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お誘い

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 彼の屋敷で働き始めてからもう一週間がたち、段々とこの生活にも慣れ始めてきた。

 私の部屋は陽当りがとても良いので、植物を育てるのにはもってこいだ。この屋敷の庭は小さいにせよ、花を育てて管理するのには結構な労力がいる。だから部屋で小さ目の植物でも育てようと思ったのだ。

「何がいいかしら…」

 丁度買い物をするついでに、何かいいものがないかと、ずらりと並ぶ鉢植えを見る。この店は幅広い種類の植物の種や苗などを取り扱っていて、見ているだけでも楽しいのだ。

「あら、アルト!」

 店の奥から背の高い女性が出てくる。艶のある赤髪を持つ背の高い彼女はマリアという名の女性だ。私の友人であり、花や植物が好きな同士でもある。

 この店の店主の娘である彼女は、よく店主である父に代わって店番をしているのだ。

「マリア!今日は何かいいものがないか見に来たの。室内で育てることができて、小さめのものがいいかな」

「あら、住み込み先て育てるの?」

 彼女には、私が家を出て他の屋敷で働いていることは話してある。

「なら、あんまり匂いも強くなくて、枯れにくくて、花や葉が落ちにくいものがいいかな?ピナー、…これはどう?」

 ピナーという花は、大きさはそこそこあるものの、一輪だけでも充分な存在感を放つ素敵な花だ。花びらの枚数は六枚程で、一枚が大きく、綺麗な薄青色をしている。茎は短く、葉も少なくて、安定感もバッチリである。

「確かに…これから暑くなるし、涼しげな青色は素敵だわ。これにする」

 まいど!と彼女が茶目っ気たっぷりに言う。

「あ、そう!最近この町にさ、ノワール家の王子が来てるんだって!」

「お、王子?」

 ノワール家とは彼のことだが、王子というのは一体なんだろうか。

「超美男子で、まるで王子様みたいらしいよ。だからかもしれないけど、最近令嬢様達がよくこの町に買い物に来てるよね~皆狙ってるんじゃない?」

 王子、か。確かに彼の容姿はものすごく整っている。婚約破棄の一件もあったことだし、令嬢達は色めき立っているのかもしれない。

 セレンに特別扱いされている自覚はある。彼は、いくら私が友人とはいえそれ以上に私を大切に扱い、大事にしてくれている。

 友人だから特別に優しく、慕ってくれているのだろうが、それにしても私なんかが彼の側にいていいのだろうか。不安になる時はよくある。

「取り敢えず、これ買ってくね。ありがとう」

 そう言って店を出た後、屋敷に帰るとそこには初老の男性が立っていた。

「ごきげんよう、ヴィンス様」

「プラマヴェル様、お邪魔しております」

 彼はトマス・ヴィンスといって、セレンの側仕えをしている男性だ。セレンは自分についてくることを拒んでいたようだったが、ヴィンス様はめげずについてきたらしい。

 私がこの屋敷にきた後、彼もすぐこの屋敷で住み込みで働き始めた。ヴィンスの粘り勝ちだ、とセレンは諦めたように笑っていた。

 セレンはなんだかんだと仕事で忙しいらしく、ヴィンス様によくそれを手伝ってもらっているらしい。屋敷の仕事は主に私が、セレンのサポートは彼がしている。

 ヴィンス様はセレンが幼い頃からの側仕えなので、私も彼のことはよく知っている。昔私とセレンがよく庭で遊んでいた時、遠くでいつも見守ってくれていたのは彼だった。

 

「セレン様はもうじき帰ってきますので、私はそろそろ外出します。」
 
「アルト、ただいま」

「おかえりなさい、セレン」

「おかえりなさいませ、セレン様」
 
 セレンが嬉しそうな顔をして帰ってきた。ヴィンス様は、「では失礼します」と、私たちに一礼をした後、さっさとこの場を立ち去るように出ていってしまった。

「アルト、今日時間ある?」

「うん、あるけど…どうしたの?」

「よかったら、一緒に出かけたいんだ。買いたいものもあるし、一人よりアルトと一緒に行った方が楽しいから」

「うん、私も一緒に行きたい」

 そう言うと、彼の顔が嬉しそうに綻んだ。…そんなに嬉しそうな顔をされると、なんだか照れてしまう。私は少し俯いた。私の目元に髪の束がかかって視界を遮った。

「アルト、髪が」

 セレンは私の目元にかかる髪の束を、そっと私の耳にかけてくれた。その髪を撫でるような指先の動きに、胸が高鳴ってしまう。

 こんなことでいちいちドキドキして恥ずかしい、と私は顔を赤くする。でも、彼はいつも私に慈しむように触れてくれいる気がして、堪らない気持ちになってしまうのだ。

「顔赤いね」

「気のせいよ」

  セレンがくすりと笑った。その余裕の感じる顔に、私は少し顔をしかめつつ、顔が赤くないなんて無理な嘘をついたのだった。

 
 


 
 

 

 


 
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