幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい

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新たな生活

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 「うわあ!朱里ちゃん!そ、そ、それは一体…」

 次の日。
 出社するなり、田畑と川辺は朱里の左手に釘付けになる。

 「えっと、あの…」

 朱里は苦笑いを浮かべながら、瑛の様子をチラリとうかがう。

 しれっとパソコンに向かっている横顔に、このー!と思わず心の中で悪態をつく。

 瑛がくれたエンゲージリングは、とにかくキラキラと目立つのだ。

 会社では外していいか?と聞いたら、瑛は即座にだめだと答えた。

 「お前は俺のものだって証拠だからな。へーんだ!」

 何が、へーんだ!なのやら…。
 朱里は呆れてため息をついた。

 その場を笑ってごまかし、朱里はパソコンに向かう。

 田畑と川辺は、まだ二人で何かヒソヒソと囁き合っているが、ここは黙ってやり過ごそう。

 朱里がそう決めた時、ふいに隣のデスクから声をかけられた。

 「朱里、来週のスケジュール確認頼む」

 朱里が絶句して瑛を見た時、ひゃー!!という田畑と川辺の声が響き渡った。

 「あ、あ、朱里ー?!部長、まさかっ!」

 驚きのあまり、田畑と川辺は互いの両手を握り合っている。

 「い、いつからですか?!部長、一体いつから朱里ちゃんのことを?」
 「ん?ああ。子どもの時からです」

 ひゃー!!ええー?!どういうことー?!と、田畑と川辺はその日1日仕事にならなかった。

*****

 「それでは、瑛と朱里ちゃんの婚約を祝して…」

 かんぱーい!と皆でグラスを掲げる。

 瑛の両親、雅、優、そして菊川と千代も今夜は一緒にテーブルを囲む。

 「いやー、もうヤキモキしっぱなしだったよ。長かったなあ」
 「本当に。でもその分喜びもひとしおよ」

 両親がしみじみ言うと、雅が身を乗り出してくる。

 「それで、入籍と式はいつにするの?」
 「え?いえ、まだ何も決めていなくて…」

 隣の瑛と顔を見合わせつつ、朱里が答えた。

 「だったら、籍だけでも先に入れたら?ほら、朱里ちゃんの誕生日に婚約したんだから、瑛の誕生日に入籍。ね?」

 え?!と二人は驚く。

 「俺の誕生日って、4日後だぞ?」
 「そうよ。充分間に合うじゃない」
 「そ、そんな急に?」
 「あら、瑛。そんなこと言ってるうちに、朱里ちゃんが誰かに取られちゃったらどうするの?朱里ちゃん、まだ独身なんだからね」

 すると瑛はハッとしたように朱里を見る。

 「いやいや、そんなことないから。絶対ないって」

 朱里は慌てて否定する。
 だが瑛はじっと朱里を見つめて頷いた。

 「よし、そうしよう。朱里、4日後に婚姻届出しに行くぞ」
 「え、ほ、本当に?」
 「ああ。やっとここまで来たのに、最後の最後で誰かに取られたら、もう俺は立ち直れない。式はあとでもいいけど、入籍はすぐにしよう」

 わー!と皆が拍手する。

 「決まりね!朱里ちゃん、ご両親に報告は?」
 「あ、今日のお昼休みに電話で話しました。なんだかあっけないくらい、あ、そう。良かったわねーって」
 「そうなのね!でも瑛、ちゃんと朱里ちゃんのご両親にご挨拶に伺いなさい。明後日の土曜日は、ご両親のご都合どうかしら?」
 「あ、はい。土曜日なら父も家にいると思います」
 「そう!じゃあ、ご両親にお許しいただけたら、婚姻届に署名ももらっていらっしゃいね」

 雅の言葉でトントン拍子に話は進み、二人は土曜日に、朱里の父の赴任先の名古屋に向かった。

*****

 「名古屋かー。なんだかんだ、私ここで降りるのは初めてかも」

 新鮮な気持ちで新幹線を降りる。

 「愛知県からも、コンサートの依頼来てたよな?」
 「うん、あった。過疎地域のホールからね。一度電話で話して、いずれ時期が来たら具体的に進めることになってるよ」
 「ふーん。今夜はここに泊まって、明日時間があったらホールの下見だけでもするか?」
 「うん、いいね!そうしよう」

 そんなことを話しながら、タクシーで朱里の両親の住むマンションに向かう。

 「えーっと、ここみたいね」

 栗田の表札を確かめてからインターフォンを押す。

 はーい、と奥から母親の声がして玄関のドアが開いた。

 「あらー、久しぶりねー。二人とも元気にしてた?」
 「うん。お母さん達も元気?」
 「元気よ。さ、入って」

 自分の両親の住まいだというのに、初めて足を踏み入れる朱里はソワソワする。

 「おっ、朱里、瑛くん。よく来たね!」

 リビングのソファから、父親が立ち上がった。

 「ご無沙汰しております」

 瑛が頭を下げて、手土産を渡す。

 「すっかり大人っぽくなって。さあさあ、どうぞ座って」

 ソファの前のローテーブルに紅茶を置きながら、母親がふと朱里の左手を見て驚きの声を上げた。

 「あ、あ、朱里!その指輪…」

 え?ああ、と、朱里はエンゲージリングに手を添える。

 「なんて素敵なの…。デザインも可愛いし、それにそのダイヤモンド!あー、眩しすぎる」

 両手で頬を押さえて母親はうっとりする。

 「こんな指輪をもらえるなんて、朱里、あなた世界一の幸せ者よ。あー、いいなー」

 ウグッと言葉を詰まらせた父親が、咳払いをしてから真面目に話し出した。

 「瑛くん。本当に朱里でいいのかい?そりゃ、私達は二人が小さい頃から一緒にいるのを見てきたから、結婚するのは大いに嬉しいけど。なんと言っても君はあの桐生ホールディングスの御曹司だ。家柄が違いすぎるだろう?もっと身分が釣り合うご令嬢の方がふさわしいんじゃないかな?」

 すると瑛はきっぱりと首を振った。

 「おじさん。俺はただの桐生 瑛です。小さい時から朱里と一緒に遊んで、朱里と一緒に大きくなりました。どんな時も朱里がそばにいてくれました。これからの人生も、朱里と一緒に歩んでいきたいです。朱里のいない人生は考えられません」

 それに、と一度視線を落としてから、瑛は話を続ける。

 「朱里はすでに桐生ホールディングスの重要な戦力です。朱里のおかげで社会貢献にも携われ、我が社は大きく注目されました。社内の誰もが朱里を認めています。そんな彼女以上の人なんて、誰も思いつきません」

 まあ、そうなの?と母親が感心したように朱里を見る。

 「おじさん、おばさん。俺は必ず朱里を守ります。どんな時もそばにいます。俺が自分の手で朱里を幸せにしたいんです。どうか、結婚させてください」

 瑛は深々と頭を下げる。

 「瑛くん。もちろんだよ。私達の方こそ、君に感謝している。君のご両親やご家族にもね。一般庶民の娘を昔から我が子のように可愛がってくださっただけでなく、こうして結婚まで認めてもらえるなんて。本当にありがとう。瑛くん、これからも朱里をよろしくな」
 「はい、ありがとうございます」

 朱里は目を潤ませて両親にお礼を言う。

 「お父さん、お母さん。ありがとう。何も心配しないでね。瑛は私のこと、凄く大事にしてくれてるから」
 「あらやだ。なーに?のろけちゃって。心配なんてする訳ないでしょ?あなた達は今までだって、ずーっと仲良しだったんだから」

 そう言ってふふっと母は娘に微笑む。

 「幸せにね、朱里」
 「うん!ありがとう、お母さん」

 持って来た婚姻届に署名してもらうと、ようやく四人はホッとしたようにいつもの雰囲気に戻る。

 「あー、腹減ったな。なんか寿司でも取るか?」
 「いいわね。そうしましょ」

 おしゃべりしながらお寿司を食べた後、母親が朱里の子どもの頃のアルバムを出してきた。

 「見てー!朱里も瑛くんも、可愛いったらもう!」
 「うわ、小さい!何歳の頃?」
 「これはね、2歳半かな?あなた達記憶にないでしょう?」
 「うん、覚えてない」
 「言葉をしゃべり始めてね、お互い、あーちゃん、あっくんって呼んでたのよ」

 ええー?!と二人で驚く。

 「そうなの?そんな呼び方してたんだ」 
 「そうよ。でも3歳過ぎてからは、朱里、瑛くん、になったの」

 へえーと二人は頷く。

 「もうね、どの写真を見てもあなた達二人が一緒にいるの。これで瑛くんが別のご令嬢と結婚したら、この写真どうすればいいのかしらって、ちょっと悩んでたのよ。良かったわー、これでなんの気兼ねもなく見返せるわね」

 母親は嬉しそうにアルバムをめくる。

 「これからも、あなた達二人の写真が増えるのね。楽しみ!新しいアルバムを買っておかなくちゃ!」
 「そうだな。とりあえず10冊は買っておこう」
 「やだ!お母さんもお父さんも、いつまで私を子ども扱いするのよ」
 「あら?いつまでもあなたは私達の子どもよ。それに瑛くんもね。ずーっと二人の成長を見守ってきたんだから。これからもあなた達を見守っていくわ。いつまでもね」

 両親が笑顔で頷き、朱里も瑛と顔を見合わせて微笑んだ。

*****

 その日は名古屋市内のホテルに泊まり、次の日、観光を兼ねて依頼されたホールまで足を伸ばす。

 ちょうど館長と話が出来て、また改めて打ち合わせすることを約束する。

 早めの夕食を食べてから二人は新幹線で東京に戻った。

 「そうかそうか、無事にお許しをいただけたんだね。ありがとう!朱里ちゃん。また改めてご両親にご挨拶に伺うよ」
 「いえ、そんな。おじ様、どうぞお気遣いなく。私の両親こそ、皆様に感謝していると言っていました。家柄の違う一般庶民の私の結婚を許してくださって」
 「何を言うのかね、朱里ちゃん。うちのドラ息子と結婚してくれるなんて、こちらこそ朱里ちゃんには感謝の気持ちでいっぱいだよ」

 ドラ息子…と、朱里は思わず苦笑いする。

 「ほら、お父様も早くサインして」

 雅が急かし、瑛の父は緊張の面持ちで婚姻届に署名する。

 「やったー!これでようやく二人は夫婦ね!」
 「姉貴、まだ役所に出してない」
 「はっ、そうだったわ。瑛、どこかに落っことしちゃだめよ!明日ちゃんと出しに行くのよ」

 皆に祝福され、朱里は幸せを感じながら、「栗田 朱里」としての最後の夜を過ごした。

*****

 翌日の瑛の誕生日。
 二人は半日休暇を取って、午後から区役所に婚姻届を提出しに行った。

 不備もなく無事に受理され、晴れて朱里は「桐生 朱里」となった。

 「えーっと、住所変更と免許証の変更手続き、あとは会社にも届けを出さなきゃいけないし…」

 朱里が面倒な手続きを指折り数えていると、瑛がその手を止めた。

 「そんな現実的な話は今度でいいの。それよりデートしようよ。ね?奥さん」

 奥さんー?と朱里は眉を寄せる。

 「なんかそれ、やだ」
 「じゃあ何がいいの?嫁さん?あ、ワイフとか?」

 ブッと朱里は吹き出す。

 「どの口でワイフとか言ってんの?もう、瑛ったら」
 「いいだろ?じゃあ日替わりで楽しもう。今日は、そうだなー。ハニーでいこう」

 馴れ馴れしく肩を抱こうとする瑛の手をぺしっと叩く。

 「日替わり定食みたいでやだ!ハニーもやだ!プーさんみたい」
 「いいじゃない、プーさん。あ、ほら。朱里のほっぺた、ちょうど今プーって膨れてるしな」
 「もう!入籍直後に何よこの会話!」
 「あはは!」

 結局いつもの二人のまま、役所をあとにした。

*****

 「改めまして、瑛。お誕生日おめでとう!」
 「ありがとう!」

 夜はちょっと雰囲気を変えて、ホテルでディナーを楽しむ。

 朱里は、雅からプレゼントされた薄いパープルのワンピース、瑛もフォーマルなスーツ姿だった。

 「えっと、これは私からの誕生日プレゼント」

 朱里がテーブルの上にネイビーの箱を置く。

 「ええ?プレゼント用意してくれてたの?」 
 「うん。あ、でもそんなに期待しないでね」 
 「めっちゃしてる」
 「え、じゃああげない」
 「なんだよそれ!いいから、早くちょうだい」
 「ガッカリしないでよ?」
 「朱里からのプレゼントってだけでも、ガッカリする訳がない」

 朱里はふっと笑って瑛に箱を手渡す。

 瑛は子どものようにわくわくした様子で箱を開けた。

 「おおー、時計だ!」
  「ごめんね、瑛がいつも着けてる時計ほど高価じゃなくて。でもそれ、私とお揃いなの」
 「え、ペアウォッチ?」
 「そう」

 すると瑛は嬉しそうに時計を着け替えた。

 「朱里のも見せて」

 二人で互いの時計を見せ合う。

 「いいなー!これで俺達、お互いのものだってみんなに見せつけてやれるぞ。クククッ」
 「…瑛、不気味な笑いやめて」
 「だってさ、もう言いたくてたまらなかったんだ。朱里は俺のものだ!気安く触るんじゃねえ!って」
 「は?何それ。とにかく、田畑さんと川辺さんには、ちゃんと紳士的に報告してね」
 「分かってるって」

 ようやく二人は笑顔で美味しいディナーを味わい、入籍と誕生日を祝って幸せな気持ちを噛みしめていた。

 翌日、会社が大騒ぎになることも知らずに…

*****

 「おはようござ…」
 「来たーーー!!!」

 出社して部屋のドアを開けた途端、田畑と川辺に絶叫されて、朱里はビクッと立ちすくむ。

 「朱里ちゃん!いや、ご婦人?奥様?どう呼べばいいの?」
 「は、はい?あの、何のお話でしょうか?」
 「社内報だよ!全社員に一斉メールでお知らせが来てる。『桐生 瑛と栗田 朱里の入籍のご報告』って」

 ええー?!と朱里は仰け反る。

 「ってことは、皆さんもうご存知なんですか?」
 「存じてますとも!他の部署のやつらも大騒ぎで…。ほら、見てよ」

 振り向くと、ガラス窓の向こうにズラーッと人が並んでこちらを見ていた。

 「ひえ!どうしよう」

 とりあえず朱里は、窓の外の集団にペコリと頭を下げる。

 「それで朱里ちゃん、旦那様は今どちらに?」
 「だ、旦那?いえ、あの、部長でしたら社長室に顔を出してから、こちらに来るとのことでした」
 「なるほど。でもこの状態だと、この部屋はパンダ部屋みたいになるな。貼り紙でもして隠すか?」

 その時、キャーと女性社員の高い声が聞こえてきた。

 見ると、瑛が人の間をぬってこちらに向かっている。
  
 「失礼」

 そう言って軽く手を挙げてから、部屋のドアを開けた。

 キャー!ワー!という歓声の中、どの人?あの子?という声も聞こえてくる。

 朱里はなんだか肩身が狭くなって、小さく頭を下げた。

 「部長、おはようございます。いやー、びっくりしましたよ」
 「でも既に入籍されたんですよね?おめでとうございます!」

 田畑と川辺に拍手され、二人はありがとうございますとお辞儀をする。

 「朝からお騒がせしてすみません。実は午後にニュースリリースすることになっていまして。その前に取り急ぎ社員の皆様にお知らせしようと、社長が発信したようです。お二人には直接ご報告したかったのですが、間に合わず申し訳ありませんでした」
 「そうだったんですね。いえいえ、そんな。おめでたい話題で、私達も舞い上がってましたよ。なあ、川辺」
 「本当に。以前から、ひょっとして部長と朱里ちゃんは…なんて思ってたんですが、まさかゴールインされるとは!嬉しい限りですよ。それで、挙式はいつ?」
 「それがまだ決まっていなくて…。仕事が落ち着いた頃に考えたいと思っています」
 「そうですか。その時は是非私達も招待してくださいね。いやー、楽しみだなあ」
 「はい。ありがとうございます」

 すると瑛がふいに、朱里と声をかけた。

 「は、はい!」
 「そういう訳で、社長が先走ってすまなかった。午後には関係各所にFAXで報告がいく。マスコミも問い合わせてくると思う。今日は外に出ないようにしてくれ。帰りは地下駐車場から車に乗って。菊川が屋敷まで送って行くから」
 「か、かしこまりました」

 朱里はドギマギして答える。

 「朱里ちゃん、普通に会話していいんだよ?」 
 「そうそう。俺達のことは気にせず、あなたーって」

 田畑達の言葉に朱里は真っ赤になる。

 「ま、まさか、そんな!」
 「あはは!照れちゃって、朱里ちゃんウブだなー」

 川辺がそう言って笑った時、んん!と瑛の咳払いが聞こえてきた。

 「朱里、今夜は俺もなるべく早く帰るから。部屋で待ってて」

 そう言ってにっこり笑う瑛に、ひー!と朱里は仰け反る。
 田畑と川辺も固まっていた。

 その後もまともに仕事が手につかない3人を尻目に、瑛だけはテキパキとこなしていた。

*****

 「お帰りなさい!」
 「ただいま、朱里」

 千代と一緒にダイニングテーブルに夕食を並べていた朱里は、ドアを開けて入って来た瑛に微笑む。

 ネクタイを緩める瑛からカバンを受け取ると、朱里は2階の部屋に上がった。

 するとすぐ後ろから瑛もついてきて、部屋に入った途端に朱里をうしろから抱き締めた。

 「ちょ、瑛?」
 「部屋で待っててって言ったのに」
 「え、別にいいでしょう?どこでだって」
 「だめだ。帰ってきたらすぐキスしたかったのに」

 耳元で囁かれる声に、朱里は一気に身体が熱くなる。

 「朱里、こっち見て」
 「え?」

 反射的に振り返った朱里に、瑛は深くキスをする。

 朱里の身体から力が抜け、カバンを落としそうになって慌てて瑛から離れた。

 「もう、瑛ったら…」
 「だって仕事中、ずっと我慢してたんだもん」
 「ちょ、何言ってんの?仕事中でしょ?」
 「そうだよなー。やばいな、毎日こんなんじゃ」

 朱里は呆れてため息をつく。

 「ちゃんと仕事してくださいね!」
 「はーい、分かってるって。ほら、夕食食べようぜ」
 「うん!」

 その日は瑛の父も帰宅が早く、夕食を食べながらあれこれと仕事の話をする。

 「マスコミの取材が予想以上に多くてな。なんだか知らんが、女性雑誌からも依頼が来たぞ。若きイケメン御曹司の素顔、とかなんとか?」
 「なんじゃそら?」
 「まあとにかく、しばらくは落ち着かんな。菊川、くれぐれも朱里ちゃんのそばを離れないでくれ」
 「かしこまりました」

*****

 夕食後、朱里が自宅に荷物を取りに行こうとすると、菊川も付き添ってくれた。

 「ありがとうございます、菊川さん。身の回りの物を少しずつ運んでいるので、まだしばらくは家に取りに帰ったりしなくちゃいけなくて」
 「いつでもお供しますよ」

 二人で肩を並べて歩く。

 「菊川さん、ずっと私達のことを見守ってくださって、本当にありがとうございました」
 「どういたしまして。お二人が結婚されて、本当に感慨深いです。いやー、随分ヤキモキしましたけどね」
 「ふふ、すみません。私ったら聖美さんの前で、菊川さんに恋人のフリまでさせてしまって」
 「あー、ありましたね、そんなことも」

 懐かしみながら二人で笑う。

 「朱里さん。今だから話しますが…。もしあのまま瑛さんが聖美さんと結婚されたら、私は朱里さんをお支えしようと思っていました」

 え?と朱里が菊川を見上げる。

 「どんなに朱里さんが悲しまれるだろうかと心配でたまりませんでした。瑛さんと聖美さんをくっつけようと、私と恋人のフリまでして。寂しさを笑顔で隠す朱里さんをそばで見ていて、私まで辛かったです。朱里さん、瑛さんと結ばれて本当に良かったですね」
 「菊川さん…」

 優しい笑顔に、朱里の胸が詰まる。

 「ありがとうございます、菊川さん。いつも私達のことを一番に考えてくださって。でもこれからは、ご自分の幸せを考えてくださいね。私達はもう大丈夫ですから」

 朱里がそう言うと、菊川は嬉しそうに微笑んで頷いた。
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