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苦悩、新しい風
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セレンの住む屋敷に帰ると、私はどっと疲れを感じてその場に座り込んだ。オリヴィア様の怒りや悲しみの入り混じった表情が頭の中に浮かぶ。私はどうしたものか、と頭を抱えた。
確かに、セレンのことを考えると彼から離れた方が良いのだろう。……たとえ、セレンが私と共にいたいと望んでくれていたとしても。
幼い頃は分からなかった。何故皆権力や地位、血筋を守ることに全力を尽くすのか。何故皆そんなに必死になるのか?
家を守ることは代々の悲願であり、貴族としての宿命だ――そういった教育をされてきた大人達は、子供にその思想を植え付ける。のほほんと生きていた私は、ある程度の年齢になって初めて理解した。
…………貴族とは、産まれながらに宿命を背負うのだ。裕福で地位がある以上、それを守らなければならない。
私はもう、そういったことから解放されたけど、セレンは一生背負い続けることになるだろう。結婚は個人同士でするものだが、常に家の問題や、他人の意志が絡んでくる。私も貴族のままだったら、将来知らない男に嫁がされていたはずだ。
でも、それを悲しく思うことがあっても、疑問に思うことは無かっただろう。親が、家が、決めたことだから。従わなければ、それが正しいのだと。
……セレンのはっきりとした言葉が聞きたい。私と、どうなりたいと思っているのか。その言葉に、私は従う――。
不意にオリヴィア様の「貴女が導いて」という言葉が脳裏によぎった。……セレンに従う。それでは駄目なのか?私から離れなければいけない?彼の元から、強い意志で。
どっと疲れた。手のひらから伝わる床の冷たさだけが心地良い。胸中にうずまく不安が治まりそうになくて、膝を抱えて俯いた。
屋敷には今、私以外誰もいない。それだけが救いだった。
それから数日間、セレンは屋敷に帰ってこなかった。なんでも急な仕事が入ったらしい。ヴィンス様が私に伝えてくれた。
私はいつも通りに屋敷の仕事をこなした。時間があるから、今日は父のところへ帰ろうか。マリアのところに行って彼女と話すのも良い。
考えた結果、私は服を引っ張り出して勢い良く屋敷を出た。シンプルな白のブラウスと、薄い青色のレースのついた白地のスカート。それに、セレンから貰った金色の花の髪飾り。……靴は、少しくたびれてしまっているが、まだ履けるだろう。
先にマリアのところに行こう。話ついでに買い物もいい。そう思って彼女の所へ行くと、見知らぬ男性と話をしているところだった。
お客様かしら、邪魔したら悪いわ……とその場から立ち去ろうとした、その時。
「あら、アルト!」
「俺の相手より客の相手をしろよ」
「うるさいわね!あんたの顔見たら、文句の一つくらい言いたくなったのよ!」
話……というより言い合いだろうか?和やかな雰囲気ではないが、取り合えずマリアの側へと歩いた。
「……あ!」
近づいてみると、そこにいたのは、前に偶然店で会い、ぶつかった男だった。
「ああ、この前の」
「何?知り合いなの?」
少し驚いた顔をした男と、私と彼の顔を交互に見て困惑するマリア。
「前に会ったことがあるってだけだ」
「びっくりした!こんな奴とアルトが親しくなくてよかったわ」
マリアの酷い言い草に思わず苦笑する。男は何とも思ってないのだろう、涼しい顔をしている。態度には変わらず愛想がなかった。
……それにしてもこの男、相当背が高い。女性にしてはかなり高めのマリアと並んでも、その差が目立っている。がっしりとして逞しい印象も相まって、怖く見えてしまい、より愛想がなく思うのだろう。
「前に父さんと一緒に取り寄せ先で交渉しようと思ったら、こいつ全部買い占めちゃってたのよ、少しくらい残してよ!」
「あれはそんなに量が無かった。早い者勝ちだ。それに、あの値がお前達に出せたのか?」
「それは……でも、少しなら買えたわ!うちの客層にも、高いものを中心に買う人がいるのよ!」
「それは残念だったな、だが商売に遠慮はいらない」
マリアは腹が立っているのだろう、そっぽを向いてため息をついた。
「商売してるなら愛想良くしたら?」
「俺は店には出ない。取引をするだけだ」
「それで良く取引が上手くいくわね」
二人の言い合いに呆気にとられていると、マリアがはっとしたように私の方を向いた。
「ごめん、ついヒートアップしちゃって。アルトを無視してるみたいになっちゃった」
申し訳なさそうに眉を下げたマリア。私は彼女に「別にいいよ」と微笑み、彼の方を見た。
「……あの、お名前は?私は、アルテミシア・プラマヴェル……アルトと呼んでください」
彼はあまり名乗りたくないのか、少しだけ眉根を寄せた後口を開いた。
「キース・トルメキア、キースでいい」
確かに、セレンのことを考えると彼から離れた方が良いのだろう。……たとえ、セレンが私と共にいたいと望んでくれていたとしても。
幼い頃は分からなかった。何故皆権力や地位、血筋を守ることに全力を尽くすのか。何故皆そんなに必死になるのか?
家を守ることは代々の悲願であり、貴族としての宿命だ――そういった教育をされてきた大人達は、子供にその思想を植え付ける。のほほんと生きていた私は、ある程度の年齢になって初めて理解した。
…………貴族とは、産まれながらに宿命を背負うのだ。裕福で地位がある以上、それを守らなければならない。
私はもう、そういったことから解放されたけど、セレンは一生背負い続けることになるだろう。結婚は個人同士でするものだが、常に家の問題や、他人の意志が絡んでくる。私も貴族のままだったら、将来知らない男に嫁がされていたはずだ。
でも、それを悲しく思うことがあっても、疑問に思うことは無かっただろう。親が、家が、決めたことだから。従わなければ、それが正しいのだと。
……セレンのはっきりとした言葉が聞きたい。私と、どうなりたいと思っているのか。その言葉に、私は従う――。
不意にオリヴィア様の「貴女が導いて」という言葉が脳裏によぎった。……セレンに従う。それでは駄目なのか?私から離れなければいけない?彼の元から、強い意志で。
どっと疲れた。手のひらから伝わる床の冷たさだけが心地良い。胸中にうずまく不安が治まりそうになくて、膝を抱えて俯いた。
屋敷には今、私以外誰もいない。それだけが救いだった。
それから数日間、セレンは屋敷に帰ってこなかった。なんでも急な仕事が入ったらしい。ヴィンス様が私に伝えてくれた。
私はいつも通りに屋敷の仕事をこなした。時間があるから、今日は父のところへ帰ろうか。マリアのところに行って彼女と話すのも良い。
考えた結果、私は服を引っ張り出して勢い良く屋敷を出た。シンプルな白のブラウスと、薄い青色のレースのついた白地のスカート。それに、セレンから貰った金色の花の髪飾り。……靴は、少しくたびれてしまっているが、まだ履けるだろう。
先にマリアのところに行こう。話ついでに買い物もいい。そう思って彼女の所へ行くと、見知らぬ男性と話をしているところだった。
お客様かしら、邪魔したら悪いわ……とその場から立ち去ろうとした、その時。
「あら、アルト!」
「俺の相手より客の相手をしろよ」
「うるさいわね!あんたの顔見たら、文句の一つくらい言いたくなったのよ!」
話……というより言い合いだろうか?和やかな雰囲気ではないが、取り合えずマリアの側へと歩いた。
「……あ!」
近づいてみると、そこにいたのは、前に偶然店で会い、ぶつかった男だった。
「ああ、この前の」
「何?知り合いなの?」
少し驚いた顔をした男と、私と彼の顔を交互に見て困惑するマリア。
「前に会ったことがあるってだけだ」
「びっくりした!こんな奴とアルトが親しくなくてよかったわ」
マリアの酷い言い草に思わず苦笑する。男は何とも思ってないのだろう、涼しい顔をしている。態度には変わらず愛想がなかった。
……それにしてもこの男、相当背が高い。女性にしてはかなり高めのマリアと並んでも、その差が目立っている。がっしりとして逞しい印象も相まって、怖く見えてしまい、より愛想がなく思うのだろう。
「前に父さんと一緒に取り寄せ先で交渉しようと思ったら、こいつ全部買い占めちゃってたのよ、少しくらい残してよ!」
「あれはそんなに量が無かった。早い者勝ちだ。それに、あの値がお前達に出せたのか?」
「それは……でも、少しなら買えたわ!うちの客層にも、高いものを中心に買う人がいるのよ!」
「それは残念だったな、だが商売に遠慮はいらない」
マリアは腹が立っているのだろう、そっぽを向いてため息をついた。
「商売してるなら愛想良くしたら?」
「俺は店には出ない。取引をするだけだ」
「それで良く取引が上手くいくわね」
二人の言い合いに呆気にとられていると、マリアがはっとしたように私の方を向いた。
「ごめん、ついヒートアップしちゃって。アルトを無視してるみたいになっちゃった」
申し訳なさそうに眉を下げたマリア。私は彼女に「別にいいよ」と微笑み、彼の方を見た。
「……あの、お名前は?私は、アルテミシア・プラマヴェル……アルトと呼んでください」
彼はあまり名乗りたくないのか、少しだけ眉根を寄せた後口を開いた。
「キース・トルメキア、キースでいい」
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