魔法のいらないシンデレラ 3

葉月 まい

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夢か幻か不審者か?

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その日は、3月にも関わらず朝から妙に寒い日だった。

ホテルのロビーに、レストランのストロベリーフェアのチラシを補充した後、オフィス棟へと戻りながら山下は肩をすくめた。

「うわっ、さぶ!」

足早に庭園を抜けようとして、ふと怪しい動きをする人物が目に留まる。

(なんだ?あの人)

紺色のロングコートのフードを深く被り、大きな木の影から、建物の中を覗き込んでいる。

(あの場所って…)

庭園の一番奥、その人物が窓から中の様子をうかがっているのは、ナーサリーだった。

「…あの野郎!」

中にすみれと蓮がいるのを思い出し、カッと頭に血が上った山下は、不審者に駆け寄ると肩に手を置いて強引に振り向かせた。

「おい!何してる?!」
「ギャー!!」

山下の予想に反し、不審者は高い声で悲鳴を上げると、驚いた反動で地面にひっくり返った。

「…………は?」
「いったーい!!」

顔をしかめながら、地面に寝そべっている不審者とは…

「こ、こ、小雪ちゃん?!」
「え…。あっ!稜さん!」

二人は呆気に取られて瞬きを繰り返す。

「ど、どうして、ここに?」
「あの、それは、私、どうしても、痛っ…」
「あ!ごめん」

山下は、慌てて小雪を抱き起こす。

「ちょっと見せて」
「いったーい!」
「ああ、また足首やっちゃったみたいだな」

そう言うと、小雪を抱きかかえて立ち上がった。

「ちょちょちょっと!稜さん、何を?」
「決まってるだろう。応急手当をして、病院へ行く」
「ええー?!また?」
「そう、また!」

山下は小雪をホテルの救護室に運ぶと、中にいた看護師に手当てを頼み、企画広報課に戻った。

鞄とコートを持つと、隣の席の加藤に声をかける。

「すみません、加藤さん。大事な子がケガしたので、早退させて下さい。あと俺、明日は腹が痛くなる予定なので、休ませて下さい」
「…は?」

しばし目が点になった後、加藤は盛大に笑い始めた。

「あっははは!オッケー。後悔のないようにな!」

山下はもう一度頭を下げると、急いで部屋を出て行った。

救護室に戻り、再び小雪を抱きかかえてタクシーに乗る。

いつぞやの整形外科に行くと、先生は、診察室に入って来た小雪と山下を二度見した。

「おいおい、デジャヴか?幻か?お前達、これお決まりのパターンなのか?」
「いいから、早く診てやってよ」
「はいはい。2度目まして、高岡 小雪さん。24歳…ん?君、今日で25歳か」

カルテを見ながら先生がそう言うと、えっ?!と山下も小雪を見る。

「小雪ちゃん、今日誕生日なの?」
「は、はい…」

小雪は、消え入りそうな声で答える。

「おい、稜。お前、彼女の誕生日を知らなかった上に、またケガさせたのか?」
「いえ!あの、ケガしたのは稜さんのせいではなくて、私が悪いんです。それにまた稜さんにご迷惑をおかけして、本当にもう、私ときたら…」

ふうん…と腕組みをしてから、とにかく診察しようと先生は言う。

「レントゲンも異常なし。ただの捻挫だな。でも君、右足首が弱いみたいだから、少し鍛えた方がいいね。このままだと、捻挫を繰り返しちゃう。おい稜、トレーニングの指導してやれよ」

え、いえ、そんな…と小雪が手を振ると、先生は含み笑いする。

「長期でしっかり教わった方がいいよ。長~く時間かけてね」

そして、お大事にーと、にこやかに見送られた。

クリニックの前からタクシーに乗ると、小雪はそっと隣の山下を見上げる。

山下は何も言わずに、窓の外を眺めているだけだった。

小雪は、何かを言おうと口を開いたが、結局何も言えずにそのまま吸った息を吐き出した。

やがてタクシーが停まると、山下は小雪を支えながら建物のエントランスに入る。

エレベーターで15階まで行くと、少し通路を歩いた部屋の前で立ち止まり、玄関の鍵を開けた。

「さ、入って」
「あ、はい」

小雪は山下の肩を借りながら、恐る恐る足を踏み入れる。

「ここ、稜さんのおうち?」
「ああ。君はもうアパートを引き払ってるだろう?とにかく、ソファに座って」

小雪をソファにゆっくり座らせると、山下はコートを脱いでキッチンへ行く。

温かいココアを入れると、小雪の前のテーブルに置いた。

「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」

ひとくち飲んだ小雪は、美味しい!と山下に笑いかけた。

そんな小雪に少し微笑んだが、山下はすぐまた表情を引き締める。

「あ、あの、稜さん。私…」
「気になって仕方なかったの?すみれちゃんと蓮くんのこと」

小雪は、山下の言葉にこくんと頷く。

「どうしてもひと目会いたくて…。親には、誕生日だから友達と遊びに行くって言って、飛行機に乗って…」
「帰りの飛行機は何時?」
「17時40分、羽田発です」

山下は、腕時計に目を落とす。
時刻は今、16時半になろうとしていた。

「今からご両親に電話して。ケガをしたから、今日は東京に泊まるって。明日、俺が付き添って山口まで送り届ける」

ええっ?!と小雪は、驚きのあまり手に持ったマグカップを落としそうになる。

危ないよ、と言って山下は小雪の手からカップを取り、テーブルに置いた。

「ほら、早く電話して」
「え、で、でも…」
「大丈夫だから」

山下が頷くと、小雪は仕方なくスマートフォンを手にする。

「あ、お母さん?うん、私。え、今?あの、それがね、実は東京に来ていて」

次の瞬間、えー?!東京?という声が、山下にも聞こえてきた。

「うん、そうなの。何も言わずにごめんなさい。どうしても、担当していた子ども達のことが気になって、以前働いてたホテルに行ったの。そしたら、思いがけず転んで捻挫しちゃって、帰りの飛行機にも間に合いそうになくて…。だから、今日は東京に泊まって、明日帰るね。うん、大丈夫。お父さんにも伝えておいてね」

じゃあね、と言って小雪が電話を切ろうとした時だった。

ちょっと貸して、と言って、山下が横から手を伸ばしてきた。

「もしもし、突然申し訳ありません。私、小雪先生が働いていらした、ホテル フォルトゥーナ東京の営業部にいる、山下と申します。小雪先生には、いつも当ホテルのナーサリーに来て頂き、大変お世話になっておりました。今日、偶然ホテルで小雪先生をお見かけし、声をかけた拍子に、転んでケガをさせてしまいました。本当に申し訳ありません。明日、私が責任を持って小雪先生をご自宅まで送り届けます。何卒よろしくお願い致します。それでは、失礼致します」

そしてスマートフォンをタップして通話を終えると、はい、と小雪に返してくる。

「りょ、稜さん、な、なにを…」

小雪が口をパクパクさせていると、山下は、「飛行機、変更可能なチケットなの?」と聞いてくる。

「え、飛行機?あ、はい。確か大丈夫です」
「ふーん、それじゃあ何時がいいかな?」

そう言ってスマートフォンで時刻表を調べる。

「午前中がいいよね。あ、これなら結構空きがある。この便でいい?」

小雪は、見せられた画面を良く確認もせず、うんうんと頷いた。

「じゃあ、君の飛行機もこの便に変更して」
「は、はい」

小雪はいつの間にか他の事を考えるのを忘れて、変更手続きに集中していた。



「このボタンを押したら、自動で乾燥まで出来るから。あ、洗剤はこれね」
「は、はい。ありがとうございます」
「ほんとに一人で大丈夫?」
「ももも、もちろん!へっちゃらですとも!」
「じゃあ、ごゆっくり。くれぐれも足首、気を付けてね」

そう言って山下は、パタンと脱衣所のドアを閉めて出て行った。

ふう…と小雪はひと息つくと、脱いだ服と下着を洗濯機に入れて、教えられたボタンを押す。

動き出したのを確認すると、そっとバスルームに入った。

足を滑らせないように気を付けながら、シャワーで髪と身体を洗い、タオルで髪をまとめる。

大きくてピカピカの浴槽には、たっぷりとお湯が張られていて、小雪は身体を沈めながら、思わず、はあーと声に出してしまう。

(信じられない…。私、今、稜さんちのお風呂に入ってるなんて)

そう思ったとたん、一気に顔が赤くなる。

本当はもっとゆっくり浸かりたかったが、のぼせそうになり、仕方なく上がることにした。

バスタオルで身体を拭いてから洗濯機の表示を見ると、乾燥終了まではまだまだ時間がかかりそうだった。

小雪は、ひとまず下着だけを乾燥させようと、洗濯機から他の服を取り出す。

(明日の朝には乾いてるわね)

洗濯機の上にあったハンガーを拝借して、干させてもらう。

バスタオルを身体に巻いたままドライヤーで髪を乾かし、まだ動いている洗濯機を止めて下着を取り出した。

手で触ってみると、ほぼ乾いている。

小雪は下着を着けると、山下に貸してもらったスウェットを着てリビングに戻った。

(この格好で大丈夫かな…)

ドキドキしながらリビングに入ると、山下の姿はどこにもなかった。

「え?なんで…」

稜さん?と呼んでみても返事はない。

(うそ、稜さんどこに行ったの?私、ここに一人で取り残されたの?)

不安に駆られていると、ガチャッと玄関のドアが開く音がした。

(えっ!もしや、泥棒?どうしよう、怖い…。都会の犯罪って、怖いよー)

どこかに隠れようと後ずさりした時、リビングのドアが開いた。

(い、いや!来ないで!)

悲鳴を上げたくても、恐怖で声が出ない。

小雪が立ち尽くしていると、ドアを開けて入ってきた山下が、お!と小雪に気付いた。

「お風呂、あったまった?足首大丈夫?」
「りょ、稜さん…」

小雪は、足首の痛みも忘れて山下に抱きついた。

「こ、怖かったよー。うわーん!」

ボロボロと涙を溢す小雪に、山下は面食らう。

「え、いったいどうしたの?小雪ちゃん?」
「だって、だって、お風呂から出たら稜さんいなくて、代わりに泥棒が入って来て」
「え?泥棒が入って来たの?いつ?」
「だから今、ガチャッて玄関が開いて、私、怖くて」

山下は、は?とすっとんきょうな声を出す。

「今玄関を開けたのは、俺だよ?泥棒じゃない」
「え、稜さん、泥棒じゃないの?」
「当たり前だろ!しかもここ、俺のうちだよ?」
「ああ、そっか!」

そっかじゃないよ、と山下は脱力した。

「小雪ちゃんさあ、前から思ってたけど、見た目は大人で中身は子どもなの?」
「え、それは、あの有名なアニメのこと?」
「逆だよ!あれは見た目が子どもで…って、違うから!」

山下はため息をつくと、諦めて話題を変えた。

「ちょっと買い物行って来たんだ。そこに座って」

そう言って小雪をダイニングテーブルに座らせると、買い物袋を手に持ったままキッチンへ行く。

何やらカチャカチャと食器の音がした後、
「小雪ちゃーん、ちょっと目つぶってて」
と声をかけてきた。

なんだろうと目を閉じて待っていると、いいよ、と近くで声がして、小雪はそっと目を開けた。

「わあ!ケーキだ!」
「小雪ちゃん、今日誕生日なんでしょ?ごめんね、近くにケーキ屋さんなくて、スーパーにあった小さめのケーキだけど」
「ううん、凄く嬉しい!ありがとう、稜さん!」

こちらを見上げる笑顔の小雪に、ほんとに子どもみたいだな、と山下は、ふっと笑った。



ケーキを食べた後、二人はソファに並んで座ってコーヒーを飲む。

小雪は、故郷に帰ってからの様子を、ポツポツと話し出した。

「実家にいても、ずっと東京での事が頭から離れなくて…。両親を説得して、必ずまた戻るって思ってたのに、すみれちゃん達どうしてるかなって考えて、ボーッとしてばかりで。逆に、やっぱりお前はだめだなって言われちゃって」

そう言ってうつむいた小雪は、でも!と顔を上げる。

「やっぱり戻りたい!今日、すみれちゃん達の姿を見て、抱きしめたくてたまらなくなったの。絶対またナーサリーに戻ってみせる!その為に、両親もしっかり説得する!」

決意のこもった声に、山下も頷いた。

そして次の日。

二人は羽田空港から飛行機で山口に降り立った。
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