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10 静かな部屋だから、隠してるつもりの視線の音まで響いてたみたいでした。

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目が覚めた時には一人でベッドに寝ていた。


寝室の外の気配を探ると明かりがついてるのもわかるし、かすかに音もする。


お腹空いた。
お腹に手をやるとへこんでる気がする。

体がだるく重たく感じる。

のろのろと起きだして頭にあったバスタオルを巻いて着替えを持って明るいリビングをのぞいた。



「七瀬さん、目が覚めた。シャワー浴びてきていいよ。着替えは?」


「・・・・あります。」


「何が必要かな?適当に出しておいたから使って。」


「はい、お借りします。」


いつもの優しい穏やかな表情だった。
そして言葉のやり取りもいつもと同じ感じに戻った。


熱いシャワーでドロリとした疲労感が少し抜けていくような気がした。


適当にタオルやドライヤーを借りて、肌を整えて出た。



「お腹空いちゃったんだけど、どう?」


手には冷凍食品の袋があった。


「空いてます。」


「じゃあ、適当に温めるから。楽にしててね。」



そう言われたけど、そのままぼんやりと立って動く背中を見ていた。

そんな私に気がついたのか振り返って首を倒された。


近くに行って抱きついた。



何も言わなかったけど、大きな手で背中をゆっくり撫でてくれた。


しばらくそうしてたらレンジが音を立てて邪魔をした。


ゆっくり離れて、顔を見上げた。
顔が近寄ってきて、一回だけくっついた音がした。


満足して離れた。



「手伝います。」


「大丈夫だよ。」


そんなやり取りも会社でよくやったやり取り。
でも表情はもっと優しい、笑顔ももっと自分に向いてるって実感できるくらいに優しい。


結局近くにいたから、お皿とお箸を持った安西さんと一緒にソファのところに戻った。
手伝いはしてないけど。



横に並んで座り腰を抱かれてキスをされた。

一度じゃ物足りないというようにお互い音を立てて繰り返す。


それでもやっぱりお腹が空いていた。
雰囲気をぶち壊すように自分のお腹が鳴った。


「そうだった、食事をしようか。」


目の前のお皿からはまだ湯気が出ている。
食欲が勝ってしまった。
本当にお腹が空いていて無言で食べてしまった。
お昼を食べた後、デザートも食べてなかったし。
いろいろあったし。


ペタンコになったお腹にずんずんとご飯がたまっていくようだった。
こんな時間だと夜食になる、滅多にない時間の食欲でも二人でお皿を空っぽにした。
片付けをしてもらいながらお茶を入れてもらう。
その後ろ姿をやっぱり見てしまう。


パジャマを着た姿は本当にちょっと前までは信じられなかった姿だ。
薄いパジャマの生地の下に大きな傷痕が隠されてる。
確かに女性だったら落ち込みだけじゃすまないだろう。
着る服だって選んでしまう。


結局全部やってもらって少しも手伝わなかった。
後姿を見てただけだった。

それでも気にはしてないみたい、多分。

テレビが小さい音でついてる。
画面をぼんやり見てるだけ。


明日の予定を話しながら、テレビで見た場所に行ってみようとなった。
遠くはないから、目が覚めたら出かけることにした。

慣れない事はやっぱり疲れるみたいで、ゆっくりあくびが出て、下を向いた。
それに気がついたみたいで。

「そろそろ寝ようか。」

そう言われた。

いつもの穏やかな表情で言われた。

テレビを消して、寝室に向かう。
いつの間にか整えられたベッドにもぐり込んで手をつないで眠った。
眠れるだろうかと、少しは思った。

ゆっくり向きを変えるように横を向いて、ちょっとだけ近寄って。
安西さんも同じようにこっちを向いてくれて、二人の距離を縮めてお休みを言い合った。

その後すぐに眠ったと思う。


特別に楽しい夢が見れるだろうと思ってたのに、友達数人の懐かしい顔が出てくる学生の頃の思い出を振り返る夢だった。

なんだ・・・・・と思いながら目が覚めた気がして、目を開けたら安西さんにくっつくようにして寝ていた。
目の前はパジャマのボタンとその下の胸と体温だった。

体を動かさないようにして静かに気配を探っても寝息しか聞こえない気がして。
じゃあ、もうしばらくこのまま目を閉じようと思った。

でもあと少しだけ近くに、そう思って頭を胸に寄せた。


しばらくうとうとして、優しい暖かさの中で背中に置かれた手の温かさを感じて目が覚めた。
思った以上にくっついてたらしい。
たぶん安西さんも近くに来てくれたんだと思う。

目が覚めてるのは明らかだ。

ゆっくり顔を動かして見上げた。

私が動いた気配で起きたんだと分かったんだろう。

少し離れて、視線が合った。


「おはよう。」


「おはようございます。」


やっぱり言葉はそのままだった。



挨拶以外の言葉はなく、またくっつかれて背中をぼんぼんと撫でられた。


もう少し寝てようか、そんな感じだろうか。

何時なんだろう、結構よく眠れた気がするし外は明るいみたい。

背中に置かれた手がさするように動いていた。
少し力が込められてる気がして、ぐっと近寄ってみた。

安西さんの胸に自分をくっつけて手を腰に回した。

安西さんの心臓の音が聞こえそうなくらい、ぴったりと横顔をくっつけた。
頭に温かさが伝わり、大きな手が頭を撫でる。
心地よくて満足の吐息が出る。

もっとくっついたら片足を巻き付けられていよいよ全身で包まれた。
頭の手が耳に来た。
熱いくらいの体温を耳に感じる。

飽きもせずにずっと触ってる感じだ。
そっと触れたり、指で挟んだり、耳たぶを触られたり。

ゆっくり上を向いたら目が合った。

自分から同じ高さに動いて、ゆっくり顔を近づけた。
もう眠くはない。
ぐっすり眠れたんだと思う。

起きだしていい時間だとも思う。


それなのに二人とも何も言いださず。

体はくっついたまま。

見つめ合って、目を閉じて、また見つめ合って。
さすがに三度もくりかえしたら時間が長くなる。

甘くて熱い吐息混じりの息遣いになり、ゆっくり押されるように体が上を向いて。
そのまま体を重ねた。

パジャマを捲られて、大きな手が入り込んでくる。
同じように私も手を入れて肌を触る。


あとはお互いにパジャマを脱いで放り投げて、肌を触れ合わせる。
大きく息が漏れる。

「七瀬・・・。」


すっかり呼び慣れたらしい私の名前。
私も呼んでみた。


「裕樹(ひろき)さん・・・・。」


特別な響きが重なる。
動きが止まり目を合わされた。

そのあと動きが早まって、朝からバタバタとする。
一度呼んだらそのまま呼び続けた。

距離をつめるいい方法だし、ちゃんと私も応えたい。



先にシャワーを浴びると言って部屋を出て行った安西さん。
寝室のドアを開けて外に出るときになんとなく傷跡が見えた気がした。
太ももから膝、もしかしたら足首の上も。
傷というより、見慣れないへこみがある感じだった。
つるりとしていておかしくないはずの肌に直線的な窪みがあった。

本当に大きなケガだったらしい。



交代でシャワーを浴びて計画していた外出をする。

昨日からずいぶん部屋の中で過ごした。
二人の間の壁はどうなっただろう。

手をつなぎたくて、軽く触れたら、しっかりとつながれた。
顔をあげて目を見て、やっぱり何かが変わったんだろう。
それは確実に。ようやく。


そのまま駅の人ごみに紛れる。

ずっとつながれた手はやっぱり特別だった。
離れるって不安になることもない。
ちょっとだけ遅れて後ろになる事はあっても、手が届く距離しか離れないんだから。



今のところ誰にもバレてない。
相変わらず『お願いします。』のやり取りだけで会社にいてそれ以上の会話はない。
視線もあえてすぐに逸らしたりしてる。

たまに休憩室で一緒になる時がある。
今まではなくても、そんな偶然はあるよね、くらいの確率で、ごくたまに。

その時は二人で話をするし、笑顔もちゃんと見てる。
時々他の先輩も混ざる事がある。
そうなると最初の頃より元気に楽しく話ができるようになった。
そうすると裕樹さんも先輩と話をする。

たぶん私につられてちょっとだけ明るくなって話をするようになってるって、それくらいの変化は見えてると思う。
時々飲みに誘われるようになったみたいだし、それを楽しそうに教えてくれるから、私も良かったと思ってる。

もしそれだけだったとしても私が異動してきた影響があるって思われたら、いいじゃないって。


『今日は先輩に誘われた。』

金曜日のお昼にそう連絡がきた。

それは私だって知ってる。
だって朝から先輩が席にいて誘ってたし。
そこにいた私にも聞こえてました。

私は一人で部屋で食事をしてのんびりとしていた。

まだ今週の予定はしっかり決めてなかった。
食事をして買い物をするくらいだろうか。
まあ、そんな感じが大体の過ごし方だった。


部屋で映画を見ることもある。

何が食べたいかなあ・・・なんてのんびりと考えてたら連絡がきた。


『今帰ってきたんだ。何してる?』

『お帰り。のんびりとテレビを見てたよ。』

そう返したら電話が来た。

「お帰り。楽しかった?」

『・・・うん、そうかな。』


「どうかした?」


『佐助先輩から聞かれたんだよ、菊池さんは彼氏がいるのかなあって。』

佐助先輩はたぶん5個くらい上だと思う。30歳の壁が何とかって言ってた気がする。
飲みに行ったことはないし、休憩室でもそんなに喋った記憶はない。
二人だけの時間はなかったと言えるくらいだ。
彼女の話をしてるのもちらりと聞こえた気がしたような・・・・・だいぶ前だったけど。

『何か思い当たる事ある?』



「ないよ。二人で話なんてしたことないなあって考えてた。本当に他の先輩より話してないくらい。たぶん話のネタに普通に聞いてきただけじゃない?」


『そんな感じじゃなかったよ。僕の返事をジッと聞いてたし。そうか・・・・って。』


「なんて答えたの?」


『多分、そんな話はチラリと聞いた気がするけど、詳しくは知らないって答えたよ。まさかそれ以外は言えないし。』


「それでいいんじゃない?」

そう言ったのに変な空気が漂うような・・・・。


話題を変えたい。


「ねえ、明日は?」


『ああ・・・・・お昼くらいに待ち合わせようか。』

なんとか普通の声のトーンに戻った。

約束をして電話を切った。


土曜日の夜、やっぱり昨日の話題を持ち出された。


「もし佐助先輩が誘ってきたらどうする?」

「どうもしない。断る。」

ここで変に悩んだらこの話題が終わらない。
その前に彼氏の有無くらいは探られるだろうから、その時にはっきりいるって言えば終わりになるだろうし。

それでいいよねって笑顔を向けたから、納得してくれたと思う。



次の週、偶然だと思うけど佐助先輩と休憩室で二人になった。
他の課の人はいるけど私の休んでたテーブルに佐助先輩が来た。

ちょっとだけドキッとした。

本当に本当?

「菊池さん、お疲れ様。」

つい表情をうかがってしまう。

「お疲れ様です。」



「最近さあ、安西が変わってきた気がするんだ。」

私の事より裕樹さんの事だった。
ドキドキは落ち着いたけど、反応の仕方も難しい。


「そうですか?さすがに最初の頃は寡黙でひたすら仕事をしてた気がします。同期の友達にどんな人かと聞かれても分からないとしか言えなかったです。」

「今は?」

「え?」


「今はいろいろ教えられるんじゃない?」

あれ?何か楽しそうな顔をしてますが・・・・・。



「・・・・それは最初の頃よりは・・・でもあんまりですけど。」


「そう?」




「あいつ彼女いるのかな?その辺のこと聞いてる?」


全く最初のドキドキはなくなったけど、本当に困る質問が続く。


「ああ・・・・確かそんな話をチラリと聞いた気がします。詳しくは知らないです、お互いに。」


「そう?」


やっぱり楽しそうな顔をされた。
これは・・・・・・。


「なんだかあいつもすごく表情が明るくなったし、前より明らかに楽しそうにしてるから良かったと思ってたんだ。他でもない菊池さんにお礼を言うべきだよね。」


・・・・・・。


「じゃあね。」


そう言っていなくなった。
コーヒーを飲むでもなく、何のために来たの?
休憩した?


やっぱり狭い空間の中だから観察されてたのかもしれない。
ちょっと気が付いたらあれ?あれっ?と思うことが続いて。
バレたのかもしれない、多分そうだろう。
きっと金曜日に飲んだメンバーは全員知ってるんだろう・・・って一人を除いて全員だし、そう考えるとみんな知ってると思う。課内には周知らしい。



ゆっくりコーヒーを飲みながらも、心ではそれ以上の拡散がない事を切に祈った。


同期の友達にも教えてない。
樫木さんの事も隠せたんだから、私はバレないタイプらしい。
どこかで目撃をされない限り大丈夫だと思う。


休憩を終わりにして静かに戻った。
携帯では裕樹さんに連絡済みだった。
『先輩たちにはバレたと思う。』そう一言。後は夜に。


席に戻ったら視線が合った。
でも今何かのやり取りをするわけには行かない。
多分携帯は見てないんだろう。
私と佐助先輩の不在が気になってるのかもしれないけど、今は無理。

二時間ほど、仕事に集中した。

まるで計ったように定時になったら誰もいなくなった。
挨拶をし終えて、二人になった。


裕樹さんが席を立ってこっちに来た。
手には書類がある。
でも適当なものだと思う。


「どうだったの?」


「携帯に送ったけど。」


そう言ったのに携帯を見に戻ることもなく、やっぱり言葉優先らしく私の口からしっかりと聞きたいらしい。


「多分わざとだったんだよ。佐助先輩には裕樹さんに彼女がいるか知ってる?って聞かれて、明るくなって良かった、お礼を言うねって・・・・多分バレてる、全員に。」

そう言ったら急いで携帯を見に行った。

今さら・・・それ以上は何も送ってないのに。


「本当に?」


「そうだよ。明らかに楽しそうな顔で聞かれたよ。お互いの事に詳しいでしょうみたいにも言われたし。」


「そうか・・・・。」


がっかりしてる?別によくない?みんな男の先輩だし、女子にバレるよりはいいと思う。
そんなに話題になる二人でもないし、多分誰も言いふらさないよ。そう信じたい。


「良かった。」


「何が?」



「佐助先輩が特別に誘ってたらどうしようって思ってたから。」


「だって断るって言ったじゃない。」


「まあ、そうだけど。」


「もう、信じてよ。」


「うん・・・良かった。」


「仕事しよう。早く終わりにしなきゃ、残業だよ。」



そう言って残りの仕事を終わらせて二人で会社を出た。



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