魔法のいらないシンデレラ 3

葉月 まい

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酔っ払った小雪

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7月に入ったある日のナーサリー。

15時にすみれを瑠璃に引き渡した後、誰もいなくなった部屋で、小雪は鼻歌交じりに片付けをしていた。

すると、誰かが入り口をコンコンとノックして、小雪は振り返る。

「稜さん!お疲れ様です」
「お疲れ。もう今日は終わり?」
「はい。報告書を入力したら終わりです」

山下は、そっか、と言って小雪に近付くと、クリアファイルを差し出した。

「これ、この間のミーティングの議事録と連絡事項。メールで送られて来たんだけど、君は社員じゃないから見られないでしょ?俺が毎回届ける事になったんだ」
「そうなんですね、ありがとうございます」

受け取った小雪は、綴じられた書類に目を通してみる。

あの時話し合った事が、分かりやすくまとめられていた。

「君の意見も、大きく取り上げられてる。とても貴重だったよ」
「ほんとですか?あんな感じで良かったのかな…」
「うん。俺も、なるほどなーって納得しながら聞いてたよ。凄く参考になった」
「それなら良かったです!会議って、私初めてでしたけど、いやー、なんだか凄かったです。あんな胸キュンな展開になるなんて…」

ははっと山下は、苦笑いする。

「あれは課長がポロッとね。普通の会議では、あんな事は起こらないよ」
「そっか。私、もうトレンディドラマかと思いましたよ。こうやってオフィスラブは生まれるのか!って」
「…小雪ちゃんも、実はちょくちょく言い回し古いよね?」
「えー?そんな事ないですよ。それより、課長さん。あれからどうなったんですか?」

山下は、ちょっともったいぶった後、指で丸を作る。

「上手くいったんですか?!わー、素敵!キュンキュンしちゃう!」
「ははっ、キュンキュンね」
「あ、と言うことは…。稜さんもレベルアップ出来ますね!」
「ん?ああ、昇進ね。そうだね、期待しておこう」

小雪は笑顔で頷いてから、そうそう…と自分の鞄の中を探る。

「私、次回のミーティングまでに用意したい資料があって…。稜さん、見て頂けませんか?」
「いいよ、どれ?」
「まだ途中なんですけど、こんな情報、役に立ちますかね?」

山下は、小雪から受け取ったホチキス止めの紙をめくってみる。

「へえー、なるほど」

そして、ふと腕時計に目を落とす。

小雪は、あっと声を洩らした。  

「すみません!稜さん、まだお仕事中でしたよね?」
「うん。でもこれ、じっくり見てみたいから、定時で上がった後もう一度見せてもらってもいい?小雪ちゃんは、もう帰っちゃうの?」
「いえ、なんだかんだやる事はたくさんあるので、5時までここにいます」
「そう?そしたら俺、後でもう一度来るよ。待っててくれる?」
「はい!よろしくお願いします」

山下は、じゃあ後で、と手を挙げて出て行った。



「それで、これがうちの会社で対応している保育サービスです。夜間シッターや習い事への送迎、それから場所によっては病児保育も可能です」
「病児保育?風邪とか、熱があっても預かってもらえるってこと?」
「ええ。例えばこの小児科クリニックに併設されたお部屋がそうです。まずクリニックを受診して、医師が託児可能と判断すれば、隣の託児室で保育士と看護師が預かります。インフルエンザの回復期にも対応出来るように、隔離室もあるんです」
「へえー、それはいいね!子どもってすぐ熱を出すし、その度に親が会社を休まないといけないのは大変だもんね」

仕事上がりでナーサリーに立ち寄り、山下は小雪を行きつけの居酒屋に連れて来ていた。

大学生の頃は、部活帰りにここで美味しい唐揚げやおでんをドンと大皿で出してもらい、皆でたらふく食べたものだった。

山下は小雪にメニューを見せながら、ふとある事が気になり確かめる。

「小雪ちゃん、20歳超えてるよね?」
「え?もちろんですよ」
「良かった。未成年だったらどうしようかと思ったよ。じゃあ、取り敢えずビールでいい?」
「はい」

二人はまず、お疲れ様と乾杯する。

「はー、ビールなんて久しぶり!」

小雪が、美味しそうにビールを飲んでからそう言うと、山下は、そうなの?と聞いた。

「保育士って、飲み会とかほぼないんですよ。特に私、今は派遣保育士だし。だから、こういうお店も久しぶりで。今日はたくさん飲んじゃいそう」

ふふっと笑ってから、酔っ払う前にお話しちゃいますね、と、資料をもう一度見せてくれていた。

「どうでしょう?こういう情報もお役に立ちますか?」
「うん。みんなも知りたがるんじゃないかな?」
「ほんとですか?!じゃあ、私、資料ちゃんと作りますね。あと、子育てしやすい街もいくつか心当たりがあって…。ここ、千葉県寄りの住宅街を広範囲に整備して、ファミリー向けの建て売り住宅が一斉に売り出されたんです。区が補助していて、住みやすい街を掲げているので、公園はもちろん、教育機関やスーパー、病院も、すべて徒歩圏内にあるんです」
「へえー、いいね!資料ってある?」
「ホームページからプリントアウトしたものならあります」
「どれどれ?」

テーブルにたくさんの書類を広げ、二人が顔を寄せ合いながら覗き込んでいた時だった。

「おお?誰かと思ったら、稜じゃねえか」
「え、稜?」
「ほんとだ!久しぶりだな、おい」

ガヤガヤと賑やかな声がして、二人のテーブルをスーツ姿の三人の男性が取り囲んだ。

「うわ、お前達も来てたのか」

山下は、懐かしそうに三人を見渡す。

「しょっちゅう来てるよ。この店はな」
「俺もたまに来るよ」
「そうだったのか?じゃあ、今度から稜にも声かけるよ」

笑顔で盛り上がった男性陣は、やがてふと小雪に目を留める。

「おっ?こりゃまた若い女の子だな。稜、お前こんなお嬢さんに、なに悪さしてんだ?」
「してねーよ!職場の同僚。仕事の話をしてたの」
「ええ?!お嬢さん、高校生じゃないの?」

小雪は慌てて手を振る。

「いえ、まさかそんな!私、24歳です」
「ほえー、見えないね」
「稜の同僚ってことは、ホテルで働いてるの?」
「あ、ホテルの社員ではなくて、派遣で来ている保育士なんです」
「あー、保育士さん!だからそんなに可愛らしい雰囲気なのか」

小雪に近寄って質問攻めにする三人を、山下は手で追い払う。

「ほらほら、体育会系のおっさん達が近寄ったらびっくりするだろ?ごめんな、小雪ちゃん。こいつら、大学の時の部活仲間なんだ」
「いえ、大丈夫です。そうだったんですね」

すると三人は、ますます詰め寄ってくる。

「小雪ちゃん?可愛い名前だねー」
「ね、ここで会ったも何かの縁ってことで、俺達も同席していい?」

山下は、両手で押しやる。

「だーめーだ!お前ら、圧力凄いんだよ。おっさんの圧」
「なんだよー、稜だって同い年だろうがよ?小雪ちゃん、こいつ30だよ?ほんとにいいの?俺にしときなよー」
「バーカ、お前も30だろうがよ」

ガハハと笑いながら、三人はいつの間にか隣のテーブルに座り、ビールや料理を注文し始めた。

「小雪ちゃん、ここのつくね串、めっちゃうまいよ。食べてみな?」
「そうだ、稜の若い頃のバカ話聞きたい?こいつさー、試合で勝ったのが嬉しくて、ここで酔っ払ってさ。勢いで近くの綺麗なお姉さん達のテーブルに行って…」
「わー、バカ!それ以上言うな!」

山下は、なんとか三人を追い払おうとするが、小雪は楽しそうに話を聞いている。

そのうちに小雪もお酒が進み、気が付くと酔っ払っていた。

「やっぱりみなさんも、ヘラヘラ星からやって来たんですねー。ヘラヘラ星人がいっぱーい!」
「アハハ!何それ、小雪ちゃん」
「だめですよ!ヘラヘラ星人だからって、すぐ女の子に言い寄ったりしたら。すみれちゃんを悲しませたりしたら、私が許さないんだから!うんと懲らしめてやるー」
「えー、小雪ちゃんに懲らしめられるならいいよ」
「私、こう見えて怒ると怖いんだからね!先生、プンプン怒っちゃうよ!」
「怒られたーい、小雪せんせーい」

すると、それまで黙って聞いていた山下が、ガタッと立ち上がった。

「そこまでだ。小雪、帰るぞ」
「おお?なんだ、稜。やっぱりお前の彼女だったのか?」
「なんだー、それなら早くそう言えよ」
「そうだよ。悪かったな、大事な彼女酔っ払わせちゃって」

山下は、財布から1万円札を2枚取り出してテーブルに置く。

「今度は、俺1人の時に誘ってくれ。じゃあな」
「あいよー。小雪ちゃん、まったねー!」

山下は、足元をふらつかせる小雪を支えながらタクシーを拾った。

「小雪ちゃん、小雪ちゃん?」

身体を揺さぶられ、小雪はうーんと顔をしかめる。

「聞こえる?小雪ちゃん」
「うー。聞こえなーい」
「ほら、目開けて」
「開いてるもん」
「開いてないでしょ!ほら、お水飲んで」

口元に当てられたペットボトルを、小雪はゴクゴクと飲む。

「ふあー、良く寝た」
「良く寝たじゃないよ。ここがどこか分かる?」

小雪はゆっくリ目を開けた。

ぼんやりとした視界に入るのは、見慣れた自分の部屋。

どうやらベッドに腰掛けているらしい。

そして隣を見ると…

「りょ、稜さん?!どうしてここに?」

はあ、と山下はため息をつく。

「どうしてじゃないよ。覚えてないの?」
「えっと、お店でお酒を飲んで…。もしかして私、酔っ払っちゃった?」
「もしかしなくても酔っ払ったの!」

そして山下は、小雪を咎めるような口調になる。

「だめだよ、あんなすぐに男の前で酔っ払ったりしたら。どうやって帰るつもりだったの?」
「え、だって、稜さんいるし」
「そんなにすぐに男を信用したらだめ!それに、俺がここまで連れてきたら、あっさり鍵開けたでしょ?」
「え、そうなの?でも開けないと入れないし…」
「そんなことしたら、男は君の家に簡単に上がり込むよ?どうするの?襲われたりしたら」
「それはだって、稜さんそんな事しないでしょ?」
「なんでそう決めつけるの?君、半分寝ちゃってたんだよ?無防備過ぎる。いい?これからは簡単に男を家に上げたり…え、ちょっ、ちょっと!どうしたの?」

小雪は、ボタボタと涙を溢していた。

「なに?なんで?どうかしたの?!」 

山下は、焦って小雪の顔を覗き込む。

「うわーん!!」

小雪は、まるで子どものように号泣し始めた。

「なんでそんなに怒るの?稜さん、怒る人じゃないでしょ?ヘラヘラ星人だけど、優しいもん!すぐふざけるお調子者だけど、根はいいやつなんだって、お医者様も言ってたもん。腕のいいお医者様がそう言うんだから、間違いないもん!私も最初は、すみれちゃんの為にヘラヘラ星人を追い払おうとしたけど、違ったの。稜さんは、優しくてかっこいいの!だから、だから、怒っちゃ嫌なのー!!」

うわーん!!と小雪は声を上げて泣き続ける。

「わ、分かったから。ごめん、もう怒らないよ。ほら、よしよし」

山下は、とにかく小雪をなだめようと、抱き寄せて頭をなでる。

うっく、うっく…と小雪は、山下の腕の中でしゃくり上げる。

そしていつの間にか、再びスーッと眠り始めた。

「え、ええー?!ちょっと、小雪ちゃん?」

どんなに揺すっても、返事をしない。

身体中の力を抜いて、クタッと山下に寄りかかっている。

「嘘だろー?おい。どうなってんの?」

山下は、諦めたように大きなため息つき、小雪をベッドに横たえた。

タオルケットを掛けると、小雪の耳元に顔を寄せる。

「小雪ちゃーん、鍵、ドアポケットに入れておくからねー」

やれやれと立ち上がり、部屋の明かりを消すと、玄関から出て鍵をかける。

ドアポケットから、じゃあねーと一応声をかけ、ポトッと鍵を入れて階段を下りて行った。
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