優良なハンターと言われたその人の腕前は?

羽月☆

文字の大きさ
上 下
6 / 22

6 なんとなくしっくりこない距離と自分の存在意義。

しおりを挟む
ゆっくり眠れたはずなのに、朝から体がだるかった。

会社についても今一つで、お昼になる頃はもっと頭も痛くなって寒気がするようになった。
風邪を引いたんだろうか?
昨日濡れたのがいけなかっただろうか?

ランチタイムも暖かい飲み物を飲みながら机に伏せっていた。

本当に風邪っぽい。

夜にはのどが腫れてくしゃみと鼻水が足されるんだろう。
今日は暖かいものを食べてさっさと寝よう。

目を閉じて半分意識を飛ばしていた。
小さなノックの音に目を開けたけど、専務が入ってくる前に顔をあげることはできなかった。


昼寝をしていたと思われただろうか。


「もしかして体調が悪い?顔が赤いけど。」

「少しだけ風邪っぽいのかもしれません。でも大丈夫です。」

「早めに帰った方がいい。特に急ぐこともないし。」

「大丈夫です。」




「・・・・うつされても困るんだ。」



それは本音だったんだと思う。
忙しい専務と私の仕事の価値は違う。
この部屋に二人でいて、専務が体調を壊したら、私の責任になる。





「分かりました。お先に失礼いたします。今日の仕事の続きは明日頑張ります。」

「明日も体調がすぐれなかったら休んでもいい。無理しなくてもいい。」

完全に治してから顔を出せと、そう言われたんだろう。

「・・・・はい。」


バッグを持って、帰り支度をした。
ドアを開けて、もう一度お辞儀をしようと振り向いたときに聞かれた。

「電車でも大丈夫か?」

当たり前だ。普通の人の移動は電車かバスですから。


「大丈夫です。」

そう答えてドアを閉めた。


ついたため息は熱っぽい気がした。
やっぱり安い傘にしたのが良くなかったのだろうか。
もう少し大きめの傘を買うべきだったのかもしれない。
それに環境の変化のストレスで抵抗力が落ちていたのかも。

エレベーターに乗り、会社を出た。
中途半端なランチ後の時間は出入りする人も少なくて、いつもより早く地上階に着いた。
『早く帰れ!』なんとなくそう言われた気がして又落ち込んだ。

あんな言い方をされるなんて・・・・・・。


あの一言はショックでがっかりで。
自分は何とかできることをって思ってたのに、『邪魔はするな』って言われたみたいだった。

そうなんだろうか?

だって重要な会議とか最近ある?
別にないよね。
大切な行事もないよ。
それとも仕事以外でどうしても体調を崩すべきじゃないってことがあるとか?
大切な誰かとの約束があるとか。


じゃあ専務が風邪を引いたら私がそう思ってやる。
うつされたら最悪って思ってやる。

熱が上がったようなぼんやりした頭でそんな事を思った。

パックのコーンスープと牛乳を買って戻ってきた。
軽くシャワーを浴びて、化粧を落として、スープを飲んだらベッドに入った。
こんな時間から寝るなんてすごく久しぶりだ。

体は休息を必要としてたみたいですぐに眠りに落ちていった。


目が覚めた時に、時計を見てびっくりした。
完全に寝坊だと思った。
それでも外を見て暗い感じに気がついて、すぐに思い出した。

夜の8時過ぎ。
よく眠れたみたいだ。

お腹が空いた。


起きだしてリビングに行く。
濃い目にミルクティーを作り牛乳を入れて温める。
さらにしょうがのパウダーをいれて。

完全に体調を良くしないと出勤してはいけないんだと思えてしまう。
鼻をかんだり、咳をしたり・・・。
そんなことまで考えないといけないなんて。

『うつされても困るんだ・・・・。』

そう言った言葉が脳内に響く。
また思い出したら、何度も繰り返して響いてしまう。

熱はない、だるさもない、心配したのどの痛みや咳や鼻水も今のところ大丈夫だ。
慣れない環境に疲れてたんだと思う。
許可をもらえて早めに休めたのがよかったんだと、辛くならずに済んだことはよかったと思いたい。


歯磨きをしてまた眠った。


次の日、起きた時には本当にスッキリしていた。
全然大丈夫。
いつものように支度をして仕事に行った。

お昼は栄養を考えて食べるようにしよう。
体力を落とさないようにしよう。
あとは、ちゃんと傘を持とう。
こんな季節だから置き傘をきちんと携帯しておこう。


ノックをして入った。
まだ来ていないみたいだった。

ちゃんとお礼を言わないといけない、言う。
休めた分のお礼は言う。


ノックの音がして専務が出勤してきた。

「おはようございます。昨日はすみませんでした。すっかり良くなりました。」

「それは良かった。」

「昨日の分も今日頑張ります。」

「まあ、それなりに。」



今の私に笑顔があっただろうか?
いつも以上に表情が硬かったかもしれない。
お礼を言ったのに、朝一番の挨拶なのに。

だって見えない壁がさらに少し厚みを増した気がする。
明らかに距離が少しあった、今までよりもさらに。


それでもそんな事を考えるより、さっき言ったように昨日の分までやらないといけないから。

机にはしょうがパウダーをいれた紅茶を作ってきた。
それを端に置いて、昨日の書類をやり始めた。
朝のミーティングに出て行った専務。
一人の部屋に静かな音がする。
自分の周りにだけする音。

タブレットで確認した専務の今日の予定。
めずらしく外出はないらしい。
ずっと部屋にいるんだろうか?

そう思ってたのに、帰ってきた荷物のまま外に出ると告げられた。

座ることなく外に出て行った。
閉まったドア。
何時に帰ってくるのか分からない。
予定はタブレットにはないから。

もしかして気がついて後で載せてくれるかもしれない。

大きく息をついて肩の力を抜いた。
ホッとした。
さすがに一日一緒はつらい。

一人だとしてもマイペースで仕事をする。
一区切りつけて、思い出してタブレットを見た。
やっぱり予定は『一日社内』のまま。

電話がかかってきたらどうするのよ。
滅多にないけど・・・一応取次は私の仕事だ。

お昼になってもドアがノックされることはなく。
こうなると昼過ぎまで帰ってこないのは確実だから。

財布を持って下の階へ降りた。

連絡もしなかったからか詠歌たちはいないようだった。
外に行ったのかもしれない。

ひとりトレーを持って空いてる場所に座った。

大勢の中にいるのに一人黙々と食事をする。


さっさと食べて上に戻ろうと思ったら、林森さんがやってきて目の前に座った。

「どう?」

最悪です、そう答えたい。

「無駄口一つ叩かず真面目に仕事してます。」

「ちょっと顔色よくない?」

「昨日具合が悪くて早退しました。十分休んだので今日はよくなりました。」

「大変だったね。心配されたでしょう?」

私の事より自分の事を心配したようです・・・と言いたいけど。
とりあえず首を倒した。
表情は変わらないから冗談だとも思わないだろう。



「まさか、本当に全然仲良くできてないの?」

まさかと驚かれる程ですか?
今まので人はそんなに打ち解けて仕事をしてたんでしょうか?
もしかして・・・嫌われてるの??

「ああ・・・・そうなの?・・・・・・」

「別にいいです。変な噂すら立たないくらいの方が。」

「噂って?」

今度はこっちがびっくりする番だ。
まさか本当に知らないの?

「いいです。」

そう言って視線を外した。


「飲みに行こうか?なんだか気分転換が必要そうだよ。連絡するよ。」

返事をする前に立ち上がっていなくなった林森さん。
最近の私は全く周りの人に引きづられてる気がする。
もっと自分から楽しんでたはずなのに。


目の前の物をなくすのが今すべきこと、そんな感じだった。
食べても味気ない。
でも仕事も食事も、今すべきことをコツコツと。
それで満足するはずだった。
仕事はコツコツと自分ができることを頑張ろうって。

ただ、それだけじゃ満足してないらしい自分。

嫌われてるんだろうか・・・・・そう自分に聞いてしまう。
否定したくなる自分と、答を考えたくない自分。

あの部屋にいる意味は・・・・・・・。
満足できない自分がいる。


他には誰にも声をかけられることもなく終わった昼時間。
上の階に行ったら余計にそうなった気がする。
それは本当は気のせいだけど。

化粧を直して歯磨きをして席に戻った。


また目の前の事をコツコツとやる。


終業時間近くになった時に軽くノックされて戻ってきた専務。




「お疲れ様です。」

「お疲れ様。そろそろ終わりだから、キリがいい所で終わっていいから。」

わざわざそう言われた。
あと五分くらい。

時計を見て画面を見た。

「はい。」

画面を見ながら指はそのまま、視線は向けなくても専務が仕事の続きをしようとしてるのは分かる。まだまだかかるんだろう。
邪魔だと言うことだろうか・・・・。
さっきのセリフをそう受け取ってしまう自分。

残り時間・・・・・終わり。

パソコンを閉じて帰り支度をする。


「お先に失礼します。」


そのまま部屋を出てトイレに行った。
化粧直ししようと鏡の中の自分と見つめ合う。

寂しそうな顔をしてる鏡の中の自分。
こんな顔してたの?

そのままトイレを出て会社を出た。


今日一緒にいた時間は数分にも満たないだろう。

朝は一日一緒にいるのは苦痛だなんて思ったのに。
何で今そんな事を思ってるんだろう。

変なの・・・・。



顔をあげて駅に向かった。

いいじゃない、残業もない、うるさい上司はいない。
たとえ仲良く話をする同期がいなくても、笑える話題がなくても、一人で寂しくても・・・・。


今週は金曜日が休みだった。
仕事の日が一日減る。
早起きと通勤以外にも、こんなに休みがうれしいなんて。

今日を乗り切ればいい、そう思える木曜日。


昨日さっそく林森さんから連絡があった。

『明日一緒に飲める?休日前だと無理かな?』

せっかくの誘い。
社交辞令でなくちゃんと実現させるタイプの人らしい。
それだけでも信じられる。
気を遣ってくれてるんだろうか?
専務が働きやすいように、私の方の心をほぐしてあげたいって思ったんだろうか?

友達思いなのかもしれない。
そんなに思われる友達を持つ専務らしい。

下の階で見た同期の人に囲まれてた時の笑顔、あんな笑顔が私に向けられたことはない。
むしろ気まずいらしいじゃない。
はっきり二人きりが苦痛みたいじゃない・・・・。
だって今週はわざとすれ違ってた気もする。

じゃあ、交代を申し出てくれても・・・・・。


なんて人事を好き嫌いで選ぶのはダメだと、さすがに一族でもそういうことなんだろう。
当たらず触らずなら無視しておけばいいって感じで。
これからも出来るだけすれ違うような感じになるんだろうか?
ますます距離は離れてしまう、間違っても近くなることはない。

何がダメ?

私の緊張とちょっとした苦痛が専務にも伝染してしまうんだろうか?
だって仕方ない。
会話はないし、打ち解けることもないし・・・・あんな本音を聞かされたらどうあったって壁を作ってしまう。


いっそもっと図々しくいけたらいいのに。


せっかく林森さんに誘ってもらってもそんな愚痴言えるわけない。
あ、まさか二人じゃないよね?
詠歌を誘うほうがいいの?

返事をしてないままだったのに気がついて急いで返事をした。


『大丈夫です。少し緊張が続いてる日々に疲れてるので美味しいお酒が楽しみです。何人くらい誘いましょうか?』

『楽しみにしてて、美味しいお酒を飲もう。こっちは彼女を連れて行くのでその三人でいいかな?遅くならないようにするからね。』

『分かりました。噂の林森さんの彼女にお会いできるなら、もっと楽しみになりました。』

『終わったら連絡し合おうね。お店はこっちで決めるね。』

『よろしくお願いします。』

デートに混ぜてくれるらしい。
いいんだろうか?
いいよね。
誘ってくれたのは林森さんだし。

それにしても彼女を紹介するって、同じ課の後輩でもないのに。
林森さんとのつながりは『専務』が間に入ってるはずなのに、その専務とは全く近い感じがしない。
物理的な距離だけ、それも仕事の時間の一部だけ。

やっぱり変。

でも逆に彼女を紹介してもらえるなら堂々と仲良し先輩の一人に挙げられそうでうれしい。


あと一日、そうしたら飲んでやる~!!

そうやって気分をあげてから、寝た。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

処理中です...