしまい、そのままお辞儀してぐるりと向きを変えて廊下に出た。
箱も物差しも持たずに来た。
資料室で気がついたけど、まあ、いいや。
そう思ってゆっくり揃え始めた。
半分くらい揃え終わって、早くもやる気がなくなった。
部長の前でついたため息より大きなため息が出た。
壁にもたれたまま座り込んで、俯いた。
二瓶さんから連絡が来ていた。
『今度は誰か誘い人がいたら誘ってみる?(湯田君がだけど)』
その文章を見てどういうことなのか、いろいろと考えてしまう。
どう見ても私の役にも立ちたいって思ったってことだよね?
何度も飲みたいと三木君も岡村君も思わなかったということ?
もちろん生井君にもキャンセルされたし。多分断られたのかも。
そういうことなんだろうか?
すごくいい人で二人が気を遣ってるんだろうか?
だったらいいよ。
二人でラブラブな週末を過ごせばいいよ。
だから『しばらくはいいよ。いっそ女子だけでもいいかも。』って返事してもいいのに。
返事もしないで、そのままにしてる。
今日中には返事しないと失礼だと思う。
早い方がいい、そう思ってるのに。
もう現実しか見れない。
このところ全然見てないサイト。
今ドキドキを足されても疲れるだけだと思う。
全然無理、そんな気分にもなれない。
資料室は静かだった。
本当に部長以外にこの部屋の資料に用事がある人がいるんだろうか?
いつ来ても誰もいない。
閉ざされた空間で、静かで、湿り気があって、薄暗くて、愛想がなくて、色がなくて、音がない・・・音・・・。
会社にはものすごく静かに音楽がかかってる。
気にした事がないけど、本当に微かに。
ボリュームは調整できる。
この部屋にもあるんだろうか?
入り口に小さなパネルがあった。
見たらoffになっていたのでonにしてみた。
音が聞こえた。
ボリュームをあげたらゆったりとしたピアノの音が聞こえて来た。
しばらく自分一人用に贅沢に音楽を流しておこう。
帰る時に消せばいい。
パネルの下に座り込んだ。
もっと元気になる音楽はないんだろうか?
だいたいストレスを緩和するような目的だろう。
そして邪魔にならない音楽。
ただ、ゆるゆるとして眠気を誘うことはあっても元気になることはない。
元々元気ない私はもう床にめり込みそうになるくらい沈んでる。
ずぶずぶと音がするくらい沈んでる。
自分がついたため息がゆっくり床にたまりそう。
しばらくそうしてた。
足がしびれそうになってそろそろ続きをやった方がいいのに、まったく立ち上がる元気もない。もし今このビルが停電になったら、音楽も止まり、電気も消えたこの部屋に閉じ込められるんだろうか?
出れるんだろうか?
なんだか不安になって来た。そっと斜めのドアを見上げる。
カチッと音がしてドアが開いた。
びっくりしてすぐには立ち上がれない。
入って来た顔は馴染みの相棒の顔だった。
もはや資料準備でしか会話がないくらいだけど、一応たった一人の相棒だ。
さすがにそこにいた私に驚いたらしい。
生井君にしては目が大きく開いて、普通の人くらいの大きさの目になった。
「どうした?具合悪い?」
見下ろされて聞かれた。
心配する事態だと思ったらしい。
さすがにいつもと違うとは分かったらしいし、ただサボっていただけとは思わないらしい。
「大丈夫。ちょっと休憩してただけだから。」
立ち上がりかけてふらついた私を支えてくれた。
ただ足がしびれてただけだけど、貧血とでも思ってくれたのかもしれない。
「いいよ、代わるから、休んでればいい。」
腕を掴まれて支えられて、そのままゆっくり腕の力は抜けた。
それでもすぐそばで心配そうにそう言ってくれた。
びっくりした。
本当にびっくりした。
すごくビックリした。
本当に気分が悪くなるほどビックリした。
そして力が抜けて、またズルズルと壁に沿って腰を下ろした。
サボってるわけじゃない。
本当にドキドキして、心臓が勢いよく血液を送り始めたらしい。
貧血じゃないから、しびれてただけだってば。
落ち着くように自分の心臓に言う。
ゆっくり深呼吸をしながらちょっとづつ立ち上がった。
テキパキと音楽のテンポも気にしないで資料を集めたらしくて、しばらくしたら終わったらしい。
横にあるパネルをoffにした。
静かになった空間。
ちょっと贅沢に音楽をかけていたのがバレたのかもしれない。
「大丈夫なの?」
「大丈夫。」
しびれはとれた。
立ち上がりながらゆっくり、こっそり運動をしてたから。
出し終わった資料を全部抱えてくれた。
私はまた消灯して、ロックを確かめて、ついて行った。
部長は何で時間差で頼んだんだろう。
なかなか帰ってこないなあって思ったんだろうか?
つい遠慮なくため息をついてしまい、部下が嫌がってると思っただろうか?
反省して呼びにくいイクイ君にも頼んだんだろうか?
「ありがとう。助かった。あそこで停電したら閉じ込められるんだなあって考えて不安になってたの。すごくいいタイミングだった。」
毎回お礼は言う。
今回もちゃんと言った。
「停電しても中からは開くよ。」
「そうなの?」
「そうだよ。」
当たり前に言われた。
そんな事教えられたかな?
まあ、いいや。そんな吊り橋効果、一人でいる時は意味もないし。
誰か一緒にいたらしりとりでもしよう。
不安を持たないように楽しく過ごすしかない。
でも一度は脱出を試みよう。
出れるらしいと知ってるだけで安心だ。
信じてるよ。
背中に言った。
「少しは気分良くなった?」
「うん。ありがとう。」
そういえばちょっとは元気になった。
やっぱり一人であんな空間にいると閉塞感から神経が参るのかもしれない。
働く場所の環境が大切だと改めて分かった。
部長にそのまま渡してくれてる。
『体調が悪いらしいので今日は僕が担当します。』
わざわざそう言ってくれて、雑用担当を代わってくれるらしい。
今日はいい人だ。
目もちゃんと開いてたし、心配もしてくれたらしいし、サボったとも思ってないらしい。
いつも真面目に雑用に取り組んでた私の評価とも言えるかも。
呆れてなかったのならうれしい。
自分の席からずっとその後ろ姿を見ていた。
生井君が席に戻ってこっち見てくれたのでお礼が言えた。
口パクでありがとうと言って、ちょっとお辞儀をした。
軽く頷く反応があった。
すとんと椅子に座って、仕事の続きをする。
まったくはかどってなかった仕事。
ランチの時間まで頑張った。
昼の時間になり、皆が席を立つ。
食欲もない。面倒で机の引き出しを探る。
小腹なだめ用のチョコレートとクッキーがある。
これでいいや。
外に行こうとの誘いもない。
そんな時は社食にいて合流するようにしてる。
今日はランチはパスすると連絡した。
『具合が悪いんじゃないよね?』
『違うよ。今日だけ、カロリー調節。また明日。』
そう送った。
そのまま二瓶さんにも返事をした。
『ゴメンね。気を遣ってくれて。私はしばらくはいいです。他に飲みたい子がいたら私の席にどうぞ。二回とも楽しかった。湯田君にもありがとうと伝えてね。女子だけで飲むことがあったら声をかけてください。』
そう送った。
しばらく金曜日はお家ご飯でいい。
お母さんのご飯でいい。
焦らなくていいって言われたし。
ほとんど皆が出て行った。
時々お弁当組がいるけど、今日は遠くに一人だけ。
腕を伸ばしてその腕に顔を乗せ机に臥せった。
チョコレートとクッキーが目の前にある。
アップで見ると大きく見える。
小さくなったアリスの気分。
『eat me』 そうは書かれてない。
あの部屋で閉じ込められたような心もとない感じはそんな気分だったのかもしれない。
自分がとても小さい存在感で誰にも気が付かれずに・・・・。
ああ、一つ引っかかって上手くいかないと本当に落ち込んでしまう。
逆は逆で浮かれるけど、あまりにも何もなさすぎな出来事が重なってもこうなるらしい、地味に痛い気分が重なってるこの頃だったから。
飲み物は後で買って来よう。
携帯がそこにあるけど、研究の続きもやっぱり熱が冷めたまま。
二度目の研究中断になるんだろうか?
人がいなくなって静かになると、やっと音楽が聞こえて来た。
同じだろうピアノの音楽だった。
静かに聞くために目を閉じた。
「筒井さん。やっぱり大丈夫じゃない?」
いきなり背後から声をかけられてビックリした。
ちょっとだけ昼寝に入りそうだった。
急いで頭を起こした。
そこにいたのはコンビニの袋を持った生井君だった。
「食べやすいものを買って来たんだけど。」
そう言われて袋を差し出された。
もはや貧血のふりをしないと悪いみたいになった。
「ありがとう。お金払うよ。」
袋はずっしりしてる。
笑顔で言ったつもりなのに、ちょっとムッとされた気がした。
表情がいつもに近い感じになった。
「いいよ。別に、大したことないし。」
やっぱりいつもと同じくらいの言葉の響きになった。急に。
「ごめん、ありがとう。すごくうれしい。本当にありがとう。」
急いでお礼を言った。
お金を払うのは礼儀くらいに思ってたけど、失礼な言い方だったのなら謝るしかない。
「食べられたらいいけど。」
袋をのぞきこんだ。
ヨーグルトとプリンと蒸しパンが入ってた。
「食べる。何だかおなか空いた、急にお腹空いてきた。」
貧血じゃないから、全然体は元気だから、食べ物を見たらもりっと食欲も出る。
「そう良かった。」
また優しそうな響きのセリフになって、そう言うと去って行った。
「ありがとう。」
背中にもう一度言った。
「飲み物を買って来よう。」小さく言って廊下に出た。
生井君はお昼はどうしたんだろう?
終わるには早い。
休憩室のコーヒーのドリップを待っていたら、生井君が来た。
「生井君、お昼は?」
「買って来てる。あれとは別に自分用もあるから。」
「わざわざありがとう。」
いつもは社食にいるのに今日はコンビニにしてくれたんだろう。
思ってたよりいい人らしい。
ちょっと後ろに立たれた。
「金曜日、楽しかった?」
思い出すあの時間。
「うん、楽しく飲んで食べました。岡村君が来たから初めて話をしたの。」
「急にキャンセルして悪かったけど、そうか、楽しかったんなら良かった。」
「うん。」
そう言うしかない。
ドリップが終わったので取り出して、場所を開けた。
「じゃあ、先に帰ります。」
「ああ・・・・。」
そう言って目が合った。
待ってるべきなんだろうか?
違うよね。さっきの話も終わったよね。
なんでキャンセルしたの?とか聞くことじゃないよね。
視線を逸らしながら向きを変えて先に歩いた。ゆっくりと。
席についてチョコレートとクッキーは仕舞い込んだ。
蒸しパンを開けてヨーグルトを出す。
全然カロリー調整になってないけど。
プリンは止めたんだからいいだろう。
冷蔵庫に入れて忘れずに持って帰ろう。
袋にプリンを残して冷蔵庫に持って行った。
歯磨きをして早めに席に着く。
余った時間。ぼんやりするしかない。
携帯に返事はない。
二瓶さん、どう思っただろうか?
今更謝ったりしても変だし、さっき送った内容をもう一度見て、そんなに失礼じゃないよねって、確認した。
一緒に飲んでても会社で話をすることは少ない。
せっかくだからと、他の二組を邪魔しないようにと目の前に座った人と話をする。
多分それがいいんだと思ってる、思ってた。
いろいろ考えるのもどんどん落ち込みそうで、だったらいっそ女子だけの飲み会でいいと思った。
せっかくなので二瓶さんと紀伊さんとも仲良くなりたいし。
そう思ってたら二瓶さんが来た。
「筒井さん。」
名前を呼ばれて顔を見てびっくりした。
さっき開いた携帯画面は消えていた。
「二瓶さん・・・・お疲れ様。」
「うん、もうちょっとお昼休憩大丈夫?」
「・・・・大丈夫。」
「いてくれてよかった。ちょっと話しできる?」
「うん。」
一緒に休憩室に行った。
「ねえ、飲み会、あんまり楽しくなかった?」
「そんなことないよ。楽しかったよ。湯田君に誘ってもらわなかったら本当にしゃべることないかもしれないし。私は、楽しかったよ。」
「うん、そう見えた。誰とでも割と喋れそうだから、だからその時に空いてる人を誘ったらしいんだけど。もしかして誰か一緒に飲みたい人がいるのかなあって思ったの。湯田君もあんまり飲むメンバーはまだ多くないみたい。もし誘えるようだったら一緒に飲みたいって人を誘ってもいいかなって。」
「別にいないよ。金曜日に予定が欲しかったの。寂しいし、誰かと楽しく飲んだり、食べたり。でも・・・・ごめんね、気を遣わせて。だからしばらくはいいかな。私は大人しくしようかな。」
「行きたくない?」
悲しい顔で聞かれた。
頷くことはしないけど。
「女子グループで飲むことがあったら、誘って。」
「・・・・分かった。」
そう言って目が合って、うなずき合って話を終わりにした。
午後は生井君のお陰でお腹が鳴ることもなく、少しだけいまいちなペースだけど仕事をして終わりにした。
帰りに忘れずにプリンをバッグに入れて帰った。
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五歳の時から、側にいた
田尾風香
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五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
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