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15 見えない気持ちを見たいと思う相手がいる。
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相手が実家に暮らしてると、想像以上に気を遣う。
週末に一緒にいたいと言えなくて。
用事がないのを確認してから約束するのが前日の夜というパターンになった。
だいたいは決めていてもそうなってる。
ただ、あれからどこかに泊まるという事もなく。
自分の部屋を見渡す。
ここでもいいと思ってるけどなんとなく言い出せない。
そういうことを聞かれたこともない。
実家で暮らしてると聞いてても家族の話はあまり聞いたことがない。
きっと仲がいいはずなのに。
きちんとシャツやハンカチにはアイロンがかかってて綺麗に洗濯されて畳まれていることが分かる。
朝はきちんと準備された朝ご飯を食べていて、それも早起きなくらいの時間で。
規則正しく生活してるみたい、そんな家族みたい。
一緒には暮らしてないけどお兄さんがいるらしい。ちらりと聞いた。
結局あんまり彼の事を知らないまま。
今日は私の兄の話になった。
家族の緊急招集がかかったから土曜日に神奈川の実家へ帰ることになったと言った。
何だろうねと言われたけど、私も知らない。いい事か悪い事か。
それは・・・・。
三歳年上の兄が転職をするという。
それがなかなか大きな会社に入ったのに何を思ったのか自転車屋をやりたいと言い出した。
私のところに話が来たのはすべてが決まった後だった。
自転車屋と聞いて私が想像したのとはちょっと違うらしい。
町の自転車屋さんじゃなくてもっと都会のおしゃれでスポーティーな自転車屋さん。
細いタイヤの細いサドルの自転車の販売からケア、サポートまで含めてやりたいらしい。
まったく話が想像できないので、ひたすら兄のプレゼンテーションを聞いていた。
今まで大学の授業料を出してもらっていた親にむけて。
どんなビジョンを持っているかのプレゼンテーション。
私の家族では当たり前の儀式。
昔からほしいもの、やりたいこと、どんな小さなものでもきちんと話をして買ってもらったり許可をもらっていた。
そんな家族だったので、今回ももちろんそんな流れに。
ただ今回はもう会社に辞意は伝えたらしい。
退職の時期を調整中とのことで、新しい職場も決めてあるらしい。
大学のときからアクティブに活動していて、フィジカル科学・・・とかなんとかそんな学部に進んでいた。
今まではスポーツブランドを展開してる会社に入っていたのだが、それは本人の本当にやりたいことじゃなかったらしい。
とうとうと述べられて、次まで決めた後での事後報告。
それでは家族も何も言えず。
新年には新しい職場になるだろうということだった。
「タモツ兄、思い切ったことするじゃない?週末に自転車に乗って出かけるだけじゃ駄目だったの?」
「別に自分で乗りたいわけじゃない。そんなんじゃないんだ。」
相変わらずよくわからない。
それほど熱い世界なのか?
競技人口と、趣味人口がどのくらいいるのか分からない。
代表チームのサポートとか話は大きいことを言ってたけど、ぴんと来ない。
今の会社にいたほうがやれてたんじゃないかと思うんだけど。
「やっていけそうなの?」
「うん、やっていくつもり。」
「困ったら連絡してね。」
「ああ。ありがとう。」
なんだかんだ仲の良い兄妹。協力は惜しまないつもり。
兄が私から両親の方に視線を移して、ゆっくり口を開いた。
「あのさ、来年くらいに結婚したい人がいるんだ。」
リビングが静かになった。
誰もが初耳。
転職のあと、結婚。
もしや自転車屋の娘なの?
「どんな人?」
「元気で明るい人だよ。都内のOLさんで実家は前橋。同じ年。」
自転車屋は関係なかったのか。
「プロポーズしたの?」
「うん、軽く。」
軽く・・・・出来るものなの?
「転職するって知ってるのよね。」
「うん。相談もしてたし。」
「相手のご両親は、ご挨拶に行ったの?」
「うん、行った。喜んでくれてる。」
「そう。じゃあ、今度一緒にいらっしゃい。」
「うん。・・・・彼女の体調のいいときに・・・・。」
ん?
「・・・・・もしかして子供がいるの?」
母親が勇気を持って聞いた。
さすがにそれはプレゼンできない。
二人にとっても予測外だったかもしれないし。
「妊娠してる。」
更なる告白。もはや転職のときのキラキラしたやる気前面ではなく。
おずおずと探るようで。
リビングはさらに静けさを増し、温度も下がった。
「おめでとう。」
しょうがないじゃない。まっすぐ進むならそう言うしかないから。
タモツ兄にそういってあげれるのは私だけだし。
ただなんで二つの転機が重なるのか。
女性の立場でも不安なのでは?
「相手とそのご両親にはどう言ってるの?転職のこと。これから家族が増えるのよ。」
「大丈夫って。彼女は生んだ後も働くって言ってる、ご両親にも安心してもらうように言葉は尽くした。」
「でも生まないと・・・先は分からないわよ。」
それを今言ってもしょうがないのは分かってるけど。
親の立場だと言いたいだろう。
「私も協力できるところはする。」
住んでるところは遠くない。
休日子守だってやれるかもしれない。
具合が悪いとき、ちょっと出かけたいとき。
「子供ともお姉さんとも仲良くなって、出来るだけ手伝う。」
再びリビングが静かになったけど、今度は温度は上がったかも。
「ありがとう、舞。」
ちょっと湿度も上がったかも。
「うん。皆で協力するしかないじゃない。」
「今度会わせるから。紹介したい。」
「うん、楽しみにしてる。」
そういう流れに落ち着いた感じで、ちょっとだけ重かった空気もほぐれた。
「舞は?お付き合いしてる人はいないの?」
母親に聞かれた。
注目を浴びる。
リビングは再び静かになった。
いないのならすぐに反応出来るはずで。
いますと答えたようなものだ。
「どんな人なの?」
「同期の人。」
「もっと・・・・顔かたちとか、性格とか。」
「普通の感じ、言葉が優しいかも。普通。」
「東京の人?」
「うん、実家は東京にあるから。」
「どのくらい付き合ってるの?」
「まだ・・・・やっと数ヶ月」
そりゃそうだ。
同じ会社の同期なら春以降ってわかるはず。
「まあ、仲良くしなさい。」
「うん。」
それで終った。数ヶ月でビックリ報告もないと踏んでいるだろう。
確かに何もなかった。
とりあえず兄の話のインパクトの影にひっそり隠れた話題だったから。
来年には『オバサン』になるらしい。
絶対『舞』って呼ばせる。『オバサン』はいらない。
兄は地元の友達に会うといって先に帰っていった。
私はのんびりとお茶をして。
お母さんの夕食の準備を手伝った。
「舞、なんだか痩せてない?食べてる?」
「うん。」
「仕事は?忙しい?」
「まあ、月末はね。あと年末と決算期は凄いみたい。その時期以外はそんなに残業もないし、大丈夫。」
「ねえ。」
母親が横に来て小声になる。
「お兄ちゃんはしょうがないけど、お願いだから舞は順番は守ってね。」
「・・・・当たり前です。」
母親相手に赤面する。
ただ本当はそんな必要もない。
だって本当にあの時だけ。泊まったのはあの時だけ。
ちょっとだけキスすることはあっても、軽く。
もしかして、あのときに嫌われたのか、嫌がられたのかってちょっとだけ思ったりしてたり。何がいけなかったのか自分でもよく分からないし誰にも聞けない。
本当にまったく・・・そんな雰囲気にならないから。
だから大丈夫。お母さんの心配はまったく不要。
「でも、舞、すごく綺麗になった気がする。」
うれしそうに言われた。
両親のパーツを組み合わせて出来た兄妹。
パッと見て二人はすぐに兄妹だと分かる。
でも両親を入れるとどっちに似てるのかよく親族が悩んでた。
二人両方に似てると思う。
兄を見てそう思うんだから私もそう。
久しぶりに懐かしい母親の食事を味わう。
私と兄がいなくなって静かになった家。
犬とネコを両方飼っていてそれなりににぎやかとは言っても、やっぱり寂しいのかもしれない。
たまには帰ってこようと思った。
夜になってすっかり暗くなった。
泊まっていけばいいといわれたけど明日は約束がある。
「泊まる準備してない。それに明日は出かけるんだ。」
そう言うとデートじゃ仕方ないかと言われた。
バレました。
お礼を言って片付けまで手伝って自分の部屋に帰ってきた。
何故かほっとするのは仕方ない。
実家に帰ってもホッとはするけど、やはり自分の居場所はここだと思う。
お風呂に入り、念入りに顔の手入れをする。
テレビをつけながら携帯でメッセージを送る。
『涼太、今帰ってきてのんびりしてる。涼太は?』
送信したら、すぐに気がついてくれて電話がかかってきた。
『お帰り、疲れた?お兄さんなんだったの?』
「うん・・・転職するらしいなどなどの報告。」
『そうなんだ、ちょっと心配してたけど良かったね。』
「そうだね、まあね。」
『どうしたの?』
「いろいろ処理できない情報があって。明日までに整理して教える。頭がちょっと疲れたかも。」
『そう。明日どこ行きたい?』
「ちょっと遠出しても良い?」
『いいよ、どこ?』
「江ノ島行きたいの。」
『全然いいよ、すごい久しぶり。』
行きたい場所を言うのは私で、どこでも一緒に行ってくれる。
結局変わらない。誘うのは私。
いいよって、いつも付き合ってくれる涼太。
泊まりたいって、それも私から言うの?
やっぱり私が部屋に来てって誘うの?
日曜日、天気もよかった。
風が強いけど太陽が負けずに主張している。
日焼け止めをしっかり塗って、海風に負けない格好をして。
江ノ島に行った後、海岸沿いに江ノ電にのって、海に下りる。
海岸で海を見ながらゆっくり歩く。
ずっと手をつないでる。
「お兄さん、すごいね。」
兄の話はランチをとりながら話した。
「うん、思い切ったと思うし、奥さんになる人もなかなかすごいかも。子供が出来たのに転職の応援するなんて。」
「きっともっと具体的に二人で考えて、少しずつ決めていったんだよ。だからじゃないかな?」
兄も、奥さんも思いやった言葉が相変わらず優しい。
「僕は出来ないけど。親が決めた方向のほうが楽なんだと思う、一度歩き出した道から外れて走り出すなんて、そんな勇気ないかも。」
今の会社は親の意向なの?
珍しく家族の存在が見えた。
「涼太、兄弟は?お兄さんだけ?」
「兄が一人いるだけ。」
「一緒に暮らしてないんだよね?」
「うん、ずっと前から一人で暮らしてる。僕とは年が離れてるんだ。働き始めてすぐに一人で暮らし始めたなあ。さすがに一日・・・・親と一緒が嫌みたい。」
言いかけた言葉。お兄さんはご両親と一緒に商売をやってるの?
海岸には誰もいない。
遠くに犬を連れた人がいたり、波間にサーファーが見えるくらい。
「涼太、変なことを聞くようだけど・・・・・。」
「何。」
立ち止まったまま、二人並んで海を見る。
「私、この間変だった?」
変だったとは思うけど。何か致命的に問題があったのかと・・・・。
「この間っていつ?」
言いにくいけど、本当に心に居座るモヤモヤしたこの思いはさすがに浅井さんにも相談できないから。
「あの、ホテルに連れて行ってくれた日。泊まった日。」
「ああ・・・・」
間が空く。
やっぱり何か変だった?
ランチを食べるときは涼太も普通だと思った。
あの日以来笑顔が変わったなんて思ったこともないのに。
「どういう意味で?」
聞かれたら私が言う番で。
『なんで、全然。何を気にしてるの?』って聞いてくれれば・・・・。
それでもやっぱり聞くしかないこと、言うしかないことではあって。
じゃないと、この関係も変わらない、進まない気がする。
周りには誰もいないから。
「あれから、ずいぶん二人でいるけど、一度も誘われないし、涼太からそんな気配を感じたこともない。」
つないだ手に力をこめる。
「私は、違った?」
やっぱり答えはすぐには返ってこなくて。
聞くのが怖くて、『別にいい』って、思わずそういいそうになる。
「何も感じない?」
やっと答えてくれたと思ったら又答えるのは私の番?
顔を上げて見つめた。
「そんな訳ないよ、だってあの時も言ったじゃない。ずっとこうなりたかったって。今だって、あの部屋にいたら絶対くっついてるよ。」
「でも・・・・・。」
「舞の部屋に行きたいって言ってもいいの?週末だったらゆっくり過ごしたいって、二日間使ってゆっくり過ごしたいって思うよ。いつもそう思ってるよ。」
「だから全然変なんかじゃない、最高の夜だったから。」
一歩近寄って抱きしめてもらう。
「だって、本当にどうしたらいいのかわからなかった。こんなこと誰にも相談できないし、全然だよ、隠すのがうますぎる。」
「そう?」
「大丈夫、いつも思ってる。朝から、今日は脱がしずらそうな服だなって思ったし、ご飯食べてるときも唇が色っぽいなあって思うし、笑顔を見てても、もっとあの時のいっぱいいっぱいのお願いされる顔を見たいなあって思うし。」
「もう・・・・いい。それは言いすぎ。恥ずかしい。」
「どうする?いつ行く?今から行く?」
首を振る。
「来週は私の部屋に来てくれる?土曜日に泊まってくれる?」
「もちろん、楽しみにしてる。」
「良かった・・・・思い切って聞いてよかった。」
「ごめんね、なんだか、誘っても良かったんだね。」
「もっと誘って・・・・。」
「さっき断られたばかりだけど。」
「今日はちょっと駄目な日。」
「あ、ごめん。」
そのまま静かに海岸に立ったまま、お互いの体を寄せたまま。
週末に一緒にいたいと言えなくて。
用事がないのを確認してから約束するのが前日の夜というパターンになった。
だいたいは決めていてもそうなってる。
ただ、あれからどこかに泊まるという事もなく。
自分の部屋を見渡す。
ここでもいいと思ってるけどなんとなく言い出せない。
そういうことを聞かれたこともない。
実家で暮らしてると聞いてても家族の話はあまり聞いたことがない。
きっと仲がいいはずなのに。
きちんとシャツやハンカチにはアイロンがかかってて綺麗に洗濯されて畳まれていることが分かる。
朝はきちんと準備された朝ご飯を食べていて、それも早起きなくらいの時間で。
規則正しく生活してるみたい、そんな家族みたい。
一緒には暮らしてないけどお兄さんがいるらしい。ちらりと聞いた。
結局あんまり彼の事を知らないまま。
今日は私の兄の話になった。
家族の緊急招集がかかったから土曜日に神奈川の実家へ帰ることになったと言った。
何だろうねと言われたけど、私も知らない。いい事か悪い事か。
それは・・・・。
三歳年上の兄が転職をするという。
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私のところに話が来たのはすべてが決まった後だった。
自転車屋と聞いて私が想像したのとはちょっと違うらしい。
町の自転車屋さんじゃなくてもっと都会のおしゃれでスポーティーな自転車屋さん。
細いタイヤの細いサドルの自転車の販売からケア、サポートまで含めてやりたいらしい。
まったく話が想像できないので、ひたすら兄のプレゼンテーションを聞いていた。
今まで大学の授業料を出してもらっていた親にむけて。
どんなビジョンを持っているかのプレゼンテーション。
私の家族では当たり前の儀式。
昔からほしいもの、やりたいこと、どんな小さなものでもきちんと話をして買ってもらったり許可をもらっていた。
そんな家族だったので、今回ももちろんそんな流れに。
ただ今回はもう会社に辞意は伝えたらしい。
退職の時期を調整中とのことで、新しい職場も決めてあるらしい。
大学のときからアクティブに活動していて、フィジカル科学・・・とかなんとかそんな学部に進んでいた。
今まではスポーツブランドを展開してる会社に入っていたのだが、それは本人の本当にやりたいことじゃなかったらしい。
とうとうと述べられて、次まで決めた後での事後報告。
それでは家族も何も言えず。
新年には新しい職場になるだろうということだった。
「タモツ兄、思い切ったことするじゃない?週末に自転車に乗って出かけるだけじゃ駄目だったの?」
「別に自分で乗りたいわけじゃない。そんなんじゃないんだ。」
相変わらずよくわからない。
それほど熱い世界なのか?
競技人口と、趣味人口がどのくらいいるのか分からない。
代表チームのサポートとか話は大きいことを言ってたけど、ぴんと来ない。
今の会社にいたほうがやれてたんじゃないかと思うんだけど。
「やっていけそうなの?」
「うん、やっていくつもり。」
「困ったら連絡してね。」
「ああ。ありがとう。」
なんだかんだ仲の良い兄妹。協力は惜しまないつもり。
兄が私から両親の方に視線を移して、ゆっくり口を開いた。
「あのさ、来年くらいに結婚したい人がいるんだ。」
リビングが静かになった。
誰もが初耳。
転職のあと、結婚。
もしや自転車屋の娘なの?
「どんな人?」
「元気で明るい人だよ。都内のOLさんで実家は前橋。同じ年。」
自転車屋は関係なかったのか。
「プロポーズしたの?」
「うん、軽く。」
軽く・・・・出来るものなの?
「転職するって知ってるのよね。」
「うん。相談もしてたし。」
「相手のご両親は、ご挨拶に行ったの?」
「うん、行った。喜んでくれてる。」
「そう。じゃあ、今度一緒にいらっしゃい。」
「うん。・・・・彼女の体調のいいときに・・・・。」
ん?
「・・・・・もしかして子供がいるの?」
母親が勇気を持って聞いた。
さすがにそれはプレゼンできない。
二人にとっても予測外だったかもしれないし。
「妊娠してる。」
更なる告白。もはや転職のときのキラキラしたやる気前面ではなく。
おずおずと探るようで。
リビングはさらに静けさを増し、温度も下がった。
「おめでとう。」
しょうがないじゃない。まっすぐ進むならそう言うしかないから。
タモツ兄にそういってあげれるのは私だけだし。
ただなんで二つの転機が重なるのか。
女性の立場でも不安なのでは?
「相手とそのご両親にはどう言ってるの?転職のこと。これから家族が増えるのよ。」
「大丈夫って。彼女は生んだ後も働くって言ってる、ご両親にも安心してもらうように言葉は尽くした。」
「でも生まないと・・・先は分からないわよ。」
それを今言ってもしょうがないのは分かってるけど。
親の立場だと言いたいだろう。
「私も協力できるところはする。」
住んでるところは遠くない。
休日子守だってやれるかもしれない。
具合が悪いとき、ちょっと出かけたいとき。
「子供ともお姉さんとも仲良くなって、出来るだけ手伝う。」
再びリビングが静かになったけど、今度は温度は上がったかも。
「ありがとう、舞。」
ちょっと湿度も上がったかも。
「うん。皆で協力するしかないじゃない。」
「今度会わせるから。紹介したい。」
「うん、楽しみにしてる。」
そういう流れに落ち着いた感じで、ちょっとだけ重かった空気もほぐれた。
「舞は?お付き合いしてる人はいないの?」
母親に聞かれた。
注目を浴びる。
リビングは再び静かになった。
いないのならすぐに反応出来るはずで。
いますと答えたようなものだ。
「どんな人なの?」
「同期の人。」
「もっと・・・・顔かたちとか、性格とか。」
「普通の感じ、言葉が優しいかも。普通。」
「東京の人?」
「うん、実家は東京にあるから。」
「どのくらい付き合ってるの?」
「まだ・・・・やっと数ヶ月」
そりゃそうだ。
同じ会社の同期なら春以降ってわかるはず。
「まあ、仲良くしなさい。」
「うん。」
それで終った。数ヶ月でビックリ報告もないと踏んでいるだろう。
確かに何もなかった。
とりあえず兄の話のインパクトの影にひっそり隠れた話題だったから。
来年には『オバサン』になるらしい。
絶対『舞』って呼ばせる。『オバサン』はいらない。
兄は地元の友達に会うといって先に帰っていった。
私はのんびりとお茶をして。
お母さんの夕食の準備を手伝った。
「舞、なんだか痩せてない?食べてる?」
「うん。」
「仕事は?忙しい?」
「まあ、月末はね。あと年末と決算期は凄いみたい。その時期以外はそんなに残業もないし、大丈夫。」
「ねえ。」
母親が横に来て小声になる。
「お兄ちゃんはしょうがないけど、お願いだから舞は順番は守ってね。」
「・・・・当たり前です。」
母親相手に赤面する。
ただ本当はそんな必要もない。
だって本当にあの時だけ。泊まったのはあの時だけ。
ちょっとだけキスすることはあっても、軽く。
もしかして、あのときに嫌われたのか、嫌がられたのかってちょっとだけ思ったりしてたり。何がいけなかったのか自分でもよく分からないし誰にも聞けない。
本当にまったく・・・そんな雰囲気にならないから。
だから大丈夫。お母さんの心配はまったく不要。
「でも、舞、すごく綺麗になった気がする。」
うれしそうに言われた。
両親のパーツを組み合わせて出来た兄妹。
パッと見て二人はすぐに兄妹だと分かる。
でも両親を入れるとどっちに似てるのかよく親族が悩んでた。
二人両方に似てると思う。
兄を見てそう思うんだから私もそう。
久しぶりに懐かしい母親の食事を味わう。
私と兄がいなくなって静かになった家。
犬とネコを両方飼っていてそれなりににぎやかとは言っても、やっぱり寂しいのかもしれない。
たまには帰ってこようと思った。
夜になってすっかり暗くなった。
泊まっていけばいいといわれたけど明日は約束がある。
「泊まる準備してない。それに明日は出かけるんだ。」
そう言うとデートじゃ仕方ないかと言われた。
バレました。
お礼を言って片付けまで手伝って自分の部屋に帰ってきた。
何故かほっとするのは仕方ない。
実家に帰ってもホッとはするけど、やはり自分の居場所はここだと思う。
お風呂に入り、念入りに顔の手入れをする。
テレビをつけながら携帯でメッセージを送る。
『涼太、今帰ってきてのんびりしてる。涼太は?』
送信したら、すぐに気がついてくれて電話がかかってきた。
『お帰り、疲れた?お兄さんなんだったの?』
「うん・・・転職するらしいなどなどの報告。」
『そうなんだ、ちょっと心配してたけど良かったね。』
「そうだね、まあね。」
『どうしたの?』
「いろいろ処理できない情報があって。明日までに整理して教える。頭がちょっと疲れたかも。」
『そう。明日どこ行きたい?』
「ちょっと遠出しても良い?」
『いいよ、どこ?』
「江ノ島行きたいの。」
『全然いいよ、すごい久しぶり。』
行きたい場所を言うのは私で、どこでも一緒に行ってくれる。
結局変わらない。誘うのは私。
いいよって、いつも付き合ってくれる涼太。
泊まりたいって、それも私から言うの?
やっぱり私が部屋に来てって誘うの?
日曜日、天気もよかった。
風が強いけど太陽が負けずに主張している。
日焼け止めをしっかり塗って、海風に負けない格好をして。
江ノ島に行った後、海岸沿いに江ノ電にのって、海に下りる。
海岸で海を見ながらゆっくり歩く。
ずっと手をつないでる。
「お兄さん、すごいね。」
兄の話はランチをとりながら話した。
「うん、思い切ったと思うし、奥さんになる人もなかなかすごいかも。子供が出来たのに転職の応援するなんて。」
「きっともっと具体的に二人で考えて、少しずつ決めていったんだよ。だからじゃないかな?」
兄も、奥さんも思いやった言葉が相変わらず優しい。
「僕は出来ないけど。親が決めた方向のほうが楽なんだと思う、一度歩き出した道から外れて走り出すなんて、そんな勇気ないかも。」
今の会社は親の意向なの?
珍しく家族の存在が見えた。
「涼太、兄弟は?お兄さんだけ?」
「兄が一人いるだけ。」
「一緒に暮らしてないんだよね?」
「うん、ずっと前から一人で暮らしてる。僕とは年が離れてるんだ。働き始めてすぐに一人で暮らし始めたなあ。さすがに一日・・・・親と一緒が嫌みたい。」
言いかけた言葉。お兄さんはご両親と一緒に商売をやってるの?
海岸には誰もいない。
遠くに犬を連れた人がいたり、波間にサーファーが見えるくらい。
「涼太、変なことを聞くようだけど・・・・・。」
「何。」
立ち止まったまま、二人並んで海を見る。
「私、この間変だった?」
変だったとは思うけど。何か致命的に問題があったのかと・・・・。
「この間っていつ?」
言いにくいけど、本当に心に居座るモヤモヤしたこの思いはさすがに浅井さんにも相談できないから。
「あの、ホテルに連れて行ってくれた日。泊まった日。」
「ああ・・・・」
間が空く。
やっぱり何か変だった?
ランチを食べるときは涼太も普通だと思った。
あの日以来笑顔が変わったなんて思ったこともないのに。
「どういう意味で?」
聞かれたら私が言う番で。
『なんで、全然。何を気にしてるの?』って聞いてくれれば・・・・。
それでもやっぱり聞くしかないこと、言うしかないことではあって。
じゃないと、この関係も変わらない、進まない気がする。
周りには誰もいないから。
「あれから、ずいぶん二人でいるけど、一度も誘われないし、涼太からそんな気配を感じたこともない。」
つないだ手に力をこめる。
「私は、違った?」
やっぱり答えはすぐには返ってこなくて。
聞くのが怖くて、『別にいい』って、思わずそういいそうになる。
「何も感じない?」
やっと答えてくれたと思ったら又答えるのは私の番?
顔を上げて見つめた。
「そんな訳ないよ、だってあの時も言ったじゃない。ずっとこうなりたかったって。今だって、あの部屋にいたら絶対くっついてるよ。」
「でも・・・・・。」
「舞の部屋に行きたいって言ってもいいの?週末だったらゆっくり過ごしたいって、二日間使ってゆっくり過ごしたいって思うよ。いつもそう思ってるよ。」
「だから全然変なんかじゃない、最高の夜だったから。」
一歩近寄って抱きしめてもらう。
「だって、本当にどうしたらいいのかわからなかった。こんなこと誰にも相談できないし、全然だよ、隠すのがうますぎる。」
「そう?」
「大丈夫、いつも思ってる。朝から、今日は脱がしずらそうな服だなって思ったし、ご飯食べてるときも唇が色っぽいなあって思うし、笑顔を見てても、もっとあの時のいっぱいいっぱいのお願いされる顔を見たいなあって思うし。」
「もう・・・・いい。それは言いすぎ。恥ずかしい。」
「どうする?いつ行く?今から行く?」
首を振る。
「来週は私の部屋に来てくれる?土曜日に泊まってくれる?」
「もちろん、楽しみにしてる。」
「良かった・・・・思い切って聞いてよかった。」
「ごめんね、なんだか、誘っても良かったんだね。」
「もっと誘って・・・・。」
「さっき断られたばかりだけど。」
「今日はちょっと駄目な日。」
「あ、ごめん。」
そのまま静かに海岸に立ったまま、お互いの体を寄せたまま。
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