15 / 28
15 おこぼれでゲットした三連休を前にした二人。
しおりを挟む
金曜日、やはり何も予定は立たないまま。
せめて向井が惚気の追加情報を送ってこないことを祈りつつ。
朝夕のランニングセットも充実してきた。
もうそこの日課に熱を注ぐしかない。
腕にはめるのは走った距離と時間、概算のカロリーが出る。
目的はなくても目安にもなるし、励みにはなる。
寝坊することもなく早起きして走り、無駄にダラダラすることもなく夕方も走り・・・・・それから次の朝までちょっとくらい緩んでもいいだろう。
体のどこが変わってきたかと言ってもよく分からない。
そんな二日間を同じように過ごした。
「おはよう。」
「おはようございます。」
「おはようございます。」
三人で挨拶をして、同じような月曜日の始まり。
今週は宗像さん公認一斉有休三連休となる。
木曜日まで過ごせば金曜日から三連休だ。
だから・・・・何はなくても嬉しい気分はあるんだ。
日々婚約者の観光熱が入ってきたらしい。
毎日計画書を見せられると嬉しそうに言う宗像さん。
ついでの有休の自分にはまったく楽しい予定はない、緋色の事は分からないことにしておく。
ただ宗像さんのお土産を待つばかり。
「二人とも出かけるの?」
「いいえ。」
「別に・・・・。」
なんと張り合いのない二人だろう。
せっかく三連休を作ってあげたのに・・・・そう思ってるかもしれない。
「じゃあ、明日は二人でとことん飲んだら?次の日寝過ごしてもいいじゃない。」
「留守番二人で主役無しの前祝いですか?」
「ただの留守番二人の飲み会でもいいです。最近二人揃って元気ない気がするんだけど。江戸川君、もしかして何かあった?」
「いえ、別にないです、なさ過ぎかもしれません。」
「じゃあデートの遅刻を一時間まで許すことにする?」
「しません、出来ません。」
「沙織ちゃんはどう?元気でないの?どうかした?」
緋色を見た。ちょっとだけ目が合った。
「私も何もなさ過ぎて、なんだか現実に押しつぶされそうです。」
「私の扶養家族増えました報告はまだまだ先だと思うよ。それまでゆっくりしてもいいじゃない、なんと言っても若いんだし。ねえ、江戸川君。」
「そうだな。本当に若いんだよな。今は自分時間を過ごしてるって思えばいいんじゃないか?」
「江戸川さんはそれが楽しかったから、そうなったんですか?」
ムッ。
久しぶりにやり返してきたか?
「そうかもな、慣れたらそれはそれで楽でいいぞ。」
「絶対嫌です。」
全否定されたら何も言えない。
そして三連休前日、迷惑をかけないように、やり残しが出ないようにと宗像さんをサポートして、区切りをつけた。
「ありがとう。これで休みに入れる。一日長いだけだけどね。」
「気をつけて行って来てください。楽しんできてください。」
「お土産話を楽しみにしてます。」
緋色もやり切った満足感に笑顔が出てる。
「ありがとう。お土産も買ってくるからね。じゃあ。珍しく先に帰ります。」
手を振って帰って行った上司。
ずいぶん可愛らしいイメージを残して帰って行った。
完全に仕事モードがオフになっていたんだろう。
「宗像さん、楽しそうでした。」
「そうだな。緋色も疲れたんじゃないか?俺たちも終わりにしよう。」
そう言ってパソコンを閉じる。
書類をそろえて引き出しに仕舞い込み。
「どうした?」
「いいえ、今週は結構集中したなあって思って。」
「そうだな。お疲れ。」
「江戸川さんもお疲れさまでした。」
ひねくれた考えも出ないほど疲れてるらしい。
「緋色、飲みに行くか?」
「・・・・それは、奢りですか?」
「楽しかったら奢ってやる、そうじゃなかったら割り勘だ。」
そう言ったら嫌な顔をした。
楽しむ気はないのか?それとも楽しめないと想像したのか?
「いいです。江戸川さんを楽しませればいいんですよね。頑張ります。」
何かのゲームと思ってないか?
普通に慰労会のつもりだったのに。
二人で外に出た。
何かを考えてる表情で歩いて行くので任せていたら、全くお店の事は考えてなかったらしい。
「じゃあ、こっちで。」
自分の気に入ってるお店の一つに連れて行った。
「飲んでもいいぞ。」
「もちろんです。望むところです。」
本当に限界まで行く気じゃないだろうな。
ただ普通に楽しく飲む、それがそんなに難題なのか?
「最近真面目に走ってるんだが、緋色は何してる?」
「腹話術の練習をしてます。」
「は?」
「冗談です。笑ってくれると思ったんです。」
なぜ?
「なあ楽しかったらというのと面白かったらというのを間違ってないか?別に会話がはずめばいいんじゃないか?」
別にそのくらいしか期待はしてないが。
「会話が弾む・・・なんて簡単に出来るほど器用じゃないんです。」
「途切れずにできればいいじゃないか・・・・ってくらいだ。俺だってそんなに若い女性の食いつきそうな話題を持ってるわけじゃない。」
「そうですか。」
「ああ。」
「この間はなんであんなに酔ったんだ?」
野本さんのお疲れ様会の夜だ。
「いろいろ・・・・安心してちょっと飲み過ぎたりしたんでしょう。」
「何か不安でもあったのか?・・・・あ、わかったぞ、やっと俺が部屋に戻ってくるからうれしかったんだろう。まったく素直じゃないんだから。宗像さんと二人じゃあ寂しかったんだろう。どうだ?当たっただろう?」
そう言ったら睨まれることもなく。
無視して俯かれた。
こっそり舌をだされてるのかもしれない。
「とりあえずこの間の千鳥足の一歩手前で止めるぞ。」
そう言ったら顔が上がった。
「はい。」
素直に反省したらしい。
いつもそんなに素直だと扱いやすいのに。
「そういえば夜に一緒に飲んだりすると楽しみな料理の機会を奪ってるんだよな。悪いな。」
「一人で食べるより、江戸川さんに・・・・・・一緒に食べてもらえるだけで感謝します。」
「そうか。今日は何か下ごしらえしてあったりしたのか?」
「サラダが昨日の残りがあって、お肉に味をしみこませてます。明日食べれば問題ないです。」
「ご飯は?」
「解凍します。」
「本当に苦にならないんだな。実家にいたころから作ってたのか?」
「はい。手伝ってましたし、たまには主導権を握ってました。新しいレシピの時が多かったです。」
「じゃあ、これを作ってくれと言ったらまあまあ出来そうか?」
テーブルの上に並んだいつも食べてるお気に入りのメニューたちを指す。
「プロとは違いますが・・・・普通の料理だったら何とか。外国風の料理だと調味料とか見当もつかないことがありますが、よく食べるものだったらまあまあいけます。」
「本当にアピールできるぞ。いいじゃないか。家に帰ってササっと作って出してくれたら感動しそうだよ。」
思いっきり褒めた。唯一と言えるレベルの貴重な『いい所』を。
素直にうれしかったと分かる笑顔が返ってきて、いい事をした気になる。
「逆に相手が料理好きで主導権を握られたら嫌なのか?」
「多分大丈夫です。宗像さんの相手の人とも楽しく盛り上がりました。いろんな技を教え合ったり、アレンジ方法を教えてもらったり。一緒に作っても楽しそうでした。」
「そうか。」
「着物の人とはそんな話はしなかったのですか?何が得意とか、料理の話とか。」
視線が上を向く。
二人で話をしたと思っていたが、何を話ししたかというと・・・・。
「してないな。イベントの面白い話を聞いたり、作品の事を聞いたり、まあ、そんな感じだったし。」
「それじゃあ仕事の話じゃないですか。」
「まあ、そうだな、あんな短い時間だし、そんなパターンもあるだろう?」
「よくそれだけで好きになりましたね、もう、どんだけ美人と着物に弱いんですかっ!」
何故か頬を膨らますような不機嫌顔で言われた。
好きになったとか、言ったか???
思わずぽかんと見てしまったけど。
「緋色は可愛いくらい素直だなあ、そんなにすぐに好きになったりはしないだろう、どんだけ惚れっぽいんだってことじゃないか。ん?」
思わずその膨れた顔の頭を撫でてしまった。
本当に単純に好きになったからデートに誘ったと思ってるらしい。
まあ良さそうだから様子を見ようって、そんな感じだったのに。
そう思えないとしたら本当にそんな恋愛をしてきたってことだろう。
だからランチの数時間をバタバタと空回りしたとか思われたんだろう。
そう思って頭を撫でてポンポンと叩いて手を戻したら、本当に真っ赤な顔で睨まれた。
あ、怒った。さっきもフグの様に怒った顔だったが、こんどは野良猫のような目つきじゃないか。
それでも扱いも手慣れたもので、余裕で見てたらいきなり席を立たれてどっかに行った。
まあ、トイレだろう。
荷物はあるんだからのんびりと待とう。
少しは機嫌取りが必要かな?
・・・・まさか何かのトラウマとか、つらい経験があったとか・・・・ないよな、泣いてなかったよな、怒ってたよな・・・、うん、怒ってたよな。
一度思い出して安心してグラスに手を伸ばそうとしたら、後ろから声が聞こえた。
「お前、なに後輩を振り回してるんだよ。」
いきなり背後からでも自分に言われたとはわかるものだ。
振り向いたら・・・向井がいた。
あれ?教えてないぞ、どうしてここにいる?
「さっきからあそこにいたんだけど、聞いたことのある声が聞こえたし、名前も聞こえて、ついでに話に聞いた後輩の名前も同じだし。」
カウンターで飲んでたらしい。
「偶然だよな?」
「そうだよ、近くまで来たんだよ、懐かしいからちょっと寄ってみたんだけど、初めてここで知り合いに会ったよ。」
そう言いながら緋色の席に座る向井。
「ずいぶん仲良さそうだなあ。邪魔しないでおこうかと思ったけど、やり取りがちぐはぐでつい口を出したくなった。」
「そうだろう?いつもあんな感じだよ・・・いや、今日はずっと大人しいか。楽しかったら奢ってやるって連れてきたから今のところ口は悪くないかな。」
「ずいぶん楽しそうだったじゃないか?頭まで撫でてあげてねえ・・・・。」
ちょっとそこだけ切り取るな、ちゃんと見てたか?聞いてたか?
「着物の美人って誰だ?」
聞こえてはいたらしい。
ササッとしか教えることはないままだ。
宗像さんの彼氏の知り合いの知り合いの非常識な遅刻魔の事を、他の女性三人の意見とともに教えた。
なかなか緋色が帰ってこなくて。
「ああ・・・・そんな女いるかもな。そりゃあ創とは合わないだろうな。」
「ああ、今のところ誰も相手の味方をしてないから、俺も自信もってそう思うって言える。」
「ああ、そうだな・・・・・あ、帰ってきた、緋色ちゃん。」
そう言って手を振ってる向井。
後ろを見ると立ち止まってる緋色。
そりゃそうだ。自分の席に男が座って馴れ馴れしく手を振ってるんだから。
『誰だ?』そう思ってるだろう。
紹介でもするかと思うより前に向井が立ち上がり緋色に自己紹介をしてる。
距離があって聞こえないけど。
緋色がうなずいて、カウンターからグラスと荷物を持ってこっちに来た向井。
勝手にスツールを動かして三人席になった。
「じゃあ、初めまして、カンパ~イ。」
勝手にグラスを合わせてきた。
緋色も礼儀として手に持ったグラスを合わせてる。
「緋色、ここはよくこいつと来てたから、偶然一緒になったんだ。元同僚の向井だ、ただいま婚約中で鬱陶しいくらいの惚気を週末に友達に送ってくるようなやつだよ。」
一応そこは言っておいた。
「なんだか初めての気がしないね。ちょっとだけ話は聞いてたんだ、いきなり役員フロアで働くことになったって聞いてたからね。仕事の出来る美人の上司と若さ溢れる新人の相棒が出来たって言ってたからね。」
「お前、そんな言葉では言ってないだろう。」
一応注意した。『落ちこぼれ雀』なんて言って愚痴っていたと言われたらヤバイ、そこは常識の範囲で隠してほしい。
「そう言えば創もちょっと若返ってないか?スッキリした顔になってる気がする。」
「だろう?週末は真面目に朝夕走ってるんだよ。ストレスと運動不足をいっぺんに解消できていいぞ。」
「退屈な若返り方だなあ。俺は緋色ちゃんとこんなとこでデートしてて若返ったのかと思ったのに。」
「なん、でだよっ。」
思わず言葉が詰まったじゃないか。
大体そんな事一言も言ってないだろう、誤解されるじゃないか。
「まあ緋色ちゃんほどフレッシュな子から見ると創なんておじさんだよね。」
あいまいな笑顔で、うなずきも出来ずに首をかしげる緋色。
「お前も同じ年だろう。」
わざわざ言ったのに、無視された。
「向井さんの婚約者の方はおいくつですか?」
「知りたい?それがね、五個年下なんだ。」
緋色に近い年齢、それでも親友と呼んだ向井、でもその笑顔はそうじゃないって、最近の報告でもうっすら分かってきた。
「緋色に近いじゃないか、お前も彼女におじさんと見られてるってことだな。」
そう言ってやったのに。
「俺とお前は違う。」
指を一往復させてそう言った割に何の根拠も示されず。
「緋色ちゃんはどのくらいの年までならいい?」
「別に・・・・・あんまり考えたことないです。」
「でも一緒にいるとおじさん臭いって思うかもしれないじゃない?今のところ創のおじさん部分は発見してない?」
真剣に思い出し始めた緋色。
「緋色、こいつは酔ってるんだよ、相手にしなくていいよ。」
「別に酔ってないよ、二杯しか飲んでないし。それとも邪魔?」
「はあ?・・・・・・好きにしろ、ただあんまり緋色ばかり・・・・。」
揶揄うな・・・とか言ったら怒りそうだしな。
「あ、彼女から帰れコール。『あと少しだけ飲んで帰ります。』と。」
わざわざそんな連絡もし合うらしい。面倒だ・・・とは思わないらしい、人が変わったかのようだ。そんな向井は知らないぞ。
「緋色ちゃん、これ彼女。可愛いでしょう?緋色ちゃんとも連絡先交換しようかなあ。創の文句を言いたくなったら連絡して来ていいよ。」
そう言って携帯を見せ合ってる。
どんな信頼を得たんだか分からないが、あっという間に連絡先を交換して、確認し合って。
「じゃあ、帰ろうかな。じゃあ創も緋色ちゃんも後は二人で楽しい夜をどうぞ。」
明日休みだとは教えた。
向井は明日仕事だろう。
適当にかき回した割にあっさり帰って行った。
せめて向井が惚気の追加情報を送ってこないことを祈りつつ。
朝夕のランニングセットも充実してきた。
もうそこの日課に熱を注ぐしかない。
腕にはめるのは走った距離と時間、概算のカロリーが出る。
目的はなくても目安にもなるし、励みにはなる。
寝坊することもなく早起きして走り、無駄にダラダラすることもなく夕方も走り・・・・・それから次の朝までちょっとくらい緩んでもいいだろう。
体のどこが変わってきたかと言ってもよく分からない。
そんな二日間を同じように過ごした。
「おはよう。」
「おはようございます。」
「おはようございます。」
三人で挨拶をして、同じような月曜日の始まり。
今週は宗像さん公認一斉有休三連休となる。
木曜日まで過ごせば金曜日から三連休だ。
だから・・・・何はなくても嬉しい気分はあるんだ。
日々婚約者の観光熱が入ってきたらしい。
毎日計画書を見せられると嬉しそうに言う宗像さん。
ついでの有休の自分にはまったく楽しい予定はない、緋色の事は分からないことにしておく。
ただ宗像さんのお土産を待つばかり。
「二人とも出かけるの?」
「いいえ。」
「別に・・・・。」
なんと張り合いのない二人だろう。
せっかく三連休を作ってあげたのに・・・・そう思ってるかもしれない。
「じゃあ、明日は二人でとことん飲んだら?次の日寝過ごしてもいいじゃない。」
「留守番二人で主役無しの前祝いですか?」
「ただの留守番二人の飲み会でもいいです。最近二人揃って元気ない気がするんだけど。江戸川君、もしかして何かあった?」
「いえ、別にないです、なさ過ぎかもしれません。」
「じゃあデートの遅刻を一時間まで許すことにする?」
「しません、出来ません。」
「沙織ちゃんはどう?元気でないの?どうかした?」
緋色を見た。ちょっとだけ目が合った。
「私も何もなさ過ぎて、なんだか現実に押しつぶされそうです。」
「私の扶養家族増えました報告はまだまだ先だと思うよ。それまでゆっくりしてもいいじゃない、なんと言っても若いんだし。ねえ、江戸川君。」
「そうだな。本当に若いんだよな。今は自分時間を過ごしてるって思えばいいんじゃないか?」
「江戸川さんはそれが楽しかったから、そうなったんですか?」
ムッ。
久しぶりにやり返してきたか?
「そうかもな、慣れたらそれはそれで楽でいいぞ。」
「絶対嫌です。」
全否定されたら何も言えない。
そして三連休前日、迷惑をかけないように、やり残しが出ないようにと宗像さんをサポートして、区切りをつけた。
「ありがとう。これで休みに入れる。一日長いだけだけどね。」
「気をつけて行って来てください。楽しんできてください。」
「お土産話を楽しみにしてます。」
緋色もやり切った満足感に笑顔が出てる。
「ありがとう。お土産も買ってくるからね。じゃあ。珍しく先に帰ります。」
手を振って帰って行った上司。
ずいぶん可愛らしいイメージを残して帰って行った。
完全に仕事モードがオフになっていたんだろう。
「宗像さん、楽しそうでした。」
「そうだな。緋色も疲れたんじゃないか?俺たちも終わりにしよう。」
そう言ってパソコンを閉じる。
書類をそろえて引き出しに仕舞い込み。
「どうした?」
「いいえ、今週は結構集中したなあって思って。」
「そうだな。お疲れ。」
「江戸川さんもお疲れさまでした。」
ひねくれた考えも出ないほど疲れてるらしい。
「緋色、飲みに行くか?」
「・・・・それは、奢りですか?」
「楽しかったら奢ってやる、そうじゃなかったら割り勘だ。」
そう言ったら嫌な顔をした。
楽しむ気はないのか?それとも楽しめないと想像したのか?
「いいです。江戸川さんを楽しませればいいんですよね。頑張ります。」
何かのゲームと思ってないか?
普通に慰労会のつもりだったのに。
二人で外に出た。
何かを考えてる表情で歩いて行くので任せていたら、全くお店の事は考えてなかったらしい。
「じゃあ、こっちで。」
自分の気に入ってるお店の一つに連れて行った。
「飲んでもいいぞ。」
「もちろんです。望むところです。」
本当に限界まで行く気じゃないだろうな。
ただ普通に楽しく飲む、それがそんなに難題なのか?
「最近真面目に走ってるんだが、緋色は何してる?」
「腹話術の練習をしてます。」
「は?」
「冗談です。笑ってくれると思ったんです。」
なぜ?
「なあ楽しかったらというのと面白かったらというのを間違ってないか?別に会話がはずめばいいんじゃないか?」
別にそのくらいしか期待はしてないが。
「会話が弾む・・・なんて簡単に出来るほど器用じゃないんです。」
「途切れずにできればいいじゃないか・・・・ってくらいだ。俺だってそんなに若い女性の食いつきそうな話題を持ってるわけじゃない。」
「そうですか。」
「ああ。」
「この間はなんであんなに酔ったんだ?」
野本さんのお疲れ様会の夜だ。
「いろいろ・・・・安心してちょっと飲み過ぎたりしたんでしょう。」
「何か不安でもあったのか?・・・・あ、わかったぞ、やっと俺が部屋に戻ってくるからうれしかったんだろう。まったく素直じゃないんだから。宗像さんと二人じゃあ寂しかったんだろう。どうだ?当たっただろう?」
そう言ったら睨まれることもなく。
無視して俯かれた。
こっそり舌をだされてるのかもしれない。
「とりあえずこの間の千鳥足の一歩手前で止めるぞ。」
そう言ったら顔が上がった。
「はい。」
素直に反省したらしい。
いつもそんなに素直だと扱いやすいのに。
「そういえば夜に一緒に飲んだりすると楽しみな料理の機会を奪ってるんだよな。悪いな。」
「一人で食べるより、江戸川さんに・・・・・・一緒に食べてもらえるだけで感謝します。」
「そうか。今日は何か下ごしらえしてあったりしたのか?」
「サラダが昨日の残りがあって、お肉に味をしみこませてます。明日食べれば問題ないです。」
「ご飯は?」
「解凍します。」
「本当に苦にならないんだな。実家にいたころから作ってたのか?」
「はい。手伝ってましたし、たまには主導権を握ってました。新しいレシピの時が多かったです。」
「じゃあ、これを作ってくれと言ったらまあまあ出来そうか?」
テーブルの上に並んだいつも食べてるお気に入りのメニューたちを指す。
「プロとは違いますが・・・・普通の料理だったら何とか。外国風の料理だと調味料とか見当もつかないことがありますが、よく食べるものだったらまあまあいけます。」
「本当にアピールできるぞ。いいじゃないか。家に帰ってササっと作って出してくれたら感動しそうだよ。」
思いっきり褒めた。唯一と言えるレベルの貴重な『いい所』を。
素直にうれしかったと分かる笑顔が返ってきて、いい事をした気になる。
「逆に相手が料理好きで主導権を握られたら嫌なのか?」
「多分大丈夫です。宗像さんの相手の人とも楽しく盛り上がりました。いろんな技を教え合ったり、アレンジ方法を教えてもらったり。一緒に作っても楽しそうでした。」
「そうか。」
「着物の人とはそんな話はしなかったのですか?何が得意とか、料理の話とか。」
視線が上を向く。
二人で話をしたと思っていたが、何を話ししたかというと・・・・。
「してないな。イベントの面白い話を聞いたり、作品の事を聞いたり、まあ、そんな感じだったし。」
「それじゃあ仕事の話じゃないですか。」
「まあ、そうだな、あんな短い時間だし、そんなパターンもあるだろう?」
「よくそれだけで好きになりましたね、もう、どんだけ美人と着物に弱いんですかっ!」
何故か頬を膨らますような不機嫌顔で言われた。
好きになったとか、言ったか???
思わずぽかんと見てしまったけど。
「緋色は可愛いくらい素直だなあ、そんなにすぐに好きになったりはしないだろう、どんだけ惚れっぽいんだってことじゃないか。ん?」
思わずその膨れた顔の頭を撫でてしまった。
本当に単純に好きになったからデートに誘ったと思ってるらしい。
まあ良さそうだから様子を見ようって、そんな感じだったのに。
そう思えないとしたら本当にそんな恋愛をしてきたってことだろう。
だからランチの数時間をバタバタと空回りしたとか思われたんだろう。
そう思って頭を撫でてポンポンと叩いて手を戻したら、本当に真っ赤な顔で睨まれた。
あ、怒った。さっきもフグの様に怒った顔だったが、こんどは野良猫のような目つきじゃないか。
それでも扱いも手慣れたもので、余裕で見てたらいきなり席を立たれてどっかに行った。
まあ、トイレだろう。
荷物はあるんだからのんびりと待とう。
少しは機嫌取りが必要かな?
・・・・まさか何かのトラウマとか、つらい経験があったとか・・・・ないよな、泣いてなかったよな、怒ってたよな・・・、うん、怒ってたよな。
一度思い出して安心してグラスに手を伸ばそうとしたら、後ろから声が聞こえた。
「お前、なに後輩を振り回してるんだよ。」
いきなり背後からでも自分に言われたとはわかるものだ。
振り向いたら・・・向井がいた。
あれ?教えてないぞ、どうしてここにいる?
「さっきからあそこにいたんだけど、聞いたことのある声が聞こえたし、名前も聞こえて、ついでに話に聞いた後輩の名前も同じだし。」
カウンターで飲んでたらしい。
「偶然だよな?」
「そうだよ、近くまで来たんだよ、懐かしいからちょっと寄ってみたんだけど、初めてここで知り合いに会ったよ。」
そう言いながら緋色の席に座る向井。
「ずいぶん仲良さそうだなあ。邪魔しないでおこうかと思ったけど、やり取りがちぐはぐでつい口を出したくなった。」
「そうだろう?いつもあんな感じだよ・・・いや、今日はずっと大人しいか。楽しかったら奢ってやるって連れてきたから今のところ口は悪くないかな。」
「ずいぶん楽しそうだったじゃないか?頭まで撫でてあげてねえ・・・・。」
ちょっとそこだけ切り取るな、ちゃんと見てたか?聞いてたか?
「着物の美人って誰だ?」
聞こえてはいたらしい。
ササッとしか教えることはないままだ。
宗像さんの彼氏の知り合いの知り合いの非常識な遅刻魔の事を、他の女性三人の意見とともに教えた。
なかなか緋色が帰ってこなくて。
「ああ・・・・そんな女いるかもな。そりゃあ創とは合わないだろうな。」
「ああ、今のところ誰も相手の味方をしてないから、俺も自信もってそう思うって言える。」
「ああ、そうだな・・・・・あ、帰ってきた、緋色ちゃん。」
そう言って手を振ってる向井。
後ろを見ると立ち止まってる緋色。
そりゃそうだ。自分の席に男が座って馴れ馴れしく手を振ってるんだから。
『誰だ?』そう思ってるだろう。
紹介でもするかと思うより前に向井が立ち上がり緋色に自己紹介をしてる。
距離があって聞こえないけど。
緋色がうなずいて、カウンターからグラスと荷物を持ってこっちに来た向井。
勝手にスツールを動かして三人席になった。
「じゃあ、初めまして、カンパ~イ。」
勝手にグラスを合わせてきた。
緋色も礼儀として手に持ったグラスを合わせてる。
「緋色、ここはよくこいつと来てたから、偶然一緒になったんだ。元同僚の向井だ、ただいま婚約中で鬱陶しいくらいの惚気を週末に友達に送ってくるようなやつだよ。」
一応そこは言っておいた。
「なんだか初めての気がしないね。ちょっとだけ話は聞いてたんだ、いきなり役員フロアで働くことになったって聞いてたからね。仕事の出来る美人の上司と若さ溢れる新人の相棒が出来たって言ってたからね。」
「お前、そんな言葉では言ってないだろう。」
一応注意した。『落ちこぼれ雀』なんて言って愚痴っていたと言われたらヤバイ、そこは常識の範囲で隠してほしい。
「そう言えば創もちょっと若返ってないか?スッキリした顔になってる気がする。」
「だろう?週末は真面目に朝夕走ってるんだよ。ストレスと運動不足をいっぺんに解消できていいぞ。」
「退屈な若返り方だなあ。俺は緋色ちゃんとこんなとこでデートしてて若返ったのかと思ったのに。」
「なん、でだよっ。」
思わず言葉が詰まったじゃないか。
大体そんな事一言も言ってないだろう、誤解されるじゃないか。
「まあ緋色ちゃんほどフレッシュな子から見ると創なんておじさんだよね。」
あいまいな笑顔で、うなずきも出来ずに首をかしげる緋色。
「お前も同じ年だろう。」
わざわざ言ったのに、無視された。
「向井さんの婚約者の方はおいくつですか?」
「知りたい?それがね、五個年下なんだ。」
緋色に近い年齢、それでも親友と呼んだ向井、でもその笑顔はそうじゃないって、最近の報告でもうっすら分かってきた。
「緋色に近いじゃないか、お前も彼女におじさんと見られてるってことだな。」
そう言ってやったのに。
「俺とお前は違う。」
指を一往復させてそう言った割に何の根拠も示されず。
「緋色ちゃんはどのくらいの年までならいい?」
「別に・・・・・あんまり考えたことないです。」
「でも一緒にいるとおじさん臭いって思うかもしれないじゃない?今のところ創のおじさん部分は発見してない?」
真剣に思い出し始めた緋色。
「緋色、こいつは酔ってるんだよ、相手にしなくていいよ。」
「別に酔ってないよ、二杯しか飲んでないし。それとも邪魔?」
「はあ?・・・・・・好きにしろ、ただあんまり緋色ばかり・・・・。」
揶揄うな・・・とか言ったら怒りそうだしな。
「あ、彼女から帰れコール。『あと少しだけ飲んで帰ります。』と。」
わざわざそんな連絡もし合うらしい。面倒だ・・・とは思わないらしい、人が変わったかのようだ。そんな向井は知らないぞ。
「緋色ちゃん、これ彼女。可愛いでしょう?緋色ちゃんとも連絡先交換しようかなあ。創の文句を言いたくなったら連絡して来ていいよ。」
そう言って携帯を見せ合ってる。
どんな信頼を得たんだか分からないが、あっという間に連絡先を交換して、確認し合って。
「じゃあ、帰ろうかな。じゃあ創も緋色ちゃんも後は二人で楽しい夜をどうぞ。」
明日休みだとは教えた。
向井は明日仕事だろう。
適当にかき回した割にあっさり帰って行った。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
あなたが望んだ、ただそれだけ
cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。
国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。
カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。
王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。
失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。
公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。
逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。
心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
御機嫌ようそしてさようなら ~王太子妃の選んだ最悪の結末
Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。
生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。
全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。
ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。
時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。
ゆるふわ設定の短編です。
完結済みなので予約投稿しています。
別れてくれない夫は、私を愛していない
abang
恋愛
「私と別れて下さい」
「嫌だ、君と別れる気はない」
誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで……
彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。
「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」
「セレンが熱が出たと……」
そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは?
ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。
その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。
「あなた、お願いだから別れて頂戴」
「絶対に、別れない」
忘れられた妻
毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。
セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。
「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」
セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。
「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」
セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。
そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。
三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる