極上の彼女と最愛の彼

葉月 まい

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二人の時間

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「おい大河。さてはお前、女が出来たな?」

洋平の鋭い視線に、大河はギクリとし、デスクに置いてあったスマートフォンから、慌てて目を逸らした。

「いや、違う」

「嘘つけ!だったら今スマホに届いたメッセージは誰からだ?鼻の下伸ばしてニヤニヤ眺めてたぞ?」

「本当に違うんだ。彼女とかじゃなくて、その、メル友、かな?」

メル友ー?!と洋平は大きな声で仰け反る。

「まさか、お前の口からそんな言葉が…。それにお前、メル友なんてもはや死語だぞ?」

「そうなんだ。でも俺の中では旬なんだ」

「メル友が?!」

「ああ」

洋平はしばらくマジマジと大河を見ると、やべー、壊れたのかも…と呟く。

「大河、ちょっと休み取れ。頭がバグってる。一旦、制作から離れてリフレッシュしてこい」

「え、休みを?」

「ああ。毎日パソコンに向き合ってたら、感覚も感性もおかしくなる。気分転換して新鮮な気持ちでもう一度仕切り直した方がいい」

確かにそうだ、と大河も納得する。

どんな作品でも、作っていく過程で必ず一度は行き詰まることがある。

そんな時は思い切って一度離れてみる。

まったく別のことをしたり、気晴らしをしてから改めて作品に戻ると、それまで見えなかったものが俯瞰で見えてきたりするのだ。

「1日ゆっくり、オフィスには来ないで外に出てみろ。な?」

洋平の言葉に、大河はありがたくそうさせてもらうことにした。



『え、大河さん。久しぶりのお休みなんですか?だったら、ゆっくり身体を休めた方がいいと思いますけど』

電話の向こうで瞳子の澄んだ声がする。

その心地良さに気持ちが安らぐのを感じながら、大河は説明した。

「いや、ちゃんと睡眠取ってるから身体は大丈夫だ。ただ、映像を作るのに掛かりきりで、良いアイデアが浮かばなくなってきた。そういう時は一度離れて気分転換した方が、後々の為にはいいんだ」

『そうなんですね、確かに』

「だからどこかに出かけないか?君の休みの日に。もちろん、無理にとは言わない。嫌ならそう言ってくれれば…」

『明後日です』

え?と大河は聞き返す。

『明後日です。私の次のお休み』

「あ、そう…」

しばしポカンとした後、ハッと我に返った。

「そ、それなら明後日、一緒にどこかに出かけないか?」

『はい』

「あ、いい?行ってもいいの?」

クスッと瞳子が小さく笑う。

『大丈夫ですよ』

「良かった!じゃあ、どこに行くか考えておいて」

『分かりました』

「また連絡するから」

『はい。大河さん、お仕事がんばってくださいね』

「ありがとう、君も」

電話を切った途端、大河は一気に頬を緩める。

あれから毎日少しずつ瞳子とメッセージのやり取りを始め、たまに電話で他愛もない話をするが、会うのはあの日以来だった。

もちろん、二人でどこかに出かけるのも初めてだ。

浮足立つ気持ちを抑え、大河は冷静に己に言い聞かせる。

(いいか、彼女を野蛮なヤロー共から守るんだ。そして異性と二人で出かけても、心にバリアを張らなくてもいいように慣れてもらう。そう、目指すは心のバリアフリー)

真顔で頷いた後、ついまたニヤリとしてしまい、慌てて気を引き締めた。



「大河さん、おはようございます!」

2日後。
瞳子のマンションまで車で迎えに来ると、エントランスから笑顔の瞳子が現れた。

淡いブルーのクロップドパンツに、七分袖のジャケットを軽く羽織ったその姿は、抜群のスタイルの良さでどう見てもモデルにしか見えない。

「おはよう。どうぞ」

大河が助手席のドアを開けて促す。

ありがとうございます、と言って乗り込むと、瞳子は早速運転席に回った大河に話しかけた。

「大河さん、今日はどこに行くんですか?」

「ん?君の行きたいところならどこでも」

「じゃあ…、美術館とショッピングでもいいですか?それとも、公園?」

うぐっと大河が妙な声を出す。

「いや、公園は大丈夫だ」

「ふふっ。それならまずは美術館にしましょ!」

早速、都内の美術館を目指してドライブする。

「今日は大河さんだけお休みなんですか?それとも皆さんも?」

「ああ、みんな休みにした。たまにはそういう日も作らないとな」

「そうですね。皆さん、今日は何してるのかなあ」

「吾郎はひたすら寝てるだろうな。洋平は、昼間からワイン飲んで映画でも観てるかも。透は絶対にゲームしてる」

あはは!と瞳子はおかしそうに笑う。

「目に浮かびます。大河さん、皆さんのことなら何でもご存知ですね」

「そりゃ、大学時代からの仲だからな。洋平の歴代の彼女、全員名前言えるかも」

「え、それって、たくさんってこと?」

「ああ、片手じゃ足りん」

「そうなんだー!洋平さん、モテそうだもんなあ」

瞳子は目を細めて楽しそうに笑う。

そんな瞳子の様子に、大河はホッと胸をなで下ろした。

(良かった。俺と二人でも、身構えずに楽しんでくれてるみたいだし)

やがて美術館に着き、二人は早速館内をくまなく観て回る。

「今年は印象派が誕生して150年の節目なんですね」

「ああ。昨年から印象派の展覧会が、日本国内でも次々と開催されてる」

「印象派って、フランスで始まったんですよね。あ!大河さん達、もうすぐフランスに行くじゃないですか。いいなー。私もいつか行ってみたいんですよね、オランジュリー美術館に」

「絵画、好きなのか?」

「詳しくはないですけど、観るのは好きです。美術館の建物とか雰囲気も、心が洗われるような気がして好きですね」

二人でじっくり絵を眺めていると、ふいに横から女性二人組の会話が聞こえてきた。

「え?何、この美男美女カップル。ドラマか何かの撮影?」

「うわっ、すごいオーラ。カメラどこ?」

「ちょっと、映っちゃうかもよ?離れようよ」

大河が周りを見ると、なぜだか遠巻きに皆がこちらを見て囁いている。

視線を瞳子に戻した大河は、さもありなんと納得した。

美しい立ち姿で顔を上げ、じっと絵を見つめているその姿は、まるでそこだけが別世界のように見える。

絵画の前に佇む瞳子を含めて、その光景が芸術であるかのように。

気安く声をかけるのもはばかられ、人々は遠くから瞳子に目を奪われていた。

改めて、瞳子はこんなにも人目を引く美人なのだと再認識していると、瞳子は大河を振り返り、にこっと微笑んだ。

「大河さん、お腹空いちゃった。ミュージアムカフェでランチしません?」

「ん?ああ、そうしよう」

二人は周囲の注目の中、美術館に併設されたカフェのテラス席に案内される。

「気持ちいいですね!外の空気。見て、ツツジがとっても綺麗。美術館の外観とも合っていて、素敵ですね」

何を見ても目を輝かせて嬉しそうに微笑む瞳子に、大河もつられて笑みを浮かべる。

「このクロックムッシュもとっても美味しい!」

飾らない自然体の瞳子は、外見の美しさよりも内面が魅力的だと大河は思った。

何でもないことが、瞳子といると楽しくなる。

ただやはり気になるのは、周囲の目だ。

男達はこぞって瞳子を振り返り、ニヤニヤと無遠慮に眺め回す。

自分が少しでも離れれば、誰かが瞳子に声をかけるだろう。

そう思い、大河はどんな時も瞳子のそばを離れなかった。



「次は買い物だっけ?何を見たいの?」

美術館を出ると、二人は近くのショッピングビルに向かっていた。

「えっとね。本屋さんと文房具屋さん。あとは、100円ショップ!」

ええ?と大河は驚く。

てっきり洋服や雑貨を買いたいのかと思っていたのだが、予想外の店ばかりだ。

とにかく大河は瞳子のあとをついて行く。

まずは本屋から。

瞳子は美術やアートの本が並ぶエリアに行くと、ペラペラと真剣に中を見ながら選んでいる。

大河も近くで、なんとなく手にした本を眺めていた。

「よし、決めた!大河さん、お会計してくるのでここで待っててください」

そう言うと瞳子は、レジへとスタスタ歩き始める。

大河は慌てて本を戻して、瞳子の隣に並んだ。

「ん?一人で行けますよ?」

「ダメだ。一緒に行く」

瞳子が通り過ぎる度に振り返って見とれている男達から隠すように、大河はピタリと瞳子に張り付いていた。



次の文房具屋や、最後に立ち寄った100円ショップでも、瞳子はいくつかの商品をじっくり手に取って選んでから、満面の笑みで会計を済ませた。

「そんなにたくさん、何を買ったんだ?」

「ふふっ、内緒です。あとでお見せしますね」

気づけばランチを食べてから2時間経っており、二人はコーヒーショップで休憩することにした。

ソファ席に並んで座り、カフェラテをひと口飲むと、瞳子は早速買ったばかりの品をテーブルに並べ始めた。

「なんだ?綺麗なデザインの本だな。あ、曼荼羅か!」

「ええ。これは曼荼羅の塗り絵です」

曼荼羅は、真言密教の世界観を絵画化したものだが、アートとしても世界で注目を集めている。

真ん中を中心とした全ての模様が対称であることから、描くだけで心が癒やされると言われ、心理学者のユングも治療法として取り入れていたとか。

「へえ、曼荼羅の塗り絵なんてあるんだな。かなり細部まで凝ってる」

「そうなんです。塗り絵っていうと子ども向けに聞こえますが、最近では大人の塗り絵としても人気なんですよ。それで、こっちがスクラッチアート」

「ん?何これ」

黒い画用紙に白い線で、扇や花の模様が描かれただけで、いまいち何なのか分からない。

すると瞳子は、画用紙が入っていた箱からペンのような物を取り出した。

「大河さん、この専用のペンで白い線を削ってみてください」

「え?ああ、分かった」

大河はペンを受け取ると、言われた通りに白線を削る。

すると…

「わあ!すごいな。何だこれ?」

削った後には、カラフルな色が浮かび上がっていた。

「綺麗だな。それにこの削る感覚、面白い!」

「ですよね。私もこれ、大好きなんです。絵は下手で描けないんですけど、これをやっていると、絵が上手くなったような気がして」

瞳子の言葉は、どうやらあまり届いていないらしい。

大河はスクラッチアートに夢中になっている。

そんな大河に、ふふっと笑ってから、瞳子は曼荼羅の塗り絵を始めた。



「出来た!すげー、芸術的!」

しばらくして大河は満足気に、仕上がったスクラッチアートを目の高さに掲げる。

「面白いな、これ。白い線以外にも、ちょっと違う部分を削ったり、塗りつぶしたりしても表情が変わるしな」

「ふふ、大河さん、すっかりハマっちゃいましたね」

ああ、と頷いた大河は、瞳子の手元の塗り絵を見て、おお!と目を見開く。

「すごいじゃないか。綺麗な色合いだな」

「この色鉛筆、さっき100円ショップで買ったものなんですけど、日本の伝統の色を集めてるんです」

「日本の伝統の色?」

「ええ。例えばこれは紅色。これは牡丹色。菖蒲に瑠璃に、露草に青磁、緑青色も」

へえー、と大河は身を乗り出してじっくり眺める。

「発色も綺麗だな。これが100円ショップで売ってるとか、信じられん」

「ほんとですよね」

大河はテーブルに広げた塗り絵やスクラッチアートを見ながら、しきりに感心する。

「こんな身近なところに、アートや芸術ってあるんだな」

「ふふっ、そうですね。あと、ポストカードや便箋も買ったんです。これは切り絵のカード。こっちは桜の柄の便箋。それからこれはペーパーシャドーアートです」

「ペーパーシャドーアート?」

「はい。イラストを何層にも重ねて、立体感のあるアートにするクラフトです。17世紀のヨーロッパのデコパージュの技法として生まれたそうですよ」

「へえー、知らなかった」

大河は一つ一つ手に取ってみる。

どれもこれも和のテイストで、これなら必ず外国でも喜ばれると思った。

「あの、もし良ければ、いくつか借りてもいいかな?」

「ええ、もちろん!」

にっこりと笑いかけてくれる瞳子に思わず見とれ、大河はまた顔が赤くなるのを感じていた。
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