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トータルビューティーサロン
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都会の真ん中に位置する、ホテル フォルトゥーナ東京。
高級感溢れる最高ランクのホテルのロビーは、今日も多くのゲストで賑わっていた。
総支配人付きの秘書、早瀬は、さり気なくロビーのあちこちに目を向けてトラブルがないかをうかがったあと、地下へ繋がる階段を下りた。
時刻は19時を過ぎたところ。
営業時間が終わっていることを腕時計で確認してから、地下1階の『トータルビューティーサロン』の扉を開けた。
中では、多くのスタッフが閉店作業に追われている。
ここは、ヘアカットやカラー、パーマはもちろん、メイクアップ、ヘアセット、着物の着付けやネイルサロンも兼ねていることから、とてもスペースが広い。
この店内から一人のスタッフを見つけ出すのは困難だと、早瀬はカウンターで日報を打ち込んでいるチーフマネージャーに声をかけた。
「今井チーフ、お疲れ様です」
ふと顔を上げた50代のチーフマネージャーは、早瀬を見てにっこりと笑った。
「早瀬さん、お疲れ様です」
「今日はどんな様子でしたか?こちらはいつもお忙しそうですが」
「ええ、お陰様で。宿泊のお客様だけではなく、通いでお越しくださる方も多くなりました」
「そうですか。スタッフの人数は大丈夫ですか?そんなに盛況だと、人員不足では?」
「今のところは大丈夫ですわ。杉下達若いスタッフが、お若いお客様やプライダルの花嫁様の対応をしてくれています。ご年配のお得意様には、私達古株が…ね」
そう言って、フフフと笑う。
「古株だなんて、そんな。ベテランさんですよ。フォルトゥーナになくてはならない存在です」
「ありがとう!でもね、やはり最近の流行とか、お若い方のお話にはついていけなのよ。だからそこは若手に任せて、適材適所に上手くやってますわ」
早瀬は頷く。
「とても良いと思います。ところで、杉下さんは?」
「ああ、彼女にご用だったのね。今、ブライダルコーナーで、近々挙式予定の花嫁様のヘアメイクリハーサルをしているの。そろそろ帰って来てもいい頃なんだけど…」
その時、ただ今戻りましたー!という明るい声とともに扉が開き、杉下 叶恵がメイクボックスを持って入って来た。
「あ、叶恵ちゃん!お疲れ様。ちょうど良かったわ。早瀬さんがお探しだったの」
叶恵は、今井チーフの言葉を聞いて、その隣の早瀬ににっこり微笑む。
「早瀬さん!お疲れ様です。何かご用ですか?」
「ああ、お疲れ様。これを君に渡しに来たんだ。総支配人ご夫妻が招待されているパーティーの予定なんだけど…」
そう言って手にしたファイルからスケジュール表を取り出し、叶恵に見せる。
「今のところ、7月はこの4つの予定。1つは総支配人のみ、あとの3つは瑠璃さんも同伴だから、ヘアメイクも頼みたいんだけど、どうかな?」
叶恵は、うーん…と言いながら、自身のスケジュール帳と照らし合わせて確認し始めた。
総支配人の一生がパーティー用にあつらえたフォーマルウェアは、全てこのサロンで保管されており、パーティーの度に叶恵が選んでくれる。
彼女は、入社5年目の24歳とまだまだ若手だが、センスがとても良い。
ドレスコードや会場の雰囲気などに合わせ、小物や靴までトータルコーディネートしてくれるのだが、装いだけでこうも印象が変わるものかと、早瀬は常々彼女の見立てに感心していた。
一生が瑠璃と結婚してからは、二人分の衣装を選び、瑠璃にヘアメイクを施す。
叶恵の手にかかれば、もともと美男美女の一生と瑠璃がより華やかさを増し、このホテルの格もグンと上がる気がしていた。
「どれも夜のパーティーですよね?出発は19時くらいですか?」
スケジュール帳から顔を上げて叶恵がたずねる。
「ああ。ヘアメイクは瑠璃さんの仕事上がりで始めてもらって、2時間弱ってところかな?」
「分かりました!どの日も大丈夫です。じゃあ17時に総支配人室に伺いますね」
笑顔で答える叶恵に、早瀬はホッとして頷く。
「ありがとう、助かるよ。こちらの仕事もあるのに申し訳ない」
すると、隣で話を聞いていた今井が口を開く。
「叶恵ちゃんには、瑠璃様の方を優先してもらうようにシフト調整します。なんたって、総支配人夫人専属のヘアメイクさんですからね」
「ええー?!チーフ。私、そんな大それたお役目、務まりませんよ」
その言葉に早瀬は、いや、と首を振る。
「瑠璃さんは君のヘアメイクをとても気に入っているようだよ。他の人に…なんて話は1度もない。いつも君が来てくれるのを期待しているみたいだ」
「ほんとですか?嬉しい!」
両手を頬に当てて、叶恵は目を細める。
「私も瑠璃さんのヘアメイク、とっても楽しみなんです!ものすごくお綺麗なんだもの。毎回、今日はどんな髪型でどんなドレスにしようかってワクワクして…」
そこまで言ってから、ああ…でも、と下を向く。
「和装は、まだまだ勉強不足なんですよね。お着物の着付けと日本髪に結うのだけは、もっと練習しないと。今のままだと瑠璃さんにガッカリされちゃう…」
「じゃあ、私がみっちり特訓してあげる!」
今井が右手でガッツポーズを作ると、叶恵は、パッと笑顔になった。
「ほんとですか?チーフ。やったー!よろしくお願いします!」
勢いよく頭を下げる叶恵を見て、早瀬も顔をほころばせた。
高級感溢れる最高ランクのホテルのロビーは、今日も多くのゲストで賑わっていた。
総支配人付きの秘書、早瀬は、さり気なくロビーのあちこちに目を向けてトラブルがないかをうかがったあと、地下へ繋がる階段を下りた。
時刻は19時を過ぎたところ。
営業時間が終わっていることを腕時計で確認してから、地下1階の『トータルビューティーサロン』の扉を開けた。
中では、多くのスタッフが閉店作業に追われている。
ここは、ヘアカットやカラー、パーマはもちろん、メイクアップ、ヘアセット、着物の着付けやネイルサロンも兼ねていることから、とてもスペースが広い。
この店内から一人のスタッフを見つけ出すのは困難だと、早瀬はカウンターで日報を打ち込んでいるチーフマネージャーに声をかけた。
「今井チーフ、お疲れ様です」
ふと顔を上げた50代のチーフマネージャーは、早瀬を見てにっこりと笑った。
「早瀬さん、お疲れ様です」
「今日はどんな様子でしたか?こちらはいつもお忙しそうですが」
「ええ、お陰様で。宿泊のお客様だけではなく、通いでお越しくださる方も多くなりました」
「そうですか。スタッフの人数は大丈夫ですか?そんなに盛況だと、人員不足では?」
「今のところは大丈夫ですわ。杉下達若いスタッフが、お若いお客様やプライダルの花嫁様の対応をしてくれています。ご年配のお得意様には、私達古株が…ね」
そう言って、フフフと笑う。
「古株だなんて、そんな。ベテランさんですよ。フォルトゥーナになくてはならない存在です」
「ありがとう!でもね、やはり最近の流行とか、お若い方のお話にはついていけなのよ。だからそこは若手に任せて、適材適所に上手くやってますわ」
早瀬は頷く。
「とても良いと思います。ところで、杉下さんは?」
「ああ、彼女にご用だったのね。今、ブライダルコーナーで、近々挙式予定の花嫁様のヘアメイクリハーサルをしているの。そろそろ帰って来てもいい頃なんだけど…」
その時、ただ今戻りましたー!という明るい声とともに扉が開き、杉下 叶恵がメイクボックスを持って入って来た。
「あ、叶恵ちゃん!お疲れ様。ちょうど良かったわ。早瀬さんがお探しだったの」
叶恵は、今井チーフの言葉を聞いて、その隣の早瀬ににっこり微笑む。
「早瀬さん!お疲れ様です。何かご用ですか?」
「ああ、お疲れ様。これを君に渡しに来たんだ。総支配人ご夫妻が招待されているパーティーの予定なんだけど…」
そう言って手にしたファイルからスケジュール表を取り出し、叶恵に見せる。
「今のところ、7月はこの4つの予定。1つは総支配人のみ、あとの3つは瑠璃さんも同伴だから、ヘアメイクも頼みたいんだけど、どうかな?」
叶恵は、うーん…と言いながら、自身のスケジュール帳と照らし合わせて確認し始めた。
総支配人の一生がパーティー用にあつらえたフォーマルウェアは、全てこのサロンで保管されており、パーティーの度に叶恵が選んでくれる。
彼女は、入社5年目の24歳とまだまだ若手だが、センスがとても良い。
ドレスコードや会場の雰囲気などに合わせ、小物や靴までトータルコーディネートしてくれるのだが、装いだけでこうも印象が変わるものかと、早瀬は常々彼女の見立てに感心していた。
一生が瑠璃と結婚してからは、二人分の衣装を選び、瑠璃にヘアメイクを施す。
叶恵の手にかかれば、もともと美男美女の一生と瑠璃がより華やかさを増し、このホテルの格もグンと上がる気がしていた。
「どれも夜のパーティーですよね?出発は19時くらいですか?」
スケジュール帳から顔を上げて叶恵がたずねる。
「ああ。ヘアメイクは瑠璃さんの仕事上がりで始めてもらって、2時間弱ってところかな?」
「分かりました!どの日も大丈夫です。じゃあ17時に総支配人室に伺いますね」
笑顔で答える叶恵に、早瀬はホッとして頷く。
「ありがとう、助かるよ。こちらの仕事もあるのに申し訳ない」
すると、隣で話を聞いていた今井が口を開く。
「叶恵ちゃんには、瑠璃様の方を優先してもらうようにシフト調整します。なんたって、総支配人夫人専属のヘアメイクさんですからね」
「ええー?!チーフ。私、そんな大それたお役目、務まりませんよ」
その言葉に早瀬は、いや、と首を振る。
「瑠璃さんは君のヘアメイクをとても気に入っているようだよ。他の人に…なんて話は1度もない。いつも君が来てくれるのを期待しているみたいだ」
「ほんとですか?嬉しい!」
両手を頬に当てて、叶恵は目を細める。
「私も瑠璃さんのヘアメイク、とっても楽しみなんです!ものすごくお綺麗なんだもの。毎回、今日はどんな髪型でどんなドレスにしようかってワクワクして…」
そこまで言ってから、ああ…でも、と下を向く。
「和装は、まだまだ勉強不足なんですよね。お着物の着付けと日本髪に結うのだけは、もっと練習しないと。今のままだと瑠璃さんにガッカリされちゃう…」
「じゃあ、私がみっちり特訓してあげる!」
今井が右手でガッツポーズを作ると、叶恵は、パッと笑顔になった。
「ほんとですか?チーフ。やったー!よろしくお願いします!」
勢いよく頭を下げる叶恵を見て、早瀬も顔をほころばせた。
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