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浮かれているのかも
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彼は私を馬車で家まで送り届けた後、「明日挨拶に行く」と言い残して帰って行った。過ぎ去っていく彼の乗った馬車の後ろ姿を見つめながら、私は何処か夢心地だった。
再会した時は久しぶりなのと、大人になった彼の姿に緊張して、でも話すとやっぱりとても楽しくて、どこか安心する。会話するたびに呼び戻されてくる昔の感触。それに触れるたび、居心地のよさを感じてやまなかった。
「一緒にいたかったんだ」、脳内に彼の言葉が響き渡る。
彼に求められたことが、嬉しかった。
彼の触れていた肩に、まだ体温が残っている気がする。
しばらくぼーっとしながら立っていると、背後から父の声が聞こえた。
「アルト、帰ったのか」
その声に反応した私は弾かれるようにして振り返った。
「すみませんお父様、遅くなりました」
私がそう言うと、父は不思議そうな顔をした。
「今は昼過ぎだし、別に遅くなってはいないよ」
「まだ昼過ぎ!?ですか…」
外はまだ明るく、日が傾きかける気配もない。まだ昼頃であることは分かり切ったことであるはずなのに、自分の中の時間感覚がめちゃくちゃになっているせいで、今いちピンと来ない。
ものすごく濃い時間を私は先程まで過ごしていたようだった。
父は不意に私の手に持っている空のバックを見つめた。
「買い物はしてこなかったのか?」
「あ」
思わず間の抜けた声が出てしまい、口を押さえる。すっかり忘れていた。ついでに買い物をして帰る予定があったのに。
新鮮なヤギの乳や、少し奮発していつもより上等な肉を買うつもりが!と項垂れる私に、父は優しく声をかけた。
「久しぶりに会ったんだろう、ノワール侯爵の御子息と」
「ええ…」
「どうだった?」
「あ、あの、お父様」
「そんなに緊張しなくても良いよ、アルト。ある程度のことは分かってる。…私の方にも手紙が来たんだ。」
父は私に近づくと、子供の頃のように少し屈んで私に目を合わせてきた。
「話を受けたいんだろう?でも、私を一人にしておきたくないと思ってる。お母様も亡くなっているのに、きっと一人で寂しいわ、って」
「お父様と一緒にいたいわ」
「でも彼とも一緒にいたいだろう?」
押し黙る私に、父は顔をくしゃりとさせて笑った。
「彼はお前をご所望だし、これも何かの縁だ…それに、昔お前と彼を引き離してしまったこと、申し訳なく思ってるよ」
「お父様のせいではありません!」
「父は大丈夫だ。畑のことも、心配いらない。…彼もしっかりと考えてくれているし、サポートもしてくれるそうだ。だから」
昔より皺が深くなった目尻を下げて父は言う。皮膚が硬くなり、ひびの入った指先はガサガサしていて、父の苦労を感じさせた。
「お父様、私、行ってきます。いいですか…?」
はっきりとそう告げると、父は満足そうな顔をした。
…この時の私は、彼のそばにまたいられるんだ、とただ浮かれていた。そこに恋という感情の自覚はあまり無かった。ただ昔のように仲良くしたい、勿論一年の間だけ、いや、彼に新しい婚約者ができるまでの短い間だけでいい。それだけだった。
自分が彼とどうにかなるとか、そういったことは身分の違いをはっきり自覚しているせいか全く考えにも及ばなかった。
はっきりとした線引を、彼と自分の間に引いている私は、こんなことになるとは想像もしていなかったのだ。
再会した時は久しぶりなのと、大人になった彼の姿に緊張して、でも話すとやっぱりとても楽しくて、どこか安心する。会話するたびに呼び戻されてくる昔の感触。それに触れるたび、居心地のよさを感じてやまなかった。
「一緒にいたかったんだ」、脳内に彼の言葉が響き渡る。
彼に求められたことが、嬉しかった。
彼の触れていた肩に、まだ体温が残っている気がする。
しばらくぼーっとしながら立っていると、背後から父の声が聞こえた。
「アルト、帰ったのか」
その声に反応した私は弾かれるようにして振り返った。
「すみませんお父様、遅くなりました」
私がそう言うと、父は不思議そうな顔をした。
「今は昼過ぎだし、別に遅くなってはいないよ」
「まだ昼過ぎ!?ですか…」
外はまだ明るく、日が傾きかける気配もない。まだ昼頃であることは分かり切ったことであるはずなのに、自分の中の時間感覚がめちゃくちゃになっているせいで、今いちピンと来ない。
ものすごく濃い時間を私は先程まで過ごしていたようだった。
父は不意に私の手に持っている空のバックを見つめた。
「買い物はしてこなかったのか?」
「あ」
思わず間の抜けた声が出てしまい、口を押さえる。すっかり忘れていた。ついでに買い物をして帰る予定があったのに。
新鮮なヤギの乳や、少し奮発していつもより上等な肉を買うつもりが!と項垂れる私に、父は優しく声をかけた。
「久しぶりに会ったんだろう、ノワール侯爵の御子息と」
「ええ…」
「どうだった?」
「あ、あの、お父様」
「そんなに緊張しなくても良いよ、アルト。ある程度のことは分かってる。…私の方にも手紙が来たんだ。」
父は私に近づくと、子供の頃のように少し屈んで私に目を合わせてきた。
「話を受けたいんだろう?でも、私を一人にしておきたくないと思ってる。お母様も亡くなっているのに、きっと一人で寂しいわ、って」
「お父様と一緒にいたいわ」
「でも彼とも一緒にいたいだろう?」
押し黙る私に、父は顔をくしゃりとさせて笑った。
「彼はお前をご所望だし、これも何かの縁だ…それに、昔お前と彼を引き離してしまったこと、申し訳なく思ってるよ」
「お父様のせいではありません!」
「父は大丈夫だ。畑のことも、心配いらない。…彼もしっかりと考えてくれているし、サポートもしてくれるそうだ。だから」
昔より皺が深くなった目尻を下げて父は言う。皮膚が硬くなり、ひびの入った指先はガサガサしていて、父の苦労を感じさせた。
「お父様、私、行ってきます。いいですか…?」
はっきりとそう告げると、父は満足そうな顔をした。
…この時の私は、彼のそばにまたいられるんだ、とただ浮かれていた。そこに恋という感情の自覚はあまり無かった。ただ昔のように仲良くしたい、勿論一年の間だけ、いや、彼に新しい婚約者ができるまでの短い間だけでいい。それだけだった。
自分が彼とどうにかなるとか、そういったことは身分の違いをはっきり自覚しているせいか全く考えにも及ばなかった。
はっきりとした線引を、彼と自分の間に引いている私は、こんなことになるとは想像もしていなかったのだ。
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