紹介し忘れましたが、これが兄です。

羽月☆

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17 未来へ向かう日

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週末と、午後出勤の前日を一緒に過ごす。
何度か繰り返してみたパターン。

午後出勤ということは当然帰りは遅くなるということ。しょうがない。
イチとゆっくりのんびりじゃなくてせっかちにだけど、たっぷり過ごせた夜を超えて。

今朝も元気に出勤するイチと一緒に駅に向かい、改札をくぐりホームで別れた。

「また週末ね。」

そう言って反対のホームから電車に乗ったイチ。
疲れてないのか顔色をつい窺う。
キーボード担当は体力もあるらしい。
一度部屋に帰る。
下りの電車は空いていて疲れてる私には優しい。
朝ですけど・・・・。
着替えて洗濯して、軽く掃除して。そんなにゆっくりはできない。

自転車で職場へ。


ある日、お昼に社食に行った。
さすがにちゃんと食べようと思ったから。
同期の比呂がやってきた。

「珍しい、どうしたの?」

「ちょっとお腹空いて、がっつり食べたくて。」

「疲れてる?」

「うん、どっぷり。なんだか疲れが取れない。」

「なんだかんだ真面目だからね、奈央は。適当に仕事振っていいのに。上にも下にも。」

「まさか。」

仕事だけじゃないけど言えない。
心は満タンなんだけど、体は辛い事情。

「ねえ、何かいいことあった?」

「ぶぉっ。」ちょっとむせた。

「何?いきなり。」

「絶対いいことあったでしょう?すごく楽しそうな顔して廊下歩いてるの何度か見かけた。」

「楽しそう?」

この間もそういえば言われましたが。

「ね、前の私ってそんなに不幸顔してたの?」逆に不安になる。

「うん、そうだね。辛そうに痩せてる時期あったよね。今も細くなったけど表情が違う。奈央は分かりやすい。」

「・・・・・・。」

「まあ、まだ途中?いいニュースなら固まる前に教えてね。少ない同期なんだから。」

「うん。」

そうなのだ、残ってる同期で独身も少なくなってしまって。
年一の同期会、仲がいいはずなのに、出席率はどんどん下がる一方で。
しょうがない子育て中が多いから。

私はまだまだやっと入り口に立ったばかり。
『愛してると言い合う関係』の入り口に。

それにしてもどんな顔して廊下を歩いてるんだろう。恥ずかしい。



ただただ毎日がハプニングの連続。
同じ日はそうないし、平和な日もない。
何か事件が起こるのだ。

何だか自分がすり減っていくようでふと焦りを感じる。
それは何によるものなのか?
疲れてるの一言だ。
せめて余計なものを捨てたい。
お給料減ってもいいから係や役職はいらない。
今何かやりたいことがあるかと聞かれてもそれもない。
これからどうなりたいというものも見当たらない。

もう毎日をこなすのに必死なのだ。
こんな毎日でいいのだろうか?


日々思う。
少し環境を変えたい。
転職が多い業種でもある。
面倒な役目を捨てて、思い切って・・・・。


そんな時に出会ったから縋りついてしまうのか。
そんなつもりはないけど、・・・やっぱりある。
否定はできない。


やっぱり計算してる自分。
最近幸せ気分に浸ってる時間があまりにも心地よくて。
兄妹二人で私を甘やかす。
そしてつい未来に期待してしまう。
でも現実に戻るとどっぷりと抜けられない今が重たくて。

ひとつ前の恋愛の時は会える日を心も体も待っていて、日常なんてどうでも良かった。
とにかくあの時間のためだけに過ごしていた。
その間だけに自分が生きてるような気がしてた。
勝てない敵に挑んで、女を前面にして。

今もそうだけど。イチと一緒にいることに何より安心感を感じる。
でもどこかで許せない自分を押し付けてる罪悪感も感じる。
安心して許された気になってる自分。
あの時は自分中心で、必死過ぎて感じなかった罪悪感を今になって感じてる。
相手と、会ったこともない相手の家族に対する罪悪感。

そして安心すればするほど、イチにも同じような気持ちを感じ始めた。

どうやったら消せるのだろう。
あれは過ぎたことだと、いつか言えるのだろうか?
そんな事を私は自分に許すのだろうか?


「なんだか疲れてる?」

エレベーターの前でぼんやりしてたら声を掛けられた。副師長だった。

「お疲れ様です。」

「お疲れ様。大丈夫?悩み中?」

「はあ、何だか疲れます、毎日。このまますり減りそうです。」

「頑張り屋さんだから。師長が楽してるから使ってもいいのよ。」

「はあ。」

「頑張らないでね。」

めったにない挨拶をされた。

でも本当に疲れて見えたらしい。
臨時で押し付けられた夜勤を変わってくれた。
日勤に出る必要もなく有休を当てられた。
ありがたく休ませてもらうことにした。
増えたお休み。

会いたい。イチ。
でも・・・・会わないでいたい。


部屋に戻ると隣のドアが開いた。

「奈央さん、お帰りなさい。」

「ハルヒちゃん、ただいま。」

「奈央さん、甘いのいかがですか?」

「うれしい。食べたい。」

「ついでにおいしいご飯もありますよ。」

「本当、行っていいの?」
 
「はい。たくさんあるんです。まだなら是非。」

「もちろん行く。」


シャワーを浴びて着替える。
そのままマグカップを持って隣へ行く。

「どうぞ、奈央さん。」

テーブルに広げられ料理。美味しそう。

「ハルヒちゃんが作ったの?」

「いいえ、友達が泊まりに来てたんです。作ってもらいました。」

「美味しそう、上手な子ね。」

「はい。」

ハルヒちゃんと一緒に友達作のご飯を頂く。
もしかしてデザートも手作り?まさかね。

「奈央さんの今度のお休みはいつですか?」

「とりあえずカレンダー通り。夜勤予定もなくなって週末も休み。」

「そうなんですか?」

「うん、気の利く上司が調整してくれた。あまりにも疲れて辛いと言ったら変わってくれるって。」

「それはあのアホな兄のせいですか?」

「違うよ。ぜんぜん。仕事で面倒ばかり降ってくるからちょっと休憩。」

「大丈夫ですか?痩せてますよ。」

「肉を食べるようにした。体力なくなるからね。」

あと一日でお休みだから、ゆっくり休みたい。

「アホ兄はどうですか?」

「うん、優しいし・・・。癒されてる。ありがとう。」

「そこは取り柄です。」

「仲良しよね。うらやましいくらいに。」

「兄1人妹1人ですから。」

「面白い使い方ね。でもハルヒちゃんと一緒にいても癒される。本当に妹になってほしいくらい。」

「兄に頼んでください。二つ返事でOKです。」

「・・・あ、違う、そう意味じゃなくて・・・本当の妹だったらって。」

「え~、義理がついてもいいですよ。否定したら、今頃くしゃみと悪寒感じてますよ。甘えて看病に呼ばれますよ。」

ふぅ、そんなに簡単はいかないから。心で思う。笑顔のまま。
でもハルヒちゃんが残念な顔をする。

「何かありましたか?本当につらそうな顔してます。」

「え?そう?」

「はい。すごく残念でつらそうな顔です。」

「気のせいよ。」

自分でもわからなくなってきた。
楽しそうな顔して幸せそうだって言う2人。
疲れて辛そうだという2人。
それは私の気持ちの表と裏。

大好きで一緒にいたいと願い未来を描く自分と、現実から逃げられないのに、あえて足元を見ようとしないで逃げようとしている自分を引き留める自分。


結局ひょっこりできた休みの日、1人で電車に乗って遠出して温泉に行った。
イチには内緒。
1人で考えたくて。でも後悔してる。1人で歩いてもつまんないから。
お休みなのに、1人でご飯食べて、お土産屋さんを見て。
温泉が気持ち良かったとか、美味しかったなどと言い合うこともなく。
あっさりと電車に乗り帰ってきた。

遠かった分余計に疲れたかも。
やっぱり人も多いし、その分カップルも。

駅からの道のりも遠く感じる。
手に持った袋にはハルヒちゃんと副師長へのお土産が入ってる。
ゆっくりぼんやり歩く。
買い物もせずに部屋に戻る自分。めんどくさい。
お昼はちゃんと食べたし。

部屋に戻ると玄関に携帯が置いてあるのが目に入った。

最後まで悩んであえて電源も落として置いて行った。
そのまま手にして荷物と一緒に部屋に入る。
電気もつけずにぼんやりとする。

ピンポーン。
宅配?心当たりはないけど。

ハルヒちゃんかな?
ドアを開けるとイチがいた。

「あっ。」続きが出ない。

「入っていい?」

「うん。」

体を引いて入ってくるのを見る。
先に歩きリビングの電気をつける。
バッグもおみやげもそのまま。

ちらりとイチが視線をやる。

「何か飲む?」

「いらない。奈央、座って。」

視線を合わせずに横に座る。

「奈央、心配したよ。元気ないってハルヒが言ってたから。」

「うん、ちょっと疲れてるみたい。心配ないよ。」


「今日は休みだったんでしょう?1人で過ごしたかったの?」

「・・・・・うん、ちょっとだけゆっくりしたかったの、ごめんなさい。携帯を置き忘れてて、もしかして連絡・・・・。」

急いで携帯の電源を入れてみる。
連絡が来るかもとは思っていた、だから置いて行ったんだけど。


「奈央、僕は邪魔?ごめんね、いつも疲れさせて。反省してる。」

「ううん、違う。体力もそうだけど、少し精神的にも疲れたの。イチのせいじゃない。」

視線を合わせたままじっと見られてる。

「ごめんなさい、自分の中でいろいろと消化できないことが多くて・・・・いっぱいいっぱいなの。だからちょっと考えたかっただけ。」

「頼りにならない?僕じゃ相談相手にならない?」

首を振る。そう言うことじゃない。一番知られたくないから。


「イチは・・・一緒にいるだけでいい。」

「でも離れていたかったんだよね、今日は。」

そういうことになる・・・・から。何も言えない。視線を逸らした。

「奈央、教えてもらえないの?僕の事じゃないなら何?それとも、もっと大切な何かがあるの?」

「難しいの。自分の中でも整理できなくて、うまく説明できない。」


「こっちを見てくれないの?」

「弱いから、縋るの、一緒にいたら。でも計算なの、だって甘えるのも考えてる。甘やかしてくれるからってちゃんと考えてから甘えてる。自分でも分からない。私は自分のためにイチが欲しい、イチの為じゃない。・・・・よくわからないの。」

「奈央は難しく考えるね。いいんじゃないの?自分が欲しいと思って、手に入れたいと思ったものを手に入れるんだよ。なんで他人のために生きるの?僕も自分のために奈央が欲しい、それで奈央に笑っててほしいからあげたくなる。それを見て満足するのは僕だよ。おかしい?普通だよ。」

「でも、何を言ってもこうやって許してくれるって思ってる自分がいるの。」

「それは愛されてる自信でしょう?ちゃんと僕の思いを分かってるってことだよ。僕を信頼してくれてるって事じゃない?それはすごくうれしいよ。変じゃないし、当たり前だし。」


しばらく考える。

「まだ何か不満?あとは?何?」

「一人で温泉に入ってのんびり買い物したり食事したり。寂しかった。ゆっくり冷静に一人で考えたいと思ってたのに、一人じゃ寂しくて。ごめんなさい、わざと携帯も置いて行ったの。イチとも話をしないでいたいと思ったのに、携帯がないと、遠くて遠くて。ずっと遠くに来てるって思って。寂しくて、悲しくて。」

「いいよ。そんなこともあっていいよ。だって、また近くにいるでしょう。寂しかったけど。」

いつもの温かい腕に抱き寄せられた。


「やっぱり優しい」

「そりゃそうだよ。こうしていられる限りはね。」

「ハルヒちゃんと話をしてたの?」

「ううん、ハルヒはいない。まだ帰ってきてないから一人で待たせてもらった。」

「一番奥の部屋でよかったよ。廊下を通る足音を聞くたびに顔を出してたら怪しい男の出来上がりだからね。」

「・・・・。」

「ねえ、今日、ハルヒは夜遅くなるって言ってたよ。」

視線が合う。何を言いたいのか分かる私。
だから応える。
長かった一日の寂しさを埋める様に。

「今度は一緒に行こうね。」

「うん。」


今欲しいものがそこにあるのに我慢するなんてもったいない。
だから手を伸ばして触れてみる。
温かい手が応えてくれるなら私は喜んで引き寄せたい。
ちょっと、近くに。ずっと、そばに。


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