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5 仕事中でも、今日はここは出会いのための場所だった。
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「ギイチさん、どうしますか?先輩どこかに行っちゃいましたね。」
先輩は参加者の名札をもらうとすぐに離れて行った。
詳しい打ち合わせもなく、仕事以外も一人で何とかすることにしたらしい。
カメラは僕が、レコーダーは宇佐美さんが持っている。
じゃあ先輩は何をするつもりなのか、そこは聞いてなかった。
まさか、こんなに早く・・・・・仕事放棄??
ああ、仕事仕事。仕事をしよう。
「宇佐美さんは普通に参加者のフリでいいよ。」
「そう言うギイチさんは?」
「先輩が当てにならないし、任された通りに写真撮るよ。雰囲気が伝わればいいと思うし、遠目に何枚か撮るから、顔は映らないほうがいいしね。」
先輩と違って今回は参加するつもりはない、仕事でいい。
この間と違ってるのはそこだ!
「じゃあ適当に女の人が固まってたら意見を聞いてきます。写真はお願いします。」
そう言ってフラフラと歩いていった宇佐美さん。
遠景で人の集まりを写し込んだ。数枚。
リアル体験レポートは先輩に任せて、参加者の意見は宇佐美さんに任せて。
一鉄に勧められた車両がある。
奈央さんと乗った思い出の車両とか言ってた。
話を聞いて、これだろうと思った。
写真を撮り、中を覗き込んだ。
まだ誰もいなかった。
昔の田舎の車両はおもちゃみたいに可愛くてレトロだった。鉄子さんじゃなくても、確かに奈央さんも好きそうだと納得する。
その狭い座席でくっついたと一鉄が言ってた。とんだ策略だ。
でもどうだろう?なんて思ったりして。
バスに乗ってるだけでも十分くっついてる、でもここは天井も低いし、動かない車両は密室感がある。それは部屋とは違う、もっと限られた空間が演出されてる気がする。
座席を見ると本当に小さい。
その二人用の座席を見ながらアユさんと自分が座る姿を思い浮かべていた。
本当に狭い、小さい座席なんだ。
・・・・・だから、別にいいし。
今は仕事中だし。
小さな階段を降りて、車両を離れた。
所々で小さなグループができている。
先輩の姿は分からない、でも、宇佐美さんは見つけた。
女性グルーブの中にいて、しきりにメモをとっている。
おかしいよ、宇佐美さん、真面目すぎるよ!!
そっちを見てちょっとおかしくて笑ってたら、急に声をかけられた。
いきなりだと聞き覚えのある声でもわからないらしい。
振り向いてびっくりした。
アユさん、どうして?
偶然なんだろうか?
ここに参加してたらしい。それはもともと土日のどちらかの一日に会うことがほとんどで、残る一日、アユさんが何をしてるかは知らないことも当たり前だった。
でも、こんなイベントに出てたんだ、そして仲良しの・・・・友達を見つけて、今、声をかけてくれたんだ。
「ギイチさん、お疲れ様です。」
いつもと変わらない笑顔で声をかけてくれるアユさん。
「アユさんも参加してたんだ、知らなかった。」
自分の言葉がスカスカに軽い。
確かに企画が決まった時に教えた。
先輩が楽しみにしてるんだと、もちろん一鉄と奈央さんが再会したイベントだとも。
今日仕事だとは言ったけど、ここだとは言わなかったと思う。
『何かいいことがあるといいですね。』『楽しみですね。』『結果を教えてくださいね。』なんて言われたら、がっかりするから。あえて言わなかった。
気がつかなかっただろう。
でも、気がついても声をかけてくれたんだ・・・・・。
知りたくなかった。
もっと今のままで、楽しんでいたかった。
出会いの場にいるアユさんの目的。それは・・・間違いなく『出会い』だから。
「ギイチさん、仕事はまだまだかかるんですか?」
「まぁ、あとは適当に。」
やはり自分の言葉に力がない。
本当に口先だけで適当に答えてしまったけど、まあいい。
仕事なんて、少しも集中できないし、何も考える気にもならない。
「お仕事の区切りがつくまで待ってたらだめですか?」
いつもの笑顔でアユさんが言う。
「なんで、だってアユさん、普通の参加者だよね?」
「仕事中のギイチさんとデートも楽しそうかなって。だって先輩も楽しむつもりだって言ってたじゃないですか?もし邪魔なら無理にはいいです。もう見たい所は見たので帰ります。」
「帰るの?」
「はい、ギイチさんが仕事だって、きっとここだろうからちょっと驚かそうと思っただけです。でも、やっぱり仕事中ですよね。邪魔してごめんなさい。」
「どうして急に入れたの?申込みはすぐいっぱいになったって聞いたよ。」
「そんなの掲示板で誰か一緒に入ってくださいって言えば、少しくらいはキャンセルで一人になって困ってる人もいます。でも、いい人で同じ年だったので友達になりました。
お礼に一人声をかけて引き合わせてきました。わたしはもともと知り合いがいて、びっくりさせたいって言ってたんです。」
「相手の男の人もちょっと年上でしたけど、素朴そうでいい人そうでした。ちょっとだけ喋ってから二人にしました。」
「夜に結果を教えてもらいます。」
ずっと変わらず、笑顔で教えられた。
「アユさんは、誰かを探しに、出会いたくて、来たんじゃないの?」
自分の質問が悲しい答えにつながるかもしれない。
今日が最後、本当に、ただの『鉄友』に・・・・。
「もちろんです、ギイチさんがすぐ見つかってよかったです。」
「僕?」
「もう説明したじゃないですか。」
自分を指した指はそのままだった。
「ギイチさん、仕事中にぼんやりしてます?あ、もしかしてあのメニューじゃあ栄養足りてないですか?」
一歩近寄られた。
本当に?僕に会うために?そのために来たの?来てくれたの?
そう、また聞いたら怒られそうか、呆れられそうで。
だからつい、別の言葉が口から出た。
自分を指した指はゆっくり下ろして、そのまま両手を合わせてぎゅっと握りしめた。
「アユさん、まだまだ目標には届かないけど、僕と恋人みたいに付き合ってもらえませんか?」
近寄ったままのアユさんはすぐ目の前にいて、小さい声でも聞こえたと思う。
それは、いきなりだったけど、ここは今日は特別な出会いの場所だし、大切な友達一鉄にとってはラッキー以上の再会の場所でもあったし、どうしても、言いたくなって、言った。
「私はずっとそのつもりですよ。」
「恋人じゃなかったら何ですか?ただの男友達を何度も部屋に呼んだり、タッパーで手作りご飯をもたせたり、そこまでお世話しません。なんでそんなところで止まってたんですか、置いていきますよ。」
真っ赤になりながら、こっちを向いたままのアユさんが言う。
「・・・だって『鉄友』って・・・・この間言ったじゃない。」
「あれは・・・・ちょっと怒ってただけです。」
本当の怒り顔でそう言われた。
「怒ってたの?何に?僕何か言った、した?」
奈央さんのことは褒めていいよね。別に過剰には褒めてないよ。一鉄のことも褒めたし。あとは、何に?
なんだろう?
「もう、いいです。忘れてください。」
やっぱり赤い怒り顔のまま、そう言うアユさん。
「仕事はまだまだでも横にいていいですか?」
「もちろん。仕事なんて、そんなの後でいいよ。」
さっきまで仕事でいいって、先輩の分までやる気を出してたのに。
先輩と同じくらい仕事モードオフになった。一瞬で変わった。
だって、宇佐美さんが頑張ってると思うし、約束の分の写真は撮ったから。
「じゃあ、デートです。」
手を繋がれた。
もうびっくりして、顔が茹だるような体温の上昇を感じた。
さり気なく腕に手がかけられて引っ張られることはあったけど、それが触れ合いの距離としてはマックスだった。
もちろん自分からは一切手を伸ばしたりはしてない。
嬉しさと恥ずかしさに、鼻の頭がくすぐったくなり手をやる。
「あれ、可愛いですよね。」
つないでない方の手を伸ばして指をさすアユさん。
さっき写真を撮った小さい車両だった。
もちろん一鉄が奈央さんと乗り込んだ車両だ。
「入ってみてもいいですか?」
「うん。」
さっき写真も撮ったけど、はじめてのように思えるくらい、さっきよりすごくすごく可愛く見える車両。
つながれた手に引かれて小さな階段を登った。
「可愛いです。チョコレートの電車みたいですね。」
ぼんやりとアンティークとも言えるランプが照らしてる車内。
やっぱり誰もいなかった。
床は二人の足音が響く木製の床。優しい床の音。
当然座席も木製で、低くて狭くて。
アユさんがちょこんと座っても違和感はない。
すごく絵になるくらい。可愛い、似合う、さっき撮った写真が物足りなかったと思えるくらいに。
でも写真を撮ることも忘れて、アユさんをぼんやり見てた。
「座りませんか?」
横のスペースを空けられてはいた。
さっきちょっとだけ想像したけど、狭いから・・・・・。
「でも・・・・狭くなるよ。」
僕だと一鉄より狭くなる、明らかに。
「大丈夫です、結婚式後にまた二人で来て、その時にアレって思えばいいんです。」
また来てくれるらしい。そんな先の約束をした。
今までも春の桜の頃にとか、秋の紅葉の中を走りたいとか、そんな未来の約束事はあった。だいたい電車ありきの約束だった。
でもその中でも一番嬉しい。
だってそこが自分ではゴールだった。
そこまで食事を頑張って、痩せて、アユさんのすすめてくれる服をもっとカッコよく着れるようになって、そしてその時にはって思ってたから。
アユさんに手を出されて、座った。
思った以上に狭かった。
自分自身が空いてるスペースにぎゅっと押し込まれた感じだった。
「ごめんね。」
すぐ立とうと思ったけど、手は離されなくて、固く握られたまま、アユさんが笑う。
「私は気にしないです。でも健康的にはなってほしいです。」
「たくさんまだまだ行きたいところがあるし、階段を登って見る景色もありますよ。前にそんな所を見ましたよね?」
「うん。」
確かに行きたいねって、言い合った場所はたくさんあった。
自分のところの雑誌を見ながらも、車内刷りを見ながらも、テレビのロケ番組の感想を言い合いながらも。
もちろん、その階段のある場所も覚えてる。
先輩と二人で登って撮った写真、たどり着いてから撮るまでにずいぶん休憩をしたくらい二人共息があがったと笑い話で教えた。
確かにそんな場所もあった。
「約束です。」
軽く小指を絡められた。
自分の指に絡んだ細い指を見る。
「アユさんには、もっとかっこいい人が似合うと思ってた、今ももちろん思ってる。」
「じゃあ、頑張ってカッコつけてくださいね。息が上がってたらだめですし、膝が痛いもだめですよ。」
「まだ、大丈夫だよぉ。」
膝はまだ大丈夫なのに・・・・。そんな年じゃないよ!
アユさんとは五つ離れてるけど。
そんなにオジサンぽいって思われてるなんて。
「ギイチさん、女の後輩の人も来てるんですよね。」
「ん?あ、宇佐美さん?後で紹介するよ。いろんな人にインタビューする係りだけど、すっかり仕事を忘れて楽しんでたりしてね。」
邪魔はしない。・・・・・お互いに。
「本当は・・・・あんまりその人の事を話題に出すから、なにか言いたいのかと思ってたんです?ずっといい子で楽しそうでありがたいって、褒めてばっかりで・・・・・それなのに『仕事やめたいの?』なんて聞いてくるから。」
あ、あ、そんなこともあった、つい最近の話だ。
「だっていろいろ聞いてくるから、僕には言えなくても嫌なことがあるのかなって、心配したんだよ。」
「私だって心配したんです。まったくギイチさんの思ったことは、見当違いです!」
「ごめんね。」
「ギイチさん、じゃあ私の思ったことも見当違いでした?全然、まったくでした?」
「もちろん、全然、そんなこと全然思ったことないよ。」
そう言っても嬉しい顔はしてくれなかった。
あれ、信じてない?
「誰も来ないですね。」
「何?ここ?・・・・うん、誰も来ないね。ゲームが始まったのかな?」
外を見る。ただ何も見えない。
隣に展示してある車両だけ。人は見えない。
「二人ですよ。」
そう言われて視線を戻した・・・・何だろう?何が言いたい?立ち上がるべき?
「二人です。」
また、力強く言われた。
怒ってる?
真っ赤になって怒ってる?
わからなくて、アユさんの顔を見ていた。
狭い座席で近いから・・・・。
また鼻の頭がむずむずとして、手が伸びそうになったけど、その前に。
一瞬目の前が暗くなった。目を閉じたらしい。それは自分が。
なんだかいい香りがして、目を開けた時にはまた元通りに二人の空間と距離だった。
自分で作った暗闇のなかで何かが起きた・・・・と思う・・・・・はず。
「ギイチさん、今度お部屋に泊まってもいいですか?私のとこでもいいですけど。」
待って、まって、マッテ・・・・。
ゆっくり深呼吸した。
鼻の頭のむずがゆさはなくなり、代わりに口元が・・・・熱い。
今、くっついた?本当に?
そしていま聞かれたのは空耳でも幻聴でもない?
「あの・・・・アユさん、もう一度。」
いろいろが急すぎて、自分がまた一人置いて行かれてる。
真っ直ぐにアユさんを見た。
ちょっと近かったみたいで、先に目を閉じられた。
あれ?
つい、近寄ってみた。
本当に最後まで近寄れたか自信はない。
くっついたかな?
自分でも目を閉じてしまって、よく分からなかった。
すぐに目を開けても分からないものは分からない。
離れたはずなのに、またアユさんが近くに寄ってきていて・・・・。
でも二度目・・・三度目かな?・・・・のアユさんの顔は見れた。
目を閉じるタイミングをつかめなくて、大きく見開いてしまっていたかも。
ちょっと音がするくらい、ちゃんとくっついたのは分かった。
やっぱり二度目だったかも。
さっきはくっつかなかったのかもしれない。
「・・・・・・あ、ありがとう。」
お礼を言ってしまった。とりあえずそれが自分の気持ちだ。
「じゃあ、今のお礼に、お部屋に泊めてもらえますか?」
「うん。是非。」
そう答えてから、いろいろ考えることがあるんだと思ったけど、いろいろもあり過ぎて上手く文字にも言葉にもならないまま、頭がパンクしそうになった。
やばい!この車両は何かいる!!
神様か気まぐれな何かが。
それともそんな雰囲気の場所になる狭さなんだろうか?
まさか現役を退いたあと、こんな使われ方をするなんて思ってないかも。
いやいやいや、どうしよう。
何を考えるんだっけ?
だからいろいろだってば・・・・・でも無理。
一鉄、相談していい???
先輩は参加者の名札をもらうとすぐに離れて行った。
詳しい打ち合わせもなく、仕事以外も一人で何とかすることにしたらしい。
カメラは僕が、レコーダーは宇佐美さんが持っている。
じゃあ先輩は何をするつもりなのか、そこは聞いてなかった。
まさか、こんなに早く・・・・・仕事放棄??
ああ、仕事仕事。仕事をしよう。
「宇佐美さんは普通に参加者のフリでいいよ。」
「そう言うギイチさんは?」
「先輩が当てにならないし、任された通りに写真撮るよ。雰囲気が伝わればいいと思うし、遠目に何枚か撮るから、顔は映らないほうがいいしね。」
先輩と違って今回は参加するつもりはない、仕事でいい。
この間と違ってるのはそこだ!
「じゃあ適当に女の人が固まってたら意見を聞いてきます。写真はお願いします。」
そう言ってフラフラと歩いていった宇佐美さん。
遠景で人の集まりを写し込んだ。数枚。
リアル体験レポートは先輩に任せて、参加者の意見は宇佐美さんに任せて。
一鉄に勧められた車両がある。
奈央さんと乗った思い出の車両とか言ってた。
話を聞いて、これだろうと思った。
写真を撮り、中を覗き込んだ。
まだ誰もいなかった。
昔の田舎の車両はおもちゃみたいに可愛くてレトロだった。鉄子さんじゃなくても、確かに奈央さんも好きそうだと納得する。
その狭い座席でくっついたと一鉄が言ってた。とんだ策略だ。
でもどうだろう?なんて思ったりして。
バスに乗ってるだけでも十分くっついてる、でもここは天井も低いし、動かない車両は密室感がある。それは部屋とは違う、もっと限られた空間が演出されてる気がする。
座席を見ると本当に小さい。
その二人用の座席を見ながらアユさんと自分が座る姿を思い浮かべていた。
本当に狭い、小さい座席なんだ。
・・・・・だから、別にいいし。
今は仕事中だし。
小さな階段を降りて、車両を離れた。
所々で小さなグループができている。
先輩の姿は分からない、でも、宇佐美さんは見つけた。
女性グルーブの中にいて、しきりにメモをとっている。
おかしいよ、宇佐美さん、真面目すぎるよ!!
そっちを見てちょっとおかしくて笑ってたら、急に声をかけられた。
いきなりだと聞き覚えのある声でもわからないらしい。
振り向いてびっくりした。
アユさん、どうして?
偶然なんだろうか?
ここに参加してたらしい。それはもともと土日のどちらかの一日に会うことがほとんどで、残る一日、アユさんが何をしてるかは知らないことも当たり前だった。
でも、こんなイベントに出てたんだ、そして仲良しの・・・・友達を見つけて、今、声をかけてくれたんだ。
「ギイチさん、お疲れ様です。」
いつもと変わらない笑顔で声をかけてくれるアユさん。
「アユさんも参加してたんだ、知らなかった。」
自分の言葉がスカスカに軽い。
確かに企画が決まった時に教えた。
先輩が楽しみにしてるんだと、もちろん一鉄と奈央さんが再会したイベントだとも。
今日仕事だとは言ったけど、ここだとは言わなかったと思う。
『何かいいことがあるといいですね。』『楽しみですね。』『結果を教えてくださいね。』なんて言われたら、がっかりするから。あえて言わなかった。
気がつかなかっただろう。
でも、気がついても声をかけてくれたんだ・・・・・。
知りたくなかった。
もっと今のままで、楽しんでいたかった。
出会いの場にいるアユさんの目的。それは・・・間違いなく『出会い』だから。
「ギイチさん、仕事はまだまだかかるんですか?」
「まぁ、あとは適当に。」
やはり自分の言葉に力がない。
本当に口先だけで適当に答えてしまったけど、まあいい。
仕事なんて、少しも集中できないし、何も考える気にもならない。
「お仕事の区切りがつくまで待ってたらだめですか?」
いつもの笑顔でアユさんが言う。
「なんで、だってアユさん、普通の参加者だよね?」
「仕事中のギイチさんとデートも楽しそうかなって。だって先輩も楽しむつもりだって言ってたじゃないですか?もし邪魔なら無理にはいいです。もう見たい所は見たので帰ります。」
「帰るの?」
「はい、ギイチさんが仕事だって、きっとここだろうからちょっと驚かそうと思っただけです。でも、やっぱり仕事中ですよね。邪魔してごめんなさい。」
「どうして急に入れたの?申込みはすぐいっぱいになったって聞いたよ。」
「そんなの掲示板で誰か一緒に入ってくださいって言えば、少しくらいはキャンセルで一人になって困ってる人もいます。でも、いい人で同じ年だったので友達になりました。
お礼に一人声をかけて引き合わせてきました。わたしはもともと知り合いがいて、びっくりさせたいって言ってたんです。」
「相手の男の人もちょっと年上でしたけど、素朴そうでいい人そうでした。ちょっとだけ喋ってから二人にしました。」
「夜に結果を教えてもらいます。」
ずっと変わらず、笑顔で教えられた。
「アユさんは、誰かを探しに、出会いたくて、来たんじゃないの?」
自分の質問が悲しい答えにつながるかもしれない。
今日が最後、本当に、ただの『鉄友』に・・・・。
「もちろんです、ギイチさんがすぐ見つかってよかったです。」
「僕?」
「もう説明したじゃないですか。」
自分を指した指はそのままだった。
「ギイチさん、仕事中にぼんやりしてます?あ、もしかしてあのメニューじゃあ栄養足りてないですか?」
一歩近寄られた。
本当に?僕に会うために?そのために来たの?来てくれたの?
そう、また聞いたら怒られそうか、呆れられそうで。
だからつい、別の言葉が口から出た。
自分を指した指はゆっくり下ろして、そのまま両手を合わせてぎゅっと握りしめた。
「アユさん、まだまだ目標には届かないけど、僕と恋人みたいに付き合ってもらえませんか?」
近寄ったままのアユさんはすぐ目の前にいて、小さい声でも聞こえたと思う。
それは、いきなりだったけど、ここは今日は特別な出会いの場所だし、大切な友達一鉄にとってはラッキー以上の再会の場所でもあったし、どうしても、言いたくなって、言った。
「私はずっとそのつもりですよ。」
「恋人じゃなかったら何ですか?ただの男友達を何度も部屋に呼んだり、タッパーで手作りご飯をもたせたり、そこまでお世話しません。なんでそんなところで止まってたんですか、置いていきますよ。」
真っ赤になりながら、こっちを向いたままのアユさんが言う。
「・・・だって『鉄友』って・・・・この間言ったじゃない。」
「あれは・・・・ちょっと怒ってただけです。」
本当の怒り顔でそう言われた。
「怒ってたの?何に?僕何か言った、した?」
奈央さんのことは褒めていいよね。別に過剰には褒めてないよ。一鉄のことも褒めたし。あとは、何に?
なんだろう?
「もう、いいです。忘れてください。」
やっぱり赤い怒り顔のまま、そう言うアユさん。
「仕事はまだまだでも横にいていいですか?」
「もちろん。仕事なんて、そんなの後でいいよ。」
さっきまで仕事でいいって、先輩の分までやる気を出してたのに。
先輩と同じくらい仕事モードオフになった。一瞬で変わった。
だって、宇佐美さんが頑張ってると思うし、約束の分の写真は撮ったから。
「じゃあ、デートです。」
手を繋がれた。
もうびっくりして、顔が茹だるような体温の上昇を感じた。
さり気なく腕に手がかけられて引っ張られることはあったけど、それが触れ合いの距離としてはマックスだった。
もちろん自分からは一切手を伸ばしたりはしてない。
嬉しさと恥ずかしさに、鼻の頭がくすぐったくなり手をやる。
「あれ、可愛いですよね。」
つないでない方の手を伸ばして指をさすアユさん。
さっき写真を撮った小さい車両だった。
もちろん一鉄が奈央さんと乗り込んだ車両だ。
「入ってみてもいいですか?」
「うん。」
さっき写真も撮ったけど、はじめてのように思えるくらい、さっきよりすごくすごく可愛く見える車両。
つながれた手に引かれて小さな階段を登った。
「可愛いです。チョコレートの電車みたいですね。」
ぼんやりとアンティークとも言えるランプが照らしてる車内。
やっぱり誰もいなかった。
床は二人の足音が響く木製の床。優しい床の音。
当然座席も木製で、低くて狭くて。
アユさんがちょこんと座っても違和感はない。
すごく絵になるくらい。可愛い、似合う、さっき撮った写真が物足りなかったと思えるくらいに。
でも写真を撮ることも忘れて、アユさんをぼんやり見てた。
「座りませんか?」
横のスペースを空けられてはいた。
さっきちょっとだけ想像したけど、狭いから・・・・・。
「でも・・・・狭くなるよ。」
僕だと一鉄より狭くなる、明らかに。
「大丈夫です、結婚式後にまた二人で来て、その時にアレって思えばいいんです。」
また来てくれるらしい。そんな先の約束をした。
今までも春の桜の頃にとか、秋の紅葉の中を走りたいとか、そんな未来の約束事はあった。だいたい電車ありきの約束だった。
でもその中でも一番嬉しい。
だってそこが自分ではゴールだった。
そこまで食事を頑張って、痩せて、アユさんのすすめてくれる服をもっとカッコよく着れるようになって、そしてその時にはって思ってたから。
アユさんに手を出されて、座った。
思った以上に狭かった。
自分自身が空いてるスペースにぎゅっと押し込まれた感じだった。
「ごめんね。」
すぐ立とうと思ったけど、手は離されなくて、固く握られたまま、アユさんが笑う。
「私は気にしないです。でも健康的にはなってほしいです。」
「たくさんまだまだ行きたいところがあるし、階段を登って見る景色もありますよ。前にそんな所を見ましたよね?」
「うん。」
確かに行きたいねって、言い合った場所はたくさんあった。
自分のところの雑誌を見ながらも、車内刷りを見ながらも、テレビのロケ番組の感想を言い合いながらも。
もちろん、その階段のある場所も覚えてる。
先輩と二人で登って撮った写真、たどり着いてから撮るまでにずいぶん休憩をしたくらい二人共息があがったと笑い話で教えた。
確かにそんな場所もあった。
「約束です。」
軽く小指を絡められた。
自分の指に絡んだ細い指を見る。
「アユさんには、もっとかっこいい人が似合うと思ってた、今ももちろん思ってる。」
「じゃあ、頑張ってカッコつけてくださいね。息が上がってたらだめですし、膝が痛いもだめですよ。」
「まだ、大丈夫だよぉ。」
膝はまだ大丈夫なのに・・・・。そんな年じゃないよ!
アユさんとは五つ離れてるけど。
そんなにオジサンぽいって思われてるなんて。
「ギイチさん、女の後輩の人も来てるんですよね。」
「ん?あ、宇佐美さん?後で紹介するよ。いろんな人にインタビューする係りだけど、すっかり仕事を忘れて楽しんでたりしてね。」
邪魔はしない。・・・・・お互いに。
「本当は・・・・あんまりその人の事を話題に出すから、なにか言いたいのかと思ってたんです?ずっといい子で楽しそうでありがたいって、褒めてばっかりで・・・・・それなのに『仕事やめたいの?』なんて聞いてくるから。」
あ、あ、そんなこともあった、つい最近の話だ。
「だっていろいろ聞いてくるから、僕には言えなくても嫌なことがあるのかなって、心配したんだよ。」
「私だって心配したんです。まったくギイチさんの思ったことは、見当違いです!」
「ごめんね。」
「ギイチさん、じゃあ私の思ったことも見当違いでした?全然、まったくでした?」
「もちろん、全然、そんなこと全然思ったことないよ。」
そう言っても嬉しい顔はしてくれなかった。
あれ、信じてない?
「誰も来ないですね。」
「何?ここ?・・・・うん、誰も来ないね。ゲームが始まったのかな?」
外を見る。ただ何も見えない。
隣に展示してある車両だけ。人は見えない。
「二人ですよ。」
そう言われて視線を戻した・・・・何だろう?何が言いたい?立ち上がるべき?
「二人です。」
また、力強く言われた。
怒ってる?
真っ赤になって怒ってる?
わからなくて、アユさんの顔を見ていた。
狭い座席で近いから・・・・。
また鼻の頭がむずむずとして、手が伸びそうになったけど、その前に。
一瞬目の前が暗くなった。目を閉じたらしい。それは自分が。
なんだかいい香りがして、目を開けた時にはまた元通りに二人の空間と距離だった。
自分で作った暗闇のなかで何かが起きた・・・・と思う・・・・・はず。
「ギイチさん、今度お部屋に泊まってもいいですか?私のとこでもいいですけど。」
待って、まって、マッテ・・・・。
ゆっくり深呼吸した。
鼻の頭のむずがゆさはなくなり、代わりに口元が・・・・熱い。
今、くっついた?本当に?
そしていま聞かれたのは空耳でも幻聴でもない?
「あの・・・・アユさん、もう一度。」
いろいろが急すぎて、自分がまた一人置いて行かれてる。
真っ直ぐにアユさんを見た。
ちょっと近かったみたいで、先に目を閉じられた。
あれ?
つい、近寄ってみた。
本当に最後まで近寄れたか自信はない。
くっついたかな?
自分でも目を閉じてしまって、よく分からなかった。
すぐに目を開けても分からないものは分からない。
離れたはずなのに、またアユさんが近くに寄ってきていて・・・・。
でも二度目・・・三度目かな?・・・・のアユさんの顔は見れた。
目を閉じるタイミングをつかめなくて、大きく見開いてしまっていたかも。
ちょっと音がするくらい、ちゃんとくっついたのは分かった。
やっぱり二度目だったかも。
さっきはくっつかなかったのかもしれない。
「・・・・・・あ、ありがとう。」
お礼を言ってしまった。とりあえずそれが自分の気持ちだ。
「じゃあ、今のお礼に、お部屋に泊めてもらえますか?」
「うん。是非。」
そう答えてから、いろいろ考えることがあるんだと思ったけど、いろいろもあり過ぎて上手く文字にも言葉にもならないまま、頭がパンクしそうになった。
やばい!この車両は何かいる!!
神様か気まぐれな何かが。
それともそんな雰囲気の場所になる狭さなんだろうか?
まさか現役を退いたあと、こんな使われ方をするなんて思ってないかも。
いやいやいや、どうしよう。
何を考えるんだっけ?
だからいろいろだってば・・・・・でも無理。
一鉄、相談していい???
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