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デート①
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沢山の人々が私達の横を通り過ぎていく。雑踏の中、私とセレンは肩を並べて町をゆっくりと歩いていた。
「今日は何を買うの?」
「大陸の丈夫な紙が売られているらしいから、まずはそれが欲しいかな。あと果物も良いな、最近食べていないから」
「それはお父様の作るもので良いでしょ?今度帰るから、その時に持ってきてあげる。お父様のオレンジは最高よ。絶対にそっちの方が美味しいから」
父の作る果物、特にオレンジは絶品であり私の自慢だ。
採れ頃になったオレンジには、甘みをたっぷりと含んだ瑞々しい果肉がぎっしりとつまっている。一口食べると甘さとともに、すっきりとした酸味が喉を通って、爽やかな後味だけが口に残るのだ。
「セレンに食べて欲しいわ、だから絶対持ってくる。果物を買うのはそれからにして」
我儘を言っている自覚はあるが、これは絶対に譲れない。
「そうだね、それからにするよ。楽しみだな」
「セレンはオレンジは好き?」
「好きだよ」
「なら良かった」
他愛ない会話をしつつ町を歩いていると、どこからともなく視線を感じる。…皆、セレンを見ているのだ。
セレンがこの町に来ていることはマリアも知っていたし、噂になっているのだろう。例え噂を知らなくても、これほど美しく整った男がいたら、目で追ってしまうのも無理はないか。
彼は前と同じく控えめな服というか、どちらかというと質素よりの服を着ていた。しかし、逆にそのシンプルさ、飾り気の無さが、彼の魅力や素材の良さを引き立て目立たせてしまっている気がする。
周りの視線は決まって彼から私へと移動する。そして皆、興味のありそうな、意外そうな顔をするのだ。
どう考えても貴族ではなく、特段綺麗でもない普通の女が隣に並んでいるからだろう。この不釣り合いな二人を周りはどう見ているのだろうか。不思議に思われているんだろうな。
少し気まずくなって顔を俯かせる。すると、向こうから私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「アルト!また来たの?何か買い忘れた?」
マリアだ。さっきも来たのにまたここにいるのを不思議に思ったのだろう。
「知り合い?」
セレンが私に尋ねる、私は頷き、彼とマリアの元へ歩いた。
「アルト、と…どなた様?」
「私のご主人様の…ノワール様よ」
いつもはしない呼び方に違和感を感じながら、マリアにセレンを紹介する。するとマリアは驚いたように声を上げた。
「え、あの!ノワ」
「ちょ、声が大きい!」
ただでさえチラチラと見られているのに、これ以上注目されたら嫌だ。しーっと、自分の口元に人差し指を当ててジェスチャーする。
「アルト、そんなでかい家に!」
「でかいって、そりゃ本家の屋敷はもの凄く立派だけど、ここは別に違うわよ」
「僕は一年の約束でここにいますから、彼女には小さな屋敷で働いてもらっているんです」
セレンに話しかけられると、マリアはぽっと顔を赤くさせた。
「やだ、サービスしちゃおうかしら。どれか一つ八割引きで如何です?」
半額にしないところが商魂逞しい。そしてこれは彼女がよく使う商売の手口である。…まあ、顔を赤らめている当たり本当にカッコいいとは思っているだろうが。
「では、これを頂こうかな」
セレンが棚にあった、錠剤のような形をした肥料が入っている袋を手に取った。
「まいど!アルトもいることだし、半額にしちゃう!」
無邪気な笑顔を見せるマリア。お金をセレンが払った後、彼女がそっと耳打ちをしてきた。私は不思議に思いながららも、彼女の声に耳を傾ける。
「まるでデートみたいよ」
茶化している感じでなく、普通のトーンでマリアがそんなことを言うので、私はびっくりして思いっきり躓きそうになった。そのままバランスをくずして、前にいるセレンに倒れ込む。
「アルト!」
「ごめん!」と言うマリアの声と、セレンが驚いて私を呼ぶ声が重なった。私は彼に抱きつく形で地面に衝突するのを免れることとなった。
事故とはいえ、彼の厚い胸板に顔を埋めてしまった。恥ずかしい気持ちで胸が一杯である。マリアめ…と彼女を見ると少し気まずそうにしている。
「アルト、怪我はない?」
「大丈夫…」
まだ放心状態にいる私の手を彼が自然に繋いできた。私はえ?と疑問に思いつつ、流れに身を任せる形でその手を受け入れる。
「では、また来ます」
「またのご来店お待ちしてます!アルトもまたね、お詫びはまた今度」
マリアに見送られながら、私達は店を後にした。
「今日は何を買うの?」
「大陸の丈夫な紙が売られているらしいから、まずはそれが欲しいかな。あと果物も良いな、最近食べていないから」
「それはお父様の作るもので良いでしょ?今度帰るから、その時に持ってきてあげる。お父様のオレンジは最高よ。絶対にそっちの方が美味しいから」
父の作る果物、特にオレンジは絶品であり私の自慢だ。
採れ頃になったオレンジには、甘みをたっぷりと含んだ瑞々しい果肉がぎっしりとつまっている。一口食べると甘さとともに、すっきりとした酸味が喉を通って、爽やかな後味だけが口に残るのだ。
「セレンに食べて欲しいわ、だから絶対持ってくる。果物を買うのはそれからにして」
我儘を言っている自覚はあるが、これは絶対に譲れない。
「そうだね、それからにするよ。楽しみだな」
「セレンはオレンジは好き?」
「好きだよ」
「なら良かった」
他愛ない会話をしつつ町を歩いていると、どこからともなく視線を感じる。…皆、セレンを見ているのだ。
セレンがこの町に来ていることはマリアも知っていたし、噂になっているのだろう。例え噂を知らなくても、これほど美しく整った男がいたら、目で追ってしまうのも無理はないか。
彼は前と同じく控えめな服というか、どちらかというと質素よりの服を着ていた。しかし、逆にそのシンプルさ、飾り気の無さが、彼の魅力や素材の良さを引き立て目立たせてしまっている気がする。
周りの視線は決まって彼から私へと移動する。そして皆、興味のありそうな、意外そうな顔をするのだ。
どう考えても貴族ではなく、特段綺麗でもない普通の女が隣に並んでいるからだろう。この不釣り合いな二人を周りはどう見ているのだろうか。不思議に思われているんだろうな。
少し気まずくなって顔を俯かせる。すると、向こうから私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「アルト!また来たの?何か買い忘れた?」
マリアだ。さっきも来たのにまたここにいるのを不思議に思ったのだろう。
「知り合い?」
セレンが私に尋ねる、私は頷き、彼とマリアの元へ歩いた。
「アルト、と…どなた様?」
「私のご主人様の…ノワール様よ」
いつもはしない呼び方に違和感を感じながら、マリアにセレンを紹介する。するとマリアは驚いたように声を上げた。
「え、あの!ノワ」
「ちょ、声が大きい!」
ただでさえチラチラと見られているのに、これ以上注目されたら嫌だ。しーっと、自分の口元に人差し指を当ててジェスチャーする。
「アルト、そんなでかい家に!」
「でかいって、そりゃ本家の屋敷はもの凄く立派だけど、ここは別に違うわよ」
「僕は一年の約束でここにいますから、彼女には小さな屋敷で働いてもらっているんです」
セレンに話しかけられると、マリアはぽっと顔を赤くさせた。
「やだ、サービスしちゃおうかしら。どれか一つ八割引きで如何です?」
半額にしないところが商魂逞しい。そしてこれは彼女がよく使う商売の手口である。…まあ、顔を赤らめている当たり本当にカッコいいとは思っているだろうが。
「では、これを頂こうかな」
セレンが棚にあった、錠剤のような形をした肥料が入っている袋を手に取った。
「まいど!アルトもいることだし、半額にしちゃう!」
無邪気な笑顔を見せるマリア。お金をセレンが払った後、彼女がそっと耳打ちをしてきた。私は不思議に思いながららも、彼女の声に耳を傾ける。
「まるでデートみたいよ」
茶化している感じでなく、普通のトーンでマリアがそんなことを言うので、私はびっくりして思いっきり躓きそうになった。そのままバランスをくずして、前にいるセレンに倒れ込む。
「アルト!」
「ごめん!」と言うマリアの声と、セレンが驚いて私を呼ぶ声が重なった。私は彼に抱きつく形で地面に衝突するのを免れることとなった。
事故とはいえ、彼の厚い胸板に顔を埋めてしまった。恥ずかしい気持ちで胸が一杯である。マリアめ…と彼女を見ると少し気まずそうにしている。
「アルト、怪我はない?」
「大丈夫…」
まだ放心状態にいる私の手を彼が自然に繋いできた。私はえ?と疑問に思いつつ、流れに身を任せる形でその手を受け入れる。
「では、また来ます」
「またのご来店お待ちしてます!アルトもまたね、お詫びはまた今度」
マリアに見送られながら、私達は店を後にした。
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