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パーティーへ④

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 私に気がついて振り向いた彼は、少し目を見開き、グラスを揺らして遊んでいた片手をぴたっと止めた。

「ただの使用人がこんなところにいるとは……主人のお手付きか?」

「人聞きの悪いことを仰らないでください」

「……真剣交際しているとでも?」

 彼は片方の眉を上げて、怪訝そうな顔をして聞いてきた。私は彼の少し離れた隣に立ち、手すりにそっと組んだ両手を置いた。

 無言の私に驚いたのか、まさかといった顔をした後、ふっと何の興味も無いといったような無表情に戻った。

「……へぇ、やるなお前」

「思ってなさそうですね」

「お互いに物好きだな、俺には理解できない」

 キースさんがシャンパンを一口飲む。私は気の緩みからか足の痛みをあまり感じなくなっていた。ここは静かで、後ろから聞こえる人の声が何だか他人事のように感じられた。先程まで私もあの中にいたのに。

「キースさんは貴族がお嫌いですものね」

「ああ。大嫌いだ」

 即答だった。あまりの潔さにいっそ心地良いぐらいである。

「……実は、私も元貴族なんですよ」

「……へぇ、見えないな」

 その言葉は彼にとっては褒め言葉なのだろうか。あるいはあまり品格が感じられないということだろうか。変な勘ぐりをしてしまう私に気づかないまま、彼は話を続けた。

「お高く止まっている感じがない」

「止まれませんよ。……とうに没落しましたから」

「名誉を失ったことを後悔しているのか?」

「……どうでしょう。セレン……昔は対等だった人とそうでなくなってしまったせいで、苦しい気持ちになることはあります。でも、権力がなくなったこと自体に苦しみは感じません」

 セレンはまだ誰かと話しているのだろう。笑顔の仮面を貼り付けて、気をこれでもかと遣いながら。貴族同士の会話に自由はない。特にこんな場では、話したいことではなく、話すべきことを話すのだ。逆にそれができないと嫌われてしまうだろう。遊びに来ているんじゃない、と。

「私は花が好きですが……それは貴族でなくとも愛でる事が出来ます。着飾ることも好きで、それは昔ほど自由でなくなりましたが……別に大丈夫でした」

「それなのに、あえて戻るんだな、貴族に」

「彼が貴族なのでどうしようもありません」

 まるで私が権力欲しさにセレンと一緒にいるように言われて、ムキになって言い返す。するとキースさんは弾けたように笑った。私はびっくりして、彼の少し幼く見える笑顔を見つめた。

「今日はよくしゃべるなお前」

「キースさんこそ、そんな風に笑うんですね」

「人は普通は、笑う時もあるだろう」

「いつも表情がかたいので……酔いが急に回ったのかなって」

「こんな水みたいなシャンパンで酔える訳がない。お前も飲んでみろ。酒が無理でもこれならいけるぞ」

 二人でそう話していると、遠くから足音が聞こえてきた。セレン?いや……コツコツという、硬いヒールの踵が地面を叩く音だ。女性が私達と同じように休憩しに来たのだろうか。後ろを振り向いた瞬間、キースさんが焦ったような、険しい声を発した。

「おい!お前なにして……」

 それと同時だった。突然駆けてきた女性が、こちらにシャンパングラスを投げつけた。反射的に目を瞑り、身を捩って身体を縮こませる。

 周囲にぴしゃっという水音が響き、身体に冷たい飛沫が飛んできたのが分かった。その後地面に落ちたグラスは、小さく音を立てて破片を撒き散らしながら転がる。目を開けるとキースさんが庇ってくれたのか、ジャケットのお腹あたりと、私を庇うように出された左腕が濡れていた。左腕にグラスが当たったのか、小さなグラスの破片がジャケットに食い込むようにいくつか刺さっていた。

 バルコニーが静寂に包まれる。向こうは先程までと同じ騒がしさで、こちらの異常に気づいている様子はない。

 グラスが薄くて軽いものだったためまだよかったが、陶器や厚いグラスを勢いよく投げつけられていたら大怪我だっただろう。眼前を見ると、そこにいたのは。

「オリヴィア様……」

 目を吊り上がらせて怒っている彼女は、前会って敵意を向けられた時よりも数段恐ろしかった。真っ赤な口紅の引かれた唇は酷く歪み、白をベースに、赤い大きなリボンが腰についたドレスは、元からでは無く、怒りで赤く染まったように見えた。

「なんで貴女がここにいるの!」

 



 
 
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