極上の彼女と最愛の彼

葉月 まい

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楽しかった日々

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お台場のアートプラネッツのミュージアムは、夏休みの終わりと共に終了となり、千秋はクロージングセレモニーの司会を終えて事務所に戻る。

「お帰りなさい、千秋さん。お疲れ様でした」

「ただいま。こんなに遅くまで、待ってなくても良かったのに」

「ううん。千秋さんのお話、聞かせてもらいたくて」

笑顔で出迎えた瞳子は、千秋に冷たいアイスコーヒーを淹れてから早速身を乗り出して尋ねる。

「どうでしたか?セレモニーは」

「ええ、相変わらず海外からの反応も良くて盛り上がったわよ。あの様子だと、海外進出もすぐに実現しそうだわ」

「そうなんですね!それで、次回のミュージアムの予告は?何か発表はありましたか?」

「うん。冬に向けて、12月半ばから2月のバレンタインデーまでの2ヶ月間開催するんだって。テーマは、雪の結晶だそうよ」

雪の結晶!と、瞳子は目を輝かせる。

「わあ、素敵だろうなあ。楽しみ!あー、早く観たい」

「ふふ、瞳子ったら。すっかりアートプラネッツのファンね」

「それはもう!何としてでも絶対に観に行きます。今から楽しみ!」

興奮気味の瞳子を、千秋も微笑みながら見守っていた。



「大河!何だよこれ?」

「何だよって、何が?」

「何がじゃない!こんな鬼スケジュール、こなせる訳ないだろう?」

透は声を荒らげて、真っ黒に埋められたスケジュール表を大河に突きつける。

9月に入り、オフィスでは、大盛況で幕を閉じたお台場のミュージアムの余韻に浸る間もなく、早くも次に向けて始動していた。

「冬のミュージアムの準備だけでも手一杯なのに、ホーラ・ウォッチの新作発表イベント、テーマパークのクリスマスショー、おまけに企業のCMコンテンツまで!おい、俺達は4人だぞ?どう考えても無理だろうが!」

「無理じゃない。やれば出来る」

「そんな根性論なんて、令和の時代に通用するかよ?俺のデートの時間はどうしてくれるんだよ!」

「相手もいないのに何を言う」

「これから出来る予定なんだよ!」

「出来てから言え」

二人のいつもの醜い争いにため息をつき、洋平と吾郎は顔を見合わせる。

「大河、これを見ろ」

洋平は、締め切りや納期を細かく書き加えたスケジュール表を大河に見せた。

「同時進行で4つ、完成度を落とさずにこなす算段はあるのか?」

大河はじっと目を通すと、やや気弱な口調になる。

「これでもかなり断って絞り込んだ方なんだ。今後のつき合いを考えると、どうしてもこれだけは引き受けておきたい」

「だからって、クオリティを下げて評判を落とすようなことになったら、本末転倒だぞ?」

「分かってる。みんなはいつも通りのペースで進めてくれればいい。あとは俺が休日返上でやるから」

すると吾郎が呆れたように口を開いた。

「大河。お前な、自分が人間だってこと忘れてないか?ぶっ倒れるのは目に見えてる」

「やってみなけりゃ分からんだろ?」

「分かるわ!このスケジュールでどこに寝る暇があるんだよ?ぶっ倒れてから、やっぱり出来ませんでした、ごめんなさいって言われる方が先方にとっても迷惑なんだぞ?無理なものは無理だって、初めからきちんと断るのもビジネスだ」

大河は不貞腐れたように黙りこくる。

吾郎が洋平に、お手上げだとばかりに両手を広げた。

「大河。お前が一度言い出したら聞かないのは分かってる。だったらせめてこっちの要求も聞いてくれ」

「…なんだ?」

自分の意見を受け入れてくれるなら、大抵のことは聞き入れようと、大河は洋平を見た。

「俺達4人では確実に無理だ。せめてもう一人増やしたい」

「増やす?って、人材をか?そんな、俺達の仕事を1から教える暇なんて…」

「そう。だから俺達のことをよく知っていて、即戦力になれる人に頼む」

「誰だよ?そんなやついるのか?」

「瞳子ちゃんだ」

「なっ…?!」

目を見開いて驚く大河と、ええー?!やったー!と喜ぶ透。
そして、上手いこと考えたな、とニヤリと笑う吾郎。

三者三様の反応を見ながら、洋平は淡々と話を進める。

「瞳子ちゃんなら、俺達の目指すものが分かってる。ポスターや紹介映像のビジュアルデザインも、前回携わってくれていたから任せられる。あとは、先方との打ち合わせ、ミュージアムショップで販売するオリジナルグッズのラインナップ、そういうのも女性である瞳子ちゃんの方が俺達より向いてると思う」

思う思うー!俺も思うー!

はしゃぎまくる透は蚊帳の外で、3人は顔を突き合わせた。

「吾郎はどう思う?」

「もちろん、異論はない。瞳子ちゃんが手伝ってくれたら、男だけの俺達の世界観も広がると思うしな」

「よし。大河は?どうする?」

洋平と吾郎は、深刻な表情で何かをじっと考えている大河の言葉を待つ。

「俺は…。俺達にとってはありがたい。けど、彼女にとってはどうなのか…。そこが心配だ」

「それなら、瞳子ちゃんと千秋さんに聞いてみてもいいか?二人がOKならお前も構わないよな?」

洋平に念を押され、大河は仕方なく頷いた。



「え?ちょっと、どうしたの?冴島さん」

話があると呼び出されたカフェで、いきなり頭を下げる大河に千秋は面食らう。

「申し訳ない。あんなことを言っておいて、今更こんな…」

「とにかく顔を上げて。ね?」

周りの目が気になり、千秋は大河の顔を覗き込んで促した。

ゆっくりと顔を上げると、大河は神妙な面持ちで千秋に事情を話し始める。

「彼女にはもう関わらないときっぱり言っておきながら、今頃になって助けて欲しいなんて…。身勝手なのは承知の上です。だからこの話は、千秋さんから断ってくれても構わない」

話を聞き終えると、千秋は視線を落として考え込んだ。

大河はひたすら黙って千秋の返事を待ち続ける。

「冴島さん」

「はい」

「冴島さんは、自分達が関わらない方が瞳子にとって良いと思ってるのね?」

「はい、そうです」

「私はそうは思わないわ」

え?と大河は思わず視線を上げる。

「瞳子は、確かにまだ男性が苦手だけど、あなた達のことは大好きなのよ」

思いも寄らない言葉に、大河は驚いて瞬きを繰り返す。

「え、それは、どういう…?」

すると千秋はクスッと笑った。

「もうね、あの子、アートプラネッツの大ファンなのよ。次のミュージアムにも絶対に行く!何としてでも行く!って張り切ってるの。楽しみで仕方ないみたい。あんなに子どもみたいに目を輝かせる瞳子は初めてだわ。あの子、冴島さん達のオフィスでお世話になってから、随分明るくなった気がするの。きっとあなた達のおかげで、毎日楽しく過ごしてたんでしょうね」

大河は、あの頃の様子を思い出す。

皆でワイワイ賑やかに、仕事なのか遊びなのか分からないくらい楽しんでいた日々。

アメリカンハイスクールもどきの仮装をして笑い合った瞳子の誕生日。

はしゃぎまくる透に呆れながらも、一緒になって盛り上がっていた毎日。

皆の中心には、いつも笑顔の瞳子がいた。

「ねえ、冴島さん。瞳子はあなた達といると、自分は男性が苦手だってことも忘れていられたんじゃないかしら?」

大河はゆっくりと千秋の言葉を噛みしめる。

(きっとそうだ。彼女はただ素直に明るく笑っていた。俺達といて、心底楽しそうだった)

確かめるように千秋を見ると、千秋はふっと笑って大河にしっかりと頷いてみせた。



「え、私が皆さんのお手伝いを?」

「そう。何でも、これから先仕事が立て込んで大変らしいのよ。瞳子は相変わらず司会の仕事も控えてるから、もし良かったらアートプラネッツで手伝ってみたらどう?」

千秋の言葉を半信半疑で聞いていた瞳子は、じわじわと実感が湧いてきたように顔をほころばせる。

「またあそこに戻ってもいいんですか?私」

「ええ。皆さんがぜひ瞳子に手伝って欲しいって。どう?やってみる?」

「はい、やりたいです!」

満面の笑みを浮かべる瞳子に、千秋は参ったとばかりに苦笑いする。

「すごいわねー、瞳子にこんな顔させるなんて。さすがはアートプラネッツ。ちょっと妬いちゃうな」

ポツリと呟いた千秋に、瞳子が、え?と首をかしげる。

「ううん、何でもない。じゃあ、行ってらっしゃい!しっかりお手伝いしてきてね」

「はい!」

瞳子は再び笑顔で頷いた。
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