幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい

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 和歌山でのコンサートも無事に成功し、地元の子ども合唱団と一緒に演奏する写真が新聞にも大きく取り上げられた。

 年が明けてすぐ発売となる音楽雑誌の特別号にも、桐生ホールディングスの取り組みが特集を組んで掲載されることになった。

 カラーの見開きで、瑛がアップで載っている記事を見て、社長は俺なんだけど…と瑛の父が呟く。

 そしてその反響の大きさに、前回、関係者向けに開催した『みんなおいでよ!わくわくコンサート』を、一般の方向けに開催することになった。

 演奏はもちろん、東条率いる新東京フィルハーモニー交響楽団だ。

 プログラムも前回とほぼ同じ、司会進行も朱里と東条で行う。

 まずは小学生とその家族を対象にホームページで観覧者の募集を始めたところ、あっという間に満席になってしまった。

 「いくら無料とはいえ、早すぎるな。聴きに行きたくても応募出来ないのでは心苦しい。第2弾もすぐに開催の方向でいこう」
 「はい」

 瑛の決断に朱里は頷く。

 打ち合わせや段取りもスムーズに行き、前回と同じ未来ハーモニーホールでの一般向けコンサート本番の日を迎えた。

 朝の10時にホールに到着し、車を降りた途端、どこからともなくキャー!という声が聞こえてきたかと思うと、あっという間に瑛が女の子達に取り囲まれた。

 「桐生さーん!握手してくださーい」
 「こっち見てー!」

 朱里はポカンとしてその様子を眺める。

 菊川が瑛をかばいながら歩き出した時、ふと瑛が振り返った。

 「朱里、おいで」

 ザッと一斉に女の子達の視線が朱里に向けられる。

 (ひえー、ごめんなさい)

 朱里は小さくなりながら、皆にペコペコ頭を下げつつ瑛の方へ行く。

 瑛は朱里の肩を抱くと、失礼、と言って女の子達の間を歩き出した。

 「キャー、いやー!」
 「誰?あの女」

 後ろから聞こえてくる声に、朱里はひえっと首をすくめながら、なんとかホールに入り、ふうと息をつく。

 「雑誌の影響って凄いのね」
 「ええ。テレビのニュースにも取り上げられましたしね。最近は会社のエントランスでも、女の子達が瑛さんをひと目見ようと集まっています」
 「え、そうなの?」
 「ええ。ですから車もエントランスではなく、地下駐車場から出発するようにしています」

 菊川と朱里が話していると、瑛はどこ吹く風とばかりに館長とにこやかに挨拶を交わす。

 朱里も慌てて挨拶し、早速準備に取り掛かった。

 11時に東条と楽団員が到着し、すぐにゲネプロを始める。

 朱里もMCとして参加した。

 12時半から昼食と休憩になり、いよいよ14時の開演時間となった。

 前回と同様に、子ども達は熱心に演奏に耳を傾けてくれ、朱里や東条の声かけにも答えてくれる。

 最後には、指揮を振ってみたい子がたくさん手を挙げてくれ、東条は全員を舞台に上げた。

 「行くよー、いちにのさん、はい!」

 きっとコンサート中、東条の指揮を釘付けで見ていたのだろう、まるで本物の指揮者のように陶酔して両手を振っている子もいた。

 楽団員も、子ども達の指揮に合わせてにこやかに演奏する。

 客席からも大きな手拍子が起こり、アンコールまで楽しく盛り上がって無事に終演となった。

 最後にロビーで楽団員や東条が子ども達を見送る。

 「楽しかったー!」
 「おもしろかったよー」

 口々に感想を言ってくれる子ども達に、東条達も笑顔になる。

 楽団員がヴァイオリンを見せながら説明するのを、じーっと食い入るように聞いている子もいた。

 控え室で、瑛と東条は、記者からインタビューを15分ほど受ける。

 全て終えてホッとひと息ついたのは、17時を過ぎた頃だった。

 そのままホールの別会場で打ち上げとなる。

 「東条さん。今回も本当にありがとうございました」

 瑛と朱里は、揃って東条にお礼を言う。

 「こちらこそ。また素晴らしい機会をいただいて光栄です」
 「ありがとうございます。第2弾もありますので、今後ともよろしくお願いいたします」

 すると、ふと東条は表情を変えて瑛と朱里を見比べる。

 「桐生さん。なんだか急に男らしく、頼もしくなりましたね。朱里さんも、なんだろう…女性としての美しさが増したような」
 「え?」

 しばらく二人を見比べて考え込んでいた東条は、最後にニヤリと笑った。

 「なるほど。どうやら私はタイミングを逃したようですね。もはや付け入る隙がない。そうでしょう?朱里さん」

 朱里は少しうつむいてから、はいと顔を上げて頷いた。

 「やれやれ。しばらくは恋に破れた曲ばかり取り組もうかな。今ならいい指揮が振れそうだ」

 ため息をついたあと、東条は二人の肩をポンと叩く。

 「お似合いの二人になったね。どうぞお幸せに」

 朱里は瑛と顔を見合わせてから、東条に笑いかけた。

 「はい、ありがとうございます」

*****

 3月になり、朱里も瑛もそれぞれ大学を卒業した。

 これであとは仕事に打ち込むのみ。
 4月1日、朱里は正式に桐生ホールディングスの正社員となった。

 地方でのコンサートの開催、東京都内での保育施設や高齢者施設への訪問演奏、そしてわくわくコンサート第2弾の開催。

 それらに追われ、飛ぶように日々が過ぎていく。

 演奏の依頼に加えて、取材の依頼も多く来るようになった。

 瑛が主にその取材やインタビューに応じるのだが、それに比例して女の子の追っかけが本社の周りを取り囲むようになった。

 桐生ホールディングスは、広い分野で色々な職種を抱えているグループ企業だ。

 毎日多くの来客があり、エントランス付近にたむろする女の子を見て、何事かと目を丸くされる。

 瑛は、どうしたものかと頭を悩ませていた。

 そして、23歳の朱里と瑛の誕生日が近づいたある日。

 ついに瑛は心を決めた。

*****

 「朱里。誕生日どこか行きたい所あるか?」

 夜、自宅に戻った朱里に瑛が電話で尋ねた。

 「私の誕生日?だってその日も仕事でしょう?」
 「そうだけど、定時で上がってさ、どこか食べに行こう。どこがいい?ホテルのレストランとか、おしゃれなお店とか?」

 すると朱里は、うーん、としばらく考える。

 「特にないなあ」
 「そんなこと言わずに、考えておいてよ。でないと姉貴とおふくろに、うちに来いって誘われるぞ。パーティーしたいってうるさくてさ」
 「あ、そうなの?だったら私もそれがいい」

 …は?と瑛は目が点になる。

 「いや、だって、うじゃうじゃ邪魔者がいるぞ?親父もおふくろも姉貴も、菊川も千代さんも」
 「やだ、邪魔者なんかじゃないでしょ?私、皆さんと一緒に賑やかに食事したいの。だめかな?」
 「だめじゃないけど…。その、俺としてはロマンチックなお店がいいかな、と」
 「じゃあ、瑛の誕生日にそのお店に行こうよ。ね?」
 「あ、うん。まあ、そうだな」

 計画が狂い、瑛は頭を抱える。

 (困ったなあ、どうするかなあ)

 「瑛?どうかした?」
 「あ、いや何も。じゃあうちでパーティーしよう。朱里の好きなステーキ用意するよ」
 「ううん、気にしないで。私はただ、賑やかに食事したいだけだから。くれぐれもお気遣いなくって伝えてね」
 「分かった」

 電話を切ってから、瑛はうーんと腕を組む。

 (やっぱりムードとかシチュエーションは大事だよな。どうしたもんか…)

 結局、朱里の誕生日当日まで瑛はブツブツ悩んでいた。

*****

 「朱里ちゃん、ハッピーバースデー!」

 皆がクラッカーを鳴らして拍手してくれる。

 「ありがとうございます!」

 朱里は嬉しそうに、皆を見渡した。

 テーブルに並べられた数々の美味しい料理を味わっていると、優が駆け寄ってきた。

 「あーちゃ!おたんじょうび、おめでとう!これ、プレゼント」

 そう言って朱里に、くるくる丸めてリボンで結んだ画用紙を渡す。

 「ありがとう!優くん。見てもいい?」
 「うん!」

 朱里はそっとリボンをほどいて画用紙を開いた。

 「わあ!可愛い!」

 にっこり笑った女の子と、その隣にはなんだかイカツイ顔の男の子。

 「優くん、これはだーれ?」
 「うんとね、あーちゃとあっくん」
 「あはは!これ瑛なのね。そっくり!優くん、とっても上手に描いてくれたね。ありがとう!大事に飾るね」
 「うん!」

 朱里は優の頭を優しくなでて微笑む。

 「朱里ちゃん、これは私からのプレゼント」
 「え?お姉さんまで…。すみません、お気遣いいただいて」
 「いいのよ!私が贈りたかっただけなんだから。ね、開けてみて」
 「はい!」

 綺麗にラッピングされた四角い箱を開けると、中には薄紫色のワンピースが入っていた。

 「わあー!可愛い!なんて素敵なの」
 「うふふ、朱里ちゃんに似合うと思ってね」
 「ありがとうございます!もったいなくて気軽に着られないわ」
 「あら、そんなこと言わないで。たくさん着てね」

 はい、と朱里は笑顔で頷いた。

 「朱里ちゃん、これは私達からよ」

 瑛の母も、小さな箱を差し出した。

 「え?おじ様とおば様まで、そんな。ありがとうございます」

 リボンをほどいてそっと箱を開けてみる。

 「え!こ、これは」

 中には、小さなパールが並んだネックレスとピアス。
 所々にキラキラと輝いているのは、もしかしてダイヤモンドだろうか…。

 朱里は恐縮して戸惑う。

 「こ、これは、いただけません。こんな高価なアクセサリーは…」
 「いいえ、受け取ってちょうだい。朱里ちゃん、コンサートの司会をする時に私服でドレスアップしてくれてるでしょう?アクセサリーもちゃんと着けてくれて。気になってたのよ。だからこれは会社からの支給だと思って。ね?」
 「そうだよ、朱里ちゃん。今まで気付かなくて悪かったね」

 いえ、そんな…と手を振ってから、朱里は有り難く受け取ることにした。

 「ありがとうございます。次に司会をする時に早速使わせていただきますね」

 もらったプレゼントを一つ一つ見返していると、瑛の父が口を開く。

 「それで、瑛は?朱里ちゃんに何をプレゼントするんだ?」

 「あなたっ!」「お父様っ!」と、母と雅が同時に止める。

 「ん?何か変な事言ったか?」
 「さ、さあさあ、それではケーキをご用意いたしましょう。ね、菊川さん」

 見兼ねた千代が話題を変える。

 「ええ。今、お持ちしますね」

 千代と菊川が、厨房からホールケーキと皿を持って来た。

 朱里の大好きなイチゴと生クリームのケーキだった。

 「わあ、可愛い!美味しそう」

 チョコプレートには、
 『Happy Birthday!朱里ちゃん』
 と書かれ、たくさんのロウソクも飾られている。

 皆がハッピーバースデーの歌を歌ってくれ、朱里は一気にロウソクを吹き消した。

 「おめでとう!」
 「ありがとうございます!」

 大切な人達に祝ってもらえたことが嬉しくて、朱里は輝くような笑顔を浮かべていた。

*****

 「ふう、やっと静かになったな」

 2階の部屋に上がり、千代が二人分のケーキと紅茶を置いて部屋をあとにすると、ようやく瑛はホッしたようにソファに座った。

 「ふふ、賑やかで楽しかった!素敵なプレゼントまでいただいちゃったし」

 朱里も隣に座り、美味しそうにケーキを頬張る。

 「昔から朱里はイチゴのケーキが大好きだよな。そうやって嬉しそうに食べる顔は全然変わらない」
 「だって本当に美味しいんだもん」
 「それはいいけど。鼻の頭にクリーム付けるのも、全然変わらないな」

 え、嘘!付いてる?と朱里は慌てて指で鼻の頭を触る。

 「そこじゃなくて、ここ」

 瑛は自分の人差し指で朱里の鼻に付いたクリームを取ると、ぺろっと舐めた。

 それを見て、朱里は顔を赤くする。

 「おい、なんで照れてるの?」
 「いや、なんか、その…。ラブラブな恋人同士みたいなことするんだもん」

 は?と瑛は呆気に取られる。

 「やれやれ、まだラブラブが足りなかったか…」
 「あ、そういう意味じゃなくて…」
 「じゃあどういう意味?」
 「うっ…」

 朱里は顔を赤くしたまま口ごもる。
 瑛は朱里の肩を抱き寄せた。

 「こんなことくらいで照れてるようじゃ、先が思いやられる。もっと朱里とラブラブしないとな」
 「ね、ちょっと、そのラブラブってなんかダサくない?」
 「はあ?朱里が最初に言ったんだろ?」
 「でも瑛が言うと、なんかオヤジっぽいんだもん」
 「なんだとー?可愛く照れてるかと思ったのに、俺をオヤジ呼ばわりする余裕はあるんだな?それなら手加減いらないよな」

 そう言うと、いきなり朱里の頭を抱き寄せてキスをした。

 ん!と朱里が身をよじると、瑛はますます強く朱里を抱き締める。

 息もつけないほど何度もキスをされ、ようやく身体が離れると、朱里はふうと息をつき、潤んだ瞳で瑛を見上げた。

 艶めいたその表情に、瑛は愛しくてたまらなくなる。

 「朱里…」

 また唇を奪い、胸にギュッと朱里を抱き締めた。

 「瑛…」

 朱里が小さく呟いて、瑛の背中に腕を回す。

 なんて温かくて、なんて幸せなんだろう。

 互いの心が通じ合うのを感じて、二人は胸がいっぱいになる。

 やがて瑛がそっと朱里の身体を離した。

 「朱里」
 「なあに?」
 「俺はずっと、朱里のそばにいてはいけない人間なんだと思ってた。朱里には、穏やかで幸せな毎日を送って欲しいって。桐生家に生まれた俺や姉貴みたいな思いを、朱里にはさせたくない。だから俺は、朱里を好きだという自分の気持ちを認めないようにしてきた」

 真剣に話す瑛の顔を、朱里はじっと見つめる。

 「でも、どんなに抑えようとしてもだめだった。どんなにあがいても、俺は朱里が好きなんだ。だから決めた。もう自分の気持ちに嘘はつかない。そして俺が朱里を守っていく。朱里が傷ついたり、悲しんだりしないように、俺が盾になってお前を守る。それだけの強さを持って、お前を幸せにする。だから、俺と結婚して欲しい」

 朱里は真っ直ぐに瑛を見つめて、ゆっくりと口を開く。

 「瑛。私は小さい時からずっと瑛のそばにいて、ずっと瑛が好きだった。でも、瑛が抱えている悩みや苦しみには気づいてあげられなかった。瑛は私のことを考えて離れようとしていたのに、私はそんな瑛の気持ちを知らずにただ悲しくて泣いていたの。だからこれからは、何でも私に話してね。瑛が傷ついたり悲しんだりしないように、私も瑛を守るから。瑛は優しくて強い人だよ。世間がなんて言ったとしても、私がちゃんと瑛を知ってる。私がずっと一生、瑛をそばで支えるから。だから、私と結婚してください」
 「朱里…」

 瑛の目に涙が滲む。
 抑えきれない気持ちが込み上げてきて、たまらず朱里を強く抱き締めた。

 「ありがとう、朱里」
 「ふふ、こちらこそ。ありがとう、瑛」

 目を潤ませた瑛は、照れ隠しのように朱里に笑いかける。

 そしてポケットから小さな箱を取り出した。

 中には輝くダイヤモンドのエンゲージリング。

 眩い輝きに朱里が息を呑んでいると、瑛はそっと指輪を取り出した。

 「結婚しよう、朱里。必ず幸せにする」
 「はい」

 二人で優しく微笑み合うと、瑛は朱里の左手を取り、ゆっくりと薬指に指輪をはめた。

 長かったトンネルをやっと抜け出し、ようやく掴んだ幸せに、二人は胸を震わせる。

 「ごめんな。家でプロポーズなんて、ロマンチックでも何でもなくて」
 「ううん。ここでプロポーズされて良かった。私達が子どもの頃から過ごしてきた場所だもん」
 「朱里…」

 瑛は朱里を優しく胸に抱く。

 互いの気持ちを確かめ合うように、二人はまたそっとキスをした。
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