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17 また一歩、近くなった距離 ~ヒーローになりかけてる男③

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日曜日、彼女と昼に待ち合わせをして電車に乗る。
隣に座る前から手はつないでいた。
実際には会った瞬間から、本当にその瞬間からつないでいた。
開いた席に横並びに座った時も離れず。

無言でいると、つい手に神経が行き過ぎてしまいそうで。

「昨日、榎君に会って伝えたんだ。来月に試合があるから、その前に来てほしいって言われたよ。」

「そうなんですね。途中下車なのでいつでもいいですよ。」

「榎くんが友達割引でお酒は出してくれるらしい。シェイカーを振る榎君も見たいし、楽しみなんだけど。」

「じゃあ、平日だともったいないですか?ゆっくり飲みたいですね。」

それはそうだ。
ゆっくり・・・・・たくさん、ほろ酔うくらい。

「後で予定を合わせよう。」

「はい。」

「そういえば、お昼はどうしてるの?あんまり食堂には行かない?オフィスの入ったところからだと一つ下の階になるでしょう?」

「はい、全然、一人じゃ行かないです。先輩に時々誘われて、その時くらいです。」

「じゃあ、もしかしてデスクで食べてるとか?」

「はい、外に行くのも大変なので、デスクでササっと済ませることが多いです。」

「安達さんは、お昼はどうしてるんですか?」

「僕たちは貰い物も出前も、一応禁止なんだ。外に行くのも難しいから、買ってくるか作ってくるか。」

「作るんですか?」

「極まれに、残り物を持って行くこともある・・・って程でもないか。パンにゆで卵と鳥ハムとか。ベーコンと卵とか。」

「何だか筋肉メニューっぽいです。」


「うん、そう・・・なんて、違うよ。ゆで卵は作る時は三個くらい茹でるから余るんだよ。ちゃんと卵黄も食べてるし、鳥ハムも同じく簡単で合わせやすいだけで。」

「なるほど。」

変な筋肉馬鹿というレッテルは貼られたくない。
それでも榎君も褒めてくれる『筋肉美』は感想を言ってもらいたい・・・いつかの日に。でも男性と女性の見る目は違うか?むしろ榎君の細マッチョの方が好みかもしれない・・・・。
それは見せたくない・・・・、見ることもないだろうが。
試合には誘われないようにしよう。
応援は会場の外からだ。


「・・・あ、そうじゃなくて、食堂のおばちゃんとは仲良くないよね?」

「はい。さすがに・・・・。知らない人たちです。」

「もしかして、仲良しなんですか?」

「そうだね。いつも最後の見回りで火の元点検をお願いしたりするんだ。その時はすっかりお茶会中だから、せんべいとかもらうんだ。食べ物をもらったらいけない決まりなんだけど、帰ってから食べる分にはいいでしょうって、先輩達ももらってるし。で、この間、同じように回ってたら、すっかりバレてしまって。本当におばちゃんって無駄に鋭いよね。まさか、同じ建物の中の人とは思ってないから大丈夫だけど、一応報告。」


下を向かれた。つながれた手が一層熱を帯びた気がするが。

「私も響さんに言う前に声をかけられましたから、すっかりバレました。響さんは偶然を楽しみにしてるそうです。」

彼女の幸せオーラがあの非常階段の先輩達にも届けばいい。
明らかに幸せそうになってて、隠せていた前の時とは全然違うってことが。

手に力を込めた。

電車を降りてキョロキョロする。
大きな公園があり、カフェが点在するらしい。
最近グンと知名度が上がった駅。

彼女と手をつないだまま散歩する。
通りをゆっくり、細い通りものぞき込んで歩く。
まとまってお店があるわけではない。
個人商店で、パン屋、焼き菓子、カフェ、お酒、チーズ、合間に古くからの名物屋や食堂が。
人がチラチラいて、その人たちの手荷物と同じように自分の手にも紙袋が増えていく。

少し並んで目当てのカフェに入る。
女子受けしそうなメニュー。
その辺はそのまま裏切らない好みだ。
この間もそうだった。

目の前に出されたメニューの名前も知らない自分。
それでもおいしそうに喜ぶ彼女を見ると、ちょっと味わってみたくなる。

一口貰い、自分のサンドイッチも一切あげる。

「運動は好き?」

「・・・いいえ、全然です。走れず泳げず球も拾えずです。運動会はただただ参加するだけでも苦痛でした。」

「それでも甘いもの食べても太らないんだ。」

標準より少し細めなくらいだろうか?
お酒も食事も一緒にいる分には普通に食べてる気がする。
上目遣いにじっと見られる。
何だろう?セクハラまがいだっただろうか?
一応褒めたんだけど。

「もしかして、脱ぐとすごい・・・とか?」

想像できないが。つい見てしまった。
彼女の顔に視線を戻すと結構なくらい赤面していた。

何?
当たりだったのかな?

「別に運動しろとか言わないよ、向き不向きもあるし、別に痩せてる子が好みでもないよ。あとは・・・・どうかした?」

「・・・いえ、いいです。・・・・少しは努力してます。単純に算数的な努力です。」

算数的な努力って何だろう?
ざっくりとした数日単位でのカロリー調整だろうか?
目の前のメニューを見る限りどちらでもない気がする。
残す方でもないよな?

「誰かと一緒に食べる時は楽しみますが、一人の時は質素に、食べ過ぎた日はその日か次の日に抜いたりします。あとは運動はしないけど階段を使う様にします。歩くのも苦痛じゃないですし、買い物ついでにふらふらする時もお店がない所では気合を入れるようにします。」

「ああ、それが算数的努力?なるほど。大変だね、女の子は。」

「安達さんは身長が高いから、5キロくらい太ったとしても誰も気が付かないでしょう?私が5キロ太ったら明らかに見た目が変わります。基礎代謝だって違うし。」

「まあね、操ちゃんが脱いで、榎君みたいにバキバキの筋肉ガールだったら、ちょっと引いちゃうから。やわらかい方がいいよね。榎君は小さくて、あ、これは気にしてるから内緒ね。それに薄くて細いから女性用の服を着れそうだけど、本当にプロの体だからね。筋肉がすごいんだよ。おばちゃんに人気なのもわかる気がする。可愛い顔とのギャップもあるんだよね。」

榎君を自慢するように言っただろうか、ちょっと呆れたような顔をされた。
長田さんの話でもしようか。それとも他にも面白経歴のメンバーはいる。
榎君が登場し過ぎみたいだ。
オジサンの話よりは興味があるだろうし、今度紹介できるし、と思ってたのだが。

視線をそらされたまま。

しょうがないのでサンドイッチに集中した。

食事が終わったらまた手をつないで歩き出したふたり。

チーズ屋のソフトクリームの看板の前に立ち止まった彼女。
さっき生クリームがたっぷりかかってたけど・・・・。

「半分づつにしたい?」

「いいですか?」

「いいよ。」

その返事に喜んで店内に入る彼女。

カップにして、スプーンを二つ貰う。
ベンチに荷物も下ろして、二人で食べる。

「ねえ、引き算できる?さっきも結構クリームがすごかったけど。公園の中がすごく早歩きになりそうだんだけど。」

「大丈夫です。二日間、控えます。」

「でも少し太ってもいいんじゃない?細いよね。OLさん基準じゃ普通なのかな?」

「やわらかい女性が好みなんですね。」

「ん?そんな事言ってないけど、まあ、普通で。」

「知りませんよ。本当にびっくりするかもしれませんよ。」

「そう?」

じっと見るけど、分からない。

「もしかして何か気にしてる?部分的にとか?」

「もういいです。勝手に想像しなくてもいいですから。」

「なんか、今、エロ変態っぽく言われてる?」

まさか服の上から見てたけど、そんなにリアルには想像してない。
そんな風に言われると心外だ。

「もしかして、剣道もしてたし、ジムにも行ってるし、脱ぎ慣れてますか?人前でも割と平気で脱げるとか?」

「なんで・・・・・。」

思わず赤面する。
そんな自慢して見せたいタイプみたいに言われて。誤解だ。

「やっぱり誤解があるよ、操ちゃん。ジムでは普通のスポーツブランドのTシャツだよ。変な襟ぐりの開いたタンクトップとか着てないよ。鏡は見ることもあるけど、そんなナルシスト的なトレーニングはしてないよ。さっきからなんだか誤解されてる気がする。プロテイン好き疑惑は晴れたのに、今度はもっとひどいイメージだよ。」

さすがに誤解は解く。
必死に弁解するようになったけど。

「してませんよ、そんな誤解は。変なタンクトップなんて、絶対似合わないです。」

そう言いながら視線が胸のあたりで。

表から分かるような程鍛えてはいない。
普通だと思う。
そんなお腹を分割したいとか、肩を三角にしたいとか、ましてや胸を自由に動かしたいとか、絶対思わない。
あくまでも体力をつけるためで、だらしなくならないようにするためで。
普通の服が着にくくなるような特定の部分を鍛えるやり方は好まない。
普通だよ普通。

ソフトクリームを食べ終わる。
つないだ彼女の指先が冷たい。

「冷えた?」

「少し、寒くなりました。」

「歩けば温まるかな?」

そう言ってつないだ手をポケットにしまう。
狭いその中で指を絡み合わせてつなぐ。
距離は近くなる。

あの夜を思い出す。

手をつなぐのは普通になってもそれだけで。

もう同じようにあの屋上に誘うのも変だし、外で会ってて、そんなチャンスは滅多にない。
そうなるとやっぱり部屋に来てもらうのが一番だとも思ったり。

横を向くと目が合った。

「手は大分暖まったね?」

さすがにお腹いっぱいらしい、次に見たアイス屋さんは立ち止まっただけで通り過ぎた。

そのまま公園をゆっくり歩いた。
紅葉には早い時期だった。
日本庭園の池にはつきもののカメと鴨と鯉がいた。
近寄ると大きな口を開けて水面に見せてくれる。

あげる餌は何もない。

しばらくすると諦めて離れて行った。

「のんびりだね。休みの日がすごく有効に使えるようになった。」

「それは、私もそうです。」

「あの時偶然に会えてよかったな。」

そうつぶやいて。
まだ夏の終わりだったあの頃の事を思い出す。

そう思うと出会って数ヶ月。
恋人とはっきり線を引いたのは最近だけど、付き合いはそろそろ充分かもしれない。

いっそ思い切って。

「ねえ、さっき合わせた予定あったよね。榎君のお店に行こうって言った週末。」

「はい。楽しみです。噂の榎君。」

「榎君のお店は隣の駅なんだ。」

「そうですね。」

「せっかく榎君がカクテルを作ってくれるし、友達割引もあるし、たくさん飲みたいし。そのあと、良かったら泊りに来ない?」

日本庭園の空は高く晴れ渡り、人がまばらで、二人だけポツンといるような午後。
さわやかに誘えただろうか?
ちょっと言い訳のような条件付けが多かったが。
しばらく間が空いて。
つないだ手をゆっくりと振る。
返事を催促してるみたいに思われたかもしれない。
ただの沈黙が耐えられなくて。
照れくささと、隠したい下心と。

「はい。お願いします。」

返事をもらえて、彼女を見た。

赤くなった顔を、もしかして自分も?

「じゃあ、そうしよう。」

「すごく楽しみ。」

つい正直に言った。

「あ、日曜日も、結構な時間一緒にいれるね。」

そう付け足した。
ただ、余計だったかもしれない。
気のせいかもしれないが、つないだ手の中の湿度が上がった気がする。

また歩き出して、荷物が重くなって満足した彼女と駅に向かう。

「まだ早いね。」

このまま帰っても夕方早い時間には駅に着きそうだ。

「どうする?」

どこか寄りたいところがあるだろうか?

「もう少し、いいですか?」

「うん、もちろん。どこか行きたいところは?」

「少しだけ、お邪魔したらダメですか?私のところでもいいです。」

部屋に?

さっきあんなに緊張して誘ったけど、あっさり?
まあ、ちょっと寄るだけなら。

「うん、いいよ。俺のところにする?疲れてるなら、操ちゃんのところでもいいし。」

「じゃあ、今日は、私のところに。お茶くらいならあります。」

「うん、さすがにお腹いっぱい。」

思わぬ展開。
期待してしまうような。
でもあまりにも普通にさらりと誘われると、そんな期待を持つことすら恥ずかしく思えるんだけど。


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