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これが同棲というものですか?!

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 次の日の朝、出勤した真菜は、久保や梓達に取り囲まれる。

 「真菜!一体、昨日のあれはどういう事?」
 「は?昨日のあれって?」
 「専務よ専務!」
 「専務?って誰ですか」
 「何とぼけてんのよー」

 皆から責められ、真菜は困惑する。

 「いや、あの、何の事やら」
 「とぼけたって無駄よ。みんな知ってるんだから」
 「え?何を?」
 「だーかーら!昨日、いきなり専務が現れて、真菜は?って」
 「キャー!そうそう、真菜は?って呼び捨てにしてた」

 ん?と一瞬考えたあと、あ!と真菜は声を上げた。

 「専務!そうだ、思い出した、専務だったんだ」
 「え、何?」

 今度は皆が困惑した時だった。

 「真菜先輩!」

 胸に書類を抱えた美佳が、真菜に近付いて来た。

 「おはようございます。あの、昨日の園田様・上村様の打ち合わせ内容の確認、お願いしてもいいですか?」
 「あ、そうね。ごめんね、昨日確認せずに帰っちゃって。サロンの方でやろうか」

 そう言って真菜も資料を取り出し、美佳と二人でサロンに向かう。

 「あ~あ、結局聞きそびれちゃった…」

 梓が残念そうに呟いた。

*****

 他には誰もいないサロンの1角で、真菜と美佳は、昨日打ち合わせした内容を確認していく。

 「えっと、招待状のデザインと文面はこれで決定。あとはお二人が、ご自分で宛名書きして発送するって事だったわよね」
 「はい。今日中に招待状の発注かけます。仕上がりは2週間後なので、次回の打ち合わせでお二人にお渡し出来ますね」
 「そうね。あとは、新郎様からご質問があった後撮りの件…」

 そう言って真菜は、昨日お二人にも渡したフォトプランの資料のコピーを取り出す。

 「挙式当日が雨だった場合、後日、後撮りをしたいって事だったわよね?」
 「ええ。でも、もし週間天気予報とかで、当日雨の可能性が高いと分かった場合は、前撮り出来ればと」
 「そうそう。つまり、前撮りにしても後撮りにしても、直前予約って事になる。なので、挙式と同じヘアメイクやドレス、カメラマンが手配出来るとはお約束出来ないって話したわよね?」
 「はい。資料にも書いてありますし、新郎様も、分かりましたとおっしゃってました」
 「いずれにしても、挙式当日が晴れなら、問題ないもんね。晴れるといいなー」

 そうですね、と頷いたあと、美佳は声をひそめて聞いてきた。

 「ところで新婦様の様子、相変わらず無口なままですが、真菜先輩どう思われますか?梓先輩の仰る通り、望まない結婚なのでしょうか…」

 うーん…と真菜は遠くを見ながら考える。

 「私の感じた限りでは、望まない結婚ではないと思う」
 「え、どうしてですか?私はやはり、どうしても新婦様がこの結婚に前向きだとは思えないのですが」
 「そうねえ、確かに楽しみな様子には見えない。でも、新婦様は新郎様のこと、本当に好きなんだと思う。ドレスの試着の時ね、新郎様が、綺麗だって仰ったら、新婦様のお顔、ほんの少し赤くなったのよ」
 「えー、知らなかったです。でも、じゃあどうしてあんなにいつも無口なんでしょう」

 美佳の疑問は、真菜も感じていた。

 「本当よねえ。単に、もの凄く人見知りな性格の方なのかも?ほら、お二人は子どもの頃からの幼なじみってお話だったでしょ?家も近所でって。合コンとかで知り合って結婚するタイプではないのね、きっと」
 「うーん、そうなんですかねえ」
 「まあ、これからも打ち合わせは続くし、少しずつでも私達に心開いて下さるといいね」

 そう言って真菜が笑いかけると、美佳も、そうですねと頷いた。

*****

 営業時間を過ぎ、書類の確認をしていた真菜は、デスクの上のスマートフォンにメッセージが届いた事に気付く。

 あと20分程で着く、という真からのメッセージだった。

 真菜はパソコンの電源を落とし、書類を片付けると、同じく残業していた久保に挨拶してロッカールームに向かう。

 私服に着替えて表に出ると、やがて見覚えのある車が目の前に停まった。

 「乗れ」

 ドアを開けて、中からぶっきらぼうにひと言声をかけてくる真に、真菜は思わず吹き出す。

 「お疲れ様です。失礼します」

 そう言って、真菜が笑いを堪えながら乗り込むと、真は怪訝そうな顔を向ける。

 「何がおかしい」
 「いえ、そういう訳では。ちょっとおかしくて」
 「お前のその言葉がおかしいぞ」
 「そうですか?まあ、いいですけど」

 変な生き物でも見るような顔をしたあと、真は膝の上のパソコンをいじり始めた。

 寮に着くと、真と真菜はそれぞれ自分の部屋で荷造りを始める。

 といっても、既に真はほとんどの荷物を移し終えていた。

 真菜は、ひとまず次の休みの日までの荷物を、大きなバッグに詰めていく。

 (3日後にお休みがあるから、取り敢えずその日までの分。えっと、2泊3日の旅行の荷物って感じでいいか)

 貴重品を持ち、ガスの元栓を閉める。

 「よしっ!と」

 戸締まりを確認した時、コンコンとノックの音がした。

 「準備出来たか?行くぞ」

 真の声に、はーいと返事をして、真菜は部屋から出た。

*****

 「うわー、広い!綺麗!素敵~」

 真の新居に1歩足を踏み入れた真菜は、あまりの豪華さに感激した。

 「凄い!夜景が、めちゃくちゃ夜景!」
 「お前、日本語おかしくないか?」

 荷物を床に下ろしながら、真が呆れたように言う。

 「だって、冷静に話せないんだもん。こんな、まるで夢の世界…。見て!あっち、海が見えるよ。それに、あっ!観覧車も見える」
 「いつまで窓にへばり付いてる気だ?」
 「いつまででも~」

 やれやれと、真はソファにドサッと身を投げる。

 (取り敢えず、ここなら1人で帰って来るのも平気だろう。人通りの少ない道もないし、マンションのセキュリティーも万全だ。あとは、やはりあの新婦の様子をうかがうしかないか…)

 ちらりと真菜に目を向ける。

 子どものようにはしゃいで、窓の外に釘付けになっている真菜の笑顔に、真もふっと頬を緩めた。

*****

 「お前の部屋はここ。ベッドやひと通りの家具は入っている。足りない物はあるか?」
 「ええー!こんな広いお部屋を使ってもいいんですか?」
 「ああ。だから、足りない物は?」
 「ありません!ありませんとも!」
 「そうか、なら自由に使え」

 そう言って出て行こうとする真を、真菜が呼び止めた。

 「真さん、本当にありがとうございます。何てお礼を言えばいいのか…。いつか必ずこのご恩はお返ししますので」
 「そんな事は気にするな。会社の義務でもあるしな」
 「え?」
 「いや、まあいい。それより何か飲むか?」
 「じゃあ、私がコーヒー淹れますね!」

 二人でキッチンに行き、真新しいソファでコーヒーを味わった。

 「そう言えば、お前、夕飯は?食べたのか?」

 ふと思い出したように、真が真菜に聞く。

 「残業中に、少しおにぎり食べました。真さんは?」
 「俺は、まあいつも適当に、時々つまむ程度だが。何か食べるか?」

 そう言って立ち上がると、冷蔵庫を開ける。

 「秘書に頼んで、食材や惣菜を入れて置いてもらったんだ。んー、何だこれ?」

 真菜も立ち上がって、真のもとへ行く。

 「これは、パエリアみたいですね。このまま温めれば食べられます。こっちは、アクアパッツァかな?」
 「何だって?」

 怪訝そうな真に、真菜は思わず笑い出す。

 「私がやりますから。真さんは座ってて下さい」

 そう言って、キッチンの棚の中を確認すると、フライパンや調味料を取り出す。
  
 「パエリアは、オーブンでもう少し焼き色付けようかなー。アクアパッツァも、オリーブオイルで少し炒めて…あ、白ワインがある!」

 ひとり言を言いながら、手際良く準備すると、ダイニングテーブルに並べていく。

 「はい!出来ました」
 「はやっ、もう出来たのか?」
 「仕上げるだけの簡単クッキングですから。さ、召し上がれ」

 真菜は、食器戸棚をゴソゴソと探りながら、カトラリーを真の前に並べていく。

 「お前は?食べないのか?」
 「いただいてもいいですか?」
 「もちろん。あ、ワインもあるぞ」

 そして二人で乾杯する。

 「うまい!レストランの料理みたいだ」
 「本当ですね。秘書さん、きっと高級なお店で買ってくれたんでしょうね」
 「いやー、でも単純に温めただけじゃないだろう?仕上げのひと手間があるからうまいんだ」
 「うふふ、良かったです。でも、普通なら引っ越しの日はお蕎麦なのに、さすがは専務取締役ですね。庶民とは違います」

 すると真は、お?と顔を上げる。

 「お前、ようやく俺の役職名覚えたのか?」
 「そうなんです!だから使いたくて。ね、専務!」
 「やめろ」
 「えー、何でですか?」
 「何か嫌だ。それにお前、専務がどんな仕事をするのか、分かってないだろう?」
 「え、そうですねー。デスクに座って、書類にハンコを押す仕事?」

 はあ…、と真はため息をつく。

 「もういい。黙って食べろ」
 「ええー?どんな仕事なんですか?」
 「どうせ言っても分からん」
 「分かりますよー、教えてくたさいよー」

 押し問答しながら食べ終えると、真菜はキッチンで洗い物をしてから、ソファに座って雑誌を読み始めた。

 「何を読んでるんだ?」

 真菜の分のコーヒーをテーブルに置きながら、真が隣に座る。

 「あ、ありがとうございます」

 そう言ってコーヒーをひと口飲んでから、真菜は真に雑誌を見せた。

 「今日発売の、結婚情報誌です。私、毎月買ってるので」
 「ああ、うちも載せてるやつか。でも、毎号ほぼ同じ内容だろ?」
 「そうなんですけどね。見てるだけでも楽しいので、つい」

 ペラペラめくっていたかと思うと、急に手を止め、ペンケースからハサミを取り出して切り抜き始める。

 何をしているのかと真が黙って見ていると、やがて真菜は、雑誌の下に置いていたスクラップブックに、切り抜いた写真を貼り付け始めた。

 「それは?」
 「いいなと思った写真をまとめてるんです」

 真に見えるように、真菜はスクラップブックのページをめくっていく。

 「ドレスやヘアメイク、式場やチャペルの内装、テーブルコーディネート、引き出物、ウェルカムボードとか、参考になりそうなものを貼ってあります。写真のアングルとかも参考になるし…」
 「ふーん。でも他はともかく、ドレスは衣裳事業部が仕入れてくるし、どうにもならんだろ?」
 「そうなんですけど、ほら、ベールやアクセサリー、あとヘアメイクやブーケでもイメージ変わるじゃないですか?だから、自分の出来る範囲で工夫して、良いご提案を出来たらなって。感覚を養って、アイデアの引き出しを増やしておきたいんです」

 へえーと真は感心する。

 海外事業部にいた時も、しょっちゅう挙式に立ち会っていたが、そこまで細かく気にした事はなかった。

 (女性社員は、みんなこんなふうに日々研究しているのだろうか。いや、ここまで熱心な社員は知らないな。ん?)

 真は、テーブルにもう一冊スクラップブックがあるのに気付く。

 「そっちは?」
 「え、そっち?あ、これは…違うんです」

 真菜は、慌ててもう一冊のスクラップブックを雑誌の下に隠す。

 「何だよ、気になる」

 そう言って手を伸ばす真から、真菜は必死で遠ざける。

 「いいんです。これはお見せする程の物では…」
 「ふーん…、そっか」

 真が諦めてソファに座り直すと、真菜はホッとしてまた雑誌に目を通し始めた。

 次の瞬間、いきなり真が真菜の手にした雑誌を持ち上げる。

 「え、何?」

 びっくりして顔を上げた真菜は、真の視線の先を追って、あ!と慌ててスクラップブックを胸に抱えた。

 「…見たでしょ?」

 真菜は真をじろりと睨む。

 「見てないよ」
 「嘘だー」
 「見てない。見えただけだ」
 「ほら!見たんじゃない」

 真はボソッと、見えた表紙の文字を呟く。

 「真菜のDream Wedding♡」
 「もう!言わないで!!」

 くくっと真は笑いを堪える。

 聞くまでもない。
 きっと自分の結婚式のイメージを膨らませて、色々な切り抜きを貼っているのだろう。

「楽しみだな、お前の結婚式」

 真は、真っ赤な顔で頬を膨らませている真菜に笑いかけた。

*****

 翌朝、いつも通り6時に起きた真は、着替えと洗顔を済ませてダイニングに向かう。

 ドアを開けると、コーヒーの良い香りがした。

 「おはようございます。今、朝食運びますね」

 真菜がキッチンから声をかけてきた。

 「秘書さんが買っておいてくれたクロワッサンと、あとは冷蔵庫の卵とチーズでオムレツにしました。それからサラダとヨーグルト」

 真は、思いがけない朝食に驚く。

 「朝からこんなに作ったのか?」
 「作ったのはオムレツだけですよ?」
 「だが、お前が俺の分まで作る必要はない。自分の朝食だけ気にしろ」
 「いえ、私の方がご馳走になってるんです。昨日の夕食も、この朝食も。それにお部屋を使わせてもらってるのに、何もしないなんて…。せめて、このくらいはやらせてください。でないと本当に肩身が狭くて」

 真は、少し考えてから口を開く。  

 「分かった、好きにしたらいい。だが、無理にやる必要はないからな」
 「はい!好きにやらせていただきます」

 真菜はにっこり微笑んだ。

*****

 「じゃあ、これがお前の鍵だ。オートロックだから気を付けろよ。俺は帰りが遅くなるから、気にせず先に寝てろ」
 「分かりました!行ってらっしゃい」

 7時前に玄関を出る真を、真菜は笑顔で見送る。

 「さてと。私はまだ時間があるし、食器洗いとお掃除しちゃおう!」

 腕まくりして、てきばきと家事をこなす。

 冷蔵庫の中を確認し、仕事帰りにスーパーで買う物を考える。

 (この辺りってスーパーあるのかな?)

 窓から見える景色を眺めてみる。

 ここはみなとみらいのど真ん中。
 高級ホテルや、ショッピングモール、ランドマークタワーが近くにある観光地だ。

 真菜もこの辺りは良く知っているが、スーパーマーケットは見かけた事がない。

 (このマンションの人、どこでお買い物してるんだろう?セレブの生活って謎だわー)

 職場の近くに高級スーパーがある事を思い出し、そこで買い物をしてから帰ってこようと真菜は思った。

*****

 夜の11時。
 玄関を開けた真は、部屋にほのかな灯りを感じてホッとする。

 (誰かのいる部屋に帰るなんて、何年ぶりだ?)

 鞄を置くと、ネクタイを緩めながら椅子に座る。

 (はあ、疲れた)

 ここ最近、引っ越し作業や真菜を迎えに行く事で、仕事を早めに切り上げていた。

 その分、今日は溜まった業務を一気にこなし、もはや身体はクタクタだ。

 水でも飲もうと、ノロノロと立ち上がった時だった。

 「お帰りなさい」

 ドアが開いて、真菜がダイニングに入って来た。

 「夕食は?ちゃんと食べましたか?」
 「え、いや、まだ」
 「じゃあ、軽く用意しますね。手を洗ったら座っててください」

 そう言って真菜は、冷蔵庫を開けて、何やらキッチンで作り始めた。

 昨日入居したばかりだというのに、もうどこに何があるのか把握しているようだ。

 (俺なんて、まだ勝手が分からないのに)

 そう思っていると、真菜はトレーに載せた料理を運んできた。

 「はい。鯛茶漬けと、お漬物。あとは、私が夕飯に作った肉じゃがも少し。残り物みたいですみません」
 「いや、ありがとう。いただきます」

 真は少し戸惑いながら食べ始める。

 「うん、うまい!」

 そして一気にパクパクと食べていく。

 「真さん、本当にいつも美味しそうに食べますね」

 真菜が、ふふっと笑いかける。

 「いやだって、うまいんだもん」
 「ステーキばっかり食べてる人が、たまに牛丼食べたくなるってやつですかねえ」
 「ん、何だそれ?」
 「セレブあるある、です。もちろん私は庶民なので、逆にステーキ食べたいですけどね」

 真菜の話を聞いているのかいないのか、真はあっという間に平らげてしまった。

 「はー、うまかった」
 「真さん、もう少しゆっくり食べてください。消化に悪いですよ?」

 食後のお茶を出しながら真菜が言う。

 「だって、箸が止まらなくてさ。それより、毎日俺の食事の事は気にしなくていいんだからな?」
 「分かってます。好きにやってるだけですから」
 「そうか、ならいいんだが…」

 お茶をひと口飲んでから、真が話し始めた。

 「お前、次の休みに、寮に荷物を取りに行くって言ってなかったか?」
 「はい。明後日行ってきます」
 「明後日か。じゃあ俺も一緒に行く。何時頃だ?」
 「ええ?真さんはお仕事なんでしょ?私1人で行けますから」
 「いや、俺も退去手続き残ってるんだ。部屋の鍵も返してないし。午前中でもいいか?その日は午後出勤にしておくから」
 「あ、はい。それはもちろん。でも本当にいいんですか?」
 「だから、俺だって用事があるんだってば!何度言ったら分かる」

 真が鋭い目線を向けると、真菜は小さく、はいと頷く。

 そして、何かを思い出したように口を開いた。

 「あの、真さん」
 「何だ」
 「パンツ洗ってもいいですか?」

 お茶を持つ手を止め、長い間固まったあと、はあー?!と大きな声で聞き返す。

 「おまっ、何を言って…」
 「だって、洗濯機使わせてもらってるから、ついでに真さんのタオルやシャツも一緒に洗ったんです。でも靴下はともかく、パンツはどうかなーって迷って…」
 「洗ったのか?!」
 「いえ、今日のところはやめておきました。そのまま、洗濯かごに入れてあります」
 「ってことは、見たのか?」
 「え?そりゃ、まあ」

 真は、はあ…と深いため息をつく。

 「お前、純情なんだか、ただの鈍感なのか、どっちなんだ?」
 「え、私のこと?」
 「そうだ、お前のこと!」
 「私?って、普通の女の子です」
 「嘘つけ!絶対普通じゃない」
 「ひどーい!普通ですよ?強いて言うなら…『恋を夢見る可憐な乙女』ってとこですかね?」

 ぶっと真はお茶を吹き出す。

 「やだ!真さん、汚いってば」

 真菜がティッシュを渡してくる。

 「はあ、もう、お前といると色々調子が狂う。ほら、もう遅いんだからさっさと寝ろ」
 「はーい。あ、パンツはどうします?」
 「またその話か!」
 「だって、返事してくれてないし」
 「あーもー、好きにしろ!」

 ヤケになってそう言うと、はーい、好きにしますと言って、ようやく真菜は自分の部屋へと戻って行った。

*****

 2日後。
 車で寮に来た二人は、まずポストを確認する。

 真は既に転居届を郵便局に出しており、302のポストの入り口にもガムテープが貼ってあった。

 真菜の手元を覗き込み、不審な郵便物がないか確かめると、真菜を部屋まで送っていく。

 そして再び1階に下りた真は、管理人室へと向かった。

 退去手続きを終え、鍵を返却して立ち去ろうとすると、ちょっと待ってくださいと管理人に呼び止められた。

 「ちょうどご連絡しようと思っていたんです。実は昨日、ポストの前で郵便屋さんが困惑していて…。どうかしましたか?って声をかけたら、封筒を見せてきたんです。部屋番号は302だけど、宛名は202の人だって」
 「何っ?!」

 真は一気に顔を強張らせる。

 「その封筒は?」
 「私が預かりました。こちらです」

 半ば奪うように封筒を受け取る。

 味気ない事務的な封筒にパソコンで印刷された文字、そして差出人も書かれていない。

 何もかもあの時と同じだが、部屋番号が302と書き加えられ、切手も貼られていた。

 「これは、私が預かります。心当たりがあるので」

 そう言うと管理人は、分かりましたと頷いた。

 真は管理人室を出て、建物の片隅に行くと、そっと封筒を開けてみた。
  
 恐る恐る中を覗き込むと、1枚の紙が折られて入っている。

 ゆっくりと取り出して、他に何も封筒に入っていない事を確かめると、紙を開いてみた。

 新聞か雑誌の文字を、1つ1つ切り抜いて貼った手紙…

 そこに並べられた文字を読んだ真は、スッと身体が冷たくなる気がした。

 『消えうせろ。さもなくば、また襲われる』

 (くっそー!)

 思わずグシャッと手紙を握り潰しそうになり、なんとか堪えると、鞄の奥深くにしまった。

 「お待たせしました!」

 やがて真菜が大きなバッグを手に階段を下りてきて、真は我に返る。

 「ん、ああ、じゃあ帰ろうか」
 「はい」

 車に乗ってからも、真はじっと窓の外を見ながら考える。

 (やはり別々の事件なんかじゃない。この手紙と真菜が襲われた事は関係がある。だが、同一犯の仕業ではない。この手紙を送って来たのは、男ではなく、おそらくあの新婦だ)

 真は、隣に座る真菜にそれとなく話しかけた。

 「真菜。俺が最初にフェリシア 横浜にお前を迎えに行った日、確かお前はサロンで接客中だったよな?」
 「え?ああ、園田様と上村様の打ち合わせが長引いちゃった時ですね。それが何か?」
 「いや、何でもない」

 (園田様、上村様…。新婦の名前は上村か)

 難しい顔で再び考え始めた真を、真菜は少し不思議そうに眺めていた。

*****

 「じゃあ、俺はこのまま仕事に行くから」
 「はい。ありがとうございました」

 マンションのロータリーで真菜を降ろし、会社へと向かう。

 到着するとすぐに自分の部屋に入り、パソコンを開いた。

 顧客データを呼び出し、フェリシア 横浜のパスワードを入力する。

 挙式の日取り順のものと、担当者順の2種類の名簿があった。

 真は、担当者の真菜の名前を探してファイルを開く。

 (えっと、園田・上村…。あった、これだ)

 クリックすると、新郎新婦の名前や住所、連絡先などが載っている。

 (新婦の名前は、上村 亜希。年齢は27才。現在は無職。住所は、新郎とも近いんだな。横浜市戸塚区…)

 真は鞄の中から、先程の封筒を取り出した。

 (あーもう、触るのも忌々しいな)

 仕方なく手にして、消印を見る。

 (横浜中央郵便局か…。まあ、わざと家から遠い場所で投函したんだろう)

 うーん…と腕組みしながら考える。

 (これを新婦が投函したのなら、襲った男とはグルだな。なぜ真菜を狙うのか、目的は?新婦が企んで、男に手伝わせたのか、もしくはその逆か?)

 考えても答えは出ない。

 ただ一つ言える事は、手紙を送ったのが新婦なら、彼女は何かを知っている。

 (直接会って、聞き出すしかないか…。だが、やはり真菜には知られてはいけない)

 慎重に、だが早急に事を進めなくてはならない。 

 真菜が今も狙われているのは、確実なものになったのだから。
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