幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい

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たどり着いた幸せ

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 次の日には足の怪我も良くなり、朱里は桐生家にお礼を言って自宅に戻った。

 会社にも復帰し、早速次のコンサートの企画を進める。

 そんな中、東京都内の高齢者施設への訪問演奏の日がやってきた。
 演奏は、東条率いる新東京フィルハーモニー交響楽団。
 演奏スペースの関係で、小編成での演奏となる。

 瑛と朱里は、現地を視察したり、打ち合わせを重ねて本番の日を迎えた。

 車椅子に座ったり、ベッドに横になったままのおじいさんやおばあさんも、にこにこと演奏に耳を傾け、知っている曲は口ずさみながら聴いてくれた。

 中には涙ぐみ、目頭を押さえている人もいる。

 演奏が終わると、皆は満面の笑みで大きな拍手をしてくれ、その姿に朱里は良かったなあと嬉しくなった。

 「東条さん」

 控え室に戻り、ひと息ついた頃合いを見て、朱里は東条に声をかける。

 「本日も素晴らしい演奏をありがとうございました」
 「こちらこそ。またお声かけいただいて光栄です」
 「今後も本番が何件か続きますので、またどうぞよろしくお願いいたします」
 「ああ。それより朱里さん、例の話は考えてくれた?」

 朱里は少し視線を落としてから顔を上げた。

 「はい。今日はそのお返事をさせていただければと思います。少しお時間よろしいでしょうか?」
 「分かった。外に出ようか」

 朱里は東条に続いて、小さな庭のベンチに座った。

 「いやー、気持ちがいいな。外で演奏すれば良かった。はは!」
 「本当ですね。鳥のさえずりも聞こえて、のどかですね」

 しばらく二人で空を見上げる。

 「音楽はいいなと、今日改めて思ったよ。演奏していくうちに、皆さんの顔がどんどん晴れやかになっていって」
 「ええ。皆さんの心に響いているようでしたね」
 「ああ。この活動はいいな。大きなホールで演奏するのとはまた違った感動を味わえる。音楽がちゃんと聴いてくれる人の心に届いたのが感じられて、俺も凄く嬉しくなったよ。朱里さん、俺はこの先もずっとこの活動を続けたい。君と一緒にね。返事を聞かせてくれるかな?」

 朱里はゆっくりと頷いた。

 「東条さんの音楽に対する想いを、私は尊敬しています。東条さんの目指す音、人々に伝えたい音楽、そして少ない観客や小さな演奏会をも大切にされているそのお姿は、とても素晴らしいと思います。私もその活動に、ほんの少しでも携われていたら、こんなに嬉しいことはありません」
 「え、それじゃあ、引き受けてくれるの?」

 朱里は小さく首を振る。

 「私は広い視野で、たくさんの地域と色々な楽団を繋げたいと思っています。人と人とが音楽で繋がり、互いに心を通わせることが出来たら、それは私にとってもこの上ない幸せです。私はその活動を、大切な仲間と一緒に続けていきたいと思っています」

 黙って聞いていた東条が、ポツリと呟く。

 「つまり俺は、君の大切な仲間じゃないってことか」
 「いいえ。東条さんも大切な仲間です。けれど、東条さんのマネージャーという立場になれば、私は広い活動が出来なくなってしまいます。東条さん、どうかこれからも音楽の世界を代表するお一人として、お力を貸していただけませんか?私は日本中を飛び回って、たくさんの人達に音楽を届けていきたいと思っています。もちろん、東条さんの音楽も」

 しばらくうつむいてじっと考えていた東条が、頷いて顔を上げた。

 「分かった。君の音楽に対する想いは本物だ。それに、正式なマネージャーではなくても、俺に演奏依頼の声をかけてくれる時はマネージャーとして動いてくれるんだろう?今までみたいに」
 「はい。もちろんです」
 「それならいいか。ま、あとは、君を彼女にするって手もあるしね」

 朱里は眉を寄せて怪訝な面持ちになる。 

 「あはは!まあ、まだ早かったかな。もう少しアプローチしてから告白するよ。恋の曲は、じっくりゆっくりじゃなきゃね」

 そう言って東条は、満足そうに笑った。

*****

 慌ただしくも穏やかな日々が過ぎていく。

 桐生ホールディングスのCSR活動は広く知れ渡り、依頼の声も多く寄せられるようになった。

 (そろそろ人員を増やさないと、このままだと手が回らない)

 そう思いながら、瑛は自宅の部屋で仕事をしていた。

 時刻は深夜の1時。
 夕方から降り始めた雨が強くなり、先程から雷も鳴っている。

 (凄い音だな。かなり近い。朱里、大丈夫かな)

 幼い頃から朱里は雷が苦手だった。
 少しゴロゴロ聞こえてきただけでも泣き出し、怖いよー、瑛くん、ぎゅってして、と抱きついてきたっけ…。

 (ま、あいつももう大人だしな。それにこの時間ならとっくに寝てるか)

 そう思った時、いきなりバチンと部屋の電気が消えた。

 (え、停電?)

 カーテンの隙間から外を見ると、やはり辺り一面真っ暗だった。

 瑛はスマートフォンのライトを頼りに1階に下りると、懐中電灯とロウソクを探す。

 その時、手にしていたスマートフォンに電話がかかってきた。

 (朱里か。さすがにこの雷で目を覚ましたか)

 そう思いつつ、電話に出る。

 「もしもし、朱里?」
 「うわーーーん!!瑛ーー!」

 いきなり大きな声が聞こえてきて、瑛は思わず耳を離す。

 「お前、声デカすぎ」
 「怖いよーーー!!雷、イヤー!また光った!部屋も暗いの。うわーーん!怖いー!」
 「分かった、分かったから!すぐそっちに行く。待ってろ」

 一方的に通話を切り、ロウソクと懐中電灯を濡れないようにビニールの袋に入れると、ウインドブレーカーを羽織って玄関を出た。

 「うわっ、凄いな」

 横なぐりの雨と風に、これでは傘も役に立たないだろうと、フードを深くかぶって走り出す。

 朱里の家の玄関先でウインドブレーカーを脱ぎ、雨粒を払い落とすと、インターフォンを鳴らした。

 「朱里?俺」

 ガチャッと玄関のドアが開いた途端、朱里が飛びついてきた。

 「瑛ー!怖かった…」
 「うわっ、押すな。ほら、中に入ろう」

 瑛は朱里の肩を抱いて玄関に入り、後ろ手に鍵を締める。

 部屋の中は真っ暗だった。

 懐中電灯を照らしながら2階に上がり、朱里の部屋にロウソクを灯した。

 部屋の中がほのかに明るくなる。

 「寒いな。ほら、朱里。これ掛けな」

 朱里をベッドに座らせて、ブランケットを肩に掛ける。

 朱里がようやくホッと息をついた時だった。

 ピカッと稲光がしたと同時にバリバリともの凄い音が響き渡る。
  
 「キャー!」

 朱里が瑛にすがりつく。

 たたみかけるようにまた稲妻が光ったかと思うと、ドーン!と地響きがした。

 (うわ、落ちたな)

 さすがに瑛も驚く。
 朱里はもう、小刻みに身体を震えさせていた。

 「瑛、ぎゅってして。怖いの」

 胸に顔を埋め、か弱い声でそう言う朱里に、え…と瑛はためらう。

 「それはちょっと、無理」
 「なによ!けち!小さい頃は、大丈夫だよって抱き締めてくれたのに」

 そう言って見上げてくる朱里の目には、涙が浮かんでいる。

 (こ、こんな状態で抱き締めたら、もうそのままベッドに押し倒す自信しかない)

 するとまた大きな雷の音がした。

 朱里はもう、瑛のシャツの胸元を握りしめ、顔を埋めて震えるばかりだった。

 瑛はそっと朱里の背中に両手を回し、優しく抱き締めた。

 「大丈夫、俺がいるから」

 うん…と、朱里は小さく頷いて身体の力を抜く。

 (雷が遠ざかるのと、俺の理性が持たなくなるのと、どっちが早いか…)

 瑛は頭の中で必死に、がんばれ俺!負けるな理性!とブツブツ唱える。

 「瑛、ありがとう。いつもぎゅって抱き締めてくれて。凄く安心する。瑛がいてくれなかったら私、どうなってたか。瑛、ずっと離さないでね」
 「ちょ、ちょっと待て、朱里。それ以上しゃべるな」
 「だって、何か話してないと不安になるんだもん。瑛、ずっとぎゅってしててね。大好き」
 「あああ、朱里。それはだな、吊り橋効果というやつだ。お前の本心じゃない。だからもう何も言うな」
 「本当だよ。だって瑛が抱き締めてくれると安心するの。ずっと一緒にいてね」

 瑛は眉間にシワを寄せて必死に耐える。 

 (だめだ、だめだぞ!瑛。今のは幻聴だ。そうだ!九九でも唱えよう。1+1=2、あ、違う、これは足し算か)

 「瑛、小さい頃からいつもそばにいて、私を守ってくれてありがとう。私ね、近すぎて気づかなかったの。瑛がどんなに大事な人かってことに。瑛が婚約した時、私とはもう今までのように話せないって言われて、凄く凄く悲しかった」

 え…っと瑛は目を見開く。

 「瑛の幸せのために、一生懸命気持ちを切り替えようとしたの。本当はずっと、瑛って、前みたいに呼びたかった。何でも話して、一緒にふざける仲に戻りたかったの。瑛、今こうしてそばにいてくれて、本当にありがとう」
 「朱里…」

 ゴロゴロと雷が鳴る。
 キュッと胸元を握りしめて自分にすがってくる朱里に、瑛の理性がプツンと切れた。

 「朱里、俺を見て」

 え?と朱里が顔を上げる。
 ほのかなロウソクに照らされ、目に涙を溜めたあどけないその表情に、瑛は胸が締め付けられた。

 「朱里、俺のこと今でも小さい男の子だと思う?仲良しだったあの頃のままだと思うか?俺はもう大人の男だ。東条さんとお前が話しているのを見ているだけで嫉妬する。お前のことを、抱き締めたくてたまらなくなる。そんな欲望まみれの男なんだ。幼い頃の純粋さはもうない。だからそんなふうに俺をいつまでも誤解するな」

 朱里は瞬きを繰り返す。
 じっとうつむいて何かを考えてから顔を上げた。

 「私だってもう大人だよ。子どもの頃のように、ただ無邪気に好きって言ってるんじゃない。瑛が婚約した時も、寂しい気持ちを必死に抑えたの。瑛はもう、私とは違う所に行くんだって。今まで私と過ごしてくれてありがとう、どうか幸せになってって。そんな想いで瑛に捧げたの、リストの『愛の夢』を」

 瑛は言葉を失う。
 あの時の朱里の演奏。
 心が揺さぶられるように、涙が込み上げてきたあの曲。

 (俺の為に弾いてくれたのか?)

 切なさと温かさと優しさに満ちていたあの曲は、自分を想って弾いてくれていた。

 瑛は朱里を抱く手に力を込める。

 「朱里。お前はずっと俺の一番大切な存在だ。今までも、これからも。お前と一緒に過ごした日々が今の俺を作っている。お前がいなかったら、今の俺はいない。それはこれからも一緒だ。朱里、ずっと俺のそばにいてくれ。この先もずっと一生」

 朱里は涙をこぼしながら微笑んだ。

 「うん。私も瑛のそばにいたい。だって私の中に、いつだって瑛がいるんだもん。大事な思い出も、楽しかった日々も、全部瑛と一緒だった。この先もずっと、瑛と一緒に生きていきたい」

 瑛は胸がキュッと締め付けられるような幸せを感じた。

 今、自分の腕の中に、確かに朱里がいる。
 抱き締めたくてたまらなかった朱里を、今この手で抱き締めている。

 (夢じゃないよな?朱里は言ってくれたよな?俺と一緒に生きていきたいって)

 幸せすぎて信じられない。

 「朱里、キスしていい?」

 すると朱里は真っ赤になり、小首をかしげて、んー…と考え込む。

 「恥ずかしいからだめ…って言ったら?」

 頬を膨らませ、上目遣いに照れたように聞いてくる。

 「反則。可愛すぎる」

 瑛はふっと微笑むと、朱里の頭の後ろに手を添えて抱き寄せ、そっとキスをした。

 近すぎて遠かった二人の距離。
 いつも一緒にいたのに、言えなかった言葉。
 長い長い遠回りをして、ようやくたどり着いた二人の幸せ。

 色んな想いが胸に溢れてくる。

 そして良く知っているはずなのに、初めて知る互いの一面。

 こんなにも愛おしくて、こんなにもドキドキするなんて…

 初々しいキスのあと、二人は互いに照れてうつむいた。

 「朱里。ごめん、俺、余裕なくて。もうどうしようもないくらい、舞い上がってる」

 すると朱里は、ふふっと笑って瑛の耳元で囁いた。

 「瑛、だいすき!」

 瑛の顔が一気に赤くなる。

 「参った…。もうほんとにお前は、いつだって可愛い」

 そして二人はもう一度目を閉じて互いに顔を寄せ合い、長い長いキスをした。

 雷はいつの間にか遠ざかっていた。
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