上 下
20 / 29

二人の懐かしい関係

しおりを挟む
 朝になり、1階の広間に行くと既に大勢の人が集まって賑やかに朝食を食べていた。

 「あ、桐生さん、栗田さん。おはようございます。良く眠れましたか?」

 長島が手招きして声をかけてくれる。

 「おはようございます。はい、お陰様でぐっすり」

 結局ここはどなたの宿?なぜ皆さんいつもここに集まるの?と思いつつ、朱里と瑛は長島の正面に座り、食事しながら打ち合わせを進めた。

 「では早速、招致する楽団を探してみますね。そのあと、コンサートの日程を決めたいと思います。ご希望はありますか?週末がいいですよね?」
 「いえいえー、こちらはいつでも大丈夫です。平日でもみんな、学校や仕事も抜け出しますから」
 「ほ、本当ですか?!」

 さすが田舎…と朱里は感心する。

 部屋に戻って荷造りをしたあと、招致する楽団に心当たりがないか、朱里は東条に電話で聞いてみることにした。

 社用のスマートフォンを取り出し、登録していた東条の電話番号をタップした時、横から瑛が手を伸ばしてきた。

 「俺が話すよ」
 「え?あ、うん」

 珍しいなと思いつつ、朱里は瑛の様子を見守る。

 「はい、はい。ありがとうございます。早速こちらからもコンタクト取らせていただきます」

 瑛は話しながら、朱里にメモを取る仕草をした。
 朱里はメモ帳とボールペンを構える。

 「東森芸術文化センター管弦楽団ですね。はい。常任指揮者が赤坂さん。電話番号が…かしこまりました」

 朱里はサラサラと、瑛が口にした内容をメモした。

 「東条さん、ありがとうございました。非常に助かりました。また改めてお礼に伺います。朝早くからお騒がせいたしました。はい、それでは失礼いたします」

 通話を終えた瑛は、朱里に頷いてみせる。

 「東条さんが紹介してくださった。そこの事務局長や常任指揮者とも昔からの知り合いらしい。きっと賛同して引き受けてくれると思うって。東条さんからも、連絡を入れてくれるそうだ」
 「そうなのね!良かったー」
 「とりあえず伊丹空港まで戻ろう。着いたらそこで楽団の事務局に電話してみる。もし良い返事をもらえたら、立ち寄って挨拶だけでもしていきたいな」
 「はい!了解です」

 朱里はテキパキと指示を出す瑛に、にっこりと微笑んだ。

*****

 「それでは、皆さんお世話になりました」

 朱里と瑛は揃って、見送ってくれる人達に頭を下げる。

 「こちらこそー、コンサート楽しみにしてます!」

 長島の運転するワゴン車に乗り込んだ朱里達を、皆は手を振って見送ってくれた。

 少し走り出すと校舎が見えてきた。

 長島がスピードを落とし、クラクションをプーッと鳴らす。

 すると窓から生徒達が身を乗り出して、手を振ってくれた。

 「瑛さーん!朱里さーん!またねー」

 朱里達も窓から手を出して振り返す。

 「ふふっ、みんな可愛い」
 「ああ。ここの人達はみんな温かいな」

 二人で顔を見合わせて笑う。

 無事に小さな空港に着き、長島と握手しながらお礼を言って別れた。

 「いい所だったねー」
 「そうだな。次に来るのが楽しみだ」
 「うん。良いコンサートにしようね」
 「ああ」

 飛行機の窓から町を見下ろし、行きとは違う気持ちを感じて朱里は微笑んだ。

*****

 伊丹空港に着き、軽く昼食を取ってから、瑛は東条から紹介してもらった「東森芸術文化センター管弦楽団」に電話をかける。 

 午前中に東条が話をしてくれたらしく、ああ!聞いていますよと気さくに応じてもらえた。

 「実は今、伊丹空港におりまして。もしご迷惑でなければ、これからご挨拶に伺ってもよろしいでしょうか?はい、ありがとうございます」

 瑛は朱里に、人差し指と親指で丸を作ってみせる。

 「それでは14時に伺います。よろしくお願いいたします」

 通話を終えた瑛に、朱里が早速アクセスを検索した画像を見せる。

 「んー、1時間あれば着きそうだな。のんびり行こう」
 「うん。あ、手土産買わなきゃね!」
 「お、そうだった」

 二人は途中、デパートに立ち寄ってお菓子を購入してから、楽団の事務局を訪れた。

 「いやー、存じておりましたよ、桐生ホールディングスさんの活動。先日の東条さんのコンサートも、ニュースで拝見しました。良い活動だなー、いつか我々も手伝えたらと思っていたのですが、こんなに早くお声をかけていただけるとは」
 「え?それでは、引き受けていただけるでしょうか?」
 「もちろんです」
 「あの、ここからは遠い、田舎の市民会館での演奏なのですが…」
 「構いませんよ。だって、過疎地域への演奏活動でしょう?最初からそのつもりです」

 朱里は瑛と笑顔で顔を見合わせてから、頭を下げた。

 「ありがとうございます!ご協力に心より感謝いたします」

 詳しい話はまた改めて、と二人は事務局をあとにした。

*****

 「いやー、良かったな!うまく進んで」
 「ほんと!あの町の皆さんもいい人達ばかりだし、東条さんも良い楽団を紹介してくださったし」

 うんうんと頷きつつ、瑛は腕時計に目を落とす。

 「まだ3時か。朱里、ちょっとブラブラしてから帰らないか?飛行機、夜の便だしな」
 「ほんと?!いいの?」
 「ああ。お土産買いたいんだろう?」
 「うん!」

 まるで遠足のように、朱里はウキウキと行き先を考える。
 瑛は黙ってついて行くことにした。

 「やっほー!神戸に上陸!」

 電車で40分程で神戸に到着した。

 「海だー!あ、山もー!」
  
 海と山が平行に続いていて、朱里は右と左をキョロキョロと見比べる。

 「ねえ、山の上から海を見たら素敵じゃない?」
 「そうだな。ロープウェイで上に上がるか」
 「うん。やったー!」

 子どものようにはしゃぐ朱里に、瑛は目を細める。

 「そう言えばさ、小学校の遠足の時、朱里浮かれた挙句にお菓子地面にぶちまけただろ?」
 「ぶっ!良く覚えてるねー、そんな昔のこと」
 「だってお前、それまでウッキウキだったのに、お菓子落とした瞬間、この世の終わりみたいな顔して泣き始めてさ」
 「そうだったねー。それでみんなから少しずつ分けてもらったんだっけ」
 「そう。そしたらまたコロッとご機嫌になってさ」
 「ふふ、だって、色んな種類のお菓子たくさんもらって、なにこれー?美味しそうーって」
 「結局、自分の持って来たお菓子よりも豪華になってな」
 「そうそう!結果オーライだね」

 いつ以来だろう。
 こんなふうに、二人で他愛もない昔の話で笑い合うのは。

 朱里は綺麗な景色を眺めながら、嬉しさで胸がいっぱいになった。

*****

 「朱里。少し早いけど夕食食べるか」
 「うん、そうだね」

 18時になり、海沿いのホテルのレストランに二人で入った。

 窓際の席で、だんだん日が暮れていく海を眺めながら美味しい神戸牛を堪能する。

 デザートのケーキが、フルーツソースで綺麗に飾られたプレートで運ばれてきた。

 「どうぞ」
 「ありがとうございます」

 スタッフの男性がにこやかに朱里の前にプレートを置く。

 チョコレートで書かれた文字に、朱里は驚いて目を見開いた。

 『Happy Birthday! AKARI』

 「えっ!あのウエイターさん、どうして私の誕生日知ってるの?」

 ぶっ!と瑛は吹き出す。

 「お前なあ、なんでウエイターさんの仕業だと思うんだ?ドラマとかでも良くあるだろ?こういうサプライズ」
 「あー!あの、ちょっとお手洗いに…とか言って席外して、ヒソヒソ仕込むやつ?」
 「仕込むやつって…。うん、まあそうだ」
 「じゃあ、瑛が仕込んだの?でも瑛、席外してないよね?」
 「うん。さっきお前が、じーって神戸牛のメニュー見てる時に、ウエイターさんと話してたんだ。もうすぐ彼女の誕生日だから、デザートにケーキをお願いしますって。そしたら名前を聞いてくれた」

 ほえー、と朱里は感心する。

 「そんな目の前で?知らなかった」
 「だってお前、神戸牛のメニュー、穴が空くほど見てたからな。ほら、いいから食べなよ」
 「ありがとう!瑛も半分食べてね。それに瑛の誕生日ももうすぐだもんね。私も今度サプライズ考えておくね!」
 「…朱里。宣言したらサプライズじゃない」
 「あ、そうか!あはは」

 楽しそうに笑いながらケーキを頬張る朱里を、瑛は穏やかな気持ちで見つめていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

想い出は珈琲の薫りとともに

玻璃美月
恋愛
 第7回ほっこり・じんわり大賞 奨励賞をいただきました。応援くださり、ありがとうございました。 ――珈琲が織りなす、家族の物語  バリスタとして働く桝田亜夜[ますだあや・25歳]は、短期留学していたローマのバルで、途方に暮れている二人の日本人男性に出会った。  ほんの少し手助けするつもりが、彼らから思いがけない頼み事をされる。それは、上司の婚約者になること。   亜夜は断りきれず、その上司だという穂積薫[ほづみかおる・33歳]に引き合わされると、数日間だけ薫の婚約者のふりをすることになった。それが終わりを迎えたとき、二人の間には情熱の火が灯っていた。   旅先の思い出として終わるはずだった関係は、二人を思いも寄らぬ運命の渦に巻き込んでいた。

虹ノ像

おくむらなをし
歴史・時代
明治中期、商家の娘トモと、大火で住処を失ったハルは出逢う。 おっちょこちょいなハルと、どこか冷めているトモは、次第に心を通わせていく。 ふたりの大切なひとときのお話。 ◇この物語はフィクションです。全21話、完結済み。 ◇この小説はNOVELDAYSにも掲載しています。

別人メイクですれ違い~食堂の白井さんとこじらせ御曹司~

富士とまと
恋愛
名古屋の食文化を知らない食堂の白井さん。 ある日、ご意見箱へ寄せられるご意見へのの返信係を命じられました。 謎多きご意見への返信は難しくもあり楽しくもあり。 学生相談室のいけ好かないイケメンににらまれたり、学生と間違えられて合コンに参加したりと、返信係になってからいろいろとありまして。 (最後まで予約投稿してありますのでよろしくなのです)

恋人を寝取られ、仕事も辞めて酔い潰れたら契約結婚する事になりました。

cyaru
恋愛
10年以上の交際期間を経て2カ月前、恋人のアルベールから求婚をされたフランソワール。 幸せな日々を過ごしていたのだが、ある日を境に一変した。 職場の後輩クリステルが「妊娠したので結婚して退職をする」とフランソワールに告げた。 そして結婚式に参列して欲しいと招待状を手渡された。 「おめでとう」と声をかけながら招待状の封を切る。フランソワールは目を疑った。 招待状に書かれた新郎の名前はアルベール。 招待状を持つ手が震えるフランソワールにそっとクリステルが囁いた。 「盗ったんじゃないですよ♡彼が私を選んだだけですから」 その上クリステルは「悪阻で苦しいと何度もフランソワールに訴えたが妊娠は病気じゃないと突き放され、流産の危機もあったので退職を決めた」と同僚の前で泣きだしてしまった。 否定をするが誰にも信じて貰えず、課長からも叱責を受けてしまう。 その日から職場でも不遇を味わう事になってしまった。 失意の中、帰宅をするフランソワールにアルベールが声を掛けた。 「クリステルは遊びなんだ。愛しているのはフランソワールだけだ」 とても信じられるような言葉ではない上にアルベールはとんでもない事を言い出した。 「結婚しても恋人の関係を続けたい」 フランソワールは翌日退職願を出し、一人飲みに出た。 意識がなくなるまで酒を飲んだフランソワール。 そんなフランソワールを助けてくれたのはミクマ。 ミクマは公爵家の次男だが、現在は隣国で在外公館長を任されている超優良物件。 「辛いことは全部吐き出しちゃえ」というミクマの祖母クラリスの言葉に甘え、堰を切ったようにぶちまけたフランソワール。 話を聞いたミクマが「女避けにもなるし、僕と契約結婚でもしとく?」とんでもない事を言い出してしまった。 ★↑内容紹介はかなり省略してます ★あの人たちの孫の恋愛話です。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。舞台は異世界の創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。

アンコール マリアージュ

葉月 まい
恋愛
理想の恋って、ありますか? ファーストキスは、どんな場所で? プロポーズのシチュエーションは? ウェディングドレスはどんなものを? 誰よりも理想を思い描き、 いつの日かやってくる結婚式を夢見ていたのに、 ある日いきなり全てを奪われてしまい… そこから始まる恋の行方とは? そして本当の恋とはいったい? 古風な女の子の、泣き笑いの恋物語が始まります。 ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ 恋に恋する純情な真菜は、 会ったばかりの見ず知らずの相手と 結婚式を挙げるはめに… 夢に描いていたファーストキス 人生でたった一度の結婚式 憧れていたウェディングドレス 全ての理想を奪われて、落ち込む真菜に 果たして本当の恋はやってくるのか?

お願い縛っていじめて!

鬼龍院美沙子
恋愛
未亡人になって還暦も過ぎた私に再び女の幸せを愛情を嫉妬を目覚めさせてくれる独身男性がいる。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...