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10 ちょっと酔ってしまったらついつい遠慮を忘れてしまいました。

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そして期待を裏切らない専務のチョイス。そこは信頼してる。

美味しそうなお店に連れていかれた。
しかも予約をしていたらしい。

もしかして他の人がキャンセルしたから、いい具合だと連れてきた?????

静かにお酒を注がれていつものように軽く乾杯する。
会話を期待しないのにも慣れ始めた。


それでもずっと無言は無理だから。


「さっきの担当の方とは長いお付き合いなんですか?」

あんなに長く世間話をするくらいだったし、愚痴まで聞いていた。

「いや、そうでもない。喋りたい方の人でいつもあんな感じだから。」

思い出してるだろうに、あの時ほど愛想は出ないらしい。


「この店も素敵ですね。どなたかとデートに来たことがあるんじゃないですか?」


「ない。」


一言で終わった話題。予約をしてたくせに・・・・余計に聞いたらダメだった?
でももう少し探ってもいいよね。

「セ・・・・志波さんはいつも美味しいお店に連れて行ってくれそうですね。今までご一緒した所はどこもいい感じでした。こんな不愛想なスーツじゃなくて、もっとおしゃれな格好で来たいくらいです。」


そう言ったらじっと見られた。


「あ・・・・ご馳走になってるので、すごくお高いお店なのかもしれませんが。」

そうだそうだ、相手が払ってくれないとそこは問題だ。
きっといい金額だろうから記念日しか来れないかも。


「家では食べないんですか?」

「食べない。作らないのが一番無駄がない。買い物と食材とゴミと掃除と。一人だと外で済ませるのが効率的だ。」

「確かにそうですね。」

だからと言って毎回こんな豪華にはいかないけどね。
お惣菜やコンビニご飯でもいいし、チンご飯でもいいし、サンドイッチでもいい。

「作るのか?」



作れないと思って聞いてるんだろうか?

「時々です。お昼にみんなと食べると意外にカロリーをとるので粗食でいいんです。ほとんどあの部屋から動かないんですから。」


「それでもおやつは食べたいんだ。」


ん???


「時々そんな気配を感じる。匂いとゴミと。」


ああ・・・・せんべいを食べたらこっそり換気はしてる。
それもたまにだ。ほとんどクッキーかチョコみたいなものだ。
あとはフィナンシェやバームクーヘンやブラウニーや。
コンビニの全力のおすすめのものを。

ああ、せんべいは止めた方がいいらしい。
ゴミは目立たないように小さくした方がいいらしい。

でもゴミまでいつ見られてる??


「別にいい。」


当たり前だ。そこは自由にさせてほしい。
いままであの部屋に来たのは林森さんくらいだ。
社長や副社長が来たことなんてないんだから。


「はい、でも匂いは気をつけます。」

「別に、構わない、かすかに感じるくらいだ。」

「じゃあ、今度は専務の分も買っておきます。お疲れの場合は差し上げますので、遠慮されずにどうぞ。たいていはコンビニのお菓子ですが。」

そう言ったらちょっと意外そうな驚いた顔をされたので満足した。


「林森とは最近どう?」


まるで付き合ってるみたいな言い方だ。

「この間たまたまお昼にちょっとだけ話をすることがあったくらいです。」

「何か言ってた?」

「いいえ・・・特には・・・・。」


もしかと思うけど私が優樹菜さんと林森さんに愚痴ったように、専務も私のことを愚痴ったとか?

じっと見たら探るような視線を受けた。


「もしかして私へのダメ出しを聞いてもらったんですか?」

一応心配そうに聞いた。責めることはできない。
私の方が前科があるだけに。

「いや・・・そんな事は言ってない。」

そんなことがどんなことだか、とりあえずその言葉を信じて気にしないことにした。


「林森さんも私と専務の両方に愚痴られたらうんざりですよね。」

つい言ってしまって・・・・・。あああ・・ヤバイ。

お酒を飲んで誤魔化した。
だいたいあの時の愚痴のどのくらいを言いつけられたのか分からない。
早退の時の出来事だけとは限らないけど。


「タクシーでは書類を見ないようにしてるが・・・。」

「どうしてですか?」

そう聞いた私に眉間にしわを寄せてきた。


なんだ?

そう思って・・・・ああ・・・思い出した。
それも愚痴った、確かに、言ったと思う。


あああ・・・・・。


「別に酔うのになあってそう思ったから、忙しいんだなあって、そういう感じで言いました。」


「他にも何かあるか?」


「ないです。」

言い切った。
本当はあるのに、いろいろあるのに。
でも最近慣れてきたし、そんな人だと思ってきた。
それに今日はずいぶん話をしてる。10語以上を解禁したらつられて出て来るらしい。
しっとりとした雰囲気かと言えばちょっとだけ棘があるけど、まあ会話が成り立って静かなテーブルじゃない。

周りを見た。

予約の札がある隣の席。
空席なら迷惑をかけないからいい。

それに他の席も人がいない所には予約札がある気がする。

やっぱり予約をずいぶん前にしてたんだろう。
相手に振られたんだろうか?
仕事で行けなくなったと断られたんだろうか?
だって当たり前だけど専務にとっても楽しみな金曜日だし。


「このお店はすぐに予約が取れるくらい空いてるって訳じゃないですよね。まして金曜日ですし。」


そう聞いた。
分からない事は聞いた方がいい、というわけじゃなくて単純に興味があるから。

ただ答えてもらえなかった。
しかもまた眉間にしわを寄せてる。


「私はお得に食事できたのでいきさつは別にいいです。美味しい食事に感謝です。」


当然お酒にも。そう思って持ったグラスはあと一口だった。
飲み切ったらまた注がれた。

自分のグラスにも注いだ専務。

私が注ごうと思ったのに、その手は浮いてしまった。

「ありがとうございます。」

お代わりのお礼を言ったら少し表情を緩められた。
今日は機嫌がいいらしい。
さっきのあの人との相性がいいのだろう。
今までの中では世間話がダントツ長かったし。


「専務はお酒強いんですよね?初めてご一緒した時もかなり飲まれてましたよね。」

あの時は一人寡黙に飲んでいて、林森さんと詠歌が主に盛り上げていた。

「お前も同じくらい飲んだだろう。」


「ご馳走になってばかりです。」



「今までの彼氏はどんな感じだった?」

「別に取り立ててどうこう言うこともない普通の人です。そんな事興味あるんですか?」


その返事はなかった。
適当な話題に選んだとしても披露できるのは・・・・残念ながら平均値をとるまでもない。


「専務は・・・・美人で・・・割り切りのいい女性が好みだそうですね。」

つい噂の芯を聞いてしまった。

「美人でスタイルが良くて頭も当然よくて、そしていろいろと理解のいい人。それって男の人には随分と理想的なんですよね。」


食事をしながら、グラスを傾けながら、少し酔い、いつもより遠慮もなくなり。
楽しい予定を奪われた恨みも入ってたかもしれない。


「やっぱり、もてますよね。」

その中で本気にしてみせるって自信がある人がいたら、自分こそはって思う人もいるだろう。そうなるとやっぱり美人が集まるよね。
でも怖そう、勝気なのか、負けず嫌いなのか。


「私の前の先輩はそのせいで短かったと聞いてます。専務の好みじゃなかったって。」



「それは・・・・お前は俺の好みだから未だに辞めさせられないって自慢したいのか?」



「さすがに自分の事はよくわかってます。私の場合は前の先輩とは真逆の地味な新人ってことで選ばれたみたいです。」


「そんな話は知らないが。」


「下の階ではそう言うことで理解されてます。お陰で前の人にも恨まれてないと思いたいです。」


「・・・・どうでもいい。」


「そんなことないです。私には大切なポイントなんです。今まで新人が当てられたことはないって聞きました。皆があの部屋で働きたいんですから、恨まれるのは勘弁です。無事に平和に会社員生活を全うしたいんです。」


「ふん。」


「専務も男の人に担当してもらったらいいんじゃないですか?そしたら誰も平等です。」

チラリと見られて目が合っただけだった。

検討もしてもらえないらしい。
まあ、専務の一存で決めるわけじゃないだろう。

あっという間にメインになりデザートになり。


「もったいなかったですね。せっかくの美味しい料理だったのに。」

「何がだ?」

「食べられなかった誰かです。」


「誰だ?」


「知りません、知りたくもないです。でもお陰で私が代わりに美味しい食事とお酒を満喫できました。」


満足のため息が出る。
今日も二人でワインを一本空けた。
私も半分くらいは飲んだと思う。

デザート前にあと二口くらいにはなってる。


「専務の下で働くようになって良かったことの一つです。」


笑顔が出たと思う。
本当は違う人達に向けるはずだった笑顔が、ここで出たと思う。

お酒を飲み切りデザートに向かう。


「いつもより酔ってる気がするが、電車で帰れるか?」

「もちろんです。まだまだ早い時間ですから大丈夫です。」


コーヒーを飲んだらしゃっきりもするだろう。
トイレに行ったらもっとスッキリする予定でもある。


「でも毎回思うんですが私が一緒についてきた意味はありましたか?ただただあの部屋では見せてもらえない専務の愛想のいい外面を見せられるだけです。」


本音を隠そうとしなくなったらしい自分。
やっぱり酔ってるなあ。

食べてるチョコレートのケーキにも遠慮なくお酒が使われてる気がする。


「酔うと口が悪くなるのか?聞いてた話と違うが。」


「誰に聞いてたんですか?経理の部長ですか?・・・・あ。」

林森さん?・・・・何か言ったの?俯いて文句を言った。
思い当たって顔をあげたら、片頬をあげて笑われた。


知らないふりをした。
とりあえず口は慎もう。
酔っていたからと、月曜日に謝ることになるのも癪だ。

林森さんが全部ばらしたんだろう。
タクシーの事、早退の事、最後にどんなに落ち込んでたかまで。

やっぱり恨む!!


静かになったテーブル、今更だった。

隣のテーブルにはいつの間にか大人の二人が案内されていた。
デザートを食べ終わり、帰ることにした。



外に出て、お金の事を一応聞いたら奢ると言われた。
領収書をもらってない。
完全なポケットマネーだ。
元々が誰かの代理なのだから・・・・いいだろうか?


「ありがとうございました。ご馳走になります。」


「もっと飲みたいならもう一件付き合うが。」
「帰ります。」

即答だ。当たり前だ。

「じゃあ、本当にごちそうさまでした。また来週よろしくお願いします。」

お辞儀をして軽く目を合わせて駅に向かった。


ポケットで携帯を握りしめる。
二か所連絡したいところがある。
一つは綾香に念押しと様子探りの連絡を、もう一つは当然林森さん。


『お疲れ様です。あの夜の愚痴を全部専務にバラしてたんですね。酷いです。もう絶対飲みの場では近くに行きません。今までいろいろお世話になりました。』

『お疲れ。どうしたの?』

暢気に聞いてくる。

『さっきまで専務と食事してました。愚痴の内容を全部聞いてる風でした。心当たりありますよね。』

『一緒に食事できたの?楽しかった?驕りで美味しいもの食べられた?ああ、良かった。』

だから、謝罪は?言い訳もしない?

『ちょっとあっちにも聞いてみる。』

そうつぶやかれた。

怒ってるよ、とか聞くつもり?余計に言いつけたみたいになるし。
もういい。


綾香からは何の返信もない。
盛り上がってる最中なのかもしれない。
そっちもどうでもいいや。
終わったことだし。

電車を降り、ただ美味しかったと言う満足感だけを抱えて帰ることにした。
やっと一週間が終わった。
今週末もまたダラダラしそう。
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