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ナーサリー

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「えーっと、今日のご予約は…」

保育士の高岡たかおか小雪こゆきは、予約表を見ながら今日預かるお子様の名前を確認する。

「10時から15時までが、すみれちゃん。17時から19時までが新規スポットで、えっと、優也ゆうやくんね」

ここは、都会の1等地にある高級ホテル フォルトゥーナ東京のナーサリー。
ホテルを利用するお客様のお子様を預かる、託児所である。

ご夫婦でレストランへ、お母様が美容室へ、など、お客様がその時間をゆっくり過ごせるよう、ホテル内にある1室で保育士がお子様を預かるのだ。

事前申し込みの完全予約制で、その時間に合わせて、提携しているベビーシッター会社から保育士が派遣される。

その派遣保育士の1人である小雪は、いつの間にかすっかりこのホテルの担当になっていた。

本来なら、毎日違うお子様を短時間お預かりするため、毎回違う保育士であっても構わない。

だがここ1年ほどは、ホテルの社員のお子様を週に4回預かっており、その子が来る日は保育士も固定した方がいいという事で、自然と小雪が担当するようになった。

「あ!すみれが咲いてる」

予約時間の10時までもうすぐ。
換気のため窓を開けた小雪は、ホテルの庭園に目をやり、そこに咲く数々の花の中にすみれを見つけた。

(ふふっ、あとですみれちゃんとお散歩に行こう)

そう思って目を細めた時、チリンと入り口の扉に付けている鈴が鳴り、もうすぐ3歳になる小さな女の子が母親と手を繋いで入って来た。

「こゆせんせい!おはようございます!」

タタッと可愛い足取りで駆け寄り、小雪にお辞儀をする。

「すみれちゃん、おはようございます!」

小雪は跪いて女の子と目線を合わせると、微笑んでお辞儀をした。

「小雪先生、おはようございます」
瑠璃るりさん、おはようございます」

女の子の母、瑠璃にも笑顔で挨拶する。

「今日もよろしくお願いします」
「はい。今日も安全にお預かりします」

瑠璃が差し出した連絡ノートを受け取ると、小雪は瑠璃のお腹に目をやった。

「また少し大きくなりましたね!体調はいかがですか?」
「ええ、お陰様で順調です。もう7ヶ月に入ったの」
「そうですか!夏が楽しみですね。すみれちゃん、お姉さんになるんですものね」

声を弾ませた小雪は、ふと真顔になって小声で瑠璃に尋ねる。

「すみれちゃん、様子はどうですか?赤ちゃん返りとかは…」
「今のところは、そんな様子はなくて。赤ちゃん、早く来ないかなーって言ってます」
「そうなんですね。それは良かった」

小雪は、ホッと胸をなで下ろす。

「私の方でもすみれちゃんの様子を良く見て、何か気付いた事があればお伝えしますね」

そう言うと、瑠璃はニッコリ微笑んで頷いた。

「ありがとう!よろしくお願いします」

そして娘の前に屈むと、頭をなでながら声をかける。

「じゃあね、すみれ。またあとでね」
「はーい。かあさま、いってらっしゃい!」

笑顔で手を振るすみれと一緒に、小雪も笑顔で瑠璃を見送った。

二人きりになると、改めて小雪はすみれと向かい合う。

「すみれちゃん、今日もよろしくお願いします。じゃあ、靴を脱いで荷物を棚にしまいましょうか」
「はい!」

すみれは元気良く返事をしてから、靴を脱いで靴箱に入れ、絨毯に上がると背負っていたリュックをいつもの棚にしまった。

「はい、良く出来ました!次は何をするのかな?」
「うがい、てあらい!そのあとは、シール!」
「うふふ、そうね。今日は何のシールがいいかなー?」

すっかりいつもの手順を覚えたすみれは、うがいと手洗いを済ませると、小さな丸いテーブルの前に正座する。

小雪は、すみれの名前が書かれた、可愛いイラストの出席ノートを置いた。

「すみれちゃん。今日は、5月10日です」

そう言って、カレンダーのページを開く。

これが5で、これが10…と指を差してみせると、すみれは真剣な表情で頷く。

そして、たくさんあるシールの中からちょうちょの形のものを選ぶと、小さな手で上手に、小雪が指を置いている日付けの欄にペタッと貼った。

「良く出来ました!」

小雪が褒めると、すみれは嬉しそうにニッコリ笑いかけてくる。

(なんて可愛いの!)

栗色の髪をふわりと肩で揺らし、ぱっちりした目でキラキラと小雪に笑顔を向けてくれる。

小雪はただただ、そんなすみれと過ごす時間が楽しくて仕方なかった。
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