幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい

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CSR活動

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 しばらくして、朱里は雅に頼みたい事があり、桐生家に出向いた。

 瑛は不在で、朱里は雅や優、瑛の母と一緒にリビングでお茶を飲む。

 「朱里お嬢様。今日はモンブランをご用意しましたのよ」

 千代が笑いかけながらテーブルにケーキを置いてくれた。

 「うわー、美味しそう!なんて美しいモンブラン」

 桐生家の料理人達が作ってくれたのだろう。
 秋らしさを感じながら、朱里はじっくり味わった。

 すると瑛の母が話し出す。

 「朱里ちゃん。先日のカルテット、素晴らしかったわよ」
 「ほんと!優も楽しそうでね、車掌さんのモノマネは、ケラケラ笑ってたし。でも一番はやっぱり、朱里ちゃんの『愛の夢』!本当に素敵だったわ」

 雅が思い出したようにうっとりする。

 「そうよねえ。もう朱里ちゃんの愛が満ち溢れてたわ。なんだか心の中まで温かくなるようで」
 「そうそう。私、涙がじんわり浮かんできてね。それに朱里ちゃん、瑛の顔見た?」

 いきなり瑛の話題になり、朱里はギクリとする。

 「え、いいえ」

 すると雅は声のトーンを落とした。

 「あの子ね、凄く感銘を受けたみたいよ。涙を浮かべてぼう然としながら朱里ちゃんを見てたの。拍手もしないで、自分が泣いてることにも気づいてないみたいだった。思考回路が止まったみたいに、ひたすら朱里ちゃんだけを見つめてたわよ」

 え…、と朱里は言葉に詰まる。

 瑛の母がしみじみと語り出した。

 「きっと朱里ちゃんの演奏が、誰よりも心に響いてきたのね。小さい頃からずっと一緒だったもの。あなた達は色んな気持ちを共有してきたのよね。瑛にしか分からない朱里ちゃんの音もあったのではないかしら」

 瑛が、私の音を…?
 私が幼い頃を思い出して、瑛に捧げたあの曲を、瑛はしっかりと受け取ってくれたの?

 朱里の胸に、また切なさが込み上げる。

 (いけない。あの曲は私にとって、瑛への別れの言葉でもあったんだから)

 ギュッと口元を引き締め、朱里は顔を上げた。

*****

 「それで次回の演奏会は、ずばりクリスマスコンサートにするつもりです」

 わざと明るく仕切り直すように言って、朱里は演奏曲目を載せたチラシをテーブルに置く。

 朱里が作った、赤と白のクリスマスらしいデザインのチラシだった。

 早速、雅達が手に取る。

 「うわー、素敵ね!クリスマスソング満載!」
 「ええ。どなたにも親しみやすい定番のクリスマスの曲を集めました。それで、今回は持ち時間が1時間あるので、間に休憩を挟んでニ部構成にしようかと」
 「あら、いいわね。えっと、ニ部は『くるみ割り人形』なのね!」
 「まあ、それは素敵!クリスマスコンサートにぴったりじゃない」
 「うんうん、楽しみだわ!」

 雅は母と顔を見合わせた。

 『くるみ割り人形』は、チャイコフスキーが作曲したバレエ音楽で、クリスマス・イブにくるみ割り人形を贈られた女の子、クララが、夢の中でおとぎの国を旅する物語だ。

 誰でも一度は耳にしたことがある、有名な曲が散りばめられている。

 「その『くるみ割り人形』なんですけど、短い曲と曲の間に語りを入れたいと思っています。イメージで言うと、音楽を聴きながら絵本を読んでいるような」

 へえー、なるほど!と感心する雅に、朱里はグイッと近づいた。

 「お姉さん!その語り役を、お姉さんにお願い出来ませんか?」
 「えっ、私?!無理よ、そんなの。やったこともないし」
 「大丈夫です。優くんに絵本を読んであげているような感じでお願いしたいんです。お姉さんならピッタリ!」
 「優に絵本を?それなら毎晩やってるけど…」
 「そんな感じで是非!お願いします」

 うーん、とまだ渋る雅に母が口を開く。

 「雅、やってみたら?優もきっと、そんなあなたの姿を見て何か感じてくれるわよ」
 「…そうかな」

 床で積み木を並べていた優が、皆の視線を感じたのか、ふと振り返る。

 「ねえ、優。ママが絵本読むの、好き?」
 「うん、しゅきー」

 にっこり笑う優に、参ったとばかりに雅は笑う。

 「優にああ言われたらやるしかないわね。朱里ちゃん、がんばってみる!」
 「わあー、ありがとうございます!とっても嬉しいです!すぐに原稿作って、次回持ってきますね。あと、私が代理で読んで、実際に音楽と一緒に録音した音源も」
 「うん!楽しみにしてる。よろしくね」
 「こちらこそ!よろしくお願いします。おば様、このお話、おじ様にも伝えていただけますか?クリスマスコンサートは、こんな構成でいく予定ですと」
 「分かったわ。でもあの人、そろそろ帰ってくる頃じゃないかしら」

 するとその時、リビングのドアが開いて瑛の父が現れた。

 「ただいま」

 あら、噂をすれば、と三人で笑い合う。
 しかし父の後ろから顔を出した瑛を見て、朱里は慌てて下を向く。

 (え、瑛?予想外に早く帰って来たな。じゃあ、そろそろおいとましないと)

 「あの、それでは私はこれで」

 そう言って立ち上がると、雅と母が怪訝な面持ちで朱里を見る。

 「朱里ちゃん、コンサートの話をするんじゃなかったの?」
 「あ、は、はい。そうなんですけど。ちょっと時間が…。あの、詳しくはお姉さんとおば様からご説明お願い出来ますか?何かあればいつでもご連絡ください。それでは、お邪魔しました」
 「え、朱里ちゃん?」

 強引にまくし立て、朱里は頭を下げるとリビングを出る。

 急いで靴を履くと、玄関にいた菊川が朱里の様子をうかがいながらもドアを開けてくれた。

 「どうぞ」
 「ありがとうございます」

 そそくさと朱里は外に出た。

「朱里さん」

 門扉の前まで来た時、後ろから菊川に呼ばれて朱里は振り返った。

 「はい、何でしょう」
 「歩きながら話しましょう。お送りします」

 そう言って門を開ける。
 朱里が先に出て、すぐに菊川も肩を並べた。

 「朱里さん。先日の演奏、素晴らしかったです。幼い頃の朱里さんの笑顔が思い浮かびました。朱里さんも、あの頃の様子を思い出していたのですか?」
 「ええ」

 朱里は言葉少なにうつむく。

 「そうでしたか。では幼い頃、素直に大好きと笑いかけていた気持ちを、今も?」

 菊川の言葉の意味を考えてから、朱里は首を横に振る。

 「いいえ。あの頃そばにいてくれたことへのお礼とお別れの気持ちを込めました。今までありがとう、どうか幸せにと」

 そうですか、と菊川は小さく呟いた。

 「大人になるって、難しいですね。私がまだ高校生だった時、6歳の朱里さんと瑛さんを見て、お二人の明るい将来しか思い浮かびませんでした。羨ましくなるくらい、幸せな未来がお二人には待っていると」

 朱里は何も言葉を返せない。
 やがて朱里の家の前に着いた。

 「菊川さん」
 「はい」

 朱里は菊川と向かい合った。

 「どうか瑛をよろしくお願いします。私はもう、瑛のそばにはいられません。話も聞いてあげられません。瑛が、自分を追い込み過ぎないよう、色んなものを背負い込み過ぎないよう、どうかそばについていてあげてください。よろしくお願いします」

 深々と頭を下げていると、小さく菊川のため息が聞こえてきた。

 「朱里さん。私が出来ることは何でもします。瑛さんをしっかり支えます。しかし、私では出来ないこともあるのです。私には、あなたの代わりは出来ません」

 朱里は顔を上げる。
 だが、何かを言うつもりはなかった。

 それを察した菊川が、ふっと小さく息をつく。

 「朱里さん。どうか朱里さんも無理をしないでくださいね。私には何でも相談してください」
 「はい、ありがとうございます」
 「では、おやすみなさい」
 「おやすみなさい」

 朱里は部屋に入るとベッドに座り込む。
  
 これからは、自分一人なのだ。
 なぜだかふいにその事が胸に突き刺さった。

 当たり前のようにそばにいてくれた存在は、今になってこんなにも大きな自分の支えであった事に気づく。

 もう頼れない、遠くの存在。

 心細さ、寂しさ、不安、色んな気持ちが混ざり合い、朱里は自分を抱きしめて涙した。

*****

 「朱里ちゃん。実は朱里ちゃん達の演奏活動について、最近色々と考えていてね」

 桐生家で夕飯をいただいていると、瑛の父が話しかけてきた。

 今夜は雅に語りの原稿を届けに来たのだが、たまたま早く帰宅していた瑛の父に夕食に誘われたのだった。

 瑛もいた為、断りたかったが、演奏会についての話がしたいと言われては従うしかなかった。

 「今、我が社でもCSR活動に力を入れていてね。つまり Corporate Social Responsibility として、環境問題に取り組んだり、地域の活性化、子ども達の情操教育、年配の方への憩いの場など、とにかく幅広く社会貢献したいと思っている。朱里ちゃん達の演奏会も、まさにその一環ではないかと考え始めたんだ」

 朱里は手を止めて考える。

 「おじ様の会社のような大企業がCSR活動されるのは、とても有り難いことだと思います。中小企業ですと、やりたくても予算が取れませんし。桐生ホールディングスは、大規模な地球温暖化対策やサステナブルの活動も既に広くされていますものね。ですが、私達の演奏活動は全く別です。私達はプロではないので、逆に演奏を聴いてくださってありがとうございます、とこちらが思っています」
 「技術面ではそうだが、私はプロのコンサートより朱里ちゃん達の演奏会の方が、アイデア満載で好きだけれどね」

 すると話を聞いていた雅が頷いた。

 「そうよ。それに、優も気兼ねなく連れて行けるでしょう?そんなコンサート、なかなかないもの」
 「ああ、確かに。それでね、朱里ちゃん。我が社のCSR活動の一環として、音楽や芸術方面も本格的に始めようと思うんだ」

 へえーと朱里は感心する。


「素敵ですね。訪問演奏とか出前授業とかですか?」 
 「ああ。小学校や地域の施設に行ってね。オーケストラ、古典芸能、ありとあらゆる芸術家達を橋渡しして色々な場所で披露してもらおうと思っている。朱里ちゃん、その仕事やってみないかい?」

 はっ?と朱里は素っ頓狂な声を上げてしまう。

 「お、おじ様?いきなり何を…」
 「いや、常々感心してたんだ。マンションの住人に喜ばれるように、朱里ちゃん達は工夫を凝らして演奏会を開いてくれる。ぜひそのホスピタリティを生かしてもらえないかな?大学に通いながら、インターンシップとして我が社で働いて欲しい」
 「そ、そんな、私にはとても…」
 「難しく考える必要はないよ。だって、既にやってくれてるじゃないか。あんなふうに、どの場所にどんなニーズがあって、どんなことをすれば喜ばれるかを考えて欲しいんだ。まあ、イベントの企画みたいなもんだね」

 朱里はじっくりと耳を傾ける。

 確かに以前から、幅広い視野で幼児教育に携わりたいと漠然と考えていた。

 これなら、自分のやりたい事が出来るのではないか?
 でも本当に自分でいいのか?
 朱里は下を向いて、うーんと考え込む。

 「朱里ちゃん。迷ってるってことは、少しは興味がある?」
 「え?はい、そうですね。将来やりたいと考えていた事にも近いですし、興味はあります。ただ、私は桐生ホールディングスのような大きな企業に関われる器はないので…」

 すると瑛の父はおかしそうに笑い始めた。

 「朱里ちゃん、どんな器を想像しているのか知らないけど、器なんていらないよ。それに朱里ちゃんのことは、ずっと幼い頃から知っている。その私が、朱里ちゃんならと確信してお願いしてるんだ。どうか、引き受けてくれないかな?」
 「えっと…。大学もまだ通いながらになりますが」
 「もちろん、構わないよ」
 「ご期待に添える自信もありませんが…」
 「大丈夫だよ。朱里ちゃんなら期待以上の働きをしてくれると思っている」

 ひー!と朱里は仰け反る。

 「そ、それは無理です!絶対に!」
 「ははは、冗談だよ。とにかく一度やってみてくれないか?続けるかどうかは朱里ちゃん次第だよ。並行して好きな企業に就職活動してくれて構わない」

 それはとても魅力的だった。
 色んな会社を知っておきたいし、ましてや桐生ホールディングスの仕事を手伝えるのだ。
 こんなチャンスは他にない。

 思い切って朱里は頷いた。

 「分かりました。私に出来る事を精一杯やらせてください」
 「本当かい?!いやー、良かった!ありがとう、朱里ちゃん」
 「いえ、こちらこそ。もし私があまりにも使えなかったら、遠慮なくクビになさってくださいね」
 「そんな事はあり得ないがね。それと今後、CSR活動については、瑛が取りまとめていきなさい」

 は?と、瑛の声と朱里の声が重なる。

 「朱里ちゃんは主に芸術関連事業、瑛はその他の事業をまとめて、お互い協力しあって欲しい。詳しいことはまた社で改めて話そう。いやー、楽しみだなー」

 そう言って瑛の父は美味しそうにお酒を飲んでいた。

*****

「それでは、新たに発足するCSR推進部企画課、芸術部門の担当者を紹介します。大学三年生でインターンシップとして加わってもらう栗田 朱里さんです」

 瑛に紹介され、朱里は深々と頭を下げる。

 「栗田 朱里と申します。分からないことだらけでご迷惑をおかけしますが、精一杯努めます。どうぞよろしくお願いいたします」

 よろしくーと、他のメンバーが気さくに声をかけて拍手してくれる。

 「俺はCSR推進部の企画課長、田畑です」
 「俺は平社員の川辺、23歳です」
 「おいお前、なんで年齢言った?」
 「え?ご参考までに」
 「何の参考だよ!」

 田畑と川辺のやり取りに、朱里も思わず笑顔になる。

 「人手が減って、最近は主に俺達二人で細々とがんばってきましたが、今日から桐生部長と栗田さんが加わってくれることになり、とても嬉しいです。どうぞよろしくお願いします」

 田畑と川辺に頭を下げられ、朱里と瑛も深々とお辞儀をした。

*****

「へえー、では既に桐生グループのマンションで演奏活動をしているんですね?栗田さんは」

 デスクについてから、四人で話をする。

 「はい。来週もまた新しく訪問するマンションで、クリスマスコンサートを予定しています」
 「それは、住人の方向けですか?」
 「そうです。小さなお子様からご年配の方までいらっしゃるので、どの年代の方にも楽しんでいただけるよう、選曲を考えています。皆様に気軽に楽しく音楽に触れていただきたいと、毎回色々と工夫しています」

 なるほど、と頷く田畑の横のデスクから、川辺が身を乗り出してくる。

 「その日、俺も聴きに行っていいかな?」
 「はい、もちろん。あ、社長の許可が必要かな…」

 そう言いながら朱里はチラリと隣のデスクの瑛を見た。

 「いえ、大丈夫です。土曜日なのですが、ご都合がつけば是非いらしてください」

 瑛が笑顔で二人を誘うと、田畑も川辺も頷いた。

 「予定ないので、行きまーす」
 「がんばってね、朱里ちゃん」
 「ああっ!お前、どさくさに紛れて名前呼びかよ?!」

 あはは!とその後も楽しく話は弾んだ。

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