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その晩に(セレン視点)
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僕が屋敷に帰ってきた時、もう辺りは真っ暗だった。アルトが眠る前には帰ってこようと思っていたが、やはり無謀だったようで、理想の時刻はとうに過ぎ去ってしまっていた。
「おかえりなさいませ、セレン様」
「遅くなった。ヴィンスも今日はもう下がってくれ」
「しかし、夕食や風呂の支度は…」
「夕食は軽く食べたし、後は自分でできる」
こちらに従者を誰一人連れて来ないつもりだった以上、自分一人である程度のことはするつもりでいた。いくらアルトをメイドとして屋敷に置くとはいえ、彼女一人に全てをさせるのは無理があるし、そんな大変な思いは絶対させたくなかった。
「お前が来てくれて助かってるよ。頑なにお前を拒んで、向こうに置いてきてしまって悪かった」
「それは、プラマヴェル様と二人きりがよかったからでしょう?」
図星だ。決して彼を連れていくこと自体が嫌だった訳ではない。彼女と暮らせるかもしれないということに浮かれていた僕は、深いことはあまり考えず、アルトと二人きりでいることに固執した。
この屋敷は裕福な貴族が住むにしてはかなり小さいが、屋敷と言うだけはあってそこそこの広さはある。冷静に考えて、僕とアルトの二人で生活の全てをやりきるのは無理だ。
しかも僕はなんだかんだと仕事での外出や、書斎にこもらなければいけない時も多い。こんな調子では、アルトにとんでもない負担を掛けてしまうところだった。
恥ずかしい話、昔から貴族生活に完全に慣れきった僕は、使用人に生活の全てを任せることは当たり前で、その大変さや苦労を知ろうともしていなかった。だから「二人で」と、こうも無謀なことを口に出来たのだ。
「幼い頃から計画的で用意周到なセレン様が、突然無謀なことを言うので、私は驚きましたよ」
「恥ずかしいから言うのはやめてくれないか…」
「では私はこれで失礼します。プラマヴェル様はお部屋で眠っておられますよ」
「ああ、ありがとう」
一礼して去っていくヴィンスを見送った後、僕はアルトの部屋へと向かった。部屋はもう真っ暗で、なるべく音を立てないよう、そっとその扉を開いた。
側に近づくと、すう、すうと規則正しい寝息が聴こえてくる。ぐっすり眠れているようで、うなされている感じではなかった。
側にいて、とねだる可愛いアルトの姿が思い起こされる。本当はもっと触れたくて堪らなかった。
彼女が欲しかった。幼い頃からずっと。
今ようやくこうして側にいられる。穏やかな表情で眠る彼女の顔を見ていると、その喜びが胸を支配した。
アルトの父に会って、彼女を将来妻に迎えたいということは話してある。彼は驚いたものの、娘が望むのであればと快諾してくれた。
家の跡継ぎは兄に決まり、僕はもうすぐ家を出る。基本的に跡継ぎ以外は家を出る場合が殆どであるし、僕はもう官僚として王宮に勤めている。跡継ぎでない以上、多少の自由は許される。…婚姻に関してもだ。
家のことを考えたら、確かに富豪の商人の娘を貰うか、権力のある家の令嬢を貰うのが一番いい。だが、そんなことをしなくても良い位には、ノワール家は立派なものとなった。
アルトの意思さえ明確になれば、いつでも彼女を迎える準備はできている。だから。
「僕を愛して、アルト」
そっと呟いて彼女の目元に触れるだけのキスを落とす。相変わらず気持ち良さそうに眠る彼女だが、その額はまだ熱く、完全に熱が引いている訳では無いようだった。
アルトに好きだと伝えたが、きっと彼女の心にはまだその言葉は届いていない気がする。昔より臆病になってしまった彼女には、もっとはっきりと伝えないと駄目なのかもしれない。
伝わっていないのなら、何度でも伝えればいい。生憎この溢れるほどの大きな気持ちは何度言葉にしても、態度に出しても、きっと消化しきれないから。
不意に彼女が寝返りをうった。胸元の白く滑らかな肌が急に露わになったので、僕は慌てて目を反らした。自身の体温が上昇し、欲が芽生えるのが分かる。
…目に毒だ。
何よりもまず自制心が大事かもしれない、そう思った。
「おかえりなさいませ、セレン様」
「遅くなった。ヴィンスも今日はもう下がってくれ」
「しかし、夕食や風呂の支度は…」
「夕食は軽く食べたし、後は自分でできる」
こちらに従者を誰一人連れて来ないつもりだった以上、自分一人である程度のことはするつもりでいた。いくらアルトをメイドとして屋敷に置くとはいえ、彼女一人に全てをさせるのは無理があるし、そんな大変な思いは絶対させたくなかった。
「お前が来てくれて助かってるよ。頑なにお前を拒んで、向こうに置いてきてしまって悪かった」
「それは、プラマヴェル様と二人きりがよかったからでしょう?」
図星だ。決して彼を連れていくこと自体が嫌だった訳ではない。彼女と暮らせるかもしれないということに浮かれていた僕は、深いことはあまり考えず、アルトと二人きりでいることに固執した。
この屋敷は裕福な貴族が住むにしてはかなり小さいが、屋敷と言うだけはあってそこそこの広さはある。冷静に考えて、僕とアルトの二人で生活の全てをやりきるのは無理だ。
しかも僕はなんだかんだと仕事での外出や、書斎にこもらなければいけない時も多い。こんな調子では、アルトにとんでもない負担を掛けてしまうところだった。
恥ずかしい話、昔から貴族生活に完全に慣れきった僕は、使用人に生活の全てを任せることは当たり前で、その大変さや苦労を知ろうともしていなかった。だから「二人で」と、こうも無謀なことを口に出来たのだ。
「幼い頃から計画的で用意周到なセレン様が、突然無謀なことを言うので、私は驚きましたよ」
「恥ずかしいから言うのはやめてくれないか…」
「では私はこれで失礼します。プラマヴェル様はお部屋で眠っておられますよ」
「ああ、ありがとう」
一礼して去っていくヴィンスを見送った後、僕はアルトの部屋へと向かった。部屋はもう真っ暗で、なるべく音を立てないよう、そっとその扉を開いた。
側に近づくと、すう、すうと規則正しい寝息が聴こえてくる。ぐっすり眠れているようで、うなされている感じではなかった。
側にいて、とねだる可愛いアルトの姿が思い起こされる。本当はもっと触れたくて堪らなかった。
彼女が欲しかった。幼い頃からずっと。
今ようやくこうして側にいられる。穏やかな表情で眠る彼女の顔を見ていると、その喜びが胸を支配した。
アルトの父に会って、彼女を将来妻に迎えたいということは話してある。彼は驚いたものの、娘が望むのであればと快諾してくれた。
家の跡継ぎは兄に決まり、僕はもうすぐ家を出る。基本的に跡継ぎ以外は家を出る場合が殆どであるし、僕はもう官僚として王宮に勤めている。跡継ぎでない以上、多少の自由は許される。…婚姻に関してもだ。
家のことを考えたら、確かに富豪の商人の娘を貰うか、権力のある家の令嬢を貰うのが一番いい。だが、そんなことをしなくても良い位には、ノワール家は立派なものとなった。
アルトの意思さえ明確になれば、いつでも彼女を迎える準備はできている。だから。
「僕を愛して、アルト」
そっと呟いて彼女の目元に触れるだけのキスを落とす。相変わらず気持ち良さそうに眠る彼女だが、その額はまだ熱く、完全に熱が引いている訳では無いようだった。
アルトに好きだと伝えたが、きっと彼女の心にはまだその言葉は届いていない気がする。昔より臆病になってしまった彼女には、もっとはっきりと伝えないと駄目なのかもしれない。
伝わっていないのなら、何度でも伝えればいい。生憎この溢れるほどの大きな気持ちは何度言葉にしても、態度に出しても、きっと消化しきれないから。
不意に彼女が寝返りをうった。胸元の白く滑らかな肌が急に露わになったので、僕は慌てて目を反らした。自身の体温が上昇し、欲が芽生えるのが分かる。
…目に毒だ。
何よりもまず自制心が大事かもしれない、そう思った。
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