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12 ちなみ ~ある週末、何かが始まる日~

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凄くうれしくて。

部屋に帰ったらすぐに朱里に連絡した、報告したともいう。
もちろん、結果だけ。

新藤さんには電車の中でお礼をしてたし、二番目は朱里に。


『今日新藤さんとお食事をしてもらいました。やっと返せました。ちゃんと伝えられて、また会ってもらえることになりました。詳しくは、またね。本当にありがとう。』

『良かった~、だってにじり寄るくらい新藤さんだけと喋ってたよ。みんなビックリしてたと思う。』

ええ~、そんなに?
だって夢中で、とにかく全力で向かったのは確かだけど。
まあ、いい。いい返事をもらえたから、いい。

水鳥ちゃんのことも教えたい。
そんなことがあったの?ってびっくりすると思う。
あのホテルを勧めるかも、モーニングのお店も教えちゃう。

次のランチの時に教えよう。



そして本当に教えたらびっくりしてくれて、満足だった。



会社では相変わらず新藤さんとはすれ違うことも無くて。
それでも週末に向けて天気を言い合いながら、デートの約束をしたり、たわいもない事を教え合ったり。

すごく優しいのは最初の印象と少しも変わらない。


優しい笑顔で『ちなみちゃん』と呼ばれるのが嬉しくて。
私は新藤さんとしか呼んでない。
呪文の名前の上二文字で。

大好き、本当にまったく思ってた通りで妹にも優しい、私にも優しい人だった。



そしてある土曜日、デートの約束の場所に向かってる途中、連絡が来た。

『ごめん、水鳥が乱入するってことになった。あまり邪魔には出来なくて。ちなみちゃんにも話があるみたいで。ランチは二人じゃなくなったけど、終わったらさっさと追い返すから、ごめん。』

『歓迎です。直接お礼が言いたかったですし。再会を楽しみにしてます。』

『ありがとう。』

時間と場所の変更はなかった。
水鳥ちゃんの話って何だろう?


待ち合わせの場所にはちょっとだけ早く着いた。
もっと先に着いていたけど、ウロウロとお店を見て回った。
たいていそのパターン。
いかなる電車のトラブルにも対応できそうなくらい、早めに余裕ありありの行動を心がけてる週末。
普段毎日の通勤でも未だに『遅延証明』の紙を手にした事はない。
仕事だと、ちょっとは焦るけど皆遅れるからまあいいって思える。
でもデートだと、もうがっかりに申し訳なさに焦りはマックスで。
だから仕事よりは気合を入れて余裕をもって電車に乗る。
そんなタイプだから。


そういえば新藤さんも目覚ましいらずのタイプだと言っていた。
逆に水鳥ちゃんのことを怠惰だ、ぐうたらだと言っていた。
最初に言ってたけど、本当にタイプは違うらしい。
それなのにあの夜一番遅くに寝た水鳥ちゃんが一番先に起きたんだから、きっとやればできる子なんだろう。

待ち合わせの場所でキョロキョロしてたら、手を振られた。

水鳥ちゃんが先に到着していたみたい。
やっぱり水鳥ちゃんがぐうたらなのは平日だけかも。

そして最初は気がつかなかったけど、隣にいる男の子は水鳥ちゃんと一緒に私の方を見ている。

歩いて行って、挨拶をした。

「お待たせしました?」

「いいえ、お兄ちゃんがまだです。遅刻したら怒りましょうね。あと有田君です。」

友達とも彼氏とも、何とも言われなくて名前だけ教えてもらった。

「お兄ちゃんの彼女で、前に話したちなみさん。」

何を話したのかは、あの夜から朝にかけてのことしかない。後は傘のご縁の事。

「有田です。お邪魔してすみません。」

「いいえ、大丈夫です。水鳥ちゃん、あの時はお世話になりました。」

「モーニング美味しかったですか?」

「もちろん、大満足だったよ。結構なボリュームだったけど、時間をかけてのんびりしながら全部食べ切りました。」

「良かったです・・・・あ、お兄ちゃん。時間通りじゃない。」

時計を見てちょっとだけ不満そうな水鳥ちゃん。

そっちを向くと笑顔を向けられた。

途中有田君に気がついたらしくて、不思議な表情になった。
分かりやすい。


「お待たせ。」

「お兄ちゃん、いつもギリギリ?女性は待たせるんじゃなくて待つのが常識でしょう?」

「それはお前がいつもぐうたらで遅刻するからだろう。」

「違うよ。デートはもう少し早めに着くようにしましょうってことだよ。」

「はいはい。」

適当に言う。
いつもはもっと余裕がある。
だいたい私が異様に早いから、それより早いってこともないと思う。
待つのも苦にならないし。


そして新藤さんの視線がやっぱり。

「あ、私の彼氏の有田君です。」

腕を掴んで紹介した水鳥ちゃん。
やっぱり彼氏だった。

有田君がお辞儀をしてもごもご、新藤さんももごもご。

水鳥ちゃんが私を見た。嬉しそうな可愛い笑顔だった。
どっちが先に来たんだろう?
有田君かな?

もしかして同じ部屋から、ってことある?
・・・あるかもね。


「じゃあ、お昼にしよう。いろいろ話もあるだろうし。」

あるんだろうか?聞かされるのか、聞かれるのか。

今回も音頭をとって先を行く水鳥ちゃんとついて行く有田君。

新藤さんと一緒に歩き出した。

どこかに向かってる足取りの大学生二人。
ついて行く年上二人。


新藤家のパワーバランスを見る感じだ。


「水鳥、お店は?」

「決めてないって言ったから、決めたよ。」

・・・らしい。行動が早い。
有田君も相談されたと思ってあげたい、どうだろう?


駅からホテルへと続く通路のお店で立ち止まった。
ガラスを開放的に開け放っていて、にぎやかで空間が広く感じられる。

案内されたテーブルに四人で座り、コースを四種類頼んだ。

パエリア二種類とお肉が二種類、前菜もついて、ドリンクもついて。
パエリアは時間がかかると言われてる。
ゆっくりすることになりそうだった。


前菜を食べながら、最初は聞きだされた。
話すのはもっぱら新藤兄妹。
聞き役の残り二人だった。

さすがにあからさまなことは聞かれてない。
おすすめのデートコースや美味しいお店くらいだ。
まだまだ隠したいこともない。
あれからまだ二カ月くらいしか経ってないし。

「じゃあ、今度そこ行こう、有田君。」

いきなり話が回って来てビックリしたらしい彼氏の有田君。
とても大人しめの男の子だった。
きっと水鳥ちゃんにグイグイと迫られたんじゃないかと、想像してしまう。


携帯のメモに律儀に情報を残してる水鳥ちゃん。
そう言えば最初もメモ機能を活用して私に内緒で話しかけてきたし。


「で、水鳥は有田君の勉強の邪魔したりしてないだろうな?」

「何でするのよ。一緒に教え合いながらやってます。効率的に勉強できてます。」

「そりゃあ、母さんも安心だな。あと一年だから、頑張れよ。」

「ああ、そうそう。ちなみさん、この間うっかり連絡先交換するの忘れてて、これから就職の事とかで聞きたいことがあったら連絡していいですか?」

「ああ、うん、何か役に立つかな?」

「リアルな経験と現場の意見です。参考にさせてください。」

そう言って携帯を出されたので、連絡先を交換した。

アイコンは・・・・遊園地前の彼氏彼女。
当然有田君だった。

ええ~、これ友達にもこれが表示されるんだよね。
凄い、凄くない?
友達以外もいるのに、小さいとはいえ、明らかにデート写真。


「これ有田君でいいんだよね。」

思わず確認してしまった。

「そうです。初デート記念の写真です。小さいし、みんな何も言わないからバレてないかも。」

バレてるよ、きっと。
男の子だとは分かります。

「それになったの、つい最近じゃなかったか?」

「それはそうだよ。付き合うことになったすぐに変えたりはしないでしょう?まあ、しばらく様子見て、友達に教えてからの変更だから、一ヶ月くらい前に替えたの。」


「で、これはいつの写真なんだ?」

「二ヶ月くらい前だよ。お兄ちゃんたちもそのくらいでしょう?あれから一日後にいろいろありましてお付き合いすることになりました。っもう、あの日有田君が酔っぱらわなければお兄ちゃんたちと本当に同日スタートだったのに、あれ?一日早いことになったかな。あれ、結局同じ日になったのかな?」

コテコテと首を倒しながら思い出すような考えるようなそぶりの水鳥ちゃん。
それも可愛い。

有田君を見ると真っ赤だし。


そっと聞いた。

「どんなきっかけだったの?」

だって私の傘の話は聞いてると思う。
絶対教えたよね、兄の優しい所アピールで、ついでに私のことも・・・・。

有田君に聞いたのに、視線が水鳥ちゃんに行って、答えてくれたのは水鳥ちゃん。
今許可を取ったって訳じゃないよね?
話し上手に任せたんだよね?


有田君は到着したパエリアの配給係になった。


ビックリ、押せ押せ攻め攻めの攻撃だと思ったのに、有田君発だったとは。
でもやっぱり今は逆転してるよね。


「水鳥は・・・・大丈夫かな?」

具体的にはあげられないけど、不安があるらしい兄のセリフ。


「はい、すごく楽しいですし、優しいです。」

「後一声!」

「本当に可愛いです。」

「よし!」

もはや合いの手のようだった。
相性はいいと分かった。
始まりがほぼ同日だということも分かった。


そういえば飲み会は盛り上がらなかったと言ってた?
頑張って疲れたとも言ってたような気がする。


あの飲みの場で新藤さんが水鳥ちゃんのことを話してくれたように、水鳥ちゃんも今までにお兄さんの事をたくさん教えてたんだろう。
きっと同じパターンだろう。
で、今日突然会うことになった目的はなんだったの?
私の連絡先?まさかね。


パエリアは大きな平たい鍋で届いたのに、あっという間になくなった。
四人いるとたくさん食べれていいかも。

にぎやかで楽しい。

新藤さんも二人の時とは雰囲気が全然違う。

水鳥ちゃんはどうなんだろう?
そこはあんまり変わらないような気がしてきた。

じゃあ有田君は?そして私は?


綺麗に食べ終わり、お腹は一杯。


結局これといった必要性を感じる時間じゃなかったけど。
本当に単純にお兄さんに奢られたいって思っただけかもしれない。
そんな甘える感じと同時に振り回す感じ。
本当に可愛いと思う。
二つ下といってもしっかり考えてるらしいのはこの間でよくわかった。
気が利くことも分かってる。

手を振って二人と別れた。


下ろした手を新藤さんに繋がれた。


「ごめんね、本当に邪魔しに来たみたいだよね。言いなりになりそうな有田君を自慢したかったのかな?優しそうだし安心したけど。どう思う?」

「そうですね。本当に水鳥ちゃんの横にちょこんといてくれそうでした。可愛い感じもお似合いだし。」


「そうかな・・・・。」


「はい。」


手をつないだまま歩きだした。
特に予定は決めてなかった。
食事をしようと言われてただけだった。

食事をしながら、いろんなポスターを見て、面白そうなものを見つけたり、寄りたいお店を見つけたり。今日もそんな感じの予定だった。


「ちなみちゃん、明日は何するの?」

歩きながら聞かれた。

「特にこれといってないです。天気と気分で、出かけたりするかな?そろそろ衣替えもしたいし。」


「ちょっと僕のところに来ない?」




「はい。大丈夫です。」


ちょっと、とは何をするんだろう。
デザートはなくてもすごくたくさん食べた気分でお腹いっぱいで。

何か話がある、とか?

見せたいものがあるの?


改札にそのまま入り電車で知らない駅についた。
新藤さんの部屋のある駅だ。

そのまま手を引かれてついて行く。
少し言葉少なで、話しは時々間が空く感じだった。


小さなマンションにたどり着いたのもようやくと思ったくらい。

部屋で鍵を出してドアを開けて、先に入った新藤さんと久しぶりに視線が合った。

ずっと前を向いてたから。


「どうぞ。」そう言われた。


「お邪魔します。」

そう言って鍵をかけて、靴を脱いで背中について行った。

カーテンが開けられた部屋、ベランダからはちょっと離れたマンションの玄関が見える。


「適当に座って。」

男の人の部屋、ある程度長く暮らしてると分かる。

それに彼女がいた、一年ちょっと前までいた、別れて落ち込むほど深く付き合った人がいたから。きっとその人も座っただろうソファだ。


でもそんな事を今思ってもしょうがない。

適当に半分より端に大人しく座った。



コーヒーをいれてくれる背中を見る。

時々は水鳥ちゃんも泊ったんだろう。
ここに寝たんだろう。


コーヒーカップを二つ持って来てくれた新藤さん。

「適当に牛乳入れたんだけど。」

「ありがとうございます。」

満腹は続いてる。それに熱くてまだ口はつけられない。



「相変わらず水鳥ちゃんは元気ですね。」

「まあ、それがアイツのいい所だから。」



「デートの情報参考にしてくれるでしょうか?」


そう言ったらこっちを見下ろされた。
自分でもちょっと恥ずかしかったけど、何か変だったかな?


「本当にそう思ってる?」

「そう、とは?」

「水鳥が彼氏を自慢したかったのか、奢られたかったのか、デート情報を聞きたかったのか、と。」


「まあ、そうですね。奢られて、ついでに有田君の紹介じゃないですか?今までも会ったことあるんですか?」


「ないよ。初めてだね。」


そうなんだ。
逆はあったんだろうか?
新藤さんが別れたことを知っていたんだから、会ったことがあるのかも。



「多分違うかな。」

ポツリと言われた。


新藤さんがこっちに近寄ってきた。

ドキドキが加速してきた。

「ちなみちゃん。」


すごく近くで小さい声でそう名前を呼ばれた。

今までは外だったし、お店だったし、近くても、ちょっと違う。
しかも手はつないだことはあるけど、今新藤さんの手が腰に来た。


返事も出来ずに見上げた。

絶対顔が赤い。ドキドキのついでに鼻息が荒くならないように、ゆっくり呼吸をしてるつもり。


ゆっくりと新藤さんの手が動いて、私の頬に当てられるのを感じていた。
それと同じくらいに顔も近寄ってきたから、限界の距離で目を閉じた。


ゆっくりキスされた。
三回、軽く短いキスが繰り返されて、視界が明るくなったので目を開けた。

大人しく固まったままの私。


気がつかれないように息を吐いた。

短い時間で良かった。息を止めるのも限界があるし。


「違うんだよ、きっと。」

何が?


「ねえ、ちなみちゃん、今日はここに泊まらない?明日まで一緒に過ごさない?」

体温が一気に上がった。

ぎこちなく頷いた。ゆっくり大丈夫ですという感じで。
それでもちゃんと言葉にした。



「一緒にいたいです。」


そう言ったら笑顔が返ってきた。
安心してくれたんだろうか?
少し勇気を出した誘いだったんだろうか?
まさか、断るなんてしないのに・・・・、もういいよねって思ってる、信じてる。


「うん、多分、水鳥もそう思ったんだと思う。」


「何ですか?」


「そろそろ誘ったらいいのにって、そう思ったんだと思う。」

何で?どうして?

逆に誘ってない事を報告してたの?
じゃあ、誘ったことも報告されるの?


「本当に同じころに付き合い始めたんだと思う。だから大学生に負けるか、妹に負けるかって、そう思わせたかったのかも。ついでに有田君を刺激したかったのかも。」



どういうこと?

水鳥ちゃんがお兄さんを煽り、それにまんまと乗ったの?
そして水鳥ちゃんは今日有田君の部屋に突撃してるの?
一人暮らしだと言っていた有田君。


「まあ、ちょっとはのせられたけど、そろそろ誘いたかったんだ。なかなか言い出せなくて。本当は前もって言った方がいいよね。いろいろと準備もあるし。」


そうだ、お泊りセットなんてものは旅行の時以外にも必要だから。
化粧品一式と、パジャマと着替え。


「後で化粧品だけ買いに行こう。他は水鳥のものがあるんだけど、嫌じゃなければ。」

パジャマの事だろうか、多分そうだろう。
でも、それはちょっと・・・・・。
本当に水鳥ちゃんの物だろうかと疑いたくなる自分がいるかもしれないし。


「・・・いろいろと買い物して来ていいですか?」

「付き合うよ。」

「はい。」


そう言って引き寄せられたから、そのまま体にもたれた。


「やっぱり大学生にも負けたくないよね。大学生って言うか、多分水鳥にね。有田君が言いだすにはよっぽど水鳥が追い込まないと。」


確かに、そうかも。
でも水鳥ちゃんならあっさり言いそう。
『泊めて。』と。

あの夜も簡単に『泊まろう。』ってなったんだし。


一応心の中でお礼を言いたい。
『何のお礼ですか?』そう聞かれると困るから、そっと心の中でだけ。


「買い物に行く?」

そう聞かれて、大きく息をして、ちょっとだけもたれた体に重さをかけて、体を起こした。
本当にちょっとだけ。
心地いい場所と温度から離れるのに、勢いをつけたかったから。

一緒に立ち上がって、玄関に行く。

「順番がめちゃくちゃで申し訳ない。」

「じゃあ、買い物しよう。まだお腹空かないし、少しなら部屋にも食べ物はあるけど、どうする?」

「まだお腹いっぱいです。」

食べられる訳ない。
とても夕食なんて味わって食べられないと思う。



駅まで戻り、適当にパジャマと化粧品、下着を買った。
その間本屋の中のカフェで待っていてもらった。


手にした荷物が『お泊り』という現実を見せてくれる。

どうなるんだろう・・・・。ドキドキする。
さっきより、夜が少しづつ近くなるほどにドキドキする。

お腹いっぱいだと言ったし、カフェにいる新藤さんは飲み物もいらないだろう。

じゃあ・・・・・何する?

『じゃあ、今夜は部屋で映画でも見る?』なんて言われたら、うれしい顔が出来るだろうか?微妙な表情になってしまいそう。

大人で、ホームの新藤さんは落ち着いてるだろう。
経験値の低い、アウェイの私は、心臓が小動物並みに動いている。

すぐに新藤さんは見つかった。
真剣に本に視線を落としていて、待ち合わせってことを忘れてないよね?
大丈夫だよね。

敢えて邪魔するように声をかけてしまった。

「全部買えた?」

「・・・・はい。」

既に赤面しそう。

新藤さんが見てたのは温泉地のガイドブックだった。
観光スポットはたくさん、東京からも近い、日帰りでも十分なところ。


「行ったことある?」

「はい。何度か、友達と遊びに。たいてい日帰りです。温泉+ご飯みたいな感じです。」

「新藤さんは?」

「僕は泊りがけでちょっとだけだね。どんどんいろんな楽しめる場所が増えるんだね。全然知らないところもあるよ。」

誘ってもらえるんだろうか?
ただの時間つぶしだとしても、一緒に行きたいって思ってもらえるだろうか?

ただ、誘われることなく立ち上がられて、本は所定の場所に置かれた。
マグカップも返却して、手を取られて歩き出した。


「針貝がさあ・・・・・って最初に飲みに誘った奴だけど、ちなみちゃんの友達と仲良しらしくて、やっぱりその目的であの日は誘われたらしいんだけどね。」


「はい。」


「連休で旅行でもすればいいのにって。でも、いきなり旅行を泊りがけでって誘いにくいなあって思ってて。」

「・・・はい。」

確かにそうかも。じゃあ、明日以降はもっと誘いやすい?

「行く?連休があるところを使って、温泉でのんびりして、帰ってくるってパターンでもいいし、別に場所は他のところでもいいけど。」


「行きたいです。すごく楽しみにしたいです。」

ドキドキのまま笑顔になってそう返事ができた。

マンションにたどり着いても、映画を見ようかの提案もなく。


部屋に入ったらハサミを借りてタグを外した。
また袋に戻して、ソファの脇に。


体を起こしたら、ビックリするほど近くにいて、そのままくっついた。


油断してた心臓は早鐘を打つようにうるさく騒ぎ出した。

いきなりすぎる。

今まで全くだったのに、そんなに水鳥ちゃんを意識するの?


「可愛いね。遠慮のない図々しさがないから、すごくうれしい反応をしてくれて。」


ちょっと褒め方が回りくどいです。
水鳥ちゃんと比べてるじゃないですか。


「水鳥もそう言ってた。すごく可愛いって。年下なのに、生意気で申し訳ないけど、アイツは図々しさにかけては家族以外にも遠慮がないから。」


それは私も遠慮しない図々しさを出したいくらいです。
ありのままをぶつけたいくらい。


「さっき、すごく喜んでくれたのも分かった。明日考えようか。」


そう提案された。旅行の事だろう。
今からでもいいけど、今じゃないらしい。

「シャワー先に浴びてくる。ちょっと待ってて。テレビ見ててもいいけど、すぐに出て来るから。」


そう言ってぎゅっとされて離れて行った。
あっさりというくらい簡単に立ち上がり、別の部屋に行って。

バスルームから水音がして、しばらくしたら止んだ。
本当にササっと入ってきたくらいに早かった。


ぼんやりとして待っていた。

帰ってきた新藤さんはバスタオルを首にかけて、パジャマの上ははだけていた。

視線を逸らして、大人しくソファにいた。


隣に座られた。ちょっと距離はある。


「大丈夫?って言うのもなんだけど。無理は言わないよ。」

首を振った。

「いいえ。ちょっと緊張してるだけです。」

「そこはお互いにね。」

そう言われて顔を見た。
笑顔で緊張は見えない。


「そんなガチガチになった俺が見たい?」

笑って言われた。

見たいような見たくないような。

テレビをつけられて、部屋ににぎやかな声が溢れた。
シャワーを借りるタイミングがどこかに行った。

しばらく一緒にテレビを見て、今までと同じくらいの距離で、笑顔で、雰囲気で。
途中から見た番組が終わり、時間が進んだことを実感する。


「まだ、悩んでる?」

「いいえ。」

即答した。

「シャワー借りていいですか?」

自分から言った。

「案内するよ。」

そう言って手を引かれて、慌ててソファの横の袋を手にした。

「テレビを見てるから、ゆっくりしていいよ。」

そう言われた。

さすがに新藤さんほどは早くは出てこれない。
それでもシャワーを浴びて、いろんなものも借りて、肌を整えた。

鏡にはスッピンになって、なけなしの大人っぽさが消えた自分がいた。


髪を乾かして、リビングに出た。
テレビを見ていた新藤さんがこっちを見た。

そのまま引き寄せられるように隣に座った。
さっきよりは近くに。

ゆっくり新藤さんの肩にもたれた。
驚くこともなく、体をずらされて肩を抱かれた。

その手は優しく頭を撫でてくれる。

視線はテレビを見て、ぼんやりと画面の人たちを見ていた。
美味しいものを食べ、陽気にしゃべるテレビの向こうの人たち。

ちょっとだけ美味しそうと思い、楽しそうでいいなあと思い、視線をあげた。

気がついて、視線を合わせてくれた。


「どうかした?」

「いいえ、何だか心地いい体温で眠れそうです。」


「もし寝ちゃったら、それはそれで。」

「水鳥ちゃんに負けてもですか?」


「明日の朝、後悔が先に立ったら、またその時はその時で。」


「寝てたら起こしてください。ベッドまで、歩きます。その時に起こしてください。」


「寝る気なの?」

眠れるわけない。
自分で追い込んでしまって、さっきから心臓がうるさいくらいに忙しく動いてる。


もたれた大木に抱きつくように・・・・・そんなイメージは虫嫌いだと本当にイメージでしかない。それでも大木は優しく暖かく。そこにあるからしがみつくように腕に力をこめた。

背中を引き寄せられて、首元にキスをされた。
乾いた髪の毛を寄せられて、パジャマから出た首の部分にそんな感触を覚えて、体が震えた。
冷たいのは鼻先だろうか、キスの横がちょっとだけひんやりで、それも最初だけ。
キスの音と息遣いに混ざる甘い吐息も耳がちゃんと拾う。
すぐそばで、どんどん近くなって、耳にもキスをされた。

軽く唇に挟まれて、色っぽい声が聞こえる。

それだけでさらに腕の力を強めて上を向いて、自分も応えた。


引き寄せられていた背中の手がグッと体の前まで周り、無防備な胸の上にゆっくり置かれた。

ビックリして出そうになった悲鳴ごと押し付けられた体に消えた。

息苦しい。力をこめられて抱きしめられてるのに微かに揺れる胸の手に、息が上がる。
力の緩んだ隙に声を出してしまった。

「うんんっ。」

響いた声が非難するような声だったかもしれない。
新藤さんを見上げて謝ろうと思ったのに、出た言葉はまったく違った。

「・・・・寝室に。」

自分から誘った、そんな感じになって。
そのまま手をつないで奥の部屋に連れて行ってもらった。

ベッドサイドでパジャマを脱がされて、体が急に冷える。
さっきまででうっすらと汗をかいてたらしい。


下着だけになって、ベッドにもぐりこんだ。
同じように脱いで横に入ってきた新藤さんと見つめ合う。

体に回された手は当然肌に沿うようにぴったりとくっつく。
触れられた部分すべてが敏感に反応しそうになる。


「新藤さん。」

暗い中で見つめ合ったまま。

「大好きです。ずっとずっと勝手に大好きでした。」



「針貝に聞かれたんだけど、あの夜までに二回。好きな人はいないのかって。」


頷く。営業の同期に聞いてくれたんだと思ってた。
違ったのかもしれない。
もっと遠慮なく本当の事が聞けて、ちゃんと答えてもらえる人に聞いたのかもしれない。
雨の夕方からあの夜まで時間がかかったから、その間に何か事情が変っても不思議じゃなかったから。


「傘を貸してくれたのが、他の奴だったらどうしてた?」


「いらないと言われたから、返すつもりはなかったかもしれません。でも名前を発見して、本当に呪文だと思ったんです。『しんどうしん』で『しとし』でシトシトと降る雨の手前ですみますように・・・・とか、なんとか。」


驚いたような顔が笑い顔になった。

「いろいろと呪文のあり方を考えたんです。名前だと思っても、すごく不思議に見えて。」


「そんな祈りが込められてたのかな?」

「・・・・あれは新藤さんが書いたんじゃないんですか?」


何となくそう思ったりした。
あのテーブルで帯を解いて見せた時の反応が少し、あれって感じで。

水鳥ちゃんでもなかったら、彼女なんじゃないかって。


息を吐いて、視線をずらされた。


「そうだね。そこに嘘を混ぜてもしょうがないね。プレゼントだったし、いつ書かれたのかも知らない。あの日、あの傘を手放したのは、半分はそうしたかったのかもしれない。戻ってくるなんて思わなかった。存在を忘れてることがほとんどでも捨てるのは申し訳ないし、誰かの役に立ってくれた最後で良かったって思ったし。」


それが私の手に来た。私もロッカーに傘はあったのに。

「私も一つだけ小さな嘘をつきました。」


「ロッカーに傘はあったんです。降り出してるなんて知らなくて、取りに戻るのは面倒だなあって思ってたんです。あの時出会えなくても濡れることはなかったんです。」


「そうだったの?あんまり役に立たなかったのかな?」


「そんな訳ないじゃないですか。すごくうれしかったです。」



「経理の友達なら名前を知ってると思ったんです。同じ会社の人だったらいいなあって。」


「すぐに知ってるって言われました。名前の文字並びが珍しいから覚えてたみたいで。すぐに営業の人だと教えてくれて。」


「それでもグズグズと返しに行かなかったから、気を利かせていろいろ評判を聞いてくれたみたいです。」

「どうだって聞いたの?」

「彼女がいないとしか聞きませんでした。変な人じゃないとしか聞いてません。」


じっと見つめられたけど、小さな嘘にした。

そこで話は終わった。二人とも我に返ったのかもしれない。
さっき急いでベッドに入ったんだから・・・・。


優しくキスをされた。
そこは本当に水鳥ちゃんにも優しいんだろう・・・・って違う!!
間違えた。


目を開いたら、続きがあって、その後は優しいだけじゃなかった。


まだ夜になったばかり。

手を軽くくっつけて見覚えのない部屋の天井を見てる。
『ぐうたらで怠惰』と言われてたはずの水鳥ちゃんは本当に私にとってありがたい存在だった。水鳥ちゃんにしたら『ぐずぐずで細かいからその場足踏みばかり』の新藤さんの役に立ちたかったんだろう。


やっぱり仲がいいんだから。


「何考えてるの?」

隣でもそっと大きな山が動いた気配があって、触れていた手に力が入った。

顔を横に向けた。


「あの日、傘を持ってなくて良かったなあって思ってました。」

「僕は逆だな。余分な傘を持ってて良かったなって、そう思ってる。」



「あ、そう言えば、水鳥がすっかり母親には教えてたらしい。きっかけから自分の活躍から、デートしてることまで。」


「そうですよね。実家ですしね。」


「そうなんだよね。母親とアイツは似てるから、勝手に盛り上がってると思うんだ。むしろ父親が何も知らなかったとしたら気の毒になる。」

「お母さんんが教えてるんじゃないですか?」

「そうだろうとは思ってる。尾ひれのついた水鳥の話をさらに膨らませてね。」



「それに一応言うと、もし水鳥が暗躍しなくても、クリスマスは一緒に過ごしたいって思ってたんだ。ちょっと早まったけど、クリスマスも誘いたい。」


「断ると思いますか?」

「思ってない。」


「当たり前です。」



あの時の傘の人が嫌な人だなんて思ってもなかった。
会社の人で良かったと思う。

全然知らない違う会社の人だったら、きっと傘は返せないままロッカーに仕舞い込まれてたと思う。

そして名前を書いてくれていた前の彼女にも感謝したい。

『新藤新』
早めに生まれたからって、なんだか勢いでつけちゃったらしい名前。
呪文のような名前。



「新さん。」

「何?」


「まだ・・・・・眠くないです。」


「そうだよね。」

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