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パーティーへ⑥

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「オリヴィア、僕は君の気持ちには応えられないと何度も伝えたし、君の父にも話をした。縁談は受け入れられないと。ハリンス殿には納得してもらえたけど、君は違ったんだね」

 冷えた空気の中、淡々とした口調でセレンは告げる。オリヴィア様の怒りはすっかり萎んだみたいで、少し丸くなった背中が痛々しく思われた。

「どうして……貴方は騙されてるのよ。昔仲が良かったというだけで、どうしてそんなに特別扱いして、自分には彼女しかいないって言いきれるの!?まわりに目を向けていないだけじゃない!もう私の方が貴方と知り合って長いし、こんなに綺麗になったのに!」

 半泣きのオリヴィア様は声を震わせながらそう言った。それは私がつい最近まで疑問に思っていたことで、セレンは昔に囚われているだけだと本気で思っていた。

 私の隣に立つキースさんが、肩をすくめてやれやれといった感じで、軽く首を伸ばした。

「邪魔者は退散するか。……オリヴィア様、振り向いてもらえないからといって、こんな事をするのはどうかと思うぞ」

 キースさんが濡れたジャケットをわざと見せびらかすように、パタパタとその裾を振った。少しバツの悪い顔をしたオリヴィア様に対し、セレンは疑問に顔をゆがませた。

「どういうこと?」

「シャンパンを投げられたんだ……肝心な時にいませんでしたね、アルトのドレスは危うく台無しになるところでしたし、怪我をする可能性だってありましたよ」

 キースさんの丁寧語は聞いた事が無かったので、何だか変な感じがする。こんなに丁寧語が似合わず違和感を感じる人も珍しい……と、緊張した場にそぐわない思考をしてしまった。

 セレンはキースさんと言葉を聞いて、オリヴィア様を睨みつけるような鋭い視線で射抜いた。そんな視線を向けられた彼女は、怯えるような顔をして視線をあたりに彷徨わせる。

「つい、かっとなって……」

 ついに俯いた彼女に、呆れたようにため息をついたセレンは、キースさんの方を向いた。

「……トルメキアさん」

「ご存じだったとは。俺の顔を見たことが?」

「一度だけ宮殿に出入りしているのを見たことがあります。……お父上とご一緒でしたね。アルトを守ってくださってありがとうございました」

 セレンは右手を胸に添えて、キースさんにしっかりと礼をした。少し俯いたその顔ははっきりとは見えないが、苦虫を噛み潰したような表情だと感じた。

 ……その時に自分がいなかったことを悔いているのだろう。キースさんも、何も貴族が嫌いだからといって、セレンを煽るようなことを言わなければ良いのに。しかし、助けてもらった手前非難するようなことは言えず、複雑な胸中で彼を見た。すると彼は、その視線を感じとったのかは知らないが、小さくため息をついた後、パーティー会場に戻って歩き出した。

 しかし何を思ったのか、私の横に戻ってきて、腰を少し屈めて、不意に私の耳元で囁くように話した。

「もしまた何かいざこざがあって、貴族なんてクソ喰らえだと思ったら、うちで雇ってやるよ」

 急な発言に顔を顰めて彼を見つめると、彼はいたずらっ子のような笑みを浮かべながら「冗談だ、そうならないよう祈っててやるよ」と言って、今度こそ足早に去っていった。

 ……その様子の一部始終を見ていたセレンがどんな表情をしていたのか、私は知らなかった。私がセレンとオリヴィア様に視線を戻した時には、既にセレンはこちらを向いていなかったから。

 残された三人の間に、重たい沈黙が流れる。あまり長い間ここにいると、誰か探しに来てしまいそうだ。パーティーも終盤だろうし、そろそろ戻った方が良さそうだ。

 しかし、この空気。切り上げるにも、オリヴィア様との一件にはもう少し決着をつけたいというのが本音だ。またこんなことがあっては身が持ちそうにない。

 結局のところ、まだセレンを諦めきれていないのだ。セレン自身が伝えても無理なのだから、私が何を言っても無駄であるし、火に油を注ぐだけだろうと思うと何も言えない。

 それに私が一度、セレンを諦めると言ったのは悪手だった。そのせいで彼女は今の状況により怒りを感じている可能性がある。

 しかし今のオリヴィア様はすっかりしおらしくなって、どちらかというと憂いを感じる、普段の儚い印象の彼女に戻ったようだった。

「セレンのことが好きだからこんなことをしてしまったの。それだけは分かって」

 オリヴィア様はセレンに寄りかかるつもりで前に一歩を踏み出したが、セレンはそれ避けるように距離をとった。少しよろめいた後、彼女は目を潤ませながら上目遣いでそう言った。

 セレンはすっと彼女から視線を逸らすと、表情を再び曇らせた。

「……ハリンス家とは親交があって、君とも長い付き合いになるからこんなことは言いたくなかったけど、君は僕のステータスが好きなだけだろう?」

「そうじゃないわ!もっと私を知ってくれれば、そんなことないって分か――」

「そうじゃなかったとしても、君を深く知ろうとは思わないよ。それに、幾度も会話をする機会があったけど、僕は君に惹かれなかった。知っても知らなくても、好きにはならないよ」

 セレンは振り返って私を見た。そして心配そうな、申し訳なさそうな顔をした。

「ごめん、アルトを一人にしたのもだけど、彼女に結婚はないと伝えきれていなかった僕の落ち度だ。怪我は無い?」

「庇ってもらえたから大丈夫よ」

「申し訳ないし、悔しいよ。守れなかった……」

 セレンは私の肩を抱くと、そのまま私を会場の中へ連れて歩こうとした。

「オリヴィア、まだわからないなら、もう一度ハリンス家に行って話をするけど、どうする?」

「待って!」

 去ろうとする私達をオリヴィア様は慌てて呼び止めた。それを表現するかのように、彼女の耳に垂れる銀のピアスが激しく揺れた。

「このままじゃ私、誰もいないじゃない!お姉様達は皆立派な家に嫁いでるのに、私だけこんなの嫌よ!……こんなことになるなら、他の縁談を断わらなければ良かったわ、まだそっちの方が……何で、私が一番素敵なのに、良い人がいないの?おかしい――」

「少なくとも僕は人助けで結婚しないよ。……君は沢山の縁談を自分と釣り合わないからと断わったらしいけど、もう少し視野を広く持った方が良い」

 今度こそセレンは私を連れて歩き出した。私はオリヴィア様を振り返って見ることが怖くてできなかった。

 会場は先程よりは静かになっていて、キースさんの姿を見ることも無かった。私達ももう帰ろうとセレンと話ていたところを、オリヴィア様の側仕えであるケイン様に呼び止められた。何でも、ドレスを着替えると急に言った後、ふらっと消えてしまったらしい。先程までバルコニーにいたと伝えると慌てて駆け出していった。……波乱があったことは伏せておいた。これ以上のトラブルは避けたかった。

 帰りの馬車の中、セレンは無言だった。ただ私の手をしっかりと握っていていた。私も何も言えなくて、ただ彼の肩に寄り添うように身体を預けた後、そのまま目を閉じた。泥のような眠気が一気に襲いかかってきて、だんだんと意識が遠のいていくと感じた時には、既に眠りに落ちていたのだった。
 

 

 
 
 

 

 
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