魔法のいらないシンデレラ 3

葉月 まい

文字の大きさ
上 下
22 / 28

最後に…

しおりを挟む
山下は、加藤や青木から少しずつ仕事の引き継ぎを受け始めていた。

正式な辞令が下りるまでは、他のメンバーに知らせる訳にはいかないが、皆もなんとなく気付いているようだった。

青木のデスクでパソコンを見ながら書類の説明を受けていると、失礼致しますと言って、赤ちゃんを抱いた瑠璃が入って来た。

「わあ、瑠璃ちゃん!」

皆はワイワイと瑠璃と赤ちゃんを取り囲む。

「元気そうだね、瑠璃ちゃん」
「はい、お陰様で。息子も問題なく大きくなってます」

皆は、抱っこ紐の中の赤ちゃんを覗き込む。

「確か、蓮くんだよね?初めましてー」
「可愛いなー。あ、お目々開いてる」
「おっ、俺のこと見てるぞ」
「違いますよ、俺と目が合ってます」
「ええー、違うぞ。蓮くん、俺を見て!」

グイグイ押し合いながら蓮を覗き込む男性陣を、奈々が制する。

「ほら、蓮くんがびっくりしちゃうじゃないですか。ねえ?蓮くん」

そう言って奈々が蓮に笑顔を向けると、蓮はニコッと笑った。

「あっ、笑ってくれた!可愛いー」

奈々の目から、ハートマークが出そうになっている。

そんな奈々に、青木は顔を真っ赤にして見とれていた。

山下の提案で、瑠璃と蓮を囲んで写真を撮ることになった。

「はーい、みんな笑ってねー」

タイマーでカシャッと写真を撮ると、山下は写りを確認する。 

「お!蓮くん、バッチリカメラ目線だよ。ほら」

そう言って瑠璃に画面を見せる。

「まあ、本当」

そしてふふっと蓮に笑いかける。

そんな瑠璃を見ながら、山下はしみじみとした口調で言う。

「なんだか不思議だなあ。ちょっと前まで瑠璃ちゃんのお腹の中にいたなんて。ここに来て一緒に仕事してたのも、聞こえてたかな?」
「きっと聞いていたと思いますよ。おなかの中にいても、音は聞こえているみたいですから」
「そうなんだ!じゃあ俺の声も覚えてるかなー?りょうお兄ちゃんだよー」

そう言って、小さな手をツンツンと触る。

すると蓮は、山下の差し出した人差し指をギュッと握った。

「わっ!に、握ってくれた!」
「ふふっ、山下さんの声、覚えてたのかしら」

すると、周りにいた青木や若い後輩達も声をかける。

「おい、山下。何をほっぺた赤らめてるんだ?恋する乙女か?」
「そんなに赤ちゃん好きなら、山下さんも早く結婚したらどうですか?いいパパになりそうですよ」

それを聞いて、加藤が後輩の肩に手を置いて言う。

「それがなー、こいつこう見えて、彼女なかなか出来ないんだよ」
「え、そうなんですか?なんか意外ですね」
「だろー?ノリは軽いのに、押しが弱くてさ。照れ屋なのは、企画広報課の課長の伝統芸だな」

そう言ってアハハ!と笑う加藤を、青木が羽交い締めにする。

「おい加藤。いいのか?そんな口きいて。これからも長い付き合いだからな、ネチネチいじってやるぞ?」
「わー、すみません!これからも、尊敬する青木さんについていきますからー」

そのやり取りに皆で笑っていると、ふと瑠璃が山下に声をかける。

「山下さん?ずっとそのままで大丈夫ですか?」
「え?あ、ああ。蓮くん、なかなか指を離してくれなくて」
「ふふふ。赤ちゃんは、たいていいつも手をグーにしているんです。山下さんから離さない限り、ずっと握ったままだと思いますよ」
「そ、そうなのか。じゃあ…」

そっと指を抜くと、山下は、まだ蓮に握られた感触が残る人差し指を眺める。

「おいおい、お前ほんとに純情な乙女みたいだな」
「山下、蓮くんは男の子で年齢差も30歳だぞ?恋の道のりはなかなか厳しい」
「ちょっと!課長も加藤さんも、何を言ってるんですか!」

山下は慌てて否定する。

「ははは!蓮くんに比べたら、まだハードル低いだろ?気になる子がいるなら、ためらってないでアタックしろよ」

そう言って加藤は、山下の肩をポンと叩いた。



「こゆせんせい、ひらがな、これであってる?」
「どれどれ?」

小雪は、すみれが見せているスケッチブックを覗き込む。

可愛い絵の上に『れん』と書いてある。

「合ってるよ!蓮くんのお名前だね。すみれちゃん、少し見ない間に字も上手に書けるようになったんだねー」

小雪が笑いかけると、すみれはニッコリ嬉しそうに笑う。

「かあさまにおしえてもらったの」
「そうなのね、良かったわねー」

うん!と頷いた後、すみれは入り口の方を見て、あ!と声を上げた。

「りょうおにいさん!」

えっ?と小雪も振り返る。

チリンと鈴の音がして、山下が扉を開けて入って来た。

「こんにちは。今、大丈夫かな?」
「あ、はい」

小雪が戸惑いながら頷くと、山下はすみれに声をかける。

「すみれちゃん、こんにちは」
「こんにちは」
「なんだかすっかりお姉さんっぽくなったね。そっか、蓮くんのお姉さんになったんだもんね。お兄ちゃんもさっき蓮くんに会ったんだ。蓮くん、可愛いね」
「うん!」

弟を褒められて嬉しそうに頷くすみれは、もう立派なお姉さんの顔だった。

山下はもう一度すみれに笑いかけてから、小雪に向き直った。

「悪いんだけどこれ、あとで瑠璃ちゃんがお迎えに来た時に渡してもらえるかな?」

そう言って、色紙と小さな花束を小雪に差し出す。

「さっき、瑠璃ちゃんが蓮くんを連れて企画広報課に顔出してくれてさ。みんなで写真を撮ったんだ」

見せてくれた色紙には、笑顔で写っている集合写真と、その周りに書き込まれたたくさんのメッセージ。

瑠璃ちゃん、おめでとう!など、カラフルに書かれていた。

「そうなんですね、分かりました。必ずお渡しします」
「ありがとう。あっ!俺、このまま持って来ちゃった」

小雪は、ちょっと待ってて下さいと言ってカウンターの裏に行くと、小さめの手提げ袋を持って来た。

「これに入りますか?」

中に手を入れて底を広げると、山下から色紙を受け取って手提げ袋に入れてみる。

その横に花束も入れると、持ち手を持ってみた。

「良さそうですね」
「ああ。ごめんね、ありがとう」
「いえ」

しばらく、妙な空気が二人の間に流れる。

「あ、えっと。企画広報課の皆さんって、瑠璃さんのことを、瑠璃ちゃんって呼んでらっしゃるんですか?」

小雪が、色紙のメッセージを思い出して聞いてみた。

「え?ああ、うん。瑠璃ちゃんが入社してきた時は、まだ総支配人と結婚してなかったしね。同期入社の奈々ちゃんと一緒に、瑠璃ちゃん奈々ちゃんって呼ばれてて…」
「そうだったんですね。私、また思い込んで、稜さんのこと誤解してました」

すみませんでした、と小雪は頭を下げる。

「は?何の事?」

山下が首をかしげるが、小雪は答えない。

「とにかく謝らせて下さい。重ね重ね、稜さんには申し訳ない事ばかり…」

下を向いたままの小雪を見ているうちに、山下はふと思いつく。

「もしかして、ヘラヘラ星人のこと?」

すると、小雪はビクッとして顔を上げた。

「ど、どうしてそれを…」
「いや、なんか、お酒飲んだ時に君が言ってて…。すみれちゃんの為にも、ヘラヘラ星人を追い払う、とか」

小雪は、真っ赤な頬を両手で押さえて絶句している。

「もしかして、俺のことなの?そのヘラヘラ星人っていうのは」
「まままま、まさか!そんな、そ、そんなこと、あるんです…けど」

消え入りそうな声で言いながら、身を縮める。

「あの、ご、ごめんなさい。本当にすみません」
「いやいや、別にいいよ。って言っても、何の事か分からないけどね」

ははっと山下が笑うと、小雪は小声で説明し始める。

「稜さんが、瑠璃さんのことを、瑠璃ちゃんって呼んでらっしゃるから、私、びっくりしてしまって…。総支配人夫人ってことを知らずに、瑠璃さんに言い寄ろうとしてるんじゃないかって、勘違いして…」
「あー、なるほどね。それで、すみれちゃんを悲しませるような事したら許さないって言ってたのか」
「えっ、私がそう言ったんですか?」

うん、まあね、と山下は苦笑いする。

「酔っ払った時、そんな事まで言ってたんですね。本当にもう、恥ずかしいやら情けないやら…。私、稜さんには、ご迷惑ばかりおかけして。あの、最後に何かお詫びをさせて頂けませんか?東京に住んでる間に…」
「いいよ、そんなの」

最後に、という小雪のセリフが、山下の心に突き刺さるようだった。

「本当に気にしなくていいから。じゃあ、瑠璃ちゃんに渡すの、よろしくね」

そう言うと、そそくさとナーサリーを出て行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活

ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。 「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」 そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢! そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。 「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」 しかも相手は名門貴族の旦那様。 「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。 ◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用! ◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化! ◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!? 「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」 そんな中、旦那様から突然の告白―― 「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」 えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!? 「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、 「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。 お互いの本当の気持ちに気づいたとき、 気づけば 最強夫婦 になっていました――! のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!

クリスマスに咲くバラ

篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

処理中です...