Good day ! 3

葉月 まい

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母の強さ

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「翼、舞、お誕生日おめでとう!」

11月5日、二人は無事に1歳の誕生日を迎えた。

これまで大きな病気やケガもなく、すくすくと大きくなってくれた事に、恵真と大和は改めて感謝する。

卵や牛乳を使わないカップケーキを作り、フルーツで飾ってロウソクを1本立てる。

恵真と大和がハッピーバースデーの歌を歌い、代わりにロウソクを吹き消して拍手すると、二人も真似をしてぱちぱちと手を叩いた。

「もう1歳か。早いなあ」
「本当に。二人ともつかまり立ちや伝い歩きもするから、もうすぐ歩き始めるかも」
「そうか。手を繋いで散歩に行ける日も近いな」
「ええ。でも走り出したら、追いかけるのも大変になりますね」
「そうだな。俺もいいトレーニングになりそうだ」

最近は、翼と舞を両手に抱っこする事も多くなり、大和は恵真と、まるで筋トレだな、と笑い合っていた。

ソファの前に置いていたローテーブルも、頭を打っては危険なので、別の部屋に撤去していた。

熱いコーヒーを飲む時は、双子の手が届かないようにダイニングテーブルの真ん中に置く。
玄関やダイニング、キッチンなどあちこちにアルコール消毒液を置き、帰宅したらすぐ手を消毒、そして双子が触れる物もこまめに拭いた。

キッチンにベビーゲートを付けたり、低い位置に物を置かない、など、双子の成長に合わせて少しずつ部屋の中の配置も変えていた。

「恵真、昨日部長から聞かれたんだけどね」

美味しそうにバナナを頬張る双子の写真を撮っている恵真に、大和がふいに話し出した。

「恵真の復帰、いつになりそうか?って。子どもの1歳の誕生日を機に復帰する人も多いから、恵真もそろそろなのか?って言ってた」

思いがけない話に、恵真は驚く。

「復帰…ですか?私、まだ考えてもなくて」
「俺としては、いつでもいいよ。恵真の復帰訓練に合わせて、またシフトを調整してもらうから」

うーん…と、恵真は双子に目をやる。

「私、今はまだこの子達のそばにいたいです。いつまで、とは決められないですけど、少なくともまだもう少しは」
「そう、分かった。恵真の好きな時期で構わないからね」
「はい、ありがとうございます」

パイロットとしては、少しでも早く復帰してブランクを短くした方がいい。

分かってはいるが、恵真はどうしてもまだ双子のそばにいて、成長を見守りたかった。



双子の誕生日が過ぎてしばらく経った頃。

大和がフランスへのフライトで不在中の、2日目の事だった。

「おはよう、舞。お腹空いた?」

朝6時に起きた舞に母乳をあげていると、恵真は異変を感じる。

(舞、口の中が熱い…)

ハッとしておでこに触れると、やはりいつもより熱かった。

恵真は急いで体温計で測る。

「嘘、39度もある…」

思わず呆然としてしまい、我に返ると今度は焦り出す。

「どうしよう…。えっと、とにかく病院に。待って、まだ朝早すぎる。あ、翼は?どうしたら…」

落ち着け、と自分に言い聞かせて深呼吸すると、まずは舞の様子をじっくりうかがう。

顔は赤く、呼吸も速いが、母乳はしっかり飲んでいる。

(今すぐ救急で診てもらわなきゃって感じじゃないわね。それなら、いつも予防接種でお世話になってるサン・ハート クリニックに行こう。朝7時になったらオンラインで予約出来るから、すぐに予約を入れて…)

舞は母乳を飲み終わると、また布団に横になる。

「舞、しんどいね。病院に行こうね」

舞の様子を気にかけながら、恵真は起きてきた翼に離乳食を食べさせた。

舞にも、ベビー用のイオン水を飲ませる。

7時になるとすぐに予約システムにアクセスして、1番早い8時半の予約を入れた。

バタバタと急いで身支度を整えると、舞の母子手帳や診察券などの荷物をまとめる。

「うーん、少し早いけど行こう!」

8時になると、恵真は二人を車に乗せてクリニックに向かった。

10分程で着き、さすがに早すぎるかなと思いながら、ベビーカーに二人を乗せてクリニックの玄関に向かうと、準備をしていた看護師が気づいてドアを開けてくれる。

「あら、佐倉さんの双子ちゃん。どうしたの?」
「あ、はい。妹が、39度の熱を出して…。8時半に予約を入れたんですが、まだ早いですよね?」
「分かったわ。とにかく入って」
「はい」

待合室に入ると、事務の人があれこれと手伝ってくれ、恵真は助けてくれる人がいる事にホッとして涙が出そうになる。

「佐倉さん、先生がもう診察室に入っていいって」
「あ、はい!ありがとうございます」

先程の看護師が声をかけてくれ、恵真は舞を抱いて診察室に入る。
翼は、事務の人が隣で抱っこしてくれていた。

「おー、舞ちゃんに翼くん。おはよう!舞ちゃん、お熱が出ちゃったのかな?」

優しい萩原先生が、にこにこしながら話しかける。

「お母さん、様子を教えてもらえる?」
「はい。今朝、6時に母乳を飲ませていたら、口の中が熱いのに気づいて熱を測りました。その時に39度ちょうどでした。母乳はいつも通り飲みましたが、そのあとしんどそうに布団に横になっていました。呼吸も速かったです。7時前にイオン水を少し飲みました」
「なるほど」

先生は、カタカタとカルテに入力しながら頷く。

「舞ちゃん、ちょっとお熱測らせてね」

看護師が体温計で測り、38度8分ですと先生に伝える。

「お母さん、ゆうべ寝る前は普通だった?」
「はい、何も変わった事はありませんでした」
「分かりました。舞ちゃーん、ちょっと『もしもし』させてね」

先生は聴診器を当ててから、今度はアーンしてね、と舞に笑いかける。

「舞、アーン出来る?」

恵真が横から顔を覗き込むと、舞は真似をして先生に口を開けてみせた。

「お、上手だなー、舞ちゃん」

すると何を思ったのか、隣で見ていた翼も、アーンと口を開ける。

「え?翼はいいのよ?」
「あはは!翼くんも上手だな。どれどれ?うん、翼くんは元気だ」

先生は翼の頭をなでてから、恵真に話し出す。

「お母さん。舞ちゃんは今のところ、単なる風邪の症状です。熱も、子どもなら40度になるのも珍しい事ではありません。のどが少し赤いけど、母乳やイオン水も飲めているなら大丈夫でしょう。お薬を出しておきますが、とにかくゆっくり寝かせてあげてください。おでこだけでなく、脇の下を冷やしてみてもいいですよ」
「はい、分かりました」
「意識もはっきりしているし、目もしっかり合うから、心配し過ぎずこのままおうちで様子を見てください。もし、ぐったりして反応しなかったり、目がうつろになったり、水分も取れず、おむつも濡れなくなったら、いつでも電話してきてください。夜中でも大丈夫ですよ。何か気になる事があったら、すぐに連絡くださいね」
「はい、ありがとうございます」

恵真は深々と頭を下げる。

「じゃあね、舞ちゃん。お大事に。翼くんも、またね。バイバイ!」

先生が手を振ると、舞も翼も手を振り返した。

「おー、バイバイ上手だな。お母さん、お子さん初めての熱なのに、よく冷静に一人で二人連れて来たね。お母さんも倒れないように、舞ちゃんと一緒にしっかり横になってね」
「はい。本当にありがとうございました」

先生の気遣いが嬉しく、恵真は思わず涙ぐむ。

会計を済ませると、隣の薬局で代わりに手続きしてくれた事務の人が、薬を渡して説明してくれる。

そして車まで翼を抱っこして連れて来てくれた。

「じゃあね、舞ちゃん、翼くん。お大事にね」
「ありがとうございました」

恵真は何度も頭を下げてから、マンションへと帰って来た。

「舞、お薬飲んだら寝ようね」

甘いシロップの薬を飲ませると、恵真は舞を布団に寝かせる。

トントンと添い寝して寝かしつけると、舞はすーっと眠りに落ちた。

「良かった…。このままゆっくり寝て、早く熱が下がりますように」

恵真は舞の頭をなでてから、翼を抱いてソファの前に座った。

「翼、しばらくここで遊ぼうね」

一緒に積み木やミニカーで遊びながら、舞の様子を気にかける。

ぐっすり寝入った舞は、スヤスヤと呼吸も安定しているし、汗もかいている。

(うん、大丈夫そう)

少しホッとして、恵真は翼に離乳食を食べさせた。

(えーっと、舞はしばらく食欲もないだろうから、赤ちゃんゼリーとかかな)

食べやすそうな物をネットスーパーで注文する。

離乳食のあと翼に母乳をあげると、眠そうに目をこすり始め、少しあやすとコテンと眠ってくれた。

舞から少し離して翼を寝かせ、恵真は舞の様子をうかがう。

(あれ?また熱が上がったみたい…)

ウイルスと戦っている証拠だ、と自分に言い聞かせてみるものの、やはり心配になる。

ふいに、熱性けいれん、突発性発疹といった言葉が頭をよぎった。

恵真は落ち着いて自分に言い聞かせる。

(大丈夫。何かあったら、萩原先生に電話すればいいんだから)

それに萩原先生は、双子を妊娠してすぐ、マリア・ハート クリニックでお世話になった優しい萩原先生の旦那様だ。

双子が産まれて間もない頃から、何度も予防接種や健診でお世話になっている。

奥様の萩原先生も覗きに来てくれ、いつも翼と舞を気にかけてくれていた。

(ネットであれこれ検索するより、萩原先生の言葉を信じよう)

恵真は自分に頷くと、舞の頭を優しくなでた。

「舞、大丈夫よ。必ず守るからね」

そうだ、必ず守るんだ。
私と大和さんの大切な子ども達を。

恵真は、力強く頷いた。



「37度2分、良かった!」

夕方になると、舞の熱は少しずつ下がり始めた。

汗もしっかりかき、恵真は何度も肌着を着替えさせる。

母乳やイオン水も良く飲み、夜には少しゼリーも食べた。

「今夜一晩ぐっすり眠れば、明日には元気になるかな?」

恵真は少し安心する。

お風呂の時間になると、翼はシャワーで済ませ、舞は濡らしたガーゼで身体を拭くだけにした。

「舞、もう少し頑張ろうね」

頭をなでながらそう声をかけると、舞はにこにこと笑顔で恵真を見上げる。

「ふふ、ありがとう、舞」

恵真は、逆に舞から励まされたようで嬉しくなった。

「36度7分!やったー!舞、もうお熱ないね」

翌朝。
一晩ぐっすりと眠った舞は、スッキリした顔で起きてきた。

体温計で平熱に下がった事を確認すると、恵真は思わずバンザイして喜ぶ。

すると舞も真似をしてバンザイしたあと、床に手を付き、足を踏ん張ったかと思ったら、次の瞬間すくっと立ち上がった。

「え、えっ、ええ?!」

恵真は目を見開いてから、何度も瞬きをする。

「ま、舞?今、一人でたっちしたの?」

ただの幻か?と首をひねる恵真の前で、舞は立ったままぱちぱちと拍手している。

「立ったよね?今、一人で立ったのよね?凄い!舞、風邪から完全復活どころか、レベルアップした?」

凄いよー、舞!と恵真も拍手をする。
舞は嬉しそうに、きゃっきゃっと声を上げて笑った。



次の日の夕方。

「ただいまー」

玄関から大和の声がして、恵真はパッと笑顔になる。

翼も舞も、あー!と声を出して玄関の方を見た。

「大和さん、お帰りなさい!」
「ただいま、恵真。翼も舞も、ただいま!いい子にしてたかー?」

恵真の頬にキスをしたあと、大和が両手で双子を抱き上げると、二人ともご機嫌でにこにこと笑う。

「あー、やっと会えた。みんなに会えなくて、もう寂しくてさ。恵真、大変だったでしょ?ありがとう」
「ううん。舞が熱を出して焦ったけど、すっかり元気になったし、それに一人で立てるようになったの!しかも今日は2、3歩歩いたのよ」

は?え…、な、何?と、大和はあまりの情報量に混乱する。

「ね、熱?!舞、熱が出たのか?」
「そう、39度。でも萩原先生がすぐ診てくださって、単なる風邪だから、ゆっくり寝かせてって。本当にその通りで、一晩ぐっすり寝たら、平熱になったの。良かったねーって喜んでたら、いきなり舞がすくっと立ち上がったのよ。もうびっくりしちゃった」
「ちょ、待って、恵真。熱がある舞を、恵真が一人で病院に連れて行ったの?」
「そう、翼も一緒に。看護師さんや事務の人も、皆さん助けてくれて、とっても助かったの」
「恵真…」

大和は双子を下ろすと、恵真を抱き寄せる。

「ごめん、恵真。肝心な時にそばにいなくて。恵真一人に大変な思いさせて、本当にごめんな。教えてくれたら良かったのに。ステイ先から電話した時も、そんな話しなかったから」
「ごめんなさい、黙ってて。大和さんに心配させたくなかったの」

そんな…と、大和はますます恵真を強く抱きしめる。

「突然熱出すなんて、びっくりしたし不安だっただろ?」
「うん、まあ。でもね、萩原先生に診てもらったら安心したし、舞もちゃんと寝てくれたの。翼もいい子だったから助かったし。これで私も、母親として少しは経験値上がったかな?」

ふふっと笑う恵真を、大和はまたぎゅっと抱きしめる。

「恵真、ありがとう。二人をちゃんと守ってくれて」
「うん。私と大和さんの大切な宝物だもん。何が何でも守らなきゃって、自然と力が湧いてきたの」
「ありがとう。俺、ほんとに恵真には頭が上がらない。俺にとって最高の奥さんで、翼と舞にとっては最強のお母さんだ」
「えー、また最強?私、怪獣じゃないのにー!」

口を尖らせる恵真に、ふっと笑いかけてから、大和は優しくキスをした。

とにかく恵真はゆっくり休んで!と寝室に追いやられ、恵真は有り難く一人で休ませてもらう。

3時間ぐっすり眠ってからリビングに戻ると、大和と翼と舞が川の字で眠っていた。

その様子に、ふふっと目尻を下げてから、恵真は夕食の支度をする。

目を覚ました三人と一緒に、恵真は久しぶりの家族での食事を楽しんだ。

大和に双子をお風呂に入れてもらい、恵真はゆっくりと一人でバスタイムを満喫する。

「はあー、ホッとするなあ」

心も身体も温まり、ここ数日間の緊張もすっかり解れてお風呂から出る。

リビングから大和の興奮した声が聞こえてきて、何事かと覗くと、舞がよちよちと歩くのを大和が手を叩いて見守っていた。

「舞、頑張れ!もう少し、凄いぞ!」

舞は、5歩歩いたあと、ぺたんと尻もちをつく。

「頑張ったなー、舞!」

大和が笑顔で舞を抱き上げ、高い高いをする。

すると、自分も!と思ったのか、翼も両手を床に付き、よいしょっ!と言わんばかりに立ち上がった。

「わあ!翼も立った!」
「本当だ、凄いぞ、翼!」

翼は、えへん!とばかりに胸を反らせて笑っている。

「嬉しいなー、決定的瞬間が見られて。なんか俺、感動したよ」

大和は両腕に双子を抱いて、満面の笑みを浮かべる。

夜は寝室で四人一緒に寝る事にした。

双子が寝つくと、大和が恵真に話し出す。

「恵真。俺はちゃんとみんなを守れているのかな。大変な時に、俺はフランスにいて恵真のそばにいてやれなかった。必ず守るって誓ったのに、俺は恵真を…」

苦しそうな表情の大和に、恵真は静かに微笑む。

「大和さん。私はどんなに離れていても、大和さんとの絆を感じます。指輪やネックレスに手を触れると、大和さんの気持ちがしっかり伝わってきて、私は守られているんだって思えます。それに何より、翼と舞は私達の大事な命です。この子達を守る為なら、私はとてつもないパワーが湧いてくるんです。必ず守ってみせるって。だから安心してください。私はちゃんとこの子達を守ります。大和さんの深い愛情を、いつも感じながら」
「恵真…」

大和は込み上げる想いをグッと堪えながら、恵真を抱き寄せる。

「俺の方こそ、いつも恵真に助けられてる。いつも恵真に幸せにしてもらっている。翼と舞を産んでくれて、大切に育ててくれて、そして俺にも変わらない気持ちで真っ直ぐに見つめてくれて。本当にありがとう、恵真」

恵真は、微笑みながら頷く。

「二人で一緒に、大切に翼と舞を育てていきましょう」
「ああ。俺達の宝物だもんな」
「はい」

大和は恵真の頭を胸に抱き寄せ、何度も優しくキスをした。
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