魔法のいらないシンデレラ 3

葉月 まい

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リーダーミーティング

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社長のオッケーをもらえ、早速一生は『社員の生活環境整備プロジェクト』を立ち上げた。

まずは、社員のニーズを知る為、生の声を集めようということで、幅広い年代からリーダーを募る。

親の介護をしている、バンケットマネージャーの福原と宿泊部の田口部長、美容室の今井チーフマネージャー。

子育て世帯の、瑠璃。

既婚者の、早瀬や叶恵。

独身30代の青木、加藤、山下。

独身20代、奈々や白石。

他にも何人かに声をかけ、その人達をリーダーとして、他の社員の声を募ってもらう事になった。

そして、ホテルの社員ではないが、保育士の小雪にもアドバイザーとして加わってもらう。

1回目のリーダーミーティングに向け、資料を急ピッチで作っている早瀬に、一生はひとこと詫びる。

「すまないな、早瀬。仕事を増やしてしまって」
「いえ、とんでもない。社員は皆、総支配人のお心遣いに感謝しています。必ずや恩返しをしようと、ますます仕事に精進する心持ちだと思います」

一生は、早瀬の言葉に頷いた。



6月の下旬。

いよいよ1回目のリーダーミーティングが行なわれる事になった。

オフィス棟に足を踏み入れた小雪は、ドキドキしながら辺りを見渡す。

(こ、ここで合ってるかしら?)

会社勤めをした事がない自分が、まさかこんな大事な会議に参加するなんて…

そう思いながら、引き受けてしまったものは仕方ないと気合いを入れ直す。

ナーサリーを出る時、すみれを託した美和に、
「大丈夫よ!いつも通りの小雪先生でね」
と笑顔で送り出され、すみれも、
「こゆせんせい、がんばって!」
と可愛く応援してくれた。

(すみれちゃん、私、頑張るからね!)

顔を上げて廊下を曲がると、先を歩く男性の姿があった。

(あ、あの人!)

知っている人がいた事に小雪はホッとして、思わず声をかける。

「ヘラへ…じゃない、えっと、りょうさん!」

えっ?と山下は驚いたように振り返る。

「ああ、誰かと思ったら君か」

小雪は、タタッと駆け寄った。

「こんにちは。あの、りょうさんも会議に出席されるんですか?」

その時、少し離れた所で立ち止まっていた男性二人が、声をかけてきた。

「おーい、先に行ってるぞ」
「あ、はい」

小雪は、慌てて頭を下げる。

「す、すみません。ご一緒の方がいらしたんですね。もしかして、上司の方ですか?」
「気にする事ないよ。課長と課長補佐だけど、気心知れてるし」
「えっ、か、課長?!それはランクの高い方ですよね?」

山下は、ぶっと吹き出す。

「ははは!そうそう、君の言うカタギの世界のね」
「りょうさんは、どのランクなんですか?」
「ランクね、俺は係長」
「係長?!それもまた、なかなかの強者じゃないですか」
「あはは!いやー、まだまだ経験値も足りないし、このままだとラスボスには立ち向かえないなー」

山下は笑ってそう言ったが、小雪は真剣に頷いている。

「大変ですね、カタギの世界って」
「ククッ、まあね。それより、足の具合はどう?」
「はい。お陰様でもうすっかり…。あ、そうだ!」

小雪は、肩から掛けている鞄をゴソゴソ探って、綺麗にラッピングされた包みを取り出した。

「あの、お礼が遅くなったのですが、せめてものお返しをしたくて…。いつか会えたら渡そうと思って持ち歩いてたんです」

そう言って包みを山下に差し出す。

「え、俺に?いいのに、そんなお返しなんて」
「いえ。とてもお世話になったのに、小さな物で恐縮ですが」
「いや、嬉しいよ。開けてもいい?」
「はい」

山下がそっと包みを開けると、透明なケースに入った、青いストライプ柄のシルクのハンカチが出てきた。

「おお、いい色だね。手触りも良さそう」
「あの時、保冷剤をくるむのに、りょうさんのハンカチを使わせてしまったから…」
「それでこれを?ありがとう!大事に使わせてもらうよ」

ニッコリ笑う山下に、小雪もホッとして微笑んだ。

「ところで、君も会議に出るの?」

二人で肩を並べて廊下を歩き始めると、山下が聞いてくる。

「はい。ホテルの社員ではないのですが、保育士の立場で何か気付いた事があれば、と。だけど私なんか、場違いで、緊張してて…」
「そっか、でも大丈夫だよ。ここのスタッフは、みんないい人ばかりだし」
「そうなんですね。それに、りょうさんもいらしてて良かったです。ちょっとホッとしました」

すると、山下はふと足を止めた。

どうしたのかと見上げると、どうにも困ったように顔を赤らめている。

「あの…どうかしましたか?」
「いや、その…。君、さっきから俺のこと、名前で呼んでるから…」
「え?はい。やっぱりヘラ…じゃなくて、あの、ちゃんとお名前でお呼びしないとって思って」
「そ、それはいいんだけど、なんで名字じゃないの?」
「名字?そう言えばそうですね。すみません、保育士の癖でつい…。でも私、りょうさんの名字知らなくて…」
「あ、そっか。俺も君の名前、こゆき先生ってことしか知らないもんな」

そして二人は改めて名刺を交換する。

「申し遅れました。私、山下という者です」
「あ、こちらこそ。私は高岡と申します」
「高岡さん」
「はい、そうです。山下さん」

妙な空気が流れ、二人は思わず笑い出す。

「なんか、変だな」
「そうですね」
「やっぱりいいよ、稜で」
「そうですか?じゃあ、私も小雪で大丈夫です」
「うん。じゃあ小雪ちゃん、会議始まるから、そろそろ行こう」
「あ、大変!はい、急ぎましょう」

二人は並んで、会議室に足早に向かった。



「それでは、『社員の生活環境整備プロジェクト』第一回リーダーミーティングを始めます。まずは、総支配人よりひとことお願いします」

会議室に集まった面々を前に、司会の早瀬がそう言って一生を促す。

一生は、ぐるっとメンバーを見渡してから口を開いた。

「皆、忙しいところを集まってもらって申し訳ない。せっかく貴重な時間を割いてもらっているのだから、有意義な話し合いの場にしたい。よろしく頼む」
「はい」

皆が返事をすると、一生は手元の資料に目を落として、話を続ける。

「今回、このプロジェクトを立ち上げた理由はただ1つ。君達社員に、気持ち良く仕事を続けてもらうためだ。長く働いてくれていると、プライベートで様々な生活の変化が起こると思う。だが、それによってキャリアを諦めたり退職したりする事は、どうか避けて欲しい。日々の生活に幸せを感じながら、ここでの仕事も楽しんで続けてもらえるよう、会社として出来る事を精一杯援助させてもらいたい。どうか、その為の知恵を皆も出し合ってくれ。一緒に良いプロジェクトにしていこう」
「はい!」

一生の真剣な言葉に、メンバーも頷いて返事をする。

その後、早瀬から簡単な補足があった。

まず、今ここにいるリーダーは、あくまで他の社員の意見を橋渡しする役割であって、その意見を1つにまとめようとする必要はないこと。

リーダーだからと言って、必ずしも社宅となる物件に引っ越す必要はないこと。

幅広い年代からリーダーを募ったが、決してその立場の代表という訳ではないので、それぞれ生活の変化があってももちろん構わないこと。

何か変化がある場合は、リアルな意見も是非聞かせて欲しい、などが説明される。

そしてメンバー同士、簡単に自己紹介をする事になった。

「こういう時は古株から参りましょうか」

美容室の今井チーフマネージャーが、笑顔で立ち上がる。

「えー、私いつもは、地下1階のトータルビューティーサロンに、モグラのように篭っております、今井と申します」

あははと、皆から笑いが起こる。

「認知症の主人の母を自宅で介護しています。私の仕事中は、主人がテレワークで在宅するようにして、日々なんとかこなしているという感じですわ。同年代の仲間が、やはり親の介護が始まって家を空けられなくなり、仕方なく退職していくのを何度も見てきました。その度に私も辛くて…。なので今回のプロジェクト、とても有り難いお話だと思っております。私に出来る事なら何でもやりますわ。よろしくお願い致します」

皆は一斉に拍手した。

続いて立ち上がったのは、バンケットマネージャーの福原だ。

「えー、私はいつも上層階のバンケットルームで、綺麗な景色を見ながら仕事をさせて頂いてます」
「あら!羨ましい。天上人ね」

今井が言うと、皆からまた笑いが起こる。

「私の両親は健在で、田舎で暮らしています。ですが、高齢で車を手放したので、日々の生活に困るようになり、私の妻が週に2回顔を出して、買い物や病院に付き添ってくれています。そろそろこちらに呼び寄せて同居しようと思うのですが、その為には家を改築しなければならず、ちょうど頭を悩ませておりました。そんな訳で、今回のリーダーも是非やらせて頂きたいと名乗りを上げました。微力ながら、精一杯協力させて頂きます」

続いて宿泊部の田口部長が立ち上がる。

「えー、私は普段、ホテルの客室をあちこち駆け回っております。その割にはポッコリお腹がいっこうに引っ込みません」

皆が田口のお腹に注目すると、
「あ、そんなに見つめられると恥ずかしいです」
と、身体をくねらせる。

あはは!と皆の笑い声が上がった。

「私はですね、女房の父親と同居しております。まだまだ元気ですが足が不自由なので、一人で出掛けることが困難でして…。可能であれば、車椅子で出掛けやすい街に、バリアフリーの家を建てようかとも思っておりました。皆さんのお話もとても興味深く、私も是非このプロジェクトに関わらせて頂きたいと意気込んでおります。どうぞよろしくお願いします」

拍手をしながら、やはり介護の問題も大きいのだなと一生は考え込む。

次に、ややためらいながら立ち上がったのは、青木だった。

「あの、企画広報課の青木と申します。その…自己紹介の前に1つ確認させて頂きたい事がありまして」
「ん、なんだ?」

一生が促す。

「はい。その…私は今30代で独身なのですが、このプロジェクトが終わるまでその立場を継続させなくてはいけないのでしょうか?」
「いや、そんな事はない。さっき早瀬が説明した通り、生活の変化があって当然だ。そしてそれに合わせた考え方の変化も、是非率直に聞かせてもらいたい」
「そうなのですね!では、結婚する事になっても構わないでしょうか?」
「ああ、もちろんだ」

すると青木は、パッと顔を輝かせて奈々を振り返った。

「いいんだって!良かったな、奈々!…あ」

青木が、しまったと顔をしかめた時には既に遅く…

その場にいた全員が仰け反る中、奈々はひときわ顔を真っ赤にして固まっていた。

「な、奈々ちゃん、大丈夫?」

隣の席の瑠璃が、肩に手を置いて囁く。

が、奈々はもはや返事も出来ずに息を呑んだままだ。

「ご、ごめん、奈々…」

謝る青木に、ゴホン!と咳払いをしてから、一生が口を開く。

「あー、青木くん。とにかく一旦座りなさい」
「は、はい」
「ところで、2年前から君は部長昇進の話を断っているが、理由は?小山くんと離れたくないからか?」
「えっ、は、まあ、はい」

それを聞いて、加藤と山下は驚く。

「えー?!課長、昇進の話、断ってたんですか?」
「どうりで!なんかおかしいと思ってた。ずっと課長のままなんてって」
「いや、その、それは…すまん」

ますます小さくなる青木に、一生が続ける。

「青木くん、君が昇進しなければ、加藤くんや山下くんも昇進出来ない。次の人事異動では、君を部長に昇進させる。小山くんとは、毎日家で顔を合わせられればいいんじゃないか?但し…」

一生は身を乗り出して青木を見据える。

「女の子にとって、プロポーズは大事な一生の思い出だ。会議室ではなく、きちんとした場で結婚を申し込みなさい」
「は、はい!承知致しました!」

一生は頷くと、小山くん、と奈々に呼びかけた。

「は、はい!」

奈々は驚いて立ち上がる。

「成り行きとはいえ、悪かったね。良かったら今夜、ホテルのフレンチレストランに青木くんと二人で行くといい。私からご馳走させてもらうよ」
「ええ?!いえ、そんな!とんでもないです」
「いや、とにかく1度きちんと話をしてみたらどうかな?もちろんその後、君がどうするのかは君次第だ」
「…はい、分かりました。私もきちんと話をしたいと思います」

奈々が落ち着いた声でそう言うと、一生も頷いてみせた。

「青木くんも、いいね?」
「はい!いつもの不甲斐なさは捨てて、青木 優太、男らしく頑張らせて頂きます!」

皆から拍手が起こる。

「あらあら、なんだか若いお二人の初々しさに、こちらまでお裾分けを頂いた気分ね」

今井が明るい声で言う。

「課長!お願いですから頑張って下さいよ」
「そうですよ。俺らの昇進が掛かってるんですからね?」

加藤と山下が拝むように詰め寄る。

「あ、ああ。分かった」

青木は、真剣な表情で頷いた。
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