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3 頼りにしたい!お地蔵様の分身を引き出しに忍ばせて。~桐乃~
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地蔵・・・忘れていたあのカード。
必要な場面だったらしい。
息を吐いて、イライラを落ち着ける。
帰ってきた草野君、手にはコーヒー。
目が合って、すぐ分かったらしい。
視線で『来い』、そう言ってしまっただろうか?
目の前に立たれるまでの足取りはいつも通り。
重そうな足取りを隠せてないし、ビクビクとしながら体が細まってきてない?
私だって合格にしてあげたいけど、無理なレベル、到底見過ごせない。
それは私の時間を余分に使って貼られた付箋の数を見てもらえばわかるはず。
そう思ったのに書類は丸められていて、まるでこん棒でも持つように握りしめていた。
ゆっくり手を開いて、書類が広がる。
元の正しいA4の形になった。
武器にもならない平和な形だ。
付箋がひらりと落ちた。
ああ、私の無駄な時間の余分な仕事が・・・。
きちんと元の場所に貼り付けた。
落ちないように、しっかりと。
目の前に立ってそんな私の行動をおどおどな感じで見てる草野君。
手持無沙汰の手が愛用のボールペンを掴んだ。
さてさて、何か言いたいことはありますか?
視線で聞いた。
「あの・・・・・。」
その先は続かないらしい。
「これお願い。」
それだけ言って見覚えあるだろう、さっき手離したばかりの書類を戻した。
付箋に書き込んでる説明で事足りるだろう。
是非、そうであって欲しい。
書類を受け取り一礼して背中を向けられた。
トボトボと帰る姿が情けない。
反省はするらしい。
一度やり直しを命じればその後は完璧に近くして再提出するんだから。
出来たらそれを一度で完璧な状態にしてくれれば、私だって余分な仕事をしないで済む。
ああ・・・地蔵地蔵・・・・。
今度から草野君の書類を見る前にじっと見て、見終わった後じっと見て、呼び出す直前にも見つめ合うべきかもしれない。
それ以外にも必要だろう。
パソコンに取り込んでいつでも見れるように画面に出すべきかもしれない。
そうじゃなかったら机を開けると見えるようにするとか。
いちいち財布の中を見るなんて、それこそ手間がかかる。
とりあえずコピーして、今度からそうしよう。
穏やかに、心を落ち着けて、広く広く宇宙レベルに広い心で後輩に向き合う。
でもあれじゃあそんな達観できるわけないじゃない?
もう、イライラもうんざりも隠せない。
これだってもう一度チェックする手間を考えると20分くらいのロスになる。
イラっとする気分をどうにかして欲しいし。
一日の中の20分なんて大したことない、そうなんだけど、終業後、皆が帰った後の居残りの時間は一秒でも減らしたい。
20分なんてとんでもないロス。
こっそり財布を出して、お地蔵さまと見つめ合う。
といってもにっりと微笑まれてるお地蔵様の目は線で掘られている。
目は合わない。
ゆっくり深呼吸して気分を変えよう。
そしてひたすら元の仕事をする。
集中していたら声がして、手直ししたらしい書類を渡された。
丁寧に両手持ちで差し出されて、賞状をもらうように恭しくもらう・・・・わけないから、サッと引き取った、当然片手で。
その瞬間に頭を下げてもごもごと言って逃げ出した草野君。
ざざざっと見て大丈夫だと思った。
そういえば笑顔を向けられたのはいつが最後だろう。
三年目になって自分の下に来た。
その後はだいたいこんな感じで、恐怖の大王か閻魔様かというレベルに怖がられてる気がする。
指導です!普通です。
それでも怖がってるんだからそうとう心臓が小さいんだろう、毛も生えてないツルツル具合なんだろう。
もっと逞しくふてぶてしくなってもいいのに・・・・・って思ったけど、それで実力があれじゃあムカつく奴だな、可愛くないよね。
まあ、特別可愛がってもいないけどね。
でも確か去年までは、自分の下に来るまでは時々気を遣って声をかけてたのに。
一杯一杯の感じで頑張ってるのをちょっとくらいはほぐしてあげてた気がする。
私の持てる優しさはあの頃味わっただろう。
残念、今はそれは振舞えない。
さあ、仕事仕事。
やっぱり30分くらいのロスよね。
やりかけの書類を作り、顔をあげたら視線が合った。
丁度視線の合う位置に机があるんだから。
急いで視線を下げられた。
・・・ちょっと感じ悪いじゃない。
そう思いますよね、お地蔵様っ、心の中でつぶやいた。
終業の時間になり、あと少し。
思ったより遅れは取り戻せたからいい、許してやろう、恨むまい。
パソコンを閉じて、化粧品を持ってトイレへ。
途中休憩室で一人でぼんやりと泣きそうな顔をした草野君を見つけてしまった。
マジ・・・・・・、きつすぎた?
別にパワハラじゃないよ、指導だよ・・・・。
そんなに追い込んでないよね?
近寄って声をかけたらビクッとして背筋が伸びた、・・・身長が高くなった。
「・・・・さっきの書類は大丈夫だと思うから、・・・それだけ。」
「はい、ありがとうございました。」
カクっとお辞儀をされた。
なかなか顔が上がらないので向きを変えてトイレに向かった。
どうしよう、大丈夫だよね。
胃が痛いとか、食欲がないとか、そんな症状ある?
私は聞けない。
今度社食で観察しよう。
やめてほしい・・・・・病まないでね・・・・・。
やっぱり地蔵が必要だと改めて思った。
合掌。
後輩が元気に仕事をしてくれますように。
トイレの鏡に向かって手を合わせた。
誰にも見られなくて良かった。変だったと思う。
トイレと化粧直しを済ませて席に戻ったら、草野君はいなかった。
反省しつつも、必要な指導だとの自己弁護のセリフがかぶさってきて、指導の方法にもいろいろあるじゃないかと誰かの声が聞こえ、また反省をして。
疲れた。
帰ろう。私の仕事は今日はお終い。帰ろう。
エレベーターの中で同期の友近に声をかけられた。
「桐乃、お疲れ。どう?何かいい事あった?」
「ない。」 即答できた。
キラキラとした顔で聞いてくるんだから。
別に化粧品のラメの分量じゃなくて、表情とか、全体の印象というか。
何でそんなにキラキラでいれるの?
本当に聞きたくなる。
「もう、アドバイスを求めて放浪してるって言ってたじゃない。」
「してるけど、逆効果。いい事なんて誰も言ってくれない。」
「じゃあ、やめればいいよ。そんなの信じるの?」
「信じないと使ったお金がもったいない。」
「それはそれ。逆に囚われたらダメじゃない。」
「そうなんだよね。」
「ほら、背筋を伸ばして。キリっとして。」
背中を叩かれた。
痛い・・・・ちょっと今日は弱ってるんだから、疲れてるんだから。
「美味しい物でも食べて元気になって。」
そんな単純な人間じゃないんです。
それに一人で食べても美味しくないのに、寂しいだけなのに。
駅で元気に手を振られた。
面倒だなあ、何か食べて帰ろうかなあ。
作る気もしない。
とりあえずもう占いハシゴは止めよう。
今週からはもっと有意義に過ごしたい!
友達に連絡を取って食事に行こう!!
駅からの帰り道、思いついたその時その場でコンビニに入り、地蔵のカードをコピーした。
とりあえず机の引き出しに入れておこう。
財布に仕舞い込んで、コピーを折りたたんで持ち帰った。
ついでに買ったのは結局コンビニの冷凍食品だった。
何てわびしいんだろう。
旅番組をテレビで見ていた。
有名な観光地、都内とは逆方向に行く。
昔彼氏と行った場所だ。もう随分古い記憶だと思う。
随分観光地としても認知されてきてるらしい。
全体の景色は同じ感じでも、きっといろんなお店が増えてるんだろう、前に立ち寄ったお店の記憶は遠い。
食べ歩きをする芸能人を見ながら、コンビニのご飯を食べて、当時の彼氏とのあれこれを思い出して。
ああ、懐かしい。
あの頃はもっと扱いやすい女だったと思う。
いつからあんなに指摘される程欠点が濃く強く表れてきたんだろう?
私生活がもっと潤えば丸くなるんだろうか?
地蔵が必要なくなるくらいになるんだろうか?
とりあえず穏やかな自分になろう。
周りも、草野君さえビックリなそんな自分になろう。
よし。
結局思い出のシーンは出てきたのに、彼氏の名前が出てこないという現実。
過去は遠いと言うことだ。
大学生の頃の話だからね。
地蔵のコピーをチョキチョキと切り取り、財布に収めた。
明日気がついた時に机の引き出しに入れるつもりだ。
これでいつでも穏やかになれるはず。
合掌。
次の日から少し観察していた。
草野君の顔色は変わらず、胃を押さえるしぐさも見られず、社食では見当たらなかったけど表情を見る限り元気そうで良かった。
彼女と喧嘩でもしたんだろう。
だからちょっとだけ仕事もぼんやりだったとか?
それはそうだとしても許せません!!
そう思ったけど机の引き出しを開けて、心で合掌して、机を閉めて、深呼吸した。
マイペースで仕事が出来てる日々。
珍しく・・・本当に最近にしては珍しく草野君に書類をつき返すこともなく。
早速地蔵効果?って・・・私の認識が甘くなってないよね、大丈夫だよね、合格だったと思うけど。
それでも自分も気分が良かった。
サクサクと仕事が進むんだからね。
午後の休憩をとろうと休憩室に向かっていたら話し声が聞こえた。
誰だかは分かる。
草野君と同期の柏木君だ。これまた比べるとなんですが出来る子だった。
後輩にするならこっちがいい、そう思うのを隠せないくらい、隠してるけど、隠したくなくなるくらい・・・・。
「金曜日大丈夫?これでじゃあ人数は揃った。彼女の友達はレベルが高いから楽しみにしててよ。全員彼氏無しだから、自由に攻めてってと言いたいけど一人は匠専用だからな。」
「そうなのか?」
「いいだろう、その子以外もいい感じだからって。いろんなタイプを揃えたんだから。あと、匠には女子が来るって言ってないから内緒な。」
「なんで?」
「あんまり行きたがらないんだよ。でも楽しみがないとつまらないからさ、いい奴なんだよ。」
「まあね。だいたいは女子の方が強いって諦めればいいんじゃないか。可愛くて弱いのは最初だけだよな。最後は鬼女だよ。」
「それはお前が酷い男だってことだよ。」
「まあ、それもありだけど、お互いにだよ。」
「知らない。俺はまだ会ったことがないよ。」
「いいなあ、柏木の彼女観察しよう。」
「やらないぞ。俺のものだからな。」
嬉しそうに笑う声も聞こえてきた。
楽しそうだ、若い、それは本当に大きな魅力だ。
そして誘われてる草野君は食欲もあるんだろう。
彼女がいるはずだけど・・・別れたんだろうか。
まあ、いい。とりあえず病む気配なし、安心した、もう心配もしない。
良かった良かった。
無事に金曜日を迎えた。
今週は連絡をした友達で集まって食事をするし、日曜日は美容院とエステの予約を入れた。自分磨きの日だ。間の時間に映画でも見ようかと思ってる。
このままトントンと仕事が終わると超気持ちいいんですけど。
終わった~。
残業もなく、一応引き出しの地蔵に恒例のお礼の挨拶をして、片づけをして終わりにした。
会社を出る時に入り口で柏木君に挨拶をされた。
「朝倉さん、お疲れさまでした。」
「ああ、お疲れ様。」
草野君もいて、ついでに挨拶をした。
言葉は聞こえなかったけど口が動いたのが見えた。
楽しんでね。二人とその周りにいた人に言った、心の中で。
明日はお酒とご飯の予定だから今夜は軽めに。
野菜多めの具沢山うどん。
冷凍室のホウレンソウの残りやカチコチの刻み油揚げ、卵と使い残しのキノコ類、ネギも全部刻んで。
スッキリした冷蔵庫。
今日もテレビのロケ番組を見ながらここも行ったなあと昔のデートを多い浮かべる。
昨日より記憶は古い。
高校生の卒業後の春の事だ。
初めての遠くのデートだった。
ああ、甘いなあ。可愛いなあ。思わず思い出の中の自分を褒めてしまう。
あの頃を思い出したらもっと優しくなれそうかなあ。
写真という過去の詰まった箱を引っ張り出して彼氏の顔を確認した。
初めての彼氏だった。
さすがに友達期間も長かったし名前も思い出せる。
実家を出る時に気に入った写真だけ持って来た。
その中にデートの写真もある、一枚だけだけどある。
それ以外にも友達皆との写真の中にもいるからいろんな表情を見れる。
記憶は鮮明によみがえる。
そして自分の顔も見る。
ほぼスッピンなのにキラキラしてる。
色気なんて全くないけど、代わりに可愛さがあるじゃない。
自分で言うのもなんだけどね。
他の子も見てみる。
ちょうど明日会うし。
懐かしいなあ。
皆が大人になって、それぞれいる場所もいろいろだ。
結婚してしまった子は子育て中で来れない、集まれるのは独身ばっかりだった。
夜だから仕方ない。週末仕事の子もいると夜になる。
なんだか無性にデートがしたくなった。
あの頃みたいにキラキラな笑顔になれるんだろうか?
デートしたいなあ・・・・。
誰でも良くないけど、誰かいない?
ねえ、お地蔵様。
必要な場面だったらしい。
息を吐いて、イライラを落ち着ける。
帰ってきた草野君、手にはコーヒー。
目が合って、すぐ分かったらしい。
視線で『来い』、そう言ってしまっただろうか?
目の前に立たれるまでの足取りはいつも通り。
重そうな足取りを隠せてないし、ビクビクとしながら体が細まってきてない?
私だって合格にしてあげたいけど、無理なレベル、到底見過ごせない。
それは私の時間を余分に使って貼られた付箋の数を見てもらえばわかるはず。
そう思ったのに書類は丸められていて、まるでこん棒でも持つように握りしめていた。
ゆっくり手を開いて、書類が広がる。
元の正しいA4の形になった。
武器にもならない平和な形だ。
付箋がひらりと落ちた。
ああ、私の無駄な時間の余分な仕事が・・・。
きちんと元の場所に貼り付けた。
落ちないように、しっかりと。
目の前に立ってそんな私の行動をおどおどな感じで見てる草野君。
手持無沙汰の手が愛用のボールペンを掴んだ。
さてさて、何か言いたいことはありますか?
視線で聞いた。
「あの・・・・・。」
その先は続かないらしい。
「これお願い。」
それだけ言って見覚えあるだろう、さっき手離したばかりの書類を戻した。
付箋に書き込んでる説明で事足りるだろう。
是非、そうであって欲しい。
書類を受け取り一礼して背中を向けられた。
トボトボと帰る姿が情けない。
反省はするらしい。
一度やり直しを命じればその後は完璧に近くして再提出するんだから。
出来たらそれを一度で完璧な状態にしてくれれば、私だって余分な仕事をしないで済む。
ああ・・・地蔵地蔵・・・・。
今度から草野君の書類を見る前にじっと見て、見終わった後じっと見て、呼び出す直前にも見つめ合うべきかもしれない。
それ以外にも必要だろう。
パソコンに取り込んでいつでも見れるように画面に出すべきかもしれない。
そうじゃなかったら机を開けると見えるようにするとか。
いちいち財布の中を見るなんて、それこそ手間がかかる。
とりあえずコピーして、今度からそうしよう。
穏やかに、心を落ち着けて、広く広く宇宙レベルに広い心で後輩に向き合う。
でもあれじゃあそんな達観できるわけないじゃない?
もう、イライラもうんざりも隠せない。
これだってもう一度チェックする手間を考えると20分くらいのロスになる。
イラっとする気分をどうにかして欲しいし。
一日の中の20分なんて大したことない、そうなんだけど、終業後、皆が帰った後の居残りの時間は一秒でも減らしたい。
20分なんてとんでもないロス。
こっそり財布を出して、お地蔵さまと見つめ合う。
といってもにっりと微笑まれてるお地蔵様の目は線で掘られている。
目は合わない。
ゆっくり深呼吸して気分を変えよう。
そしてひたすら元の仕事をする。
集中していたら声がして、手直ししたらしい書類を渡された。
丁寧に両手持ちで差し出されて、賞状をもらうように恭しくもらう・・・・わけないから、サッと引き取った、当然片手で。
その瞬間に頭を下げてもごもごと言って逃げ出した草野君。
ざざざっと見て大丈夫だと思った。
そういえば笑顔を向けられたのはいつが最後だろう。
三年目になって自分の下に来た。
その後はだいたいこんな感じで、恐怖の大王か閻魔様かというレベルに怖がられてる気がする。
指導です!普通です。
それでも怖がってるんだからそうとう心臓が小さいんだろう、毛も生えてないツルツル具合なんだろう。
もっと逞しくふてぶてしくなってもいいのに・・・・・って思ったけど、それで実力があれじゃあムカつく奴だな、可愛くないよね。
まあ、特別可愛がってもいないけどね。
でも確か去年までは、自分の下に来るまでは時々気を遣って声をかけてたのに。
一杯一杯の感じで頑張ってるのをちょっとくらいはほぐしてあげてた気がする。
私の持てる優しさはあの頃味わっただろう。
残念、今はそれは振舞えない。
さあ、仕事仕事。
やっぱり30分くらいのロスよね。
やりかけの書類を作り、顔をあげたら視線が合った。
丁度視線の合う位置に机があるんだから。
急いで視線を下げられた。
・・・ちょっと感じ悪いじゃない。
そう思いますよね、お地蔵様っ、心の中でつぶやいた。
終業の時間になり、あと少し。
思ったより遅れは取り戻せたからいい、許してやろう、恨むまい。
パソコンを閉じて、化粧品を持ってトイレへ。
途中休憩室で一人でぼんやりと泣きそうな顔をした草野君を見つけてしまった。
マジ・・・・・・、きつすぎた?
別にパワハラじゃないよ、指導だよ・・・・。
そんなに追い込んでないよね?
近寄って声をかけたらビクッとして背筋が伸びた、・・・身長が高くなった。
「・・・・さっきの書類は大丈夫だと思うから、・・・それだけ。」
「はい、ありがとうございました。」
カクっとお辞儀をされた。
なかなか顔が上がらないので向きを変えてトイレに向かった。
どうしよう、大丈夫だよね。
胃が痛いとか、食欲がないとか、そんな症状ある?
私は聞けない。
今度社食で観察しよう。
やめてほしい・・・・・病まないでね・・・・・。
やっぱり地蔵が必要だと改めて思った。
合掌。
後輩が元気に仕事をしてくれますように。
トイレの鏡に向かって手を合わせた。
誰にも見られなくて良かった。変だったと思う。
トイレと化粧直しを済ませて席に戻ったら、草野君はいなかった。
反省しつつも、必要な指導だとの自己弁護のセリフがかぶさってきて、指導の方法にもいろいろあるじゃないかと誰かの声が聞こえ、また反省をして。
疲れた。
帰ろう。私の仕事は今日はお終い。帰ろう。
エレベーターの中で同期の友近に声をかけられた。
「桐乃、お疲れ。どう?何かいい事あった?」
「ない。」 即答できた。
キラキラとした顔で聞いてくるんだから。
別に化粧品のラメの分量じゃなくて、表情とか、全体の印象というか。
何でそんなにキラキラでいれるの?
本当に聞きたくなる。
「もう、アドバイスを求めて放浪してるって言ってたじゃない。」
「してるけど、逆効果。いい事なんて誰も言ってくれない。」
「じゃあ、やめればいいよ。そんなの信じるの?」
「信じないと使ったお金がもったいない。」
「それはそれ。逆に囚われたらダメじゃない。」
「そうなんだよね。」
「ほら、背筋を伸ばして。キリっとして。」
背中を叩かれた。
痛い・・・・ちょっと今日は弱ってるんだから、疲れてるんだから。
「美味しい物でも食べて元気になって。」
そんな単純な人間じゃないんです。
それに一人で食べても美味しくないのに、寂しいだけなのに。
駅で元気に手を振られた。
面倒だなあ、何か食べて帰ろうかなあ。
作る気もしない。
とりあえずもう占いハシゴは止めよう。
今週からはもっと有意義に過ごしたい!
友達に連絡を取って食事に行こう!!
駅からの帰り道、思いついたその時その場でコンビニに入り、地蔵のカードをコピーした。
とりあえず机の引き出しに入れておこう。
財布に仕舞い込んで、コピーを折りたたんで持ち帰った。
ついでに買ったのは結局コンビニの冷凍食品だった。
何てわびしいんだろう。
旅番組をテレビで見ていた。
有名な観光地、都内とは逆方向に行く。
昔彼氏と行った場所だ。もう随分古い記憶だと思う。
随分観光地としても認知されてきてるらしい。
全体の景色は同じ感じでも、きっといろんなお店が増えてるんだろう、前に立ち寄ったお店の記憶は遠い。
食べ歩きをする芸能人を見ながら、コンビニのご飯を食べて、当時の彼氏とのあれこれを思い出して。
ああ、懐かしい。
あの頃はもっと扱いやすい女だったと思う。
いつからあんなに指摘される程欠点が濃く強く表れてきたんだろう?
私生活がもっと潤えば丸くなるんだろうか?
地蔵が必要なくなるくらいになるんだろうか?
とりあえず穏やかな自分になろう。
周りも、草野君さえビックリなそんな自分になろう。
よし。
結局思い出のシーンは出てきたのに、彼氏の名前が出てこないという現実。
過去は遠いと言うことだ。
大学生の頃の話だからね。
地蔵のコピーをチョキチョキと切り取り、財布に収めた。
明日気がついた時に机の引き出しに入れるつもりだ。
これでいつでも穏やかになれるはず。
合掌。
次の日から少し観察していた。
草野君の顔色は変わらず、胃を押さえるしぐさも見られず、社食では見当たらなかったけど表情を見る限り元気そうで良かった。
彼女と喧嘩でもしたんだろう。
だからちょっとだけ仕事もぼんやりだったとか?
それはそうだとしても許せません!!
そう思ったけど机の引き出しを開けて、心で合掌して、机を閉めて、深呼吸した。
マイペースで仕事が出来てる日々。
珍しく・・・本当に最近にしては珍しく草野君に書類をつき返すこともなく。
早速地蔵効果?って・・・私の認識が甘くなってないよね、大丈夫だよね、合格だったと思うけど。
それでも自分も気分が良かった。
サクサクと仕事が進むんだからね。
午後の休憩をとろうと休憩室に向かっていたら話し声が聞こえた。
誰だかは分かる。
草野君と同期の柏木君だ。これまた比べるとなんですが出来る子だった。
後輩にするならこっちがいい、そう思うのを隠せないくらい、隠してるけど、隠したくなくなるくらい・・・・。
「金曜日大丈夫?これでじゃあ人数は揃った。彼女の友達はレベルが高いから楽しみにしててよ。全員彼氏無しだから、自由に攻めてってと言いたいけど一人は匠専用だからな。」
「そうなのか?」
「いいだろう、その子以外もいい感じだからって。いろんなタイプを揃えたんだから。あと、匠には女子が来るって言ってないから内緒な。」
「なんで?」
「あんまり行きたがらないんだよ。でも楽しみがないとつまらないからさ、いい奴なんだよ。」
「まあね。だいたいは女子の方が強いって諦めればいいんじゃないか。可愛くて弱いのは最初だけだよな。最後は鬼女だよ。」
「それはお前が酷い男だってことだよ。」
「まあ、それもありだけど、お互いにだよ。」
「知らない。俺はまだ会ったことがないよ。」
「いいなあ、柏木の彼女観察しよう。」
「やらないぞ。俺のものだからな。」
嬉しそうに笑う声も聞こえてきた。
楽しそうだ、若い、それは本当に大きな魅力だ。
そして誘われてる草野君は食欲もあるんだろう。
彼女がいるはずだけど・・・別れたんだろうか。
まあ、いい。とりあえず病む気配なし、安心した、もう心配もしない。
良かった良かった。
無事に金曜日を迎えた。
今週は連絡をした友達で集まって食事をするし、日曜日は美容院とエステの予約を入れた。自分磨きの日だ。間の時間に映画でも見ようかと思ってる。
このままトントンと仕事が終わると超気持ちいいんですけど。
終わった~。
残業もなく、一応引き出しの地蔵に恒例のお礼の挨拶をして、片づけをして終わりにした。
会社を出る時に入り口で柏木君に挨拶をされた。
「朝倉さん、お疲れさまでした。」
「ああ、お疲れ様。」
草野君もいて、ついでに挨拶をした。
言葉は聞こえなかったけど口が動いたのが見えた。
楽しんでね。二人とその周りにいた人に言った、心の中で。
明日はお酒とご飯の予定だから今夜は軽めに。
野菜多めの具沢山うどん。
冷凍室のホウレンソウの残りやカチコチの刻み油揚げ、卵と使い残しのキノコ類、ネギも全部刻んで。
スッキリした冷蔵庫。
今日もテレビのロケ番組を見ながらここも行ったなあと昔のデートを多い浮かべる。
昨日より記憶は古い。
高校生の卒業後の春の事だ。
初めての遠くのデートだった。
ああ、甘いなあ。可愛いなあ。思わず思い出の中の自分を褒めてしまう。
あの頃を思い出したらもっと優しくなれそうかなあ。
写真という過去の詰まった箱を引っ張り出して彼氏の顔を確認した。
初めての彼氏だった。
さすがに友達期間も長かったし名前も思い出せる。
実家を出る時に気に入った写真だけ持って来た。
その中にデートの写真もある、一枚だけだけどある。
それ以外にも友達皆との写真の中にもいるからいろんな表情を見れる。
記憶は鮮明によみがえる。
そして自分の顔も見る。
ほぼスッピンなのにキラキラしてる。
色気なんて全くないけど、代わりに可愛さがあるじゃない。
自分で言うのもなんだけどね。
他の子も見てみる。
ちょうど明日会うし。
懐かしいなあ。
皆が大人になって、それぞれいる場所もいろいろだ。
結婚してしまった子は子育て中で来れない、集まれるのは独身ばっかりだった。
夜だから仕方ない。週末仕事の子もいると夜になる。
なんだか無性にデートがしたくなった。
あの頃みたいにキラキラな笑顔になれるんだろうか?
デートしたいなあ・・・・。
誰でも良くないけど、誰かいない?
ねえ、お地蔵様。
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