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受け止めて
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セレンは私の横に座ると、私の肩に手を回して抱き寄せた。私は泣き腫らした顔を見られたくなくて、彼の肩で自分の顔を隠すように寄りかかった。
「……何か悩んでるのは分かってたけど、僕のアルトが好きって気持ち自体に、不安を感じているとは思わなかったな」
「……だって、私達が一緒にいられたのは短い間だったし、セレンはその後沢山の素敵な人に会ってただろうに、何で私がって」
「再会できてまだひと月だしね。……気持ちもまだ伝わってなくて当然か」
セレンは私の顔を覗き込むと、少し意地悪そうな顔をして笑った。
「だからアルト、覚悟してね」
「何を?」
私の問いかけにセレンは意味深に微笑むだけだった。彼が両脚を組み、ソファがぎしりと軋む音をたてる。部屋は静かで、窓から覗く月明かりが互いの足元を照らしている。
床に敷かれた絨毯に伸びる二人の影はぴったりとくっついていて、仲睦まじいという表現がしっくりくるほどに重なっていた。
「アルト、他に不安はない?」
「沢山あるわ。まず結婚って、そんなの……」
「無理だって?アルトは嫌?」
「そんな訳ないわ!凄く嬉しい、でも……」
部屋に大きな声が響き渡る。拳を握り力強く否定する私の身体が大きく揺れた。まだ水気を含んで束になった髪が頬に触れ、冷たさに思わず顔を顰める。
「まだ乾いてないね」
「あと少しよ」
「……結婚に関してはね、僕の父には勿論、君のお父様にも話してあるよ」
「え!?私の父に!」
びっくりして変な声が出てしまい、顔を赤らめる。そんな、いつの間に?疑問が頭の中を支配する。
「君を雇いたいと話した時に、話したんだ。……君がいいなら、と仰っていたよ」
「私よりも先に……」
「僕の父を説得するよりも随分とあっさりだった」
「……やっぱりセレンのお父様は反対するでしょう?」
「まあ、あの頃の僕には婚約者がいたからね……。それが破棄になってからも、他の令嬢と婚約させたかったみたいだけど……最後は折れてくれた。交渉を始めたのは、数年前だから長かったよ」
セレンはため息をついてソファに背を凭れさせる。天井を見上げる藍色の瞳はあいも変わらず澄み切っていて美しい。
「最初は門前払い、そりゃそうだ。ただの侯爵の息子だったから。でも今はもう自分の力で生きていけるようになった。官僚になって、そこで成果も上げて……。それと、兄も結婚して、家の心配もなくなったから。父も満足そうに許してくれたよ……ただ」
「ただ?」
眉根を寄せた彼に私は首をかしげる。彼は一瞬横目で私を見ると、申し訳なさそうな顔をした。不思議に思う私の横で、ぐしゃぐしゃと整えられていた、自身の金髪を掻いた。
「……メイドとして雇うなんて回りくどいことをせずに、さっさと求婚すればよかった。断られても足繁く通ってさ」
「突然求婚されても断るし、噂になるのも嫌だから、通われるのはちょっと……」
「断られたくなかったのと、そばに置いておきたかったっていうのもあったんだ。メイドなんていうのはただの口実。本当は働かせるつもりも無かったんだけど、まあ君はその気しかないし、思ったより僕は屋敷にいられないし……計算が狂いまくりだよ」
声には後悔の色が滲んでいて、苦しそうに感じた。セレンはセレンなりに、沢山のことを考え、行動してきたんだろう。思っていた以上に、私達のいる盤上はしっかりと整えられているようで少し安心した。……いや、私がこの屋敷に来る前に、すでにセレンによって外堀が埋められていたと言うべきか。
「まあ、僕達の結婚を気に入らない外野もいるだろうけど……それを黙らすのは僕の仕事だから、アルトは心配しないで」
「……うん」
「少しは楽になった?」
「やっぱりまだ少し不安……だけど、そばにいたいから帰らないわ」
それを聞くとセレンはほっとした笑みを浮かべた。
「よかった。……結婚の返事はまた今度でいいよ。というか流れでしちゃったから、もう一回、きちんと求婚するから」
「……セレン、ありがとう」
私にきちんと向き合ってくれる、その優しさと包容力にはいつも甘えてしまう。いつかは私が彼を受け止める側になりたい。
昔から私が不安な時はよく話を聞いてくれて、必要な時は答えをくれた。正解かどうかは置いておき、その解答はいつも真摯に考えられたものだった。
私の方が年上のはずなのに、経験も器の大きさも彼の方が上だ。気持ちをぶつければ受け止めてもらえることが分かっているから、ついつい自分の気持ちを正直に話してしまう。
不意にセレンの顔が近づく。しっかりと肩を抱かれ、身動きを取れない私はびっくりして、俯きかけていた顔を上げた。
お互いの唇が重なる。柔らかい感触が気持ちよく、思わず目を細めると、彼は私の唇を喰むようにして軽く吸い付いた。そのまま何度も角度を変えてキスをする。私は呼吸の仕方を忘れ、息が苦しくなりながらも彼の唇に応え続けた。
小さなリップ音とともに唇が離れていく。互いの熱い吐息が顔にかかり、空気にとけていった。熱く情欲の孕んだ眼差しをしながら、彼は満足そうに妖しく微笑んだ。
「今日は、これくらいは許して」
「……何か悩んでるのは分かってたけど、僕のアルトが好きって気持ち自体に、不安を感じているとは思わなかったな」
「……だって、私達が一緒にいられたのは短い間だったし、セレンはその後沢山の素敵な人に会ってただろうに、何で私がって」
「再会できてまだひと月だしね。……気持ちもまだ伝わってなくて当然か」
セレンは私の顔を覗き込むと、少し意地悪そうな顔をして笑った。
「だからアルト、覚悟してね」
「何を?」
私の問いかけにセレンは意味深に微笑むだけだった。彼が両脚を組み、ソファがぎしりと軋む音をたてる。部屋は静かで、窓から覗く月明かりが互いの足元を照らしている。
床に敷かれた絨毯に伸びる二人の影はぴったりとくっついていて、仲睦まじいという表現がしっくりくるほどに重なっていた。
「アルト、他に不安はない?」
「沢山あるわ。まず結婚って、そんなの……」
「無理だって?アルトは嫌?」
「そんな訳ないわ!凄く嬉しい、でも……」
部屋に大きな声が響き渡る。拳を握り力強く否定する私の身体が大きく揺れた。まだ水気を含んで束になった髪が頬に触れ、冷たさに思わず顔を顰める。
「まだ乾いてないね」
「あと少しよ」
「……結婚に関してはね、僕の父には勿論、君のお父様にも話してあるよ」
「え!?私の父に!」
びっくりして変な声が出てしまい、顔を赤らめる。そんな、いつの間に?疑問が頭の中を支配する。
「君を雇いたいと話した時に、話したんだ。……君がいいなら、と仰っていたよ」
「私よりも先に……」
「僕の父を説得するよりも随分とあっさりだった」
「……やっぱりセレンのお父様は反対するでしょう?」
「まあ、あの頃の僕には婚約者がいたからね……。それが破棄になってからも、他の令嬢と婚約させたかったみたいだけど……最後は折れてくれた。交渉を始めたのは、数年前だから長かったよ」
セレンはため息をついてソファに背を凭れさせる。天井を見上げる藍色の瞳はあいも変わらず澄み切っていて美しい。
「最初は門前払い、そりゃそうだ。ただの侯爵の息子だったから。でも今はもう自分の力で生きていけるようになった。官僚になって、そこで成果も上げて……。それと、兄も結婚して、家の心配もなくなったから。父も満足そうに許してくれたよ……ただ」
「ただ?」
眉根を寄せた彼に私は首をかしげる。彼は一瞬横目で私を見ると、申し訳なさそうな顔をした。不思議に思う私の横で、ぐしゃぐしゃと整えられていた、自身の金髪を掻いた。
「……メイドとして雇うなんて回りくどいことをせずに、さっさと求婚すればよかった。断られても足繁く通ってさ」
「突然求婚されても断るし、噂になるのも嫌だから、通われるのはちょっと……」
「断られたくなかったのと、そばに置いておきたかったっていうのもあったんだ。メイドなんていうのはただの口実。本当は働かせるつもりも無かったんだけど、まあ君はその気しかないし、思ったより僕は屋敷にいられないし……計算が狂いまくりだよ」
声には後悔の色が滲んでいて、苦しそうに感じた。セレンはセレンなりに、沢山のことを考え、行動してきたんだろう。思っていた以上に、私達のいる盤上はしっかりと整えられているようで少し安心した。……いや、私がこの屋敷に来る前に、すでにセレンによって外堀が埋められていたと言うべきか。
「まあ、僕達の結婚を気に入らない外野もいるだろうけど……それを黙らすのは僕の仕事だから、アルトは心配しないで」
「……うん」
「少しは楽になった?」
「やっぱりまだ少し不安……だけど、そばにいたいから帰らないわ」
それを聞くとセレンはほっとした笑みを浮かべた。
「よかった。……結婚の返事はまた今度でいいよ。というか流れでしちゃったから、もう一回、きちんと求婚するから」
「……セレン、ありがとう」
私にきちんと向き合ってくれる、その優しさと包容力にはいつも甘えてしまう。いつかは私が彼を受け止める側になりたい。
昔から私が不安な時はよく話を聞いてくれて、必要な時は答えをくれた。正解かどうかは置いておき、その解答はいつも真摯に考えられたものだった。
私の方が年上のはずなのに、経験も器の大きさも彼の方が上だ。気持ちをぶつければ受け止めてもらえることが分かっているから、ついつい自分の気持ちを正直に話してしまう。
不意にセレンの顔が近づく。しっかりと肩を抱かれ、身動きを取れない私はびっくりして、俯きかけていた顔を上げた。
お互いの唇が重なる。柔らかい感触が気持ちよく、思わず目を細めると、彼は私の唇を喰むようにして軽く吸い付いた。そのまま何度も角度を変えてキスをする。私は呼吸の仕方を忘れ、息が苦しくなりながらも彼の唇に応え続けた。
小さなリップ音とともに唇が離れていく。互いの熱い吐息が顔にかかり、空気にとけていった。熱く情欲の孕んだ眼差しをしながら、彼は満足そうに妖しく微笑んだ。
「今日は、これくらいは許して」
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