アンコール マリアージュ

葉月 まい

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フェイクリング、必要ですか?!

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 「そろそろお客様がいらっしゃるわよ。しっかりね、雄叫びトレーナー」

 久保に言われて、真菜は小さく、はいと返事をする。

 美佳を指導するどころか、大声を上げてばかりの真菜は、皆に呆れられて変なあだ名まで付けられてしまった。

 「ごめんね、午後はちゃんとやるからね」

 美佳に謝ると、いえいえ、大丈夫ですと笑顔を向けてくれる。

 (はあー、どっちがトレーナーなんだか。いや、ここからはしっかりやるぞ!)

 真菜は気合を入れ直して、13時からの流れを美佳に確認した。

 「園田様・上村様、いらっしゃいました。コーヒーをお出しして、今はアンケートを書いていただいてます」

 お客様をテーブルに案内したスタッフから声をかけられ、はいと返事をした真菜は、美佳に頷いて立ち上がる。

 サロンの真ん中のテーブルでコーヒーを飲んでいるカップルのもとへ行くと、まずは二人で挨拶する。

 「お待たせいたしました。園田様、上村様、本日はご来店いただきありがとうございます」

 深々とお辞儀をしてから、失礼いたしますと断って向かい側の席に並んで座る。

 「改めまして、この度はご婚約、誠におめでとうございます。わたくしは、フェリシア 横浜のウェディングプランナー、齊藤と申します」

 そう言って、テーブルの上に名刺を差し出す。

 「もう一人、サポートの川本と共に、わたくし達がお二人を担当させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」

 にっこり笑って、真菜は美佳と一緒に頭を下げる。

 「あ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 新郎の男性がペコッと頭を下げると、隣の女性も目を伏せた。

 今日はお車でいらっしゃったのですか?道はすぐお分かりになりましたか?など、何気ない質問にも、全て新郎が答える。

 (んー、男性の方がリードされている感じなのかな。えっと、お二人とも年齢は27才。同い年カップルなのね)

 なんとなく第一印象を気に留めながら、真菜は記入されたアンケートを手に取る。

 「アンケートのご記入ありがとうございました。いくつか内容を確認しながら、お話をさせていただきますね」

 さっと目を通しながら、気になる項目を指差す。

 「こちらの、挙式スタイルのご希望欄は、人前式とキリスト教式の両方に○を付けられていますね」
 「あ、はい、そうなんです。まだ迷ってて…。いまいち違いも分からないし」

 新郎の返事に、真菜は、そうですよねと大きく頷く。

 そして、2つの挙式スタイルについて説明を始めた。

 「違いをひと言で申しますと、神様に愛を誓うのがキリスト教式、列席の皆様に証人となって頂いて愛を誓うのが人前式です。キリスト教式は、チャペルで執り行います。列席の方がお席に着かれたあと、まずは新郎様がお一人で、それから新婦様がお父様とご一緒に入場されます。そのあとは、牧師さんが式を進行します。讃美歌を歌い、ご祈祷、誓いの言葉、指輪の交換、誓いのキス、結婚証明書にサインをして、列席の方の祝福を受けながら退場という流れですね」

 「よくドラマとかで見る感じですよね?」

 新郎が真菜を見て問いかける。

 「そうですね。皆様がイメージされているものは、このキリスト教式が多いと思います。ここフェリシア 横浜は、ガーデンでの人前式も人気があるんですよ」
 「え、ガーデンで?」

 身を乗り出す新郎に、真菜は微笑みながら説明する。

 「はい。フェリシア 横浜では、季節ごとに様々なお花が咲くガーデンがあります。ガーデンの中央に広いスペースがありますので、そこで式を挙げることが出来ます。人前式は特に決まりもないので、自由にお二人らしさを出した式に出来ますよ。お花に囲まれているので、ブーケセレモニーもお勧めです」

 「え、何ですか?その、ブーケセレモニーって」

 興味津々といった様子の新郎に、真菜は、まず中世ヨーロッパから伝わったブーケの由来を話し始める。

 恋人にプロポーズしようとした男性が、彼女のもとへと向かう途中、野に咲く花を1本1本集めて花束にし、プロポーズしながら差し出した。
 花束を受け取った女性は、そこから1輪の花を抜くと、イエスの返事と共に男性の胸元にその花を挿した、というのがブーケとブートニアの始まりだと言われている。

 「へー、なんかロマンチックですね」

 笑顔でそう言った新郎が、知ってた?と隣の新婦に聞くと、彼女はうつむいたまま黙って首を振る。

 新郎は、また真菜に向き直った。

 「それで、それをセレモニーにするんですか?」
 「はい。まず初めに、列席の皆様にお花を1輪ずつお渡ししておきます。そこに新郎様が、1人1人皆様からお花を受け取りながら入場されます。全て受け取ると、それをリボンで結んでブーケにします。その後に入場された新婦様にプロポーズしながらそのブーケを差し出し、新婦様は、プロポーズのお返事と共にブーケの中からブートニアを取って新郎様の胸元に飾る、という流れです」

 新郎は、頷きながら熱心に真菜の言葉に耳を傾けている。

 「列席の方には、あらかじめセレモニーの意味合いを説明しておきますので、ただ式を見届けるだけではなく、自分も参加している、というようなお気持ちで楽しんでいただけると思います。お花を新郎様に渡しながら、おめでとう!お幸せに!など、直接お言葉をかけられたり、アットホームな雰囲気で皆様笑顔になられますよ」
 「いいなー、それ。そもそも俺、キリスト教徒じゃないし、なんかこう、堅苦しくて、緊張して失敗したらどうしようって思って、式のことを考えると気が重かったんですよね。でもこれなら良さそうだなあ」

 にこにこと嬉しそうに話してくる新郎に微笑み返しながら、真菜は新婦の様子が気になっていた。

 (ずっと黙ってうつむいてらっしゃるけど、大丈夫かしら…)

 「では、早速ガーデンとチャペルをご案内致しましょうか?そのあとにドレスもご案内させていただければと思いますが、新婦様いかがでしょう?」
 「え、私ですか?はい、それでいいです」

 新婦は、真菜の問いに小さく答えて頷く。

 「かしこまりました。ではご案内いたしますね」

 真菜が立ち上がると、他の3人も立ち上がり、皆でサロンを出た。

*****

 「うーん…」

 オフィスのデスクで、園田様・上村様のアンケートを見ながら、真菜は思わず腕組みする。

 「どうしたの?何かあった?そのお客様、日程も仮押さえしてもらえたんでしょ?」

 斜め向かいの梓が、パソコンから顔を上げて真菜に聞いてくる。

 「あ、はい。ガーデンでの人前式をご希望で、ご両親や親戚の方から日取りのOKがもらえたら、正式にご成約いただけるそうです」
 「良かったじゃない」
 「そうなんですけど、ちょっと気になってて…」

 すると、久保や周りのスタッフも真菜を見る。

 「なあに?何が気になるの?」
 「はい、新婦様の様子がちょっと、お元気なくて…。新郎様は、終始にこにことお話してくださるんですけど、新婦様はずっとうつむいて、時々小さく頷かれるだけで…」

 なるほど、と梓は椅子にもたれて考え込む。

 「単なるマリッジブルーならまだいいけど、そうでないとしたら…」
 「ないとしたら?」

 心配になって、真菜は梓の方へと身を乗り出す。

 「望まない結婚…とか?」

 えっ!と思わず真菜は絶句する。

 「いやだから、例えばの話よ?もしかしたらってだけだからね」

 梓が慌ててそう付け加えるが、真菜は顔を強張らせていた。

 (望まない結婚…。そう言われればそんな感じもするかも)

 思わず、隣に座って熱心にノートに書き込みをしていた美佳に顔を寄せる。

 「ね、美佳ちゃんはどう感じた?さっきの上村様の様子」

 え?と真菜に顔を向けた美佳は、そうですね、としばらく考えてから口を開く。

 「私が見ていた限りでは、新婦様は、ずっと新郎様の様子を気にされていました。齊藤さんがお話しされている間、新郎様は熱心に頷いていらっしゃって、新婦様はそんな新郎様の横顔をずっと見ていらっしゃいました。おそらく齊藤さんのお話は、ほとんど聞いていらっしゃらなかったかも…」
 「そうだったの?」

 話すことに集中していた真菜は、そこまで新婦の様子は分からなかった。

 「なるほどねえ…」

 梓がまた考え込み、久保もじっと宙を見つめて無言になる。

 真菜も心の中で考えを巡らせた。

 (どういう心境なのかな。上村様は結婚したくないのだとしたら…新郎の園田様が式場を予約するのをやめさせたいとか?)

 しばらくして、何かを思い付いたように、梓が真菜に提案する。

 「ねえ、真菜。あなた、フェイクリングしたら?」
 「は?私がですか?」
 「うん。まあ、もしもの場合もあるかなと思ってさ」
 「ないですよー。梓先輩とは違いますって」

 すると美佳が、あのーと小さく手を挙げる。

 「すみません、フェイクリングって何ですか?」

 ああ、それはね、と久保が口を開く。

 「既婚者に見せかけるために、わざと左手の薬指にはめる指輪のことよ」

 ほら、こんな感じ、と梓が左手を美佳にみせる。

 薬指には、シルバーのシンプルな指輪がはめられていた。

 「え?ご結婚されてるんじゃなかったんですか?」

 驚く美佳に、梓はふふっと笑う。

 「そうなのよー、まだ独身なの。この指輪は勤務中だけはめてるのよ」
 「それは一体、何のために?」

 まだ納得いかない様子の美佳に、久保が説明する。

 「梓は美人だからねー。接客中に新郎様が梓に見とれちゃったりするのよ。で、新婦様がヤキモチ焼いちゃって…。その場でケンカが始まった事も1度や2度じゃなくてね」
 「なるほど!結婚していると思わせられれば、あらぬヤキモチを焼かれる事もなくなるって訳ですね」
 「そういう事。この業界では、結構フェイクリングしてる人多いわよ。女性だけでなく、男性のプランナーでもね」

 へえーと、美佳はしきりに感心している。

 「だからさ、真菜もそろそろはめたら?」

 真菜は、ブンブンと梓に首を振る。

 「そんな必要ありませんって!私は梓先輩みたいに、モテたりしませんから。上村様だって、絶対私にヤキモチなんて焼いてません。それに…」

 そこまで言って言葉を止めた真菜に、梓はニヤッと笑う。

 「分かってるって。左手の薬指には、本当に愛する人にもらった指輪しか、はめたくないんでしょ?」
 「え、は、はい、まあ」
 「さすが真菜。今どき古風よねー。ね?美佳ちゃん」

 急に梓に同意を求められて、美佳はあたふたと答える。

 「いえ、その、齊藤さんは純情なんだと思います!」

 真菜は、美佳の言葉にうるっとくる。

 「ありがとうー、美佳ちゃん」

 思わず抱きつくと、久保がやれやれと手を広げた。

 「後輩にフォローしてもらうなんて、真菜ったらもう…」

 他の皆も笑っている。

 「何はともあれ、味方が出来て良かったわね、真菜」
 「はい!」
 「素直に喜んでどうすのよ。あなた美佳ちゃんのトレーナーでしょ?大丈夫なの?」

 呆れる久保に、またもや美佳が援護射撃する。

 「いえ、齊藤さんの接客、とても勉強になりました。新郎様が興味を持たれた人前式について説明されると、どんどん新郎様の表情が明るくなって。私、すごいなーって感心してたんです」
 「えー、そうなの?嬉しい!」

 パッと真菜の表情が明るくなる。

 「まったく…トレーナーが褒められて喜ぶなんてね。普通、逆でしょう?あ、それに美佳ちゃん。真菜のことは齊藤さんって呼ばない方がいいわよ。本部からいつ、役員の齊藤さんがいらっしゃるか分からないからね」
 「あ、はい!分かりました。真菜先輩と呼ばせていただきます」
 「いやーん、先輩だなんてー」

 両手で頬を押さえる真菜に、皆はまたもや呆れて苦笑いした。
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