紹介し忘れましたが、これが兄です。

羽月☆

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7 終わった物語

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静かにお酒を飲む時間。
横では同じようにグラスを口にする春日さん。
ハルヒちゃんのお兄さん。

知らなかった、気が付かなかった。二度も会っていたなんて。

ハルヒちゃんがお兄さんの話をしたこともたくさんある。

『優しくて甘いですよ、私には。年が離れてるし、多分寂しがりなんです。1人暮らししてもよく実家に帰ってきますし、私ともよく連絡も取ってます。なんだか昔から親が三人いる気分でした。』と。

なんで『二度会ってますよね。』その一言がなかったの?

だからずっと年上の彼氏だと思ってた。
寂しがりの優しいお兄さん。
ちらりと隣を見るとこっちを見ていたみたいで視線が合ってにっこりされた。
それだけで赤面してしまう。
このあと二人でマンションに帰り、春日さんはハルヒちゃんの部屋に泊るという。

明日は有休をとってお休みだという。
ハムスターのピッコロの世話を頼まれたと。
そんなことも頼まれるの?
だって一日くらい放っといても大丈夫な生き物なのに。
あ、一日とは言ってない。もしかしてもっと留守にするの?
珍しくハルヒちゃんは何も私に言ってくれてない。
明日、私も休み。誘われるのだろうか、食事とか。

洗濯掃除をしたら本当にすることはない。
職場ではあんなに山盛りてんこ盛りに仕事があるのに、家に帰ると途端に両手も頭も心も体丸ごと空いてしまう。
ここしばらくは携帯への着信を気にすることもなかった。
もう彼からの連絡を待つことはない、そう決めたから。


ハルヒちゃんは知っている。私が失恋したことを。
飲んで飲んでグダグダになりながらしゃべって泣いて。
ちゃんと隠してたと思う。肝心なことは。
美幸だけは知っている。どうしても辛くて話をした。
もちろん、呆れて止められて怒られて。


他にはバレてないと思う。


だって隠したい、隠さなきゃいけない恋だった。
私がしてたのは人の旦那さんを好きになったこと。
人の物なのに欲しいと願ったこと。
少しの時間でもいいから私のそばにとすがりついた恋だった。



卒業してからずっと今の病院に働いていた。
病院の中で好きな人を作るのは避けていた。
だから今まで付き合ったのは友達の知り合あいとか、製薬会社とかの人との飲み会で出会った人だった。
だから付き合ってるときにも仲のいい友達には教えてたし、別れて落ち込んだ時は慰めてもらっていた。
そうは言ってもやっと3人。

二年付き合った製薬会社の人とはその人の転勤が決まった時に転機が来た。
『一緒に来てくれる?』と聞いてくれるのを待った私。
最後までそのセリフを聞くことはなかった。
言われたら悩んだけど、ついて行ったかもしれないのに。そう思った。
でも今思うとどうだろう。
それが間違ってなかったと思ったのはしばらくしてから。

忘年会で急に蕁麻疹がでた整形外科の少し年下の先生を病院に連れて帰り、点滴をうった。
どうしたらいいのか、帰ることもせずそのまま2時間近くにいた。
接点もなく、よく知らない先生で結婚してるなんて思わなかった。
だから奥さんに電話することもせず。
そのまま具合がよくなってからタクシーで同乗して帰った。


「今度お礼しますから。」というのを「大丈夫ですよ。」なんてやんわりと断り手を振って自分の部屋に帰った。
それからしばらくして帰りが一緒になった時にお礼を言われて食事に誘われた。

「すみません、お礼が随分遅くなってしまって。」

「いえ、別に大丈夫です。全然。」

車に乗せられて少し遠くのレストランに一緒に行った。
お酒は飲めなかったけどコース料理を食べながらいろんな話をした。

見た目は明るくて人の中にいるのが似合いそうなのに、静かな環境が好きで一人でジャズを聴きながらコーヒーやお酒を飲むのが好きだという。

「最近そんな時間が持てなくて。」とため息をつく。

静かなところで一人でいるのを好むのは私も一緒。
音楽も邪魔にならないジャズが好きだったり。
いくつか好みのお店を教え合った。
二つだけ、お互いに好きなお店があった。

今度一緒に行きましょうという話になった。
あんまり期待しないように、むしろ院内交際なんて絶対避けたくて。
それでもうれしくて、楽しみにしてる自分がいて。
笑顔を見るたびに、抑えた自分の気持ちが揺れ動くのが見えるようで。
何度か一緒にいるうちに、どうしても好きな気持ちを自覚せずにはいられなかった。

院内で会うことはなかった。

だから彼の存在が私の周囲で話題になることもなく、ついつい目で追ったりするようなそぶりをすることもなく。
静かにひっそりと2人きりの時間を持つ二人だった。
まだまだ知らなかった。結婚してることは。


ある時お酒を飲んでいた時に言われた。

学生の時から付き合っていた彼女と結婚していると。
今、里帰りお産中でもうすぐ帰ってくると。
一瞬驚いてショックを受けて、自分の顔に裏切られたような思いが張り付いていたかもしれない。
それでもその後必死に思いを隠した、つもりだった。

「それでもまた会いたい。本当に会いたいと思う。」

そう言われた言葉に縋りついた。
そのままホテルに行った。
夜景が自慢のホテル。
部屋に入って抱き合った。

前の恋愛と違うのは、自分が傷つくのが分かってる事、そして相手も、相手の家族も。

それでもどうしても一緒にいたくて、一緒に時間を過ごしてほしくて。
むしろそれまでよりもっと一緒にいたいと思うようになった。

週末にはどこかのホテルで待ち合わせをして抱き合う、食事して別れる。
そうして過ごすことが多かった。
それでも奥さんが子供を連れて戻ってくるとなったらそんな過ごし方もできず。
自分の部屋に来てもらい、あわただしく過ごす。


濃密な時間に凝縮されたものをただただ愛情だと思い縋りつくように欲しがり、奪いたいとさえ思った。
部屋を後にする彼の背中に縋りつかなかったのは自分がみじめになると、心のどこかでは分かっていたから。


ある時に患者さんを整形に転科させた。
引継ぎに整形病棟に初めて足を踏み入れた。
休憩室から彼のものとわかる声が聞こえてきた。
ナースと一緒に子供の話で盛り上がっている彼、声を聴いただけでわかるけど、その内容は自分が知ってる彼が言ってるとは思えないようなもので。

「とにかく可愛いです。自分の分身って奥さんより愛しく思うんですね。母親だけじゃないですよ、父親もそう思いますから。」

そんな話し声。

ぐっと自分の体が闇に押されるような圧迫感を感じて苦しくなった。
あっさりと引継ぎをして足早にそこを後にした。
泣いたらダメだ。職場だから。
それでも更衣室に行って一人でゆっくり深呼吸を繰り返した。

もう無理だ。

あんな話を聞いて一気に覚めたというか現実を受け入れる気持ちになった。
最後に自分が勝てるなんて思ってもいなかった。
どこかにあった願望だけど、目をそらしてきた。

それももうしないって決めた。手放そうと決めた。
その日仕事が終わった勢いでそのままメールを送った。

『終わりです。今までありがとうございました。』

そう送って後は返信が来ても電話が鳴っても無視した。
画面を見つめて涙を流しながら。
手は絶対に動かさなかった。

誰も幸せにならない。
その内に忘れるから。
もっときちんと、人に堂々と言える相手と恋愛がしたい。
もっと自分らしく出来る相手に巡り合いたい。


それから立ち直るのに時間はかかったけど今はもう忘れた。


それでも新しい誰かと、と思う気持ちにはなかなかなれなくて。
空っぽの心を抱いてぼんやり過ごすことが多かった。

ハルヒちゃんが埋めてくれたのはそんな時間。
若くて楽しくて明るくて、希望にあふれた女の子。
一緒にいるだけでこっちも明るい気分になれた。
本当に助かったのかもしれない。
失恋してしばらくたってからだったけど、うち明けて慰めてもらった。

恥ずかしい、随分年下なのに。

春日さんはハルヒちゃんから聞いただろうか?
さっきの説明でもうっすらと聞いていたみたいだ。

本当の事を知ったら軽蔑されるだろうか?

誰にも言えない恋は誰にも知られないまま終わった。


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