まさかの自分のツボがこれだったとは、三十路を過ぎて自覚する事もあるらしい。

羽月☆

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24 三大標語を繰り返し念じてたはずのに。~ 落ちこぼれの雀 緋色①~

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何度も言われた、本当にしつこいくらいに。


うっかり乗せられるな!
うっかり照れるな!
うっかり喋り過ぎるな!


色っぽい感じもわがままな感じも俺様な感じも全くなく、ただ上司から部下の様に、注意されて念を押されて真剣に命じられた。


そんなに簡単にボロボロとバラしたりはしないのに。
ただどうしたって隠せないとは思う。

「ある程度はバレても仕方ない、結果だけなら問題ない。」

そう言いながらもまた呪文か標語の様に繰り返された。

乗らない照れないしゃべり過ぎないっ、分かってる!!


朝いつもの部屋で一番に到着して、空っぽの創さんの机の方を向いて舌をだした。

別人になるくせに・・・・。
あんなにしつこいくせに。
寝ぼけながらもエロいくせに。

そしてガチャっと音がしてアズルさんと目が合った瞬間・・・・・真っ赤になった。
ああ、もう一つは無理だって分かった。
分かってても出来ないことがある。
許してほしい。


「沙織ちゃん、そんなに照れなくても聞いてるし。良かったね。あとはランチに一緒に行ってお礼を言われようかなあ。」


「・・・はい、ありがとうございました。」


先に言ってるならそう言ってよ。


お辞儀をして顔をあげながらなんとか表情を作る。


「いい週末だったじゃない。」

「はい。」

何とかアズルさんが先にパソコンに視線を落としてくれたから、普通に戻れた。

そして三人目。
ドアが開いて目が合っただけでもやっぱり無理で、下を向いてあいさつした。

そこは平然とした顔をしてた。
優しくもなく、知らなかったら『いつもと同じ』って思うくらい普通の顔。


アズルさんが週末の惚気を創さんにして、創さんが普通に褒めたたえて。
創さんが普通に仕事の会話をし始めて、私もパソコンに向き合った。
ゆっくり呼吸をしながら落ち着いた。

普通に普通に。


「緋色さん、まずはこれ、よろしく。」


呼ばれて机の前に言って書類を受け取る。
チラリと見て分かりましたと答えて退散。

だってアズルさんが見てそうじゃない?

気のせい?

全く脇目も振らずに仕事をした。
集中力が半端じゃないくらい、褒められていいくらい、褒めてほしいくらい・・・・・誰に・・・・って。


でも提出した書類を見ても『早いな』もなく、普通に次の課題をもらった。
本当に変わりない。
悔しいくらい・・・。


三回のやり取りで午前は終わった。

「沙織ちゃん、お昼に行こう。」

誘われて席を立つ。

視線をやったらしっかりと強い目で見られた。
分かってるって。乗せられず照れず・・・・は無理だけど、喋り過ぎないから。
もう・・・・しつこいなあ。



「でも気が付かなくてごめんね。逆にあんな飲み会に誘ったりして。本当に30分で見切られてホッとしてる。良かった・・・・。」

「いえ・・・。」

『着物』がNGワードで、忘れてたけど、あれはどうよ。
思い出してムッとする。

「でも意外だったね、もっとクールだと思ったのに、そんなに沙織ちゃんの前では変わるなんて。沙織ちゃんもそう言えば性格変ってたもんね、酔っててもすごく遠慮なくいろいろ言ってたもんね。」


「ああ・・・気が付くべきだったのに、全然だめだなあ。自分の観察力の無さにがっかり。」


「でも沙織ちゃんも別人になるなんて、見てみたいなあ。でも見せる相手は一人だけなんだろうなあ。」



「今日もクールだったから本当に想像できないよね。沙織ちゃんが照れまくってるのが可愛かったのに、全然だったね。」


本当に・・・・なんで先にばらしてるの?いつ話をしたの?
それに私の事まで。
なんのためにしつこく言ってたのよ・・・・。


「本当にお世話になりました。本当に全く気が付かれなくて全然違う事ばっかり言われて聞かれて。もうやっとでした。」


「そこは鈍いのかな?もっとちゃんと気がついてさり気なく対処しそうだよね。」

「全然でした。」

「二日間ずっと一緒にいれたんでしょう?」

「・・・はい。」

「甘いなあ、懐かしいなあ、そんな頃なんて遠い昔だなあ。」


「アズルさん、朝から惚気てたじゃないですか、新婚だし。」


「それは沙織ちゃんを見て、ちょっと羨ましくなったから、クールな方に嫌がらせをしたくなっただけ。」


朝から嫌がらせ?なにそれ?


「あああ・・・・・やっぱりうらやましいなあ、沙織ちゃんみたいにハッピーマックスの分かりやすい頃なんてあったのかなあ。やっぱりお互いにギャップがあって二日間たっぷり盛り上がったからかな?」


本当に恥ずかしい。
何を言ったの?教えたの?

「じゃあ普通の時もクールは止めていいのにね、寂しくない?」

「少しは・・・・普通過ぎます。全然違うくせにって思います。」



「どうなんだろう、そんな風に変わってたら今度野本さんが来た時にびっくりするかもね。」



「評判が野本さん経由で下の階に伝わったら大変だしね。フェロモンも笑顔も甘い感じも封印だね。」

そう言われて想像した。
普段はクールって言われてる人が、いきなり優しい笑顔とダダ漏れの色気と甘えるような声で・・・・・。


「無理です。そんな笑顔や声を振りまくなら、クールなままでいいです。隠れファンが表に出て、ついでに他にも数人がびっくりしてついてくるかもしれないです。いいです、そんなのはいらないです。」


「本当に面白い、それも楽しそう。想像できたなあ、なんとなく。」


楽しそうに笑うアズルさん。


「満足しました。ごちそうさまでした。」


食事が終わったアズルさん。
私は急いで自分の分に取り掛かった。



午後、やっぱり心配するような変化も創さんにはなく、ほんとにあの二日間が幻だったかの様に静かに冷静な時間が流れてた。私だって普通に仕事出来てるから偉いじゃない。


一区切りついたのか、アズルさんが休憩しないと声をかけてきた。
いつも楽しそうな笑顔のアズルさん、引き出しからチョコレートの箱を出してきた。

それはそれはとても最高のおやつの時間になりそうなものだと、すぐに分かった。

「コーヒーいれてきます!」

「よろしく。」


そう言われたから三人分トレーに乗せて部屋に戻った。


チョコレートの香りがする。
確実に自分の鼻がとらえた。



アズルさんが立ち上がり配ってくれた。

「ありがとうございます。わざわざ買ってきたものですか?」

「そうよ、ほら、いろいろと聞きたいじゃない?」


そう言ったアズルさん。
お昼にいろいろと教えましたよね?
あとは何?



「二人の時はクールな仮面を外すらしい江戸川君にもお礼を言われたいし。」

そう言って創さんを見たアズルさん。
だってその辺はとっくに言われたんだと思ったけど。

そう思って創さんを見たらすごい目で見られてた。


何っ?!


「お昼に沙織ちゃんからはだいたい聞き出したんだけど。」


創さんがまだ私を睨んでる?
だって先にばらしたのはそっちでしょう?


「江戸川君にはまったく聞いてないから、このあたりでね。」


「ええっ~、だってアズルさん、創さんにも聞いてるって言ったじゃないですか?いろいろ知ってたじゃないですか?」


向井さん?もしかして向井さんに聞いた????
あれ、向井さんの事は知らないか。

ん?


「想像で話を振ってみたら、ボロボロと沙織ちゃんが漏らしてくれて、想像はまあまあ正しかったのかって安心しました。二人だと随分変わるらしいし、二日間たっぷりくっついてたのも分かりました。」


「そんな事は言ってません!」


「言ってなくても首辺りに証拠があるからね。そこは沙織ちゃんの大好きな『創さん』からのプレゼントだろうねって。」

急いで首を見る・・・・見えるわけない・・・・。
創さんを見たら視線をそらされた。
その視線は鋭くはなかった。


「いつから呼び名が変わったの?」


チラリと創さんを見たのにこっちを見てくれない。


「前に創さんの友達と一緒になりました。その人がそう呼んでたので。」

「偶然?江戸川さんの助っ人?」

「偶然です。昔の同期です。今回の異動の事も話しをしてたのでまあ、緋色の事も少しは話してたし、勝手に加わってきたきたんです。」


「そうなんだ、あんまり下の名前は憶えてなかったなあ。『江戸川君』って長いから面倒だけど、しょうがない、さすがに沙織ちゃんと同じ呼び方じゃね。」


「別に・・・・。」


私がいいですよ、なんて言うことじゃないけど。


「沙織ちゃんが心配してたのは、二人の時みたいに優しく甘くトロトロなところを他の人が知ったら不要なライバルが増えるって。でも心配なさそうなくらい。やっぱり知らないとクールだって思うよね。まさかそれがねえ・・・・・。」

そんなトロトロなんて言ってないです。
そんな・・・・。

絶対今睨まれてる。
だってアズルさんが先に知ってるみたいに言うから・・・・。


乗せられてしまった。照れてしまった上に乗せられてしまった。
そして暴露しました。

撃沈。

標語は守れなかった。
あんなに念押しされたのに。


アズルさんが容赦なく創さんに聞いてるけど、すごく無反応に近い創さん。


「ああ、面白かった。こっそり働いた分のお礼はもらったから、後はご自由に。」

全く答えてないような創さんにも満足したアズルさん。
だって否定してない。
私が肯定したようなことを、さらにダメ押しして想像してると思う。

多分その通りだと思う。

だったらアズルさんもそうなんじゃないの?
アズルさんの彼氏もそうなんじゃないの?


アズルさんが先に部屋を出た。


ゆっくり創さんを見た。

ちょっと睨まれた。

「すみません。」

小さく謝った。

「まあ、いい。ただこれ以上はダメだ、向井には一言も漏らすな!!」


「はい。」


「アズルさんがズルをしたんです。」


「まんまと引っかかったんだろう?」


そうです。

週末に戦略を練ったのかもしれない。
そして仕事ができるってことは、そんな事も得意だってことで。

だからって駄目押しの首の印は知らない。
うっすらとお腹や胸にもあったけど、首にもあるなんて。
見えないところは知らない。
私が見えないのに、他の人が見えるところはやめてほしい。

コーヒーを飲む横顔。やっぱりクール。

「チョコレート美味しいですね。お世話になったのにご馳走になるって変じゃないですか?」

そう言ったらこっちを見た。
思ったよりクールじゃない顔で。

「お礼をしたいなら週末付き合うぞ。」

それはデートだよね?


「はい、お願いします。」

そう笑顔で答えた。だって二人分のお礼です!そこは私だけの分じゃない!!

「じゃあ、あとで。」

最後は部屋で見せられたような笑顔だった。
大好きになった後に知った笑顔。
クールな表情からガラリと印象を変えた笑顔。


ノックがされてドアが開いた。

ゆっくりアズルさんが入ってきた。


「お邪魔じゃなかった?」

そう笑いながら言われた。

「アズルさん!!」
「宗像さん。」

二人の声が重なった。


「もう気が合うんだから。さて仕事をしましょう。」

三人はまた大人しくパソコンに向き合う。

さすがにそんな報告お茶会は一日だけで、次の日からは通常モードだった。
ちょっとだけ浮ついてたのは私だけだったと思うけど、表面上はなんとか誤魔化せていたかな。


『そういえば、最初の頃に比べると格段に安心して仕事を任せられるようになったな。』

夜の電話でそう言われて、褒められた。
それはそうでしょう?だって最近呆れた顔をされないもん。最初の頃は隠せてなかったし。
なんとなく視線でうかがわれてたのも分かってたし。

「私もそう思います。」


調子に乗ってそう言った。


『本当に落ちこぼれ雀がやっと電線に並べた感じだな。』

笑って言われたのは電話でも分かる、そんな雰囲気だった。

前に一度横になってくっついてた時に言われた事があった。


「向井さんにはどういう風に言ってたんですか?」

眠りにつくまでの会話で、ちょっとだけ気になって聞いてみた。

「手のかかる落ちこぼれの雀だって教えたんだよ。最初の頃なんて年齢詐称してるのかと思ったし、誰かのコネ入社かって思ってたし。」


そんな事を思っていたと言われた。
『落ちこぼれの雀』って何?
よく分からないけどどうしようもなかったらしいとは伝わった。

自分でもある程度はそう思ってたけど、そんな言われ方をしてたなんて・・・・。

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