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パーティー

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 「ただいまー、優!」

 次の日の午後。
 迎えに来た雅に、優は嬉しそうに抱きつく。

 (やっぱりママが一番か。寂しいけど、そりゃそうよね)

 満面の笑みを浮かべる優に、良かったねーと朱里は微笑む。

 「朱里ちゃん、本当に本当にありがとう!おかげでどんなに助かったか。母もいないし、私も突然のことに心細くて。朱里ちゃんが励ましてくれてすごく心強かったわ。本当にありがとう!」

 雅は朱里の手を握り、何度もお礼を言う。

 「ううん、私は何も。優くんと楽しく遊んでただけです」
 「それが一番助かったわ。優を安心して預けられるなんて、朱里ちゃんくらいよ」

 お役に立てたのなら良かったです、と朱里は微笑んだ。

 「それでお姉さん、ご主人の容態は?」
 「ええ、もう落ち着いてるわ。明後日に退院して、秘書の車でこっちの自宅に帰って来る予定なの」

 良かった!と、朱里は心から安堵した。

 それからの数日間も、朱里は瑛の屋敷で暮らした。

 屋敷の前に24時間警備員が立っている為、今回は物騒な騒ぎも起こらず、朱里は千代や菊川、そして瑛と楽しい日々を過ごした。

*****

 「もう朱里ちゃんには何てお礼を言えばいいのかしら。我が家がいつもご迷惑をおかけして、本当にごめんなさいね」

 1週間後に帰国した瑛の両親は、雅から話を聞いたらしく、開口一番朱里に謝った。

 「まったくだよ。君にお願いしてこちらに泊まってもらったのに、優の世話までさせてしまって。本当に申し訳ない」

 恐縮する瑛の両親に、朱里は笑って首を振る。

 「いいえ!そんな大したことでは。優くんと楽しく遊んでいてお役に立てたのなら、私もとっても嬉しいです」
 「まあ!本当になんて優しいお嬢さんなの、朱里ちゃんは」
 「そうだな。朱里ちゃん、今度改めてお礼をさせて欲しい」

 いえ、そんな。お気遣いなくと言う朱里の言葉は気に留めず、瑛の父は何がいいかと考え始めたようだった。

 「朱里ちゃん。ご両親と旅行に行くのはどうかな?沖縄とか北海道、ハワイもいいな。うちのリゾートホテルにご招待するよ」
 「おじ様。本当にお気持ちだけで。それに両親も忙しそうで、なかなかまとまった休みが取れませんし」

 そうかい?と少し残念そうにしつつも、ではまた機会を改めて必ずと、今日のところは納得してくれた。

 イタリアのお土産を受け取り、朱里も夕食をご一緒させてもらう。

 すると、ふと瑛が父親に声をかけられた。

 「瑛。来月のパーティー、同伴する女性は決まったのか?」

 瑛はあからさまにため息をつく。

 「だから、そんな人いないってば。だいたい、なんで彼女でも奥さんでもない人を連れて行かないといけないんだ?」
 「それはお前、海外の方が多いパーティーだからな。女性を同伴していないと、この男は女性の一人も口説けないのか?何か性格に問題でも?などと思われかねない」
 「なんだよそれ?偏見じゃないか」
 「確かにな。だが、ビジネスの世界では大切なことだ。女性をスマートにエスコートして初めて、一人前の男として認められるんだ。会場の片隅で一人酒ばかり飲んでいる男とは、一緒に仕事しづらいと思われる」

 はあ、と瑛は大きなため息をつく。
 朱里は、なんだか大変な世界だなと思いながら、黙って食事の手を進めていた。

 「お前に心当たりがないなら、私の方で進めてもいいか?あの話」
 「あの話って?」
 「ほら、都築製薬の会長のお孫さんとの話だよ。確か今年二十歳の短大生だったかな。一度お前に会わせたいと会長がおっしゃっていたから、それも兼ねてそのお嬢さんをパーティーに誘ったらどうだ?」

 朱里はチラリと右隣の瑛の表情をうかがう。
 うつむいてナイフとフォークを動かしているその横顔からは、心の内は読み取れない。

 (瑛、お見合いするのかな。都築製薬か…。国内最大手の製薬会社だよね。凄いお嬢様なんだろうな)

 そう思っていると、瑛が顔を上げた。

 「いや、その話は待ってくれ」
 「じゃあ誰か心当たりがあるのか?」
 「今はない。けど、なんとかするから」

 そう言って瑛は、ふと視線を左に移した。
 隣に座っている朱里と目が合う。

 (ん?)

 首をかしげる朱里を、瑛はじっと見つめてくる。

 (…んん?)

 朱里はだんだん嫌な予感がしてきた。

 「朱里…。頼みたいことがあるんだけど」
 「いやー、無理!」
 「まだ何も言ってないだろ!」
 「いや、もうその雰囲気からして無理!」
 「頼む!俺を助けると思ってさ」

 瑛は両手を合わせて頭を下げてくる。

 「無理だってばー!」
 「朱里、勘違いしてないか?俺が頼もうとしてること、別に大したことじゃないぞ」
 「え、そうなの?」

 朱里は少しトーンダウンする。

 「ああ。ちょっと着替えて美味しいもの食べに行くだけだ」

 朱里は真顔で小さく尋ねた。

 「どこへ?」
 「それはその…。ホテルのパーティー会場」
 「やっぱり!大したことじゃないのよー」
 「大したことじゃないって!好きなもの、好きなだけ食べていいからさ。なっ?」

 ピクリと朱里の眉が上がったのを見て、瑛は思わすニヤリとする。

 「朱里の好きな美味しいステーキもあるぞ。確かあのホテルは、A5ランクの最高級松坂牛のステーキだったな」

 朱里はゆっくりと瑛を見る。
 ダメ押しとばかりに瑛は続けた。

 「もちろんデザートも食べ放題。朱里、ケーキもムースもアイスもフルーツも、ぜーんぶ食べ放題だぞ」

 ゴクリと朱里は喉を鳴らす。

 「…ちょっと着替えるだけでいいのね?」
 「ああ」
 「…あとはひたすら食べてればいいのね?」
 「そうだ」
 「…分かった」

 朱里が頷くと、瑛よりも大きな声で両親がやったー!と叫んだ。

 「朱里ちゃん、ありがとう!朱里ちゃんが横にいてくれたら、瑛の株も一気に上がるわ」
 「ええ?まさか、そんな」
 「いや、本当だよ。朱里ちゃんみたいにチャーミングな女性は、会場中の男性から注目される。おい、瑛。しっかり朱里ちゃんをガードするんだぞ?菊川もな」
 「はい。かしこまりました」

 なんだか大ごとになってきた気がして、朱里は焦る。

 「あ、あの、本当に私でいいのでしょうか?」
 「朱里ちゃんがいいのよ!ね、あなた」
 「ああ、もちろんだ。私からも頼むよ、朱里ちゃん」

 そう言われては断れない。
 朱里は覚悟を決めて頷いた。

*****

 パーティーは2週間後。
 6月の2度目の土曜日だった。

 約束した午後3時に菊川が車で迎えに来てくれて、朱里は雅の行きつけのサロンに連れて行ってもらう。

 「ここは雅お嬢様がパーティーに出席される際に利用しているサロンです。ドレスのレンタルからヘアメイクやネイルまで、トータルでプロデュースしてもらえます」

 菊川の説明を聞きながら、朱里は店内に足を踏み入れる。

 笑顔を浮かべた綺麗なスタッフの女性に挨拶され、まずはドレスを選ぶ。

 菊川は、一旦屋敷に戻りあとで瑛を連れて来ると言って出て行った。

 今日のパーティーは、20代30代の経営者が集まる場だそうで、瑛の両親は出席しない。

 どうぞ楽しんで来てね!と、瑛の両親は朱里を笑顔で送り出してくれた。

 「まあ、あの桐生 瑛様とパーティーに行かれるのですね?でしたら、私達スタッフ一同、腕によりをかけて大変身させますわ」 

 そう言ってテキパキとスタッフの女性達は準備を始める。

 「お嬢様。ドレスはこちらでいかがでしょう?」
 「アクセサリーは、どれがよろしいですか?」
 「髪型のご希望は?」
 「ネイルのイメージはありますか?」
  
 朱里は全部まとめて、お任せします!と一言で押し切った。

 屋敷に戻った菊川は、今度は瑛を車に乗せてサロンに向かう。

 朱里は2階で支度をしており、瑛は1階の男性フロアでタキシードに着替えた。

 軽く髪型をセットしてもらってからコーヒーを飲んでいると、朱里の支度が整ったと言われて顔を上げる。

 階段を下りてくる赤いドレスの女性に、思わず瑛は息を呑んだ。

 オフショルダーで肩を露わにし、スラリと伸びた綺麗な長い手を手すりに添えてゆっくりと下りてくる。

 キュッと絞ったウエストから、ふんわりと広がる軽いオーガンジーのスカートは波を打つように揺れ、左手でスカートの前をつまみながら、やがて瑛の前に歩み出た。

 「あ、朱里…?」

 そうに決まっているのに、思わず瑛は問いかける。

 それほど今目の前にいる女性は、自分の記憶の中の朱里とはかけ離れていた。

 「え、そうだけど…。やっぱり何か変かな?」

 朱里は少し不安げに自分を見下ろす。

 「いや、変じゃないよ。全然、うん」
 「そう?大丈夫かな…」

 小首をかしげてうつむく朱里の耳元で、綺麗に輝くイヤリングが揺れる。

 髪をアップにした朱里の首筋を見て、瑛は胸がドキリとした。

 「朱里さん。とてもお美しいですよ」

 菊川の言葉に朱里が笑顔になる。
 それを見て、瑛は一気に顔を赤らめた。

 「さあ、では参りましょうか」

 そう言った菊川が、瑛に目配せする。
 瑛はハッと我に返り、朱里の隣に行くと左腕を曲げて差し出す。

 「ありがとう」

 朱里は瑛に笑いかけて右手を添えた。

 「行ってらっしゃいませ」

 サロンのスタッフに見送られ、菊川の運転する車でパーティー会場のホテルに向かう。

 瑛は、隣に座る朱里をチラチラと横目で盗み見た。

 (わ、爪も綺麗にしてるんだ。朱里って指も長くて細いんだな)

 恥ずかしくてそれ以上は目線を上げられない。

 だが、自分の隣に座る朱里は、ドレスのせいなのか明るい華やかさを身にまとっていて、間違いなく魅力的な女性だった。

 ホテルに到着し、パーティー会場へと向かいながら、朱里はなんだかドキドキしてきた。

 エスコートしてくれる瑛にそっと話しかける。

 「瑛、私大丈夫かな?」
 「ん?なにが?」
 「その、こういうパーティーって初めてだし。場違いじゃない?マナーとか平気かな…」

 うつむく朱里に、瑛は優しく笑いかける。

 「まったく心配いらない。朱里はそのままでいろ」
 「そう?大丈夫?」
 「ああ」

 大きく頷いてみせると、朱里はホッとしたように微笑んだ。

 (いや、別の意味で心配だらけだな…)

 瑛は心の中でひとりごつ。

 会場に足を踏み入れると、朱里は思わずわあ!と感嘆の声を漏らす。

 「凄いね、ゴージャスだね」

 すると早速、誰かがこちらを見て近づいてきた。

 「やあ、桐生さん。こんばんは」
 「佐野さん、こんばんは。ご無沙汰しています」
 「こちらこそ。今日はまた素敵なレディと一緒だね」

 佐野と呼ばれた30歳くらいのその男性は、優雅な大人の雰囲気で朱里に笑いかける。

 「初めまして。佐野コンツェルンの佐野 誠司です」
 「あ、初めまして。栗田 朱里と申します」

 朱里は慌てて名乗り、差し出された右手を握って握手する。

 朱里が手を離そうとした瞬間、佐野はもう一度朱里の手をギュッと握り、すっと指を滑らせながら思わせぶりにゆっくりと手を離した。

 (なに?今の…)

 朱里は手のひらに残った感触に首をひねる。

 そのあとも、瑛は次々と色んな人に声をかけられた。

 皆、瑛に一言挨拶してから朱里に自己紹介する。

 朱里はその度に名前を名乗り、握手を繰り返した。

 やがて外国人の男性がやって来た。

 ハイ! アキラ、と明るく瑛に声をかけ、握手をしてから朱里を見る。

 「ステキなレディね。ワタシはブライアンです」

 片言の日本語で名乗り、うやうやしく胸に手を当てて頭を下げる。

 「初めまして。栗田 朱里です」

 朱里は微笑んで右手を差し出した。

 するとブライアンは、すっと朱里の右手を下から掬い上げると、手の甲にチュッとキスをした。

 わざと音を立て、瑛に見せつけるようにキスしたあと、朱里の顔を覗き込んでフッと不敵な笑みを浮かべる。

 朱里は口元だけ緩めて笑うと、自分の手をブライアンから引いた。

 「朱里、テラスへ行こう」
 「え、ああ、うん」

 瑛が朱里の腰に手を回して促す。

 朱里を誰にも触らせまいとする瑛の素振りに、朱里はなんだかドギマギした。

 テラスのベンチに腰を下ろすと、菊川がドリンクを持ってきてくれる。

 「ありがとうございます」

 朱里は受け取って一口飲んだ。

 「美味しい!」

 思わず笑顔でそう言うと、菊川も微笑み返してくれる。

 「朱里、乾杯が終わったら菊川とここにいろ。菊川、絶対に朱里のそばを離れるなよ」
 「かしこまりました」

 いつもと違う雰囲気の瑛を、朱里はそっと見上げた。

 タキシードも良く似合っているし、何より醸し出すオーラが違う。

 (こんな瑛、知らなかった。お仕事の時はこんなにかっこいいんだな)

 そうこうしているうちにパーティーが始まる時間になり、朱里は瑛と一緒に再び会場内に戻る。

 主催者の挨拶のあと皆で乾杯し、人々は一気に動き出す。

 瑛のもとにも何人かがやって来るが、瑛はグッと朱里の腰を抱いたまま、まるで朱里に触れるなと言わんばかりだった。

 挨拶を交わしながら徐々にテラスの方へと移動する。

 ようやく外に出ると、瑛は朱里を先程のベンチに座らせた。

 菊川が綺麗に料理を盛り付けたプレートを渡してくれる。

 「うわー、美味しそう!」

 目を輝かせる朱里に、瑛はようやくいつもの笑顔をみせた。

 「たらふく食えよ、朱里」
 「うん!ありがとう」

 瑛は微笑んで頷くと、朱里を頼むと菊川に言い残し、会場内に戻って行った。

 「ねえ、菊川さん」
 「はい、何でしょう」

 朱里は美味しい料理を食べながら、会場で色々な人と笑顔で会話している瑛を見つめる。

 「瑛って、ちゃんとお仕事してるんですね。あんな瑛は初めて見ました」

 菊川も、瑛に視線を向けながら頷く。

 「そうですね。瑛さんも、こういった社交の場はあまり得意ではないのでしょうが、いつもきちんと振る舞っていらっしゃいます」

 朱里は手を止め、瑛が、普通が一番幸せだと言っていたことを思い出す。

 「菊川さん。瑛は幸せなのでしょうか?」

 ポツリと朱里が呟くと、菊川は少し意外そうに朱里を振り返った。

 「瑛はきっとこの先も、桐生 瑛としてこんなふうに仕事をしていくのでしょう?苦手なパーティーにも参加して、彼女でもない女性をエスコートして…」

 朱里の視線の先に、にこやかに年上の男性と会話している瑛がいた。

 「いつもの軽いノリは封印して、スマートに仕事をこなして」

 その時、会場内に軽快な音楽が流れ始めた。

 カップルはフロアの真ん中に集まり、ダンスを踊り出す。

 スレンダーな外国の女性が瑛に声をかけ、頷いた瑛は女性の手を取ってフロアに促すと、彼女の腰に手を回して軽くステップを踏み始める。

 「ええ?!瑛、社交ダンスなんて踊れるの?」
 「はい。瑛さんも雅お嬢様も、ひと通り社交的な事はこなされます」

 そう言うと菊川は、改めて朱里に話し出す。

 「朱里さん。瑛さんは真剣に仕事と向き合っていらっしゃいます。大学に通いながらなので今はまだそんなに多くは関わっていませんが、将来の自分の立場を理解し、懸命に業務を学ぼうとしていらっしゃいます。ですが、その先に瑛さんにとっての幸せがあるのかと聞かれれば、私は何も言えません」

 朱里は黙って菊川の言葉を聞く。

 「仕事でやりがいを感じることはあるでしょう。ですが瑛さんは、仕事一筋に生きるタイプではないと私は思います。安心して自分をさらけ出し、心の底から笑い合える人と穏やかに過ごす時間が、瑛さんには必要だと」

 朱里は大きく頷いた。

 「私もそう思います。瑛は、本当は自由に気ままに生きていきたいのかもしれません。桐生家に生まれ、それが叶わないと思いつつも、恨み言など言わずに真摯に向き合っている。せめて家に帰れば、穏やかな時間を過ごして幸せを感じてくれたら」

 いつの間にか会場内は照明が落とされ、軽快だった音楽も、しっとりとした静かな曲に変わっていた。

 瑛は別の女性と手を取り合い、身体を密着させてチークダンスを踊っている。

 どこか寂しそうな憂いを秘めたその横顔に、朱里は胸がキュッと締めつけられるのを感じた。

*****

 「ごめんな、朱里。疲れただろ?」

 帰りの車の中で、瑛は朱里に声をかける。

 「ううん。美味しいものたくさん食べて、大満足よ」
 「それは良かった。ステーキも食べられたか?」
 「うん!最高級の松坂牛。口に入れたら、肉汁ジュワーよ。溶けていくみたいに柔らかくて。あー、思い出しただけでまた楽しめるわ、あの感動的な味わい」

 はは!と瑛は楽しそうに笑う。

 「それより瑛は?ほとんど何も食べてなかったでしょう?」
 「ん?俺はいいよ。別に食べたいとも思わないし」
 「そうなの?もったいない。もの凄く美味しかったわよ」
 「ふーん、そうか」

 ふっと自嘲気味に笑って、瑛は窓の外を見る。

 その姿に、朱里はなぜだか悲しさが込み上げてきた。

 「ねえ、瑛」
 「ん?なんだ」
 「あの、もし、もしね?もしまたパーティーの同伴女性が見つからなかったら、私に声かけて」
 「…朱里」

 瑛は驚いたように身を起こす。

 「ほら、そしたら私もまた美味しいお料理をたらふく食べさせてもらえるでしょ?」

 すると瑛は、一瞬の間を置いてから吹き出して笑い始めた。

 「あっはは!お前、そんなに今日の料理満足したのか?」
 「それはもう!でもね、ステーキ食べ過ぎてデザートが少ししか食べられなかったの。次は配分間違えずに、ちゃんとデザートまでフルコース堪能してみせるわ」

 片手でガッツポーズを作ると、瑛はさらにおかしそうに笑う。

 「いやー、さすがは朱里。逞しいわ。よし、今度は俺も朱里と食事を楽しもう」
 「うん、そうだよ。食べなきゃモト取れないよ?」
 「ブハハ!そうだな、モトは取らなきゃな」

 ようやくいつもの瑛に戻ったのを見て、朱里はホッとして微笑んだ。

 朱里の家の前で車を停めた菊川が、後部座席の瑛の横のドアを開ける。

 瑛は車を降りて反対側に回り、菊川が開けたドアから、中にいる朱里に手を差し伸べた。

 「ありがとう」

 朱里は瑛の手を借りて、ゆっくりと車を降りた。

 改めて二人で向かい合う。

 「今日は本当にありがとうな、朱里」 
 「こちらこそ。こんなに素敵なドレスやアクセサリーも用意してもらって、ヘアメイクやネイルまで」
 「あとは、料理も?」
 「そう、美味しいお料理も!」

 二人はふふっと笑い合う。

 「いつもはただ義務感だけでつまらないパーティーに参加してたけど、今夜はなんだか楽しかったよ。朱里、そのドレス凄く似合ってる」
 「え、そうかな…」

 今さらながら、朱里は照れてうつむく。

 「ああ、見違えたよ。あの会場で一番朱里が輝いてた。ヤローどもがみんなお前を見てて、蹴散らしたくなったよ」
 「そんな大げさな。綺麗な女の人たくさんいたわよ?」
 「お前…分かってないな。お前がにっこり笑って握手する度、相手の男がどんな目でお前を見てたと思うんだ?」

 どんな目…?って普通の目?と、朱里は首をかしげる。

 瑛は、はあとため息をついた。

 「朱里、無防備過ぎるぞ。そんな綺麗な肩出して、背中やうなじも見せつけて。その上あんなににっこり笑うなんて、危なくて仕方ない」
 「え、そんなこと言われたって…」

 見慣れない正装姿の瑛から、聞き慣れないセリフを言われ、朱里はなんだか落ち着かなくなる。

 「その…、瑛だって凄くかっこよかったよ」
 「えっ?」
 「瑛こそ、見違えたよ。私のことスマートにエスコートしてくれて、年上の人達とも対等に会話して。英語で話したり、女性とダンス踊ったり。びっくりした。私、瑛に見とれちゃったよ」

 そう言って笑いかける朱里に、瑛は思わず顔を赤らめる。

 「だから!そんな格好でそういうセリフを男に言うなってば!」
 「なあに?瑛、照れてるの?やだ!可愛い」
 「バカ!」

 瑛は慌てて踵を返す。

 「じゃあな、おやすみ。菊川、早く出せ!」

 バタン!と車のドアを自ら閉める瑛に、おやすみなさーいと朱里は笑って手を振った。
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