港町恋物語

Rachel

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第七章 葬儀

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次の日、クレメールが大工仕事から帰ると、家の扉に手紙が届いていた。
十字の印が付いている。教会からか?
中を開けて目に入ったその名前にクレメールははっとした。

「船長の……葬式か」

明日の昼に埋葬が行われるという内容だった。船の上でも副船長の元で行ったが、どうやら地上でもやるらしい。きっとクラリスが教会に願い出たのだろう。
クレメールはぼんやりと今回の航海を思い出していた。


彼の死は本当に突然だった。
無事に交易を終え、荷物を積んで帰路についたところ、ひどい嵐に襲われた。嵐には慣れていたが、クレメール含め乗組員達は2日間ほとんど寝ずに、とにかく懸命に船を沈めないように動いた。
嵐がようやく収まってひと息ついた夜、デュクレ船長は急に苦しみだした。心臓を抑えたかと思うとすぐに意識を失った。それから急にけろりと治ったように見えたが、翌日に再び発作を起こし、そして亡くなった。あっという間だった。なにもできなかった自分が歯がゆくて、クレメールは悔しくて泣いた。
あんなに素晴らしい人が、こんなにあっけなく死んでしまうのかと、定めの恐ろしさも知った。そのせいか残されたデュクレ家の子どもたちが気の毒に思えた。せめて帽子は持って帰ってやるべきだと、クレメールはそう考えたのだ。それでクラリスと知り合うことができたのであるが。


クレメールは翌日の早朝に出勤しいくらか仕事をした後、知らされた時間に教会へ向かった。
礼拝堂にはもうすでに何人か来ていた。席の真ん中に、副船長やデュクレ船長の元にいた同僚たちがいるのが見えた。
クレメールは後ろの端の方に座った。一番前にはクラリスとマルセル、そしてアネットが座っている。今日は3人とも黒い服に身を包んでいるようだった。
それから、ガロワ氏やその家族がズラズラと入ってきた。こんなに大勢が集まる葬儀に出たのは初めてではないだろうか。
やがて神父の祈りが始まった。

棺にはデュクレ氏の遺品が入っているようで、墓守が運んでいるのが軽そうに見えた。その後についていく人の波に、クレメールも従った。
棺は教会裏の墓地に掘られた穴の中に降ろされた。
クレメールは人の後ろからぼんやりとその棺を見下ろした。
本物のデュクレ船長は俺たちが海に葬った。それは船長の生前からの願いであり、後悔はしていない。だが、残された家族はこうして遺品だけで埋葬しなければならないのだ。それがなんだか申し訳なく感じた。
棺には次々と白いバラが投げ込まれていく。
ちらりと墓の前にいる人物の顔を伺った。なんとアネットが声を上げて泣いている。そしてその横でマルセルも頬を濡らしていた。クラリスは、アネットの肩に慰めるように手を置き悲しげな表情を浮かべているが、涙は流していなかった。ほんとうに彼女は……。クレメールは初めてあったあの雨の日に、自分の肩で大泣きしていた彼女を思い出していた。



葬儀の帰り、人々が肩を寄せ合って解散していく中で、クレメールは同僚達と顔を合わせるのが嫌で、1人外れて歩き出していた。
と、その時だ。

「クレメールさん」

まだ若い少年の域をやっと抜けたような声が引き止めた。
呼ばれて振り返るとマルセル・デュクレだった。もう頬は濡らしていない。彼は立ち止まったクレメールの方に歩み寄ると頭を下げた。

「今日は来てくださってありがとうございました」

「いや、来るのはあたりまえだ。船長には世話になったから」

マルセルは口の端をあげた。

「まだ父をそう呼んでくださるんですね……。その、姉から聞きました。父が亡くなったせいで、あなたが職を移らなければならなくなったこと。その、申し訳ありません」

クレメールは苦笑いを浮かべた。

「君が謝ることじゃない。仕方のないことだ。それに、新しい仕事先もちゃんと紹介してもらった」

「大工だそうですね。姉が……喜んでおりました」

その言い方は嫌味っぽくなく、どこか縋るようであった。ああ、だめだ。クレメールは目を細めて「そうか」とだけ言うと前を向いて歩き出した。

「あっ……クレメールさん、もう行ってしまうんですか……」

後ろからマルセルが戸惑ったように言ったが、クレメールは振り向かずに手を振った。

「姉さんによろしくな」

鐘が鳴り響く中、マルセルはその寂しそうな背中を見送ることしかできなかった。





デュクレ氏の子供たちは葬式を終えると、家に帰った。3人ともなんとなく口をきかずにいた。アネットは一階の長椅子でお茶を飲んでいる。先ほど大泣きしていたので、クラリスが心配して淹れたのだが、もうすっかり落ち着いたようだった。

マルセルは姉が父親の部屋にいるのを見つけた。

「姉さん」

どうやら部屋の整理をしているようだ。クラリスは自分を呼んだ弟の方にちらりと視線を送り、少なくなった父親の服を畳みながら言った。

「あら、マルセル。どうしたの」

マルセルは言いづらそうに問いかけた。

「その……変なこと聞くけど、姉さんはさ……海軍兵士の妻になりたいと思う?」

クラリスは手を動かしながら笑みを浮かべた。

「なあに、突然」

マルセルが真剣な表情で答える。

「前もいなかったことはなかったんだけど、父さんが亡くなったことで……姉さんをお嫁さんにもらいたいって言い出す先輩が増えたんだ。まあ、それで断ったら俺がクビになるとか、無理強いするような悪い人たちじゃないんだけど。その方が姉さんの暮らしが楽になるのは確かなのかなって思って。姉さんがもし……」

「マルセル」

クラリスは手を止めて弟をまっすぐ見た。

「私の心配をしてくれてありがとう。でもお父さんが亡くなった今、自分のことは自分で決めるわ。海軍の先輩方には申し訳ないけどって伝えて」

姉がそう言ったのに、マルセルは目に見えたようにほっとしたようだった。

「そうだよね、わかった」

マルセルは踵を返して去ろうとしーー1人の男が頭によぎり立ち止まった。
父の部下だった彼、クレメールのことはどう思っているのかと訊ねていいのだろうか。
姉の話では、クレメールは姉のために仕事を船乗りから大工に変えたように思えた。しかし、今日会った彼はその事実を認めないような雰囲気だった。
まだなりゆきを見守るべきか。マルセルはそう結論づけ、そのまま階下へ降りていった。



クラリスは立ち止まっていたマルセルが部屋を出ていったのを見届けて、手を止めたままため息をついた。

自分への求婚話は、今に始まったことではなかった。父が生きていた頃は父の存在を利用して防いでいたのだが、もうそれも難しくなってくるだろう。クラリスは自分の23という年齢が嫌だった。いや、年齢で選ばれるということが嫌だった。
もし急に歳を取って、見てくれがおばあさんになったら、きっと海軍の方は見向きもしないわ。クレメールさんだって、私に遠慮しないはず。クラリスは今日葬儀に来てくれた青年のことを思った。

初めて会ったあの日、クレメールが寂しそうに「家に帰っても一人だ」と言っていたのをクラリスは忘れられなかった。
航海から帰ってきた父は、いつもクラリス達が出迎えると嬉しそうにしていた……アネットと口論している時でさえ。その様子を思い浮かべ、クラリスは思わず彼を引き止めたのだ。
クラリスはクレメールの優しい気遣いがとても好きだった。一昨日デュクレ家で食事をした時、クラリスはクレメールやジレンに今後も食事を作ると言った。ジレンはそれに喜んで同意してくれたのだが、クレメールは"あんたの負担が大きくなるだけ"と怒った。
クラリスはあの時、とても驚いた。自分が料理を作るのはあたりまえだと思っていたのだが、クレメールはそれを否定してくれた。クラリスはそれがとても新鮮で、同時に嬉しさを感じたのである。
しかし、彼が自分と深く関わらないようにしていることは明らかだった。おそらく世間の噂にならないように気を遣ってくれているのだろう。そんな事はどうでもいいのに。

とにもかくにも、来週は夕食を共にと約束をしている。おそらくジレンも来るだろうから、拒否されることはないはずだ。食堂なんて初めてではないだろうか。妹はよく鍛錬場の仲間と昼ごはんを食べに行くと言っていた。
父親の私物を整理しながら、クラリスはどうしたら彼に拒絶されないかと思案していた。



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